行政&情報システムOnline

無償

2023.10.02

2023年10月号 連載企画「ニューノーマル時代の社会システム」no.8 データ分断社会から共有社会へ

株式会社NTTデータ経営研究所
主席研究員 エグゼクティブ・コンサルタント
三谷 慶一郎

1.データが分断されている社会

 大学の講義で学生とよくディスカッションするテーマのひとつに「個人データは誰が管理すべきか」というものがある。個々人の属性や生活に直接紐づけられるデジタルデータを、どのような環境で管理することが私たち自身にとって有益かということを問うものだ。
 解答には大きく二つの方向性がある。ひとつは、あらゆる個人データを誰かにまとめて委ねてしまうというもの。典型的なのは中国等のように国家があらゆる個人データを集中管理するような社会だ。また、アメリカのように大企業であるGAFAMのようなメガプラットフォーマーが集約して管理する社会もある。もうひとつは、ヨーロッパ諸国のように、個人情報保護やプライバシー遵守を最優先し、個人データはあくまで個々人が自分で管理する社会だ。日本も実質的にこれに近い状況にある。
 個人データを他者に委ねるか、自分で持つか。それぞれの選択肢には当然ながら背反するメリット・デメリットが存在し絶対的な正解は存在しない。「他者に個人データを委ねる社会」では、データが最初から集約されているため、それを活用することがとても容易であることが最大のメリットになる。デメリットは言うまでもなく、個人データを保有する国や企業に、その活用についてもすべて任せきってしまうことだ。何らかの理由でその国や企業が歪んだ判断を行ってしまえば、デストピア的な監視社会、管理社会が現実になってしまうかもしれない。一方「自分で個人データを管理する社会」はその逆で、メリットは自分にとって不利益な活用が行われる危険性が少なくなることだし、デメリットは、データが分散しているのでそれを束ねて活用する難易度が高くなることだ。また、自分で個人データを管理すること自体が容易ではないこともデメリットになる。
 朝日新聞デジタルが2020年6月に「安全のために個人情報をどこまで渡せる?」というテーマでアンケートを実施している[1]。「感染症予防や私たちの安全のためなら個人情報が使われてもいいと思いますか」という設問に対して、実に52.7%の人が「共有したくない」と回答し、「共有してもいい」と答えたのは39.2%に留まっていた(図表1)。また「安心安全のためなら、あなたが政府に提供してもいいと思う個人情報はどれですか」という設問に対しては、「健康状態・病歴・通院歴」や「氏名・住所・学歴」などは比較的提供してよい情報と回答しているのに対して、「すべて提供したくない」という全否定の回答は36.9%に達した(図表2)。コロナ禍直下で、公衆衛生上の観点から感染者情報等の共有がより重要だと思われている時期でさえ、このような結果が出ている。やはり日本はプライバシーにかなり重きを置いている国のようだ。日本にはGAFAMのようなメガプラットフォーマーはほぼ存在せず、政府へ個人データが集約されることを拒む声も少なくない。結果として日本の個人データの多くは一か所に集中しておらず、保有主体毎に分断されている状態にあることになる。

 

図表1 「感染症予防や、私たちの安全のためなら個人情報が使われてもいいと思いますか」

(出典)朝日新聞デジタル・アンケート「安全のために個人情報をどこまで渡せる?」2020年

 

図表2 「安心安全のためなら、あなたが政府に提供してもいいと思う個人情報はどれですか」(3つまで選択可)

(出典)朝日新聞デジタル・アンケート「安全のために個人情報をどこまで渡せる?」2020年

 

