研究所レポート

2016.06.10

[欧州諸国]政府CIOによる改革を支える制度 -スペイン、ドイツおよびエストニアの事例の考察-

[研究員レポート]

欧州諸国]政府CIOによる改革を支える制度

-スペイン、ドイツおよびエストニアの事例の考察-

 

一般社団法人 行政情報システム研究所

主席研究員 狩野英司

1. はじめに

欧州は、世界で最も電子政府への取組みが活発な地域の一つであり、国連電子政府ランキング(以下「国連ランキング」)でも、例年上位層の過半を同地域の国々が占めている。欧州連合(EU)の各国は、共通のデジタル・アジェンダおよび電子政府行動計画に基づき、それぞれの政策を展開しているが、それらを推進する枠組み、特に本稿で取り上げる政府CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)に関する制度(組織、体制、任用など。以下「政府CIO制度」と総称する。)は国によって大きく異なる。
表 1は欧州諸国のうち国連ランキングの上位に位置する国々において政府全体の電子政府戦略を司る、いわゆる「政府CIO」またはこれに相当する責任者の役職の一覧である。ICT政策部門の長や行政改革部門の長が任に当たる場合が比較的多いが、それ以外にも専任担当を置く場合、そうした役職自体を置かない場合など様々なケースがあり、定石と言えるようなパターンはない。各国は、どのような枠組みによって電子政府の推進に取り組んでいるのだろうか。

表 1 欧州の国連ランキング上位国における政府CIO等のポジション


改革を効果的に遂行するためには、①意思決定と実行管理の枠組み(ガバナンス組織)、②改革の担い手となる実働部隊(実働体制)、③それを指揮するリーダーの存在(政府CIOの任用)が不可欠となる。本稿では、電子政府の取り組みにおいて一定の評価を得ている3か国の事例要素の比較を通じて、今後我が国の行政機関において、政府CIO制度の更なる強化・改善を図る際に参考となり得る選択肢を考察することとしたい。

 

2. スペイン政府 ―短期間での大規模改革の展開―

(1) ガバナンス組織の特色 ―政府CIOの活動を支えるITガバナンス組織―

2013年にスペインの初代政府CIOに就任したドミンゴ・モリーナ氏が最初に着手したのは表2に示すITガバナンスの組織づくりであった1。この枠組みでは、全省庁が参加する「①ICT戦略委員会」で決定された戦略が、各省庁にある「③デジタル行政機関各省委員会」を通じて各機関に展開される。ここまでは我が国と類似するが、さらに、各省庁が政府CIOを補佐するための組織である「④情報通信技術総局長委員会」も設置されている(以上、勅令806/2014)。これらの会議体は、政府CIOの活動にガバナンスの観点から一定の枠を嵌めつつ、活動をサポートすることで、政府CIOの活動の適正化と負荷軽減を図る役割を担っているのである。
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1本誌2016年4月号スペイン政府CIOインタビューを参照のこと

表 2 スペイン政府のITガバナンス組織

(2) 実働体制の特色 ―首相府とライン部門長の立場を使いこなす―

スペイン政府CIO=情報通信技術総局長は、首相府と財務行政省が共管する次官クラスのポストである(勅令695/2013)。その特徴は、政治的なイニシアティブを発揮し得る立場にある首相府の権威と、電子政府政策を主管する財務行政省の権限や職員組織を、いずれも活用できる環境を用意したところにある。前述のドミンゴ・モリーナ氏のケースでも、実際にその立場を最大限に活用し、第1段階の組織面の改革(ITガバナンスの確立等)は首相府において政治力を発揮して進め、第2段階の技術・システム面の改革(ITインフラの集約化等)は財務行政省に席を移し、その組織力を活用して進めている。

また、政府CIOの役割は当初、大まかに枠組みが示された程度であったが、ドミンゴ・モリーナ氏は着任後に実際の改革を走らせながら同時並行で制度の作り込みを進め、1年後の2014年9月にその詳細な機能と組織を法制化して明確化を図っている(勅令802/2014)。初めから詳細に作り込み過ぎないことで、現実に即した具体的な制度を短期間で立ち上げたのである。

図 1 各改革フェーズでのスペイン政府CIOへのエンパワーメント


(3) 政府CIOの任用 ―プロパー職員出身だからこそできた改革―

政府CIOのドミンゴ・モリーナ氏は、長年行政機関でのキャリアを積んできたプロパー職員である。上記の改革では、数多くの法令改正、組織整備が短期間で行われたが、これらは行政機構の力学と実務を知悉した官僚出身者であるからこそ円滑に進められた側面は大きいであろう。また、同氏は公務員としてのキャリアをプログラマー/アナリストとしてスタートさせ、以後、主に税務分野に身を置きながらICTとの接点を持ってきたが、こうした経歴も、上記の改革に寄与したものと思われる。ICTの構想力と改革の実行力、マネジメント能力を兼備する公務員は、希少な存在と言えるが、こうした人材の発掘・育成に成功すれば、組織にとって大きなブレークスルーが期待できることを、スペイン政府の事例は示している。

