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2023.12.01

2023年12月号 連載企画 デジタル時代の自治体人材とは 連載企画「デジタル社会のデザインプリンシプル」no.8

国際大学GLOCOM
准教授
櫻井 美穂子

1.デジタル人材って?

 デジタル活用に関する自治体を取り巻く議論は、近年目まぐるしい動きを見せている。2023年に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」では、デジタル人材の育成・確保が掲げられ、デジタル人材の育成プラットフォーム構築や数理・データサイエンス・AI教育の推進、女性デジタル人材育成の推進などの施策が明記された。ほかの省庁の調査報告や各種委員会でも、あるいは公的分野に限らず、あらゆる分野で“デジタル人材”の重要性が叫ばれている。
 そこで多くの人が思うことが、「デジタル人材ってどういう人のこと?」という疑問ではないだろうか。DXと同様に、デジタル人材も様々な場所で様々に定義されているので、デジタル人材を一言で表すのは難しそうだ。
 例えば“デジタル人材”と検索すると、DXを担う人材、デジタル技術を使いこなすスキルを持つ人材、最新のデジタル技術を駆使して企業などに新しい価値を提供する人材、といった定義が出てくる。経済産業省では生成AIの社会的インパクトを加味した上で、2023年8月に「デジタルスキル標準」の見直しを発表した。
 本稿では、世の中で多様に定義されている“デジタル人材”について、ソシオテクニカルの観点から考察する。筆者の研究チームがセールスフォース・ジャパンとの共同研究で2021年10月から12月にかけて実施した、国内16の自治体職員を対象としたヒアリング調査(自治体DX調査)の結果を交えながら進めたい。
 ヒアリング調査では、ソシオテクニカルシステムにおける社会システム(人・組織/構造)に焦点を当てた。目的は、自治体が住民ニーズに沿ったデジタル化を推進するために必要な能力や組織の在り方(特に組織ルールや組織文化に着目)を明らかにすることである。
 調査を実施した背景には、世の中に溢れている“デジタル人材”の定義について、技術システムの側面からの考察が多いのではないか、という問題意識があった。社会システムの重要な要素は人と人のつながり(社会関係資本)や人のマインド(モチベーション)、組織構造やルール、文化などである。これらの観点に基づいた時、“デジタル人材”の輪郭はどのように浮かび上がるだろうか?
 ヒアリング対象となった16自治体は、スマートシティへの注力の度合いやサンプル自治体の人口分布のバランスから任意抽出した。ヒアリングに対応いただいたのは、各自治体のCIO、CIO補佐、スマートシティ・DX・IT推進などの担当職員計31名。合計で18セットのヒアリングを行った。
 ヒアリング項目は、アメリカで主に企業を対象としたデジタル化と組織に関する先行研究1を基に、次の3つの観点を中心にオープンクエスチョン方式で実施した。
【質問①人について】自治体職員に求められる“能力”の深堀り
【質問②組織について】組織文化、モチベーション、意思決定プロセス、予算ルール、対話・挑戦・学びを後押しする職場環境などの理解
【質問③ICT環境について】職場外でのICT環境、共創のためのコミュニケーションツール、インターネット接続状況など
 本調査では、自治体のデジタル活用において必要となる人の能力や組織の在り方を「自治体デジタルDNA」と名付けて分析した。なお、本稿では紙幅の関係上、③のICT環境についての結果詳細は割愛する。

 

2.自治体デジタルDNA:自治体DXに必要な“人の能力”

 ヒアリングでは、上記3つの観点を網羅する回答として、「“デジタル”よりも“トランスフォーメーション(変革)”が大切」と答えた自治体が多かったことを記しておく。トランスフォーメーションの実現にあたっては、「個別最適ではなく全体最適の視点で物事を捉えることの重要性」が指摘された。この視点を念頭に本稿を読み進めていただきたい。
 質問①(自治体職員に求められる“能力”)を尋ねた際には、各省庁の報告書や先行研究で挙げられている能力を例示しながらヒアリングを進めた。例えば、ファシリテーション・共働能力、コミュニケーション能力、業務改善能力、データ活用能力、制度を理解する力、住民視点の理解力、業務担当と情報部門の橋渡し能力、目的設定力、コーディネート力などである。
 これらの能力については、ほぼ全ての回答者がその必要性について賛成と答えた。ただし、一人で全ての能力をカバーするのではなく、それぞれの能力に秀でている職員がチームとして動くことが大切という意見が多かった。あるいは、チームを組まなくとも、組織内の横の連携と情報共有を強化しながらできる人ができることをやればいい、という意見もあった。
 自治体DXやスマートシティの取り組みはICTの活用そのものが先行し、どのような課題を解決すべきなのかが曖昧なまま進んでしまいがちという意見もあった。
 ヒアリングの結果、研究チームで整理した自治体DXに必要な“人の能力”が図表1となる。