 データが分断されているだけでなく、同じものを意味するデータであっても名称や形式が保有している主体毎に異なることもこの社会ではよく見られる現象だ。同じ企業の中でさえも部署によってデータ名称や形式が、バラバラで標準化されていないことは珍しくない。このこともデータを集約しにくいという日本社会の欠点につながっている。本連載の第7回でも書かせてもらった通り、日本社会は終身雇用を続けているため、企業間等の人材移動が海外と比較してかなり少ない。この環境が企業や行政機関の中に、個別性の高い業務プロセスや、自組織内でしか通じない「言葉やスラング」を生み出している。そのために、使われている情報システムも個別仕様になっており、扱っているデータも標準化されていないことが多いのだ。
 当然ながら企業間でデータ交換を行う難易度は高くなる。一般的な受発注業務においても、中小企業等ではまだまだ電話やFAXを使っている場合が多く、EDI(電子データ交換)は十分に実現されていない。さらに、業種の垣根を越えた中小企業共通EDI標準も検討され2018年に公開されてはいるが、その普及は一部に留まっているようだ。

 

2.データは集めるほど価値が増大する

 2017年のThe Economistに「世界で最も貴重な資源はもはや石油ではなくデータである」という文章が掲載され、表紙には、GoogleやAmazon、Uber、Teslaといった企業が海上にプラントを構え、大量のデータを掘り出しているイラストが描かれた。「ビッグデータ」という言葉が示す通り、データはたくさん集まれば集まるほど大きな価値を生み出すものであることは間違いない。
 UberやAirbnbといったデジタルサービスは、個々人の移動したい、宿泊したいといったニーズと、自家用車に空席がある、自分の部屋が空いているといったシーズをマッチングさせるサービスだが、当然ながらマッチング率はデータが増えれば増えるほど向上する。Amazonがレコメンドエンジンによって「おすすめ商品」を表示するサービスも、対象データが多いほどヒット率は上がるだろう。
 昨年来大きな注目を集めている「生成AI」の開発は規模の競争になっており、より大規模な言語モデルが作られ続けている。これは「計算量(コンピュータでの処理量)」「データ量(入力された情報量)」「パラメータ数(ディープラーニングにおいて扱われる係数の豊富さ)」の各要素を巨大化させればさせるほど、より高性能なモデルが生成できるという「スケール則」(scaling law)があることがわかってきているからだ。つまりたくさんのデータを持っていればいるほど強力な生成AIモデルを創り出すことができる可能性が高いことになる。

 

