デジタル庁は、データと根拠に基づく政策立案という政府指針のもと、「政策ダッシュボード」と「Japan Dashboard」を展開しています。これらは、行政が保有する統計や政策に関する膨大なデータを、誰にでも分かりやすく、利用可能な形に可視化する取組みです。電子処方箋の導入状況や介護現場の生産性向上、水道事業の経営状況等、多岐にわたる政策分野の現状の把握、進捗の管理、課題の特定等を支援し、公的データの利活用を促進しています。
本稿では、ダッシュボードの仕組みから公開する意義、3つの類型と事例を紹介しています。
1.はじめに
デジタル庁は、政府内でデータと根拠に基づく政策進捗の「見える化」を推進する役割を担い、政策に関するデータを公開・活用する取組みを進めています。その一環として、「政策ダッシュボード」や「Japan Dashboard」の開発に取り組んでいます。これらのダッシュボードは、行政が保有する日本の統計情報や政策に関するデータを誰もがわかりやすく利用できるように可視化し、政策の進捗把握、分析や検証、客観的な意思決定に繋げることを目指しています。
2023年から活動を始め、デジタル庁が中心となり、内閣府、総務省、文部科学省、厚生労働省、国土交通省、子ども家庭庁等、各府省庁と連携してデータの整備、ダッシュボードの開発を行っています。2025年10月現在、経済・財政・人口と暮らしに関する統計情報、行政手続のデジタル化、介護現場の生産性向上、電子処方箋の導入状況、アナログ規制改革等、日本政府として重要な政策分野のデータをダッシュボードとして公開しています。
2.ダッシュボードの仕組み
デジタル庁では、ダッシュボードを整備するため、各種統計調査のデータ、システムから得られるログデータ、自治体や準公共機関の調査データ等を収集し、データ分析基盤「sukuna」で保管・運用しています。データは機械判読に適した形式に加工処理し、PowerBIやTableau等のBIツールにより、表やグラフ、地図等、誰でも情報を読み取りやすい表現で表示しています。
マイナンバーカードの普及に関するダッシュボードやGビズIDの利用状況に関するダッシュボード等、システム連携してデータを収集しているダッシュボードでは、データの収集から更新、公開作業の大部分が自動的に行われる仕組みを構築しています。そのため、政策を担当している職員はレポート作成作業や報告業務を効率化でき、スピーディな施策の検討にも繋がっています。
> 担当者によるデータ集計作業や関係者への都度の報告をせずとも、庁内の関係者が常に最新の進捗状況を把握することができる環境となったことは大きな変化であると感じています。...(中略)...施策の効果や社会情勢の影響による申請数の状況を関係者全員で共有し、素早く庁内で対応方針の協議を行い、施策検討につなげていくことができるようになっていると思います。
(出典)「ダッシュボードを活用した政策実務の調査研究」2024年
図表1 ダッシュボードの仕組み
(出典)デジタル庁提供
3.ダッシュボード公開の意義
デジタル技術の発展により、行政分野でも大量のデータが生成・蓄積されるようになっています。しかし、行政では未だに、多くのデータがPDFやExcelで公開されているだけで、誰でも自由にデータを利活用できている状態であるとは言い難いです。デジタル庁のファクト&データユニットは、このような行政データが十分に利活用されていない状況を変えていくための一歩として、政策ダッシュボードやJapan Dashboardを推進しています。
3-1.政策の執行をより効果的に進める
政策ダッシュボードは、政策の進捗状況を把握し、改善するプロセスに役立てることを想定しています。現状、政策を執行する現場では、(1)進捗状況を把握するための調査の実施、データの収集、集計、加工等の作業に手間と時間がかかる(2)進捗状況を報告するためのデータ加工や、資料作成に手間と時間がかかる(3)事業が想定通りに進んでいない場合、進捗を阻害するボトルネックがどこに潜んでいるか検知できていない、といった課題があります。
そこで、各府省との連携のもと、政策の進捗状況や成果を定量的に示す政策ダッシュボードを整備しています。ダッシュボードを整備することで、(1)必要なデータを定期的に更新する仕組みにより、適切な頻度での進捗を把握できるようになり、PDCAサイクルを素早く回すことができる、(2)必要な情報が一目でわかるため、関係者への進捗状況の共有に役立つ、(3)都道府県、市区町村、事業者別といった詳細の項目で分析することで、事業が滞っている原因を検知できる、といった効果を狙っています。同時に、データを誰でもわかりやすい形式で公開することは、政策運営の透明性を高めることにも繋がると考えています。
政府の指針として、2024年の「デジタル社会の実現に向けた重点計画」や「デジタル行財政改革 取りまとめ」において、政策の可視化を強化し、進捗をモニタリングし、公表、継続的に改善することの旨が明記され、政策ダッシュボード活用による進捗管理の推進が示されています。また、「データ利活用制度の在り方に関する基本方針」においても、一連の政策ダッシュボードの取組みから得られた教訓を今後のデータ利活用統括機能の運用の参考にする、ということも記載されています。
