1.世界有数の住みやすい都市・メルボルン
ご縁あって、昨夏、教材作成のためにオーストラリアのメルボルンを訪れた。メルボルンは世界有数の“住みやすい都市”として知られている。調査によって評価項目に違いはあるものの、共通して評価されているのは街の安全性、文化・教育資源、質の高い公共空間、多様性と包摂性である。国際的なランキングで常に上位に入っている。
2016年から市議会議員を務め、2024年からはメルボルンの市長を務めるリース氏は、「私は常に、“結果を出す”ことにこだわる〈現場主義の市長〉でありたいと言ってきました。(中略)最優先は、安全で清潔なメルボルンを実現することです。メルボルンはグローバルな都市であり、大胆な発想と高い志にふさわしいのです」と述べている。
メルボルンの“住みやすさ”はどのように実現されているのか、デジタル活用はどう寄与しているのか、スマートシティの取り組みは住民にどう受け止められているのか――などの問いを持って、メルボルン市役所のスマートシティ、交通、気候変動の各担当者と、市議会議員にインタビューした。
デジタル活用の観点からメルボルンの取り組みを説明する際、市役所の担当者はキーワードとして「イノベーションと運用」を挙げた。新技術を現実世界で試行(パイロット)すること、うまくいった取り組みは日常のオペレーションに組み込み、定着させ拡張していくという2本柱がメルボルンの取り組みを支えているという。
メルボルンのスマートシティは、最先端技術の活用という派手さはないが、住民との地道なコミュニケーションによって培われた信頼に基づいて、人やコミュニティ中心に設計されていた。
2.メルボルンのスマートシティ政策
オーストラリアで有数のセンサー都市となったメルボルン
メルボルンに住んでいる住民自身は、メルボルン=スマートシティだとは捉えていないようだが、市はスマートシティに力を入れている。特に、センサーネットワークの整備に注力しており、オーストラリアでも有数のセンサーの街となっている。15年ほど前から整備を始めて、6,700を超えるセンサーが街中に張り巡らされている。6,700のうち5,900程度が駐車場センサー、460程度がごみ箱センサー、その他340程度が交通量センサー、微気象センサー、防犯カメラなどとなっている。主なセンサーの種類と活用方法は以下の通り。
●歩行者センサー:都心部の日々の人流パターンを把握し、インフラ整備や大規模イベントの影響評価に活用。
●遊具センサー(公園設備):ブランコなどの遊具の利用状況を計測し、遊具の更新やオープンスペースのマスタープラン策定に反映。
●微気象センサー:気温・湿度・降雨・空気質を記録し、ヒートアイランド研究や気候レジリエンスの向上に活用。
●駐車場センサー:駐車場の過少/過剰利用エリアを把握し、活用の少ないエリアを別用途(テラス席や自転車インフラなど)に活用。
●自転車レーンセンサー:自転車レーンの利用実態を計測し、インフラの整備効果を検証。
●雨水センサー:水位や詰まりを検知し、不要な巡回・点検の削減と気候レジリエンス向上を実現。
データは原則公開され、市役所の意思決定に使われる
これらのセンサーネットワークが収集したデータは、市が管理するオープンデータプラットフォームで公開されている(https://data.melbourne.vic.gov.au/pages/home/)(図表1)。
図表1 オープンデータとして公開されている歩行者データ(2025年11月28日12時時点)。過去4週間の同日時の平均よりも多い場合に黄色、平均程度が白、平均以下が青に色分けされている。
(出典)https://www.pedestrian.melbourne.vic.gov.au/#date=28-11-2025&time=12
このような情報をベースに、市内のランドマーク、CBD(セントラルビジネスディストリクト)と呼ばれる中心部の碁盤目の街路網、アボリジニ代表団体の管轄エリア、工事エリア、大規模開発プロジェクト、洪水ハザードマップ、入植以前の水路や植生、木や森の分布、熱快適性、ヒートリスクなどが可視化されたパネルが市役所の入り口に置いてある(図表2)。これはシティDNAモデルと呼ばれるもので、市内交通状況のリアルタイムデータを含めた15のデータセットをスイッチで替えられる仕組み。上述したデータの他に、市内の飼い犬や猫の分布も示されるのが面白い。市役所を訪れる視察団が市役所に入館してから最初に目にする場所に設置されており、待合時にこのパネルを操作しながら会話が弾む。
図表2 左上から時計回りに、森、熱快適性、飼い猫・犬に関するシティDNAと呼ばれる3Dパネル
(出典)著者撮影
日々収集される様々なデータは、市役所の業務に活かされている。3つのエピソードをご紹介する。