3.データを共有しなければならない状況が生まれる

 また近い将来、社会全体としてデータを共有せざるを得なくなる状況が生まれることも十分に考えられる。最も身近でわかりやすいのは、コロナ禍のような状況の再来だろう。感染状況、ワクチン接種等、国全体として正確かつ迅速なデータ共有が必要になってくる。そして、少なくとも今回は残念ながらそれはあまりうまくはいかなかった。内閣官房が取りまとめた「包括的データ戦略」には「今般のコロナ禍においては、国・地方公共団体での情報共有が進まない、公開されるデータが使いづらく民間のサービス提供が困難、事業所などの基礎的データの整備が不十分で迅速な給付行政が困難など我が国のデジタル化への対応の遅れが露呈した」という記述がある[2]。今後、類似の事象が起こったときに備え、国全体での対応策を早急に考えておかなければならない。
 また、民間企業側では、規制によって産業界全体で半強制的にデータ共有を行うことをルール化する動きがある。欧州委員会が2020年に公表したバッテリー規制案がそうだ。これは、蓄電池の材料を天然資源から採掘し製錬するプロセスにおいて、ニッケルやコバルト、リチウム等について、環境・人権等に配慮した調達(強制労働等といった人権侵害を引き起こしたり助長したりする活動を行わない)を促すため、調達方針の作成・講評や調査、対策を義務づけたり、電池製造・廃棄時の温室効果ガス(GHG)排出量の表示を必須とするものだ。この規制によって、蓄電池製造・廃棄におけるトレーサビリティ確保や消費者等への情報提供を行うために、蓄電池に関連する情報を、関係するすべての事業者から入手するためのデータ流通の仕組み(バッテリーパスポート)を導入することが想定されている。これに対応できないと事実上当該市場への参入ができなくなってしまうわけだ。ある種の社会的要請をトリガーに、関連する世界中の企業から特定のデータを集約していく。このような動きは今後多くの製造物において広がっていくだろう。企業は自らのビジネスを続けるために、データ共有の輪に参加せざるを得なくなるのだ。
 また、災害発生等に備えて、行政機関や企業におけるレジリエンス強化のためにデータ共有を行うというシナリオも考えられる。非常時において、自組織の活動を継続していくためには、他組織が保有する基幹システムをシェアさせてもらうといった代替性確保対策が有効になる(このあたりは本連載の第5回で触れさせてもらった)。そして他組織の基幹システムを利用するためには、業務上管理しているデータを標準化し、共有できるようにしておかなければならない。
 平時においても、環境変化に呼応して企業がビジネスを変革していく場合には、他社とのデータ共有が必要になり得る。人口が減少し、市場が縮小していく今後の社会においては、多くの企業において現在のビジネスをそれに合わせて変化させていくことが必要になる。単純に企業組織を縮小していくだけではなく、非競争領域にあたる機能を競合他社等とシェアすることも考えられる。あるいは他社を合併・買収するような場面も増えてくるに違いない。そのいずれにおいても、ビジネスに関連するデータを迅速に統合しなければならない。企業だけでなく自治体であっても、同様の理由で活動規模の縮小、他主体との合併等はあり得る。
 これは全くの私見なのだが、自治体が管理している業務、例えば住民管理、防災、ごみ処理、医療・介護、教育等には、それぞれの特性に応じた「適正規模」があるのではないだろうか。医療・介護のような住民に密着したサービスは、個々人の個別性に寄り添えるようなきめ細やかな単位で管理をすべきだし、ごみ処理や消防、防災といったサービスは自治体の枠を超えてより広域で管理した方が合理的かもしれない。地方自治の自由が前提だとしても、業務の中には国全体として一括管理した方がメリットが大きいものもあるかもしれない。昔から議論されている道州制のように、自治体の括りを単純に大きくするということではなく、自治体の形を維持したままで、管理している業務毎に、近隣自治体も巻き込む形で最適な規模のバーチャル自治体を構築する、これは検討の余地があるかもしれない。そして、いずれにせよ、状況に応じたデータの共有が不可欠になる。

 

4.データ共有社会を目指す

 これまで述べてきた通り、日本のデータは、それを保有している企業や行政機関等の主体毎に管理されており、社会全体としては分断されてしまっている。一方、データを集めなければ大きな付加価値は生まれないし、社会全体としてデータを集めなければならない状況も生まれ始めている。早急に、バラバラに存在するデータを、主体を越え社会全体として共有できる仕組みを作り上げる必要があるのだ。
 必要となるデータ共有の仕組みにはいくつか要件がありそうだ。第一に「データ主権」が守られていること。つまりデータの所有者が自分のデータを制御・管理する権利が遵守されており、誰かの力で強制的にデータが集められる恐れがないことだ。次に、行政機関や大企業だけに留まらず、NPOあるいは個人に近い組織等、日本社会に存在するあらゆる組織のデータを共有の対象とすること。さらにはデータの共有形態は固定的ではなく、どのようなデータをどのような主体間でいつまで共有するかというその時々の取り決めに従って、動的にかつ容易に変更できるようにしなければならない。
 ここまで書いてきてひとつ参考になりそうなコンセプトを思い出した。ずいぶん前になるが、2002年にニューメディア開発協会において電子申請を実現するために調査されていた「ライセンスリポジトリ方式」である(筆者もこの調査に参加した)(図表3)。これは行政機関における申請手続の電子化を進めていく上の課題のひとつで、申請に伴って必要となる他省庁が発行する添付資料が数多く存在することへの対応策だ。具体的には「添付資料を電子的な形で発行元行政機関等に保管しておき、申請受付側の行政機関が必要に応じて閲覧することで、添付を不要にする」ものだ[3]。当時はネットワークの制限から大容量の添付資料を送付することが困難になるという観点から検討されていたのだが、添付資料を発行する行政機関と、申請受付側の行政機関が、特定のデータを共有するという意味では、今後考えるべきデータ共有の仕組みのヒントになるかもしれない。