3-2.誰でも統計データを扱えるようにする
一連の政策ダッシュボードに加えて、Japan Dashboardでは、個別の政策に関するデータではなく、公的統計データも可視化しています。誰でも公的統計データを扱いやすいようにすることで、政策立案や事業に関する分析や研究、資料作成等に役立ててもらうことを想定しています。
今までの政府の統計は、(1)多様な統計情報に関する膨大なデータが公開されているが目的の指標を探すのが大変、(2)省庁ごとにデータ形式もバラバラであり、機械可読性が低いExcelやCSVになってしまっているため、指標の概要を知るためだけでも手間と時間がかかる、(3)統計指標のデータが可視化されている場合でもダッシュボードの操作性が低く、分析機能が不足している場合がある、といった課題がありました。
デジタル庁は内閣府と協力し、2016年から運用されている「経済・財政と暮らしの指標「見える化」ポータルサイト」を操作性・検索性の向上、多様な分析方法への対応等の観点から改善を行いました。新しいダッシュボードでは、(1)人口、経済、社会保障、暮らし、教育、社会基盤、地方行財政の7分野にわたる約700指標とその統計の概要を時系列のチャートで素早く見ることができる、(2)利用者は、統一のフォーマットでデータをダウンロードできるので手元でもデータ分析ができる、(3)都道府県での比較や数百の指標同士の相関関係を待ち時間なく、数回のクリックで簡単に設定できるため、利用者はストレスなく何度もデータ分析を試行できる、といった工夫を施しています。
政府方針としても、「経済財政運営と改革の基本方針2025」においてデータに基づく政策立案を推進するため、我が国の経済・財政と暮らしを見える化する「ジャパンダッシュボード」を整備するとのことを明記しており、引き続き、利用者の要望に基づき、既存指標の市区町村データやその他の統計情報等の拡充を進めていきます。
4.ダッシュボードの3つの類型
デジタル庁で公開している政策ダッシュボードは、その目的や機能に応じて、「政策のパフォーマンス評価タイプ(提示型)」「政策のプログラム評価タイプ(提示型)」「データ解析タイプ(探索型)」の3つの類型に分類できます。
4-1.政策のパフォーマンス評価タイプ(提示型)
政策のパフォーマンス評価タイプ(提示型)は、政策の進捗を示すことに主眼を置いたダッシュボードです。政策の進捗状況を可視化することで、政策を所管する官公庁、現場で政策の実施を担う地方自治体や準公共領域の関係機関が同じ数値を見ながら状況を確認できます。進捗状況を全国、都道府県ごと、市区町村ごと、個別機関等で見ることもできるため、自団体の状況を相対的に把握し、改善のための施策を検討、実施することも容易になります。
このタイプのダッシュボードの一例である「電子処方箋の導入状況に関するダッシュボード」は、政府が推進する医療DXの一環である電子処方箋の普及状況を可視化したものです。電子処方箋は、全国医療情報プラットフォーム実現の重要施策と位置付けられています。
このダッシュボードでは、全国の医療機関・薬局のうち電子処方箋導入率等を集計し、都道府県別や施設種別(病院・医科診療所・歯科診療所・薬局)等の切り口で進捗状況を表示しています。例えば、お住まいの地域の電子処方箋導入率や、病院・診療所に比べて薬局で導入が進んでいる状況なども一目で把握できます。可視化されたデータによって、現場の自治体は自団体の遅れを客観視できるようになり、導入が遅れている地域では薬剤師会に対して導入状況の説明や要請、導入補助金の事業化等の具体的な後押しへと繋がったといった声もあがっています。
(出典)「デジタル行財政改革会議 政策改善対話(第3回)」2025年
図表2 電子処方箋の導入状況に関するダッシュボード
(出典)デジタル庁提供
4-2.政策のプログラム評価タイプ(提示型)
政策のプログラム評価タイプ(提示型)は、特定の政策の効果検証のための指標をモニタリングするダッシュボードです。これは単一の指標ではなく、政策のロジックモデルを策定し、複数の指標の状況を包括的にモニタリングする点に特徴があります。このようなタイプのダッシュボードでは、政策の施策実施から効果発現までのプロセスをデータで検証し、エビデンスに基づき政策を改善することを目指しています。
このタイプのダッシュボードの一例である「介護現場の生産性向上に関するダッシュボード」は、厚生労働省が推進する介護分野の生産性向上施策に紐づく主要KPIを包括的に可視化するものです。超高齢社会の進展に伴い介護サービスの需要は今後一層高まる一方で、生産年齢人口の減少により2040年には約57万人の追加の介護人材が必要になると試算されています。こうした課題に対し、厚生労働省は賃上げによる処遇改善、職場環境の整備等と並行して、人材育成や効率化等による介護サービスの質の向上や人材の定着・確保を目指しています。