 

図表1 自治体デジタルDNA:“人の能力”

(出典)著者作成

 

●構想力:デジタルを使って何をする?の答え
 「デジタルを使って何をするのか?」を問い、自分なりの答えを持つことはデジタル活用に関する業務に従事する全ての職員に求められている。この問いに対する答えを導く力を構想力とした。個別最適を実現するデジタル活用ではなく、全体最適に資するデジタル活用を構想することが重要である。本連載でご紹介しているアーキテクチャの考え方がここで生きてくる。
 構想力を一人で育むことは難しく、組織内外の協力者を得るためのコミュニケーション能力や対話力、重要なステークホルダーを巻き込む力を駆使しながら答えにたどり着くと考えられる。その過程においては、住民が何を求めているのかを聞く力(広聴力)や住民の目線で課題を判断し行動する住民目線力が重要になるとの意見が多かった。
 以下、回答者のコメントを抜粋してご紹介する。
・特に住民視点について、大切なことは理解しているが実際にその視点を身に付けることが難しい。
・「忙しい」ことを課題に挙げるのではなく、住民目線で課題を解決する力と解決の推進力、責任を果たす力が必要。現状は力業で何とか乗り切れることが多く、問題を問題だと思っていないことが問題。
・どうしても目の前の課題に焦点が当たりがちになるが、10年後の未来をどう構想するのか、バックキャストで考えて、どのような法整備が必要になるのかイメージすることが大切だが、実際にはなかなかできない。
・情報部門はこれまでベンダー以外の(外部の)人とほとんど会話をする機会がなかった。

●自己変革力:自らを変えていく意識
 デジタル技術に関する知識は日進月歩で、5年前に当たり前と思われていた知識が現在は通用しないこともある。自己変革力を身に付けるためには、技術システムについての知識(セキュリティ、個人情報保護、ネットワークといった従来の電算の知識から、近年はWeb3.0やAI関連まで)をアップデートしながら、アンテナを広く外の情報を集め、積極的に業務に取り入れること(情報収集力)、収集した情報/データの分析(分析力)、自ら課題に気づくこと(問題設定力)、客観的事実やデータに基づき意思決定を下すこと(客観力→EBPMの実践)などが重要となる。
 技術システムについての知識は多岐にわたり、かつ高度に細分化されているため、一人で全ての知識を身に付けることは難しい。各々の道のエキスパートとのコネクションを持ち、必要な時に必要な知識にアクセスできるようにしたい。この観点からは、先に述べた巻き込み力も重要となる。
 日々の業務の中で忘れがちで、最も身に付けることが難しいのは問題設定力ではないだろうか。ヒアリングでも、次のようなコメントがあった。
・新人が入ってきて問題設定力の低い先輩に教育されても、問題を見つけられないという課題が循環してしまう。外の目も厳しくなっていて、創造的なことができにくくなっている。
 問題設定力の向上には、意識的な訓練が必要になる。問題を設定するための材料を揃え、分析する力も必要だ。ヒアリングでは「データ活用に対する意識がまだまだ弱い」との意見もあった。こうした弱点を克服してくれる様々なBIツールが存在するので、それらを駆使しながら地道に問題設定能力を身に付けていきたい。