 

図表3 ライセンスリポジトリ方式のイメージ

(出典)一般財団法人ニューメディア開発協会「ライセンスリポジトリ方式の制度的及び技術的課題に関する調査研究調査報告書」2002 年を元に筆者作成

 

 ライセンスリポジトリ方式は、以下のような手順で電子申請が行われる。①申請手続に添付が必要となる証明書等を、それを発行している行政機関あるいは民間機関等でデータベースとして格納する。②申請者が、申請書と添付資料閲覧用のトークンを送付する。トークンとは「許可を与える印(しるし)」を意味するもので、この中には閲覧対象のデータ名称、閲覧を許可した対象者、閲覧可能な期間等の情報が改ざんや複製が不可能な形で入っている。③申請を受領した行政機関は、添付資料にあたる証明書等を、送られてきたトークンを使って発行している行政機関等にアクセスし内容を確認する。④審査を経て申請手続を受理する。
 この方式の優れている点は、データを保有している人の許可を前提として、トークンを活用しデータを閲覧する権利を受け渡すことを可能にするというところにある。これは、昨年来騒がれているWeb3におけるトークンエコノミーの考え方とほとんど同じだと言っていい。データ主権を持つ主体が、対象となるデータの閲覧を他者に許可する。これを社会全体で相互に行うことができる仕組みができればデータ共有社会の基盤になるはずだ。
 データ共有に関する最近の動きとしては、「ウラノス・エコシステム(Ouranos Ecosystem)」というイニシアティブがある。これは、経済産業省や情報処理推進機構(IPA)デジタルアーキテクチャ・デザインセンター、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によって推進されている活動だ。ウラノス・エコシステムは、運用及び管理を行う者が異なる複数の情報処理システムの連携の仕組みに関して、アーキテクチャの設計、研究開発・実証、社会実装・普及に向けた検討を行うもので、先のG7群馬高崎デジタル・技術大臣会合に合わせて立ち上がったものだ[4]。このイニシアティブではまずは、蓄電池・自動車業界を対象としたデータ連携基盤をターゲットして検討を始めていくようだが、ぜひ本稿で述べてきたようなデータ共有社会基盤の実現につなげていってもらいたい。
 データ分断社会を突破し、データ共有社会をつくることは、日本の抱える極めて重要な課題だと認識している。行政が何かしらの法律やルールをつくったり、民間企業が個別にデジタル化を進めたりしていくだけではどうにもならない。産官学のプレイヤーが参加し中長期的な議論を繰り広げる場をまずはつくるべきだろう。

 

【参考文献】
[1] 朝日新聞デジタル「安全のために個人情報をどこまで渡せる?」2020年
[2] 内閣官房「包括的データ戦略」2021年
[3] 財団法人ニューメディア開発協会「ライセンスリポジトリ方式の制度的及び技術的課題に関する調査研究調査報告書」2002年
[4] 経済産業省/情報処理推進機構デジタルアーキテクチャ・デザインセンター「第4回企業間取引将来ビジョン検討会事務局資料」2023年

 

 

三谷 慶一郎(みたに けいいちろう)
株式会社NTTデータ経営研究所
主席研究員 エグゼクティブ・コンサルタント
企業や行政機関におけるデジタル戦略やサービスデザインに関するコンサルティングや調査を推進している。博士(経営学)。武蔵野大学国際総合研究所客員教授、情報社会学会理事、経営情報学会監事、日本システム監査人協会副会長。近著に「ITエンジニアのための体感してわかるデザイン思考」(日経BP)、「攻めのIT戦略」(NTT出版)、監訳書に「DX経営戦略」(NTT出版)がある。