 

3. ドイツ政府 ―組織力による電子政府の推進―

(1) ガバナンス組織の特色 ―会議体組織を軸とした電子政府の運営―

16の州から構成される分権型の連邦国家であるドイツで国全体としての電子政府の最適化を実現するためには、連邦政府内だけでなく、州政府との調整と合意形成をいかに図るかが重要な鍵となる。ドイツでは2009年に電子政府の推進を目的としたドイツ基本法(憲法)の改正を行っているが、その主眼は分権制を前提とした、連邦政府と州政府との間でのシステムの連携と行政効率化のための協力の枠組みづくりであった(基本法第91c条および91d条) 。この改正法に基づき連邦政府-州政府間での協力の枠組みとして設置されたのが「IT計画協議会」である。
同会議で特徴的なのは、議長が連邦政府側と州政府側とで隔年持ち回りとなっており、形式上両者は対等な関係にあることである。このようにドイツの電子政府組織は、連邦政府と州政府の協力関係の上に成り立っている。その上で、連邦政府内での意思決定もテーマ・レベルに応じたいくつかの会議体に振り分けることで、IT計画協議会を頂点とする階層的な会議体組織を構成し、運営されているのである(図2参照)。

図 2 ドイツの電子政府政策の決定プロセス

(2) 実働体制の特色 ―IT戦略の企画・調整の責任者とITマネジメント責任者の機能分担―

ドイツ連邦政府における電子政府政策の主管官庁は内務省であり、連邦情報技術長官(通称「連邦CIO」)も同省に置かれている。前述(1)の会議体の運営も同省で行われるが、その責任者については、意思決定のレベルの違いに応じて以下のように役割分担が図られている。
A) IT戦略の企画・調整の責任者=「連邦CIO」(連邦政府情報技術長官):上記「①IT計画協議会」で連邦政府を代表するとともに、「②連邦政府IT運営グループ」・「③IT協議会」を主催する。
B) ITマネジメントの責任者=「ITディレクター」(内務省CIO):電子政府政策の主管官庁である内務省の立場から「④省庁IT担当者会議」を主催する。
このように戦略の企画・調整とITマネジメントの役割分担を図ることで、連邦CIOへの過度の負荷集中が緩和される形になっている。

(3) 連邦CIOの任用 ―個人の力量に依存しない電子政府の推進―

2015年まで5年間にわたり連邦CIOの任にあったコーネリア・ロガール=グローテ氏は法律畑のプロパーの職員であり、必ずしもIT分野で際立った存在ではなかった(注:ただし、後任のクラウス・フィット氏は大手民間企業のCIO出身)。会議体を重畳的に設置し、リーダーの役割を分担すれば、どうしても運営の負荷は大きくなるし、意思決定と実行のスピードにもブレーキがかかってくるが、その上でドイツは、体系的な利害調整・意思決定の枠組みと現実的な役割分担を設定することで連邦CIOを支え、長期計画に沿って着実に電子政府を推進するスタイルを採ってきたのである。

 

4. エストニア政府 ―ベンチャー精神を取り込む組織―

(1) ガバナンス組織の特色 ―企画・遂行機能と政治的調整機能の分担―

エストニアの政府CIOの役職は経済通信省の次官である。エストニアでは、同省が電子政府政策の主管官庁であり、予算執行を許可する権限を持つが(予算化するのは財務省)、政策の優先順位付けや、政治サイドや他省庁との間の調整は、政府CIOではなく、首相配下にある「ガバメントオフィス」が主に担う。これにより、政府CIOは政策の企画立案と決定された政策の執行に注力しやすい形になっている。

図 3 エストニア電子政府戦略の組織と役割分担

(2) 実働体制の特色 ―少数精鋭で成果を生み出す専門家組織とベンチャー精神―

経済通信省の中のICT政策担当のメンバーは10数名に過ぎないが、情報システムの運用部隊であるエストニア情報センター(RIA)の技術的知見を借りることができる。これにより少数精鋭ながらも世界最先端とされる電子政府の企画立案と運営を実行することが可能となっている。
また、エストニアには、歴史的・社会経済的背景から新しい取組みのトライ&エラーに寛容な社会的風土があり、そのマインドが仕事の進め方にも投影されている。政策立案プロセスでは、アイデア立案の段階から、民間企業の者も加わった形でのワークショップや「合宿」が催され、その過程で斬新なアイデアが生まれるだけでなく、構想の核の部分に民間企業の発想や視点が組み込まれるのである。

 

