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2026.03.02

2026年3月号 北欧諸国のイノベーショントレンドno.16 2026年3月号 連載企画 北欧でイノベーションが創発し実装される仕組み ~境界なき脅威に対応するレジリエンス:フィンランドの包括的安全保障NESA 注1 に学ぶ官民連携の潮流~

1.「平時」と「危機」が同化する時代の安全保障とは?

 現代の安全保障環境は、かつてないほど不透明で複雑な「複合的脅威(Polycrisis)」の時代に突入している。21世紀の脅威は単に地域紛争だけではない。気候変動による激甚災害、サイバー攻撃による重要インフラの麻痺、地政学的リスクに伴うサプライチェーンの断絶、そしてSNSを通じた偽情報の流布による社会の分断。これらは個別の事象として切り離して考えることはできない。
 日本において、我々は長らく「防災」は主に地震や台風などの自然災害を対象とし、「防衛」は自衛隊による軍事的な有事、「経済安全保障」は先端技術の流出防止や半導体の確保、つまり戦略的自律性・不可欠性の確保の視点とし、それぞれ個別の事象として扱ってきた。しかし、現実の危機はこれらの境界線を軽々と越えてくる。通信網や電力網がダウンすれば、それが自然災害によるものか、国家を背景としたサイバー攻撃によるものかにかかわらず、国民生活は即座に停止する。原因が何であれ、「社会システムが甚大な影響を受ける」という結果に対して、私たちはあまりにも脆弱な依存構造の中にいる。
 ここで注目すべきが、北欧のフィンランドである。ロシアと1,340kmの国境を接し、歴史的に常に実存的な脅威にさらされてきた同国は、「包括的安全保障(Comprehensive Security)」という概念を長年にわたり磨き上げてきた。その実務的な核心を担うのが、NESA(国家緊急供給庁)である。本稿では、フィンランドがいかにして「官・民・市民」を一つのエコシステムとして統合し、強靭な社会を維持しているのかについて取り上げ日本が進むべき方向性を提示したい。

 

2.フィンランド流「包括的安全保障」の設計思想、歴史に刻まれた「生存の知恵」

 フィンランドの徹底した準備態勢の背後には、歴史的なトラウマと教訓がある。1939年11月30日フィンランドはソ連の侵攻を受けた(冬戦争)。国際社会から実質的な軍事支援を得ることはなく注2、独力で独立を守り抜いた経験は、フィンランド人に「最終的に誰も助けてくれない、自国は自分たち自身で守るしかない」自力更生という冷徹なリアリズムを植え付けた。この時、食料や燃料の枯渇に苦しんだ教訓が、現在の「国家緊急供給」の思想的バックボーンとなっている。
 フィンランドには「SISU(シス)」という言葉がある。不屈の精神・勇気と勇敢・逆境における回復力という意味である。そして、国家危機の観点では「最悪の事態を想定し、淡々と準備を整え、緊急時には冷静に行動する能力」ことを示している。この精神性が、自然災害、パンデミックそして有事などあらゆる国家の危機に対応するという社会全体のレジリエンス(回復力)へと展開されている。

 

3.社会の重要機能を守る「ダイヤモンド構造」

 フィンランドの安全保障は、軍隊のみならず「社会全体で守る(Total Defence)」という思想に基づいている。政府は「社会の重要機能(Vital Functions of Society)」として、以下の7つの柱を定義している。
1.リーダーシップ:危機下でも国家・自治体が法に基づき意思決定を継続する能力
2.国際&EU活動:孤立を防ぎ、国際的な協力を維持・活用する能力
3.防衛能力:領土の不可侵を維持するための軍事力
4.国内治安:警察、救急、国境警備による公序良俗の維持
5.経済、インフラ、供給保障:エネルギー、物流、決済、食料の維持
6.人口とサービス(社会)の機能能力:教育、医療、福祉、保健の継続
7.心理的強靭性:国民の連帯感、偽情報を見抜くリテラシー、防衛意識

 

図1 社会の重要な7つの機能

(出典)The Security Committee
Ministry of Defence

 

 特筆すべきは、これらが階層組織で運用されているのではなく、相互に依存し合う「ダイヤモンド構造」であることだ。例えば、第7柱の「心理的強靭性」が欠ければ、敵対勢力の情報工作によって社会は容易に分断され、第1柱の「リーダーシップ」は正当性を失い機能不全に陥る可能性がある。フィンランドにおいて安全保障とは、単なる防衛装備の量ではなく、国民が明日も変わらずコーヒーを飲み(フィンランドは世界有数のコーヒー消費国)、仕事を継続、買い物をして子供たちが学校に通えるという「日常の継続」を担保することに他ならない。

 

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