1つ目のエピソードは、メルボルンで最も広いグリーン空間であるロイヤルパークのData in the Parkプロジェクト。歩行者カウンター、日射・温湿度・降雨・風向風速・大気質などを計測する微気象センサー、ベンチの着座検知(加速度)などを組み合わせ、これまで担当者の観察や印象で決められがちだった公園の“使われ方”を定量的に評価した。一見孤立して見えるベンチでも一定の利用があること、日陰導線の重要性などがデータにより可視化され、実際の再設計に活かされた。
2つ目のエピソードは、サウスバンク・プロムナードにおける安全性の議論。サウスバンク・プロムナードは、市内中心部を東西に流れるヤラ川(Yarra River)の南岸沿いに伸びる遊歩道。橋を渡った北岸にはCBDがあるため、歩行者の往来が多く、市中心部へ向かう主要な自転車ルートにもなっている。このサウスバンク・プロムナードの周辺地域では、住民から「自転車のスピード超過が多く歩行者にとって危険だ」という懸念が寄せられていた。
実態を把握するべく、市はサウスバンク・プロムナードにおける住民の移動手段の測定と走行速度を計測するカメラを設置し、参加型プラットフォーム「Participate Melbourne」(このプラットフォームについては後述)上で計測結果を公開した。計測データから、平日は自転車の52%が時速10~15kmで走行していることが分かった。この割合は、週末には44%に減少する。平日の自転車走行者の半分程度が自転車の制限速度10km/hを少し超えているものの、実際には過度に危険なスピードではなかった。この実態調査は、遊歩道の安全性の議論を印象論からエビデンスベースへ転換する好例となった。
3つ目のエピソードは、土木整備における埋設炭素の見える化だ。観光名所としても有名なクイーンビクトリアマーケットの道路と歩道のリニューアルの際、工事で用いるコンクリートやアスファルトなどの炭素量を算定し、低炭素材へ置換した場合の削減効果を「自動車何台分のCO₂に相当」という指標で可視化した。この可視化は、市長を含めた市の意思決定者に評価されて、その後の調達要件(低炭素材の積極採用と利用実績報告)に反映されることになった。
こうしたエピソードから、市の担当者が日常業務でいかにデータの可視化を重視しているかがよく分かる。
3.住民参加
住民とのエンゲージメントを重視する
データを活用した、あるいはデータに基づいたメルボルンの街づくりは、住民とのエンゲージメントを深めるために非常に重要だと捉えられている。市が運営する参加型プラットフォームの「Participate Melbourne」(図表3)では、街の様々なプロジェクトの計画が公開され、住民の意見を募っている。特定のテーマ(例えば先述のサウスバンク・プロムナードの自転車問題について)についての集会案内もこのサイトに掲載される。
図表3 Participate Melbourne
(出典)https://participate.melbourne.vic.gov.au/
Participate Melbourneなどの公開プラットフォームに集められた様々な意見やアイデアは、市の内部で運用されている「Knowledge Bank」というポータルサイトに集約される。Knowledge Bankは、各種エンゲージメント活動から得られたフィードバックを統合する内部データベースの役割を果たしており、例えば「自転車レーンについて地域コミュニティはどう考えているか?」といった問いに対して、住民の過去の発言を横断的に検索できるように設計されている。さらに、住民の属性別の分析も可能で、市役所が政策を遂行する際に多様な視点を考慮できるようになっている。
Knowledge Bankは現在、メルボルン市のプロジェクト運営に関わる職員が参照することのできる基盤的な情報ソースとして機能しながら、住民からのインプットが実際の計画やサービス提供に直接反映されることを担保する重要なツールとなっている。ここに蓄積された情報を踏まえて、職員が住民とコミュニケーションを取る際には、「以前あなたはこう言っていましたが、今も同じ考えですか?」と積極的に確認するそうだ。
このように、メルボルンは、エンゲージメント活動の中で、住民からのフィードバックをしっかりループさせることを重視している。寄せられた意見は放置されず、プロジェクト活動で継続的に考慮されることが徹底されている。地域のボランティアが現地住民と市役所とのパイプ役となり、排水の詰まりから照明の安全性まで、地域の懸念を市の担当者に細やかに伝達し、雨水センサーのセンサーモニタリングなどと結び付けている。
地道なコミュニティとの対話を市政に反映
15年ほどかけてオーストラリア有数のセンサー都市となったメルボルンだが、住民は当初、住居周辺へのセンサー設置に否定的だったそうだ。特に個人情報の取得やプライバシー侵害を懸念する声が多かったという。担当者は設置目的の説明にはとても苦労したと当時を回顧したが、時間の経過とともに、センサーデータが実際の日常的なサービス改善に役立つことを目の当たりにした地域コミュニティは、徐々にセンサーの設置に理解を示すようになっていったという。
