政府は令和3年施行のデジタル社会形成基本法に基づく「デジタル社会の実現に向けた重点計画」で、デジタル社会の実現に向けた各省庁の取り組みや工程表を示しているほか、「デジタル田園都市国家構想総合戦略」ではデジタル実装に取り組む自治体を令和9年度までに1,500自治体にするという目標を示している。株式会社グラファー社は、こうした構想の推進に寄与することを目的とし、各自治体におけるデジタル化の状況を継続的に把握するための「行政デジタル化実態調査」を令和3年度より報告書としてまとめている。最新の「令和6年度 行政デジタル化実態調査 報告書」では、社会的にも注目される「生成AI」についての設問も加えながら、自治体の意識や体制がどのように変化したのかも調査している。
本稿では、同報告書の調査結果をいくつか取り上げ、そこから見えてくる自治体DXの状況と今後の方向性について、行政情報システム研究所が考察する。
1.調査した企業「グラファー社の概要」
グラファー社は、「プロダクトの力で 行動を変え 社会を変える」をミッションに掲げ、企業・行政機関における業務のデジタル変革を手掛けるスタートアップ企業である。生成AIの活用支援を通じて企業変革を実現する「Graffer AI Solution」や、市民と行政職員の利便性を追求したデジタル行政プラットフォームを提供している。行政デジタルプラットフォームは全国200以上の自治体が導入しており、政令指定都市での導入率は70%となっている。2021年10月には経済産業省が主導するスタートアップ支援プログラムである「J-Startup2021」に選定された。
2.調査方法
(1)調査対象:47都道府県および1,741市区町村
(2)調査期間:令和6年7月22日(月)〜8月14日(水)
(3)実施方法:オンライン回答、回答用紙のメール添付
(4)回答数 :444件
※回答数および回答率については、最新の国勢調査(令和2年)の数値より算出
3.アンケート調査項目
以下の4つの分類のアンケート内容にて22問の設問を行った。
4.行政デジタル化に関する各自治体の動向
(1)デジタル化の推進状況
職員のIT環境については、95%の職員に業務用端末が行き渡っている。また、75%の職員が個別の業務用端末とメールアドレスを持っているが、20%の職員は、端末は個別に配布されているがメールアドレスは課または係単位との回答であった。
DX推進計画の策定状況については、昨年の調査より全体で6ポイント(49%→55%)、人口5万人未満の自治体で8ポイント(35%→43%)と増加している一方、全体の24%でまだ策定されておらず、DX推進計画の策定が進まない可能性があることを示唆している。
自治体でデジタル化に最も期待するのは、「行政事務の効率化」で、42%の自治体がこれを挙げている。またデジタル化を推進する上での懸念や障壁は、「予算が厳しい」「庁内に最適な人材がいない」との回答が多く、予算化の問題と人材不足が大きな障壁となっている。これを解消するためには、「人材の育成・確保」と「組織文化の変革」が重要であり、職員向けの研修や外部人材の登用、全庁的なマインドの醸成が解決策として挙げられている。
図1 職員のIT環境
図2 自治体におけるDX推進計画策定状況
図3 デジタル化に最も期待する分野
(2)窓口業務のデジタル化状況
フロントヤード改革では、全体で54%の自治体が創意工夫を実施している。大規模自治体ほど実施率が高く、20万人以上の自治体では91%が創意工夫を実施している。
フロントヤード改革の中で、窓口において「書かせない」「待たせない」「迷わせない」「行かせない」などで様々な取り組みを実施していると回答があった。人口20万人以上の自治体では、66%が申請者本人に入力してもらう手法を取っており、課題意識の大きさの表れか、書かせない取り組みにも前向きである。待たせない取り組みでは、「キャッシュレス決済」や「窓口時間の延長」を多くの自治体で実施しているとともに、人口規模が大きな自治体では「混雑状況リアルタイム配信」や「窓口予約」を実施している。
迷わせない取り組みとして、「総合窓口」を設置している自治体が多数ある。また、「ライフイベント別ワンストップ(おくやみコーナー等)」も人口5万人以上の自治体で6割以上が設置している。行かせない取り組みとしては、オンライン申請を導入している自治体が91%と、かなり普及していることが見て取れる。また人口規模が大きい自治体ほど、導入率が高い。