●制度寄添力:デジタルで何ができる/できないを理解
 ヒアリングの中で多くの方が繰り返し言及されていたのが、法制度に対する深い知識がなければデジタル活用を進めていくことは難しいという点だった。現場で日々奮闘されている方にとっては釈迦に説法の話で恐縮ではあるが、構想を現実に落とし込んでいくための大切な能力として制度寄添力と名付けた。
 ただし、単に制度に詳しい、というのは十分ではなく、デジタル活用の障壁を乗り越えるために現状から何を変える必要があるのか、理事層や議会に対して論理的に説明して納得してもらう力(説明力、突破力)が必要になる。
 制度寄添力はデジタル関連業務に限ったことではなく、これまでも自治体職員に必要な能力だった。デジタル活用により脚光の集まる能力として、修正力・アジャイル力、余白力などが挙げられた。これらの3つの能力は、次セクションでご紹介する組織文化ともつながりが深い。
 これまで、事前に定めた計画通りに業務を進め、「正しいこと」「間違えないこと」が自治体職員の能力を測る尺度であった。いざスマートシティやDXなど、デジタル活用に関する業務になると、間違えてもいいのでトライ&エラーの精神で前に進むこと、事前に立てた計画が社会の状況と合わなくなってきたら必要に応じて修正していく、というアジャイルの精神が大切になっていることが分かる。
(回答者のコメント抜粋)
・デジタル関連の施策を実証で終わらせず実際のサービスにつなげるためには、法的な知識と、技術的なスキルが共に必要。制度の壁にぶつかった時に、どのように乗り越えるかが問われている。
・(何をするにも)バッファーがない。遊びがない。答えを探してしまう。
・一度決めた計画を修正するには、それまでやってきたことを変える決断力が必要。

 

3.自治体デジタルDNA:自治体DXに必要な“組織文化”

 続いて、質問②(組織文化など)についての結果をご紹介する。この質問項目では、まず回答者の日々のモチベーションや日ごろ意識している習慣について尋ね、その後組織文化や組織内の意思決定プロセス、予算配分ルール、対話・挑戦・学びを後押しする職場環境についての意見を求めた。
 回答者からは総じて、外部人材(とのネットワークを含む)の重要性や、フラットに情報を共有する大切さ、トップのメッセージの重みが語られた。産学連携、多様な文化の融合といったキーワードもあった。
 ヒアリングの結果、研究チームで整理した自治体DXに必要な“組織文化”が図表2となる。

 

図表2 自治体デジタルDNA:“組織文化”

(出典)著者作成

 

●ビジョン力:行先を示す
 先ほどご紹介した個人が身に付けるべき構想力と同様、組織にも「デジタル活用によってどのような社会インパクトを創出するのか?」を示す力が求められている。本調査ではビジョン力と名付けた。
 ビジョンを遂行するためには、日々現場で働く職員のモチベーションが組織の大きな推進力になる。回答者から多く聞かれたモチベーションについての意見は、人と会う、話す、相談するという行動(ネットワーク力)を習慣化している、あるいは他の人に相談することで前に進む力を得ているというものだった。
 必ずしも同じ自治体の同僚ではなく、他の自治体の職員、あるいは産業界や大学などの信頼できるパートナーの存在がモチベーションに大きく影響しているようだ。こうした、日々のコミュニケーションやネットワーク活動を後押しする組織文化が、職員のモチベーション維持や向上につながると考えられる。
 ネットワーク活動に加えて、得意領域が様々な職員と協働するチーム力や組織横断力、外部の組織と実際の業務で連携する力もビジョン遂行に欠かせない組織文化の要素である。

●寛容力:相談しやすい雰囲気、失敗を許す
 組織文化についてより具体的に尋ねた際の回答者の発言のワードクラウドが図表3である。文字の大きな単語はより多く発言されたものだ。一番の頻出語は「取る」で、取り組み、取り組みやすい、取り入れる、取り入れたいという文脈で使われていた。続いて「新しい」は新しいこと、新しい働き方、新しいプロジェクト、新しい話などの表現で使われた。
 デジタル活用についての調査なので、「新しい」や「取り組み」といった単語が頻出することには納得感がある。ここで注目したいのは、「失敗」や「相談」「雰囲気」「挑戦」といった単語である。
 「失敗」は失敗を許容、失敗してもいい、失敗したことを、失敗してきているといった文脈だった。「相談」「雰囲気」「挑戦」は、相談しやすい環境や雰囲気、挑戦を後押しする雰囲気といった文脈で使われた。

 

図表3 自治体DXと組織文化についてのワードクラウド

(出典)著者作成

 

 相談やすい雰囲気を創り出すこと(聞く力・相談力)や多様な考え方を理解する力(多様性融合力)が組織文化として重要であることが分かる。こうした環境は失敗を許容する寛容力につながる。