このダッシュボードが担う役割は、生産性向上に関する施策群の効果検証や改善に資する指標の進捗状況をロジックモデルに沿ってモニタリングすることにあります。デジタル人材の育成数やワンストップ窓口設置件数などの「基盤・環境の整備」、ケアプランデータ連携システム普及自治体割合やICT機器・介護ロボット導入割合などの「基盤・環境の活用」、人員配置率(介護職員一人当たりの利用者数)などの「目指す効果」から構成され、それぞれの項目が全国値および都道府県別、推移グラフで示されています。これら複数の指標を包括的に可視化することで、国と各自治体は自らの取組み状況を客観的に把握し、進捗の遅れている地域や課題の残る項目を特定して改善策を検討することが可能になります。データに基づく定期的なモニタリングとフィードバックにより、介護現場でのICT導入促進や業務改善のサイクルをエビデンスに基づいて回していくことが期待されています。
(出典)「デジタル行財政改革会議 政策改善対話(第2回)」2025年
図表3 介護現場の生産性向上に関するダッシュボード
(出典)デジタル庁提供
4-3.データ解析タイプ(探索型)
データ解析タイプ(探索型)は、進捗状況の把握や特定の問いに答えるだけでなく、利用者が探索的にデータを分析できるダッシュボードです。政策担当者がデータから新たな知見や課題となっている部分、仮説を発見し、詳細に分析するための契機となることを目的としています。このようなタイプのダッシュボードでは、柔軟な指標選択、分析の切り口の設定、データの深掘り等、利用者が素早く操作しながらストレスなくデータを探索できるような設計を追求しています。
このタイプのダッシュボードの一例である「水道事業等の経営状況に関するダッシュボード」は、国土交通省・総務省・デジタル庁の協働により全国の水道事業に関する経営指標やインフラ状況データを集約し、可視化したものです。水道事業を取り巻く環境は施設老朽化、人口減による収入減少などで今後一層厳しさを増す見通しであり、将来にわたり持続可能な水道サービスを維持するにはデジタル技術を活用した業務改革の推進が不可欠とされています。こうした背景の下、水道事業の担当者が一つのプラットフォーム上で自団体の財務から施設までの経営状況を俯瞰・分析し、改善策の検討や対外説明に必要なデータを提供するため、本ダッシュボードを2025年6月に公開しました。
このタイプのダッシュボードの大きな特徴は、利用者がデータを自由に探索・分析できる柔軟性にあります。ダッシュボードで扱っている指標は、水道事業の経営を評価する上で重要となる項目を水道事業の関係者や有識者との議論を経て取捨選別しています。利用者は任意の指標をX軸・Y軸に設定した散布図や指標の選択が自在な一覧表を操作しながら、全国平均に対する位置づけや都道府県内の事業体ごとの状況、さらには類似団体同士の比較まで自在に行うことができます。こうした多角的なデータによる現状の分析により、自団体の強みや弱みを客観的に捉え、課題解決のヒントを得ることを期待しています。さらに、データに基づく客観的な情報は、水道事業の現状や改革の必要性について地域住民の理解を深める材料となり、住民向け説明などの対外的なコミュニケーションにも活用されうると考えています。
(出典)「上下水道DX推進検討会 最終とりまとめ」2025年
図表4 水道事業等の経営状況に関するダッシュボード
(出典)デジタル庁提供
5.おわりに
デジタル庁のファクト&データユニットは、内閣官房行政改革推進本部事務局が運営している伴走型支援ネットワーク(=行革事務局がハブとなり、機動的で柔軟な政策形成・評価に有用な機能を有し、各府省庁の政策立案をサポートする官民のネットワーク)に参加し、他の府省庁からの相談も受け付けています。もし、「自分の担当分野の政策立案や推進でデータを利活用したい」等のご相談があれば、行革事務局までお問い合わせください。
他にも、行政や公共機関、民間企業などに従事する方が、わかりやすいダッシュボードを効率的に開発できるように、ダッシュボードデザインの実践ガイドブックとチャート・コンポーネントライブラリを公開しています。ダッシュボード開発の際はぜひご活用ください。
政策に関わる皆さまも、各種ダッシュボードを現場でご活用いただくとともに、「このダッシュボードのここが使いづらい」「この指標はこの粒度のデータまで確認したい」「この分野のデータも公開してほしい」等の声も届けていただけますと幸いです。政策データの充実と利活用ニーズの高まりが、さらなる行政でのデータ利活用の推進力になると信じています。本稿を通じて、一人でも多くの方々が行政におけるデータ利活用の具体像を掴み、それぞれの立場で次のアクションを起こす一助となれば幸いです。

志水 新(しみず あらた)
ファクト&データユニット
Data Design Lead
大手IT企業やコンサルティングファームを経験。2019年に行政・公共のデザイン研究のため渡米。帰国後、自治体の方々と新しい公共政策のアプローチを探求するNPO法人の設立に尽力。2022年、デジタル庁に民間専門人材として参画。行政や準公共領域のサービスデザインやデータ利活用を推進中。

樫田 光(かしだ ひかる)
Chief Analytics Officer/ファクト&データユニット長
外資系コンサルティングファームなどを経たのちに2016年に株式会社メルカリに入社し、データアナリストチームの責任者として事業のデータ分析・成長戦略の立案業務を行う。2022年デジタル庁に民間専門人材として参画、ファクト&データユニットを立ち上げ、ユニット長に就任。2024年、Chief Analytics Officerに就任。