オンライン申請のツールとしては、「マイナポータル」が最も利用されており、クラウド型の電子申請システムの利用も増加している。また、オンライン申請の導入部署の割合が「10割」と回答した自治体は3%にとどまっているが、2年前の調査では1%であったことから、増加していることが分かる。小規模の自治体ほど導入部署の割合が低いことから、一定の自治体においては、オンライン化がまったく進んでいない様子がうかがえる。
図4 フロントヤード改革における創意工夫
図5 フロントヤード改革「待たせない取組み」状況
図6 フロントヤード改革「迷わせない取組み」状況
図7 オンライン申請ツールの利用状況
(3)人材育成
IT人材が不足していると数多くの自治体が感じている中、IT人材の育成に関しては、全体の44%が「職員全体の底上げ」と回答しており、内部人材の育成の必要性を強く感じている。しかしながら、全職員を対象としたIT研修については、人口5万人未満の自治体では40%が「行っていない」と回答。研修費用が捻出できないという課題もあった。
また、職員研修についても、「周知をしても職員が集まらない」との回答も多く、「職員全体の底上げ」が重要という認識にもかかわらず、それがうまくいってないことがうかがえる。
またその他の職員研修の課題として、「必要とする知識が専門的になるほど、全体研修等で研修できる範囲を超えてしまう」「研修内容を業務に活かすことが難しい」などが挙げられた。
図8 IT人材育成の採用や育成方針
図9 職員研修の課題
(4)生成AIの活用
生成AIを「すでに利用している」と回答した自治体は全体の31%を占め、特に人口20万人以上の大規模自治体については、86%がすでに利用していることが明らかになった。「すでに利用している」と「前向きに検討している」を合わせると全体の75%となり、自治体においても生成AIが浸透している様子がうかがえる。一方で、昨年と比較して「利用しない」は18%から13%に減少し、「わからない」も12%から7%に減少していることから、時間の経過とともに生成AIへの理解が進んでいることが分かる。
生成AIの行政利用で得られる効果で多いのは「作業時間の短縮」、「文書作成時の時間短縮」といった業務効率化に関する回答だった。あわせて「気付かない視点で助言がもらえる」といった新しいアイデアの提案に関する回答も目立った。
生成AIの予算化を行っている自治体は、昨年の8%から37%と大幅に増加。しかしながら、人口20万人未満の自治体では、56%が予算化できるかどうか不明である。
図10 生成AIの行政利用
表1 生成AIの効果(自由回答)
1 | 文案の作成、要約、校正等や施策立案などのアイデア提案などにより業務効率化につながった。 |
2 | 職員の労力をかけずに成果品ができあがる。気付かない視点で助言をもらうことができる。 |
3 | 明確に効果を評価していないが、市民からの問い合わせに対してチャットボットによる24時間対応を行い、市民サービスの向上を図っている。 |
4 | 無償で利用できるものの使用を始めたところであり、効果は不明。 |
5 | 試行運用中だが、文案作成や企画立案等にかかる時間が職員1人あたりにつき、1日10分程度削減できた。 |
6 | マクロ等プログラミング処理等に要する時間の削減 |
7 | 文章の誤字脱字のチェックや読み手に合わせた多様な文章作成 |
8 | AIを利用することで自分1人で作業する時と比べ客観性が向上した。 |
9 | 文章の要約や校正、企画のアイデア出し、プレスリリース、パワーポイントなどのシナリオ作りエクセルの関数、Pythonのコード、アンケート結果の分析、仕様書作成、答弁書の土台案作成など |
10 | 導入が間もないので効果検証はまだ行っていないが、導入時に全職員を対象に研修を実施した時の、業務活用に関する職員の反応が良かった。 |
生成AIを行政利用することで期待されることは「内部文書作成の効率化」が88%で最多となり、前回調査時の78%と比較しても増加している。「対外的な文書作成の効率化」についても63%から71%に増加しており、期待の高さがうかがえる。「調査時間の短縮(57%)」「政策立案の支援(53%)」なども期待されており、多方面において生成AIに対して期待されていることが分かる。