●理解力:学びを次に進む力に変える
 技術システムや情報システムの基本的な知識を身に付けられる組織であること、知識のアップデートを後押しする環境、さらには失敗を学びに変えて次のステップに活かす(学び力)組織文化を総称して理解力とした。フラットなコミュニケーションの重要性を理解する、小さな成功体験を積み重ねることの大切さ、改善を重ねながら理想に近づくマインド(改善力)、間違いを隠す文化から外部とのオープンな対話への転換、といったキーワードの重要性について多くの回答者が言及した。
 組織のトップや部門の責任者が理解力を身に付けて、新しい取り組み、挑戦しやすい雰囲気、対話の文化、失敗を許容する環境など、率先してデジタル時代に見合う新しい文化の醸成に務めることが求められている。
 ヒアリングの中では、リーダーの重要性が度々示唆された。回答者が理想とするリーダー像(リーダーに言って欲しい言葉)を図表4にまとめた。

 

図表4 自治体DXに必要なリーダー像

(出典)著者作成

 

(回答者のコメント抜粋)
・デジタルを使って「何をしたいのか」についてのメッセージを出すリーダー。
・熱意と寛容。
・新しいことに挑戦して、それを応援してもらえるような風土。お金と人は何とかするから、これに挑戦してみよう、と言ってくれる上司。
・話しかけやすい人。
・外の人とのコミュニケーションを大切にして、実際に人と会う。チームメンバーを連れていく、関係性をつくってくれる。
・きちんと物事を教えてくれる。
・情報システムについての基本的な理解がある。
・トップが言葉に出して、失敗することはしょうがない、恐れずに進みなさいと言ってくれる。
 果たしてこのような理想のリーダーは存在するのだろうか?と思われた方もいらっしゃるかもしれない。あくまで理想の組織文化の話として、自分たちの職場はどうだったかな、と振り返る際の参考にしていただければ幸いである。

 

4.自治体デジタルDNAの獲得には文殊の知恵が必要

 ヒアリングでは、自治体デジタルDNAの各能力を身に付ける機会が身近にあるかどうかについても尋ねた。「(情報セキュリティや個人情報保護など)テクニカルな研修が多く、企画構想力などを身に付ける機会がない」「研修で学んだ内容を継続するためのスキームが庁内に存在しない」といった意見があった。
 デジタル業務に関する人事の評価基準が確立していないこと、デジタル人材のキャリアパスが明確になっていないことも組織的な課題として浮かび上がった。
 本連載で繰り返し述べてきたように、DXの本質は、デジタル技術を活用してビジネスプロセスを効率化することだけではなく、組織や社会に存在する“多様性”を活かすことにある。これまでの仕事のやり方や組織文化を変えること、組織の変革には時間がかかる。だからといって一歩を踏み出すのを諦めず、構想力とビジョンを持って、デジタル時代に見合った組織文化や人の能力を醸成するための知恵を皆で出し合っていきたい。
 「自治体DX調査」結果の詳細については、国際大学GLOCOMのHP(https://www.glocom.ac.jp/activities/project/7637)をご覧いただければ幸いである。また、近著『ソシオテクニカル経営』でも結果を一部紹介している。

 

【注】

1 Kane, G. C., Phillips, A. N., Copulsky, J. R., & Andrus, G. R. (2019). The Technology Fallacy: How People Are the Real Key to Digital Transformation: MIT Press.4年間にわたるアメリカの企業人を対象にしたヒアリング調査を基に、デジタル社会において必要な組織の能力を「デジタルDNA」として整理した研究。

 

 

櫻井 美穂子(さくらい みほこ)
ノルウェーにあるアグデル大学の情報システム学科准教授を経て2018年より現職。専門は経営情報システム。特に基礎自治体および地域コミュニティにおけるデジタル活用について、レジリエンスやサスティナビリティをキーワードに研究を行っている。近著『ソシオテクニカル経営:人に優しいDXを目指して』(日本経済新聞出版、2022年)、『世界のSDGs都市戦略:デジタル活用による価値創造』(学芸出版社、2021年)、など。

 

【近著紹介】

『ソシオテクニカル経営:人に優しいDXを目指して』(日本経済新聞出版)
ソシオテクニカル経営とは、ITシステムを単なる効率化の道具としてではなく、人々の幸せや多様なニーズをサポートするものとして捉える考え方。ソシオテクニカル経営の実践に必要なのは、社会システムと技術システムの統合設計。統合設計に必要なデザインプリンシプル(設計指針)を、DXの考えが生まれた時代背景の解説を交えながら紐解く。