エンゲージメント活動を重視し、データを見える化して日々の暮らしの課題と結び付け、住民からのフィードバックをデータとして蓄積しているからこそできた、信頼醸成の素晴らしい事例であると感心した。と同時に、エンゲージメント活動におけるコミュニケーションの重要性を改めて認識することになった。
メルボルン市のスマートシティ施策は、官民連携にも支えられている。大学、スタートアップ、ビクトリア州政府と協働して都市課題に対する解決策を試行するDigital Innovation Challengeはその一例で、例えばフィッシャーマンズ・ベンドという再開発地区の活性化などに取り組んでいる。様々なセンサーデータを使ったプロジェクトも外部パートナーと展開し、気候変動への対策とデジタル活用を加速させている。
2025年5月にはMelbourne 2050 Summitが開かれ、学生から退職者まで700名超が参加した。このサミットではメルボルンのイノベーション、サステナビリティ、リバビリティ(住みやすさ)に関する多様なアイデアが議論され、現在、この議論に基づく長期的な計画や進行中のプロジェクトに反映するための分析が進められている。こうした参加型のリアルなイベントは、地域コミュニティの声と行政の橋渡しを果たす重要な機会となっている。
4.データを対話の共通言語に
これまで見てきたように、メルボルンは、様々なツールを用いてデータと住民対話の統合を実践し、スマートシティの推進における透明性と信頼、そしてインクルージョンを獲得している。本稿で紹介した3つのエピソードからは、データが“対話の共通言語”になっていることが分かる。住民との対話だけではなく、市長や市議会議員、外部の様々なステークホルダーとの対話でデータが使われている。
Participate Melbourneでは、新しいテクノロジーの実験・社会実装の過程を公開し、意見募集や実データの可視化によって、住民の気づきを政策に反映する。市役所内部で運用されるKnowledge Bankは、苦情・提案・対面ヒアリング・アンケート・各種ポータルなど複数チャネルから寄せられた住民の声を横断的に検索・照合でき、市はセンサーなどの定量データと住民からの定性データを同じ土俵で扱うことができる。サウスバンク・プロムナードの自転車速度問題では、速度や移動手段の実測値を公開することで、体感的な懸念を事実に基づく議論に転換させた。こうしたオープンかつ参加型のアプローチは、住民が「自分の声が届いた」と実感することに寄与し、様々なテクノロジーの導入が、日常生活を一段階快適なものにするための役割を果たすことを証明した。
本連載ではこれまで、前橋市やデンマークの例を挙げてエコシステムやエンゲージメントの重要性をお伝えしてきたが、メルボルンの取り組みからも同様の示唆が得られたと考えている。冒頭で引用した市長のコメントには、「結果を出すことにこだわる」とあった。今回実施したインタビューからは、現場の職員が技術の導入(最初のパイロット運用)とデータの可視化、ステークホルダー対話、フィードバックの反映というループを徹底しながら確実な成果を出していることが分かった。
この事例からは、スマートシティの勝負所は最新のテクノロジーにだけあるのではなく、様々なツールから得たデータをいかに日常業務に組み込むか、仕組み化して定着させていくかだと感じた。インタビューに応じてくれた市議会議員が、市政遂行にあたってはメルボルン市民の多様性をとても重視していると強調していたのも印象的だった。
今回メルボルンを訪れて、1週間という短い滞在ではあったが住みやすい街として名高いことに納得感があった。中心地はコンパクトで周辺に緑が多く、サウスバンク・プロムナードのような散策路も整備されている。そして何より食材が豊かで、山海の幸、野菜、チーズ、様々なものを新鮮に購入できるマーケットが中心地に複数あった。CBD内はトラムも無料で、世界で最も美しい図書館の上位にランクインする州立図書館もある。治安も悪くなく、総じて清潔な街だった。派手さはないが、こうした”住みやすさ”の裏側には、データに基づく市政の堅実な実行があるのだとよく分かった。今回紹介しきれなかったエピソードはまた機会があればご紹介したい。

櫻井 美穂子(さくらい みほこ)
ノルウェーにあるアグデル大学の情報システム学科、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターを経て2024年より現職。専門は経営情報システム。特に基礎自治体および地域コミュニティにおけるデジタル活用について、レジリエンスやサスティナビリティをキーワードに研究を行っている。近著『ソシオテクニカル経営:人に優しいDXを目指して』(日本経済新聞出版、2022年)、『世界のSDGs都市戦略:デジタル活用による価値創造』(学芸出版社、2021年)、など。