(3) 政府CIOの任用 ―34歳で着任したベンチャー精神溢れる政府CIO―

現政府CIO のターヴィ・コトカ氏は、2013年に弱冠34歳で現職に就任している。同氏はもともと「今年の起業家」賞(2011年)、「欧州ベストITマネージャー」賞(2014年)といった受賞歴も有する気鋭のIT企業経営者である。こうしたバックグラウンドは、2つの意味でエストニア政府の組織の特徴をも体現している。一つは民間企業と行政機関の間での人材交流の垣根の低さである。欧州の中でもエストニア政府の人材の流動性は特に高く、自らに適したポストを求めて人が自由に官・民の間を行き来する。いま一つは、政府としての起業家的なマインドの高さである。エストニアは欧州一の起業家率の高さで知られるが、こうした人材層が前述の官民の垣根の低さによって、起業家的なDNAとともに政府内に流れ込むからである。

 

5. まとめに代えて

以上、3か国のみの事例であったが、各国・機関がそれぞれの置かれた状況に応じて、多様なアプローチで制度を設計していることが確認された。表 3はそうした特徴を我が国の政府CIO制度との対比で示したものである。

表 3 各国の政府CIO制度の特徴

以上の比較から、今後の我が国の行政機関の政府CIO制度のあり方を検討する際にどのような選択肢が存在し、示唆が得られるのかを考えてみたい。

まず組織については、必ずしもCIOとしての権限の一元化・集中化にこだわらず、組織間で柔軟に分担するという選択肢が存在するということである。大改革を短期間で断行するには、権限を集中させて突破していくのが近道である場合が多いが、平常時には、ある程度、役割を分散した方が、CIOの負荷が軽減されて対応のスピードが上がるほか、ボトムアップの改善もしやすくなる可能性がある。

次に、体制面としては、改革の具体化のフェーズでは相当数の技術スタッフのマンパワーが必要になるが、その際に既存組織をそのまま取り込むという選択肢が存在するということである。各組織からの寄り合い所帯では十分な成果が得られないことが少なくないし、外部から優秀な人材を任用し、活躍してもらう仕組みを作ることも容易ではない。この点、今回検討対象とした国はいずれも既存の大きな組織をCIOの配下に置くことによって実行力を確保している。このようなアプローチも条件によっては有効な場合があるだろう。また、CIOの活動を監視し、支援するためのガバナンス体制を作り込むという発想も検討の余地があると思われる。

最後に任用面だが、どうしてもCIOというとICTのプロというイメージが先行しがちだが、必ずしも外部の任用である必然性はなく、取り組むべき課題やフェーズによっては、むしろプロパー職員の方が有利な場合も有り得るということである。ただし、その場合も、CIOがCIOとしての本来の役割を全うする覚悟を持つことが前提である。我が国でしばしば見られるように、情報システム部門の責任者や組織の幹部の一人にCIOの肩書きを与えるだけで機能することはない。

今回取り上げた各国の事例はいずれも政府CIOが設置され、各府省へのガバナンスを効かせている点で、一見、我が国の制度と類似しているように見える。しかしながら、その内容をよく見れば、各国が各国なりに、我が国からすると意外と思えるような取り組みや工夫を凝らしていることが伺える。これらを我が国に適用すべきか、あるいは適用可能かどうかは即断できない。しかし、一見同じような制度であっても工夫の余地は様々に存在することを、これらの事例は示している。

 

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弊誌2015年10月号「平成26年度調査研究「欧州主要国の電子政府推進実態の調査研究」概要」,松岡清志
本稿の記事はそれぞれ以下の情報源をもとに筆者の文責で作成している。
・ スペイン:政府CIOドミンゴ・モリーナ氏および情報通信技術総局次長アイトール・クーボ氏へのインタビュー(2015年10月)
・ ドイツ:ドイツ在住の政策・経済アナリスト 安田稔氏の情報提供(2016年1月)
・ エストニア:元エストニア政府経済通信省経済開発部局次長ラウル・アリキヴィ氏へのインタビュー(2015年12月)
http://administracionelectronica.gob.es/pae_Home/pae_Organizacion/ambito-AGE/comision-estrategia-tic.html#.Vsn3-5yLTIV
eGovernment in Spain
https://joinup.ec.europa.eu/community/nifo/og_page/egovernment-factsheets
ドイツ基本法は、我が国であれば法律レベルのルールも含まれており、改正手続き国民投票も要しないので、同列で論じることは必ずしも適当ではない。
eGovernment in Germany
https://joinup.ec.europa.eu/community/nifo/og_page/egovernment-factsheets
エストニアには、代替産業の乏しさ、資源の乏しさ、人口密度の低さ等から、電子立国の道しかないという一定の社会的コンセンサスが存在する。また、政府組織自体が新しく、ソ連からの独立後、徒手空拳に近い状態から社会の仕組みを作り上げてきたという、いわばベンチャー企業に近い自己認識が存在する。さらに、過去からの取組みがある程度の成功を収め、ITによる利便性を享受できているという共通認識が存在する。こうした土壌があってはじめて、エストニア政府なりのベンチャー精神が発揮され得ると考えられる。