生成AIの行政利用に対する懸念として「正確性の担保」や「法令への抵触」が多く挙げられているが、理解が進むにつれて懸念は減少傾向にある。一方、生成AIを行政利用するにあたって必要だと思われることとして最も多い回答は「サービスそのものの安全性(82%)」となった。他には、「導入コスト(73%)」や「LGWANへの対応(57%)」も必要性が高いものとして挙げられた。また、「導入・運用にあたっての伴走支援」が必要だと回答する自治体は47%に上り、単純なツール導入ではなく、活用まで見据えている様子がうかがえた。
図11 生成AI予算
図12 生成AIの行政利用について期待されること(複数回答)
生成AIの行政利用を進める際のルールづくりについては、「わかりやすいルールを国が作るべき」という回答が全体の57%で最多となった。「国と自治体が協力してルールを作るべき」も41%に上り、国の関与を求める声が大きい状況がうかがえる。人口規模別に見ると、人口20万人以上の自治体では、「自治体独自の判断を尊重すべき」が31%、「民間企業の意見も取り入れてルールを作るべき」が37%と、中規模・小規模自治体に比べて10〜20ポイント高い結果となった。
図13 生成AIの行政利用についての懸念
図14 生成AI導入に必要なこと
図15 生成AIの行政利用促進のためのルールづくり
5.行政デジタル化の調査結果の考察と今後の方向性
最後に、上記のグラファー社の調査結果を踏まえて、考察する。
(1)5万人未満の小規模自治体でもデジタル化が進んだ1年
人口5万人未満の小規模自治体で、DX推進計画を「策定した」と回答した自治体は、この1年で8ポイント増加。これまでなかなかデジタル化が進まなかった小規模自治体においても進捗があった様子がうかがえる。これは総務省自治行政局地域DX推進室が、自治体のDX推進のために、「自治体DX推進計画」の策定・改版、「自治体DX推進参考事例集」の作成、「自治体DX推進手順書」の策定・改版を積極的に行い、地域のDX推進に貢献しているものと言える。
しかしながら、34%の自治体でDX推進計画が策定されておらず、自治体全体のDX推進の底上げが課題と考えられる。
(2)54%の自治体がフロントヤード改革に取り組む
自治体の91%が「オンライン申請に取り組んでいる」と回答し、オンライン申請が導入フェーズを経て、定着フェーズに入ってきたことが明らかになった。オンライン申請の定着後、目指すべき指針として総務省が推進するのが、デジタル化を通じて住民と行政の接点を強化する「フロントヤード改革」。すでに54%の自治体がフロントヤード改革の一部として「迷わせない取り組み」「行かせない取り組み」などを実施しており、今後、国の後押しを受けてフロントヤード改革がさらに加速していくことが予想される。
(3)生成AI利用の拡大
2022年に登場したChatGPTなどの生成AIについては、自治体の31%が「すでに利用している」と回答し、先行自治体以外にも利用が拡大してきている様子がうかがえる。人口規模20万人以上の自治体については、86%もの自治体が利用を開始しており、生成AI関連の予算を予算化している自治体についても昨年調査時は8%であったが今年は37%に拡大した。しかしながら、人口20万人未満の自治体では、56%が予算化できるかどうか不明であるため、無償利用の範囲での利用にとどまっていると推察される。また、今後は、自治体の生成AI利用に関する早期のルールづくりが期待される。
(4)課題は人材育成
IT人材の採用や育成方針については、全体の44%が「職員全体の底上げ」と回答している一方で、職員に対するIT研修の実施についての課題が多い。「研修の費用が捻出できない」と回答した自治体が45%もあり、人口5万人未満の自治体では、40%がIT研修を実施していないとの回答であった。また、IT研修を実施しても、「業務多忙で職員が集まらない」と回答した自治体が全体の82%であった。「職員全体の底上げ」による人材育成方針を継続するのであれば、職員研修のあり方の見直しや、研修以外の方法で人材育成を実施していくことが求められる。
【参考文献】
・行政デジタル化実態調査レポート2024(株式会社グラファー社)
https://graffer.jp/govtech/articles/govtech-digitalization-report-2024?utm_source=jt&utm_medium=2024
・自治体における生成AI導入状況(総務省)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000956953.pdf