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2023.12.01

2023年12月号 トピックス データ一元管理による関係人口の可視化アプローチ

株式会社キッチハイク
つながるDX事業部長
伊佐治 圭亮

地域ソリューションチーム
菅澤 美月

取材/狩野 英司(行政情報システム研究所)
文/森嶋 良子

 近年、多くの自治体が関係人口の創出に向けた施策を展開しているが、所期の成果を得ている団体は少ない。そのための課題の一つとして挙げられるのが、現状や施策効果の把握の難しさである。
 それらの課題の解決にITサービスの開発・提供を通じて取り組んでいるのが株式会社キッチハイクだ。同社では、地域に関わる人々との関係性を育み、未来につなげるオールインワンシステム「つながるDX」の提供を通して、関係人口に関するデータの集約や可視化を行うとともに関係施策を含めた自治体のDXの推進を行っている。どのようなアプローチでこうした課題に取り組んでいるのか、話を聞いた。

 

1.関連データを集約し、関係人口の実態を正確に把握

- まず、関係人口についての課題認識と、解決に向けた取り組みの方向性をお聞かせください。
菅澤:いま、日本全体が抱える大きな課題として、高齢化と人口減少があります。自治体の約半数が存続できなくなる可能性があり、2050年までに約2割の地域では居住者がいなくなって地域文化が消滅してしまうという予測が出ています。人口を増加させるための解決策として都市部からの移住者の受け入れがあります。しかし、実際に移住してもらうのは簡単ではありません。そこで、注目されているのが「関係人口」です。関係人口というのは、移住した「定住人口」でも、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々のことを指します。関係人口の増加によって、地域への新しい人の流れができ、地域の活性化を促進することが期待されています。
 内閣府では地域の活性化のために「関係人口の創出・拡大」を推進しています。また、コロナ禍を経て、都市生活者の意識が変わり、地方とつながるライフスタイルへの関心が高まっています。
 このように、関係人口の増加を望む気運がある中で、私たちは「地域を、未来の先駆者へ。」というビジョンを掲げ、日本全国の自治体に「熱量の高い」関係人口を増やす事業展開を行っています。自治体の関係人口関連施策は、これまで“数”を増やすことに注力してきました。代表的なものがふるさと納税の金額や寄付者数です。しかし、ふるさと納税がオンラインショップ化している現状があり、寄付を行った人に必ずしも対象地域と関わりを持とうとする意志があるとは限らず、そこから本来的な意味の関連人口を計ることは難しいのが現状です。大事なのは、その地域に愛着を持ってくれる人を増やすことです。単なる数だけではなく、“質”を重視した関係人口の増加を目指す必要があるとの認識のもとに取り組みを進めています。
伊佐治:「関係人口」というワードが先行し、定義づけがあいまいになっていることも課題です。関係人口には、地域ファンクラブの会員やイベント参加者、移住問い合わせ者、ふるさと納税の寄付者など様々な人々が含まれます。現状では、担当課ごとにそれぞれのデータが分散しており、横串を指して全体の傾向を測ることが難しいということが課題と考え、私たちはデータを集約し、可視化する仕組みの提供を行っています。EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング。証拠に基づく政策立案)に役立てていただき、新しい施策の立案や、引いては移住者増加につながる手助けを行いたいと考えています。

- そうした目標に対して、どのような事業を展開しているのでしょうか。
伊佐治:「つながるDX」の提供を中心にしたソリューションの提供を行っています。「つながるDX」とは、様々な関係人口のデータを一元管理できるオールインワンシステムで、SaaSとして提供しています。「つながるDX」は、Webブラウザ上から利用でき、特別なスキルがなくてもデータの集約から活用までシステム内で完結させることができます(図表1)。システムだけのご提供だけではなく自治体ごとにコンサルティングを行い、それぞれに適したソリューションを提供しています。関係人口増加につながるイベントの開催や地域ファンクラブの構築など、入り口の部分のサービス提供も行い、その管理基盤として「つながるDX」を使用しています。

 

図表1 つながるDXが実現できること

(出典)株式会社キッチハイク

 

 

2.複数の施策の関与状況を把握し次の一手につなげる

- 御社のアプローチでは、関係人口をどのように増やしていくのでしょうか。
菅澤:弊社の主力事業として、「保育園留学」があります。地域の保育園の空き枠を活用し、都市部に在住する子育て世代が1~2週間の短期移住を体験できるプログラムです。これは通年実施しており、好きな時期に利用することが可能です。
 実際に「保育園留学」がきっかけとなって自治体との付き合いが始まり、地域への移住につながったご家族もいます。地域への興味を「その地域とつながり続けたい」という気持ちへと醸成していくことが大事です。
伊佐治:地域ファンクラブはふるさと納税と同様に、関係人口施策として実践している自治体が増えつつあります。ファンクラブには地域に興味を持っている人が登録してくれるため、うまく運用できればとても効果的です。その一つが情報のリーチ先としての利用です。地域イベントの主催者は自治体だけではなく観光協会や企業など様々なため、情報が分散しがちですが、ファンクラブのWebサイトにイベント情報を集約して掲載したり、会員に対して継続的な情報発信をしたりすることで、届けるべき人にリーチできるようになります。また、会員情報とイベントの参加状況など様々な情報を集約することで、施策の効果検証を実施した上で、より効果的な施策を立てることが可能になります。

- 実際に手がけられた事例のうち特徴的なものがあれば紹介ください。
菅澤:山形県西川町では、ファンクラブのWebサイト(図表2)を新たに立ち上げ、入会応援キャンペーンを実施しました。ファンクラブに入会して、現地訪問やふるさと納税など、町を応援するアクションをとるとポイントが貯まり、抽選で地域の特産品や宿泊券が当たるキャンペーンです。キャンペーンに協賛いただいている現地の店舗や施設にはQRコードを設置して訪問者の行動計測を行い、データは「つながるDX」上に集積されていきます。
 また、開設時にはSNSや旅好きの若者という特定層に対して広告を流すなど、様々な手法でPR活動を実施しました。こういった取り組みにより、西川町ファンクラブには、ファンクラブサイト開設から2週間で300人以上の新規登録者がありました。これは初速としてかなりよい数字だと思います。今後は、行動記録とふるさと納税の寄付状況などを併せてスコアリングすることで、より効果的なアクションにつなげていきます。

 

図表2 西川町ファンクラブ

 

(出典)西川町ファンクラブWebサイト(https://fanclub.town.nishikawa.yamagata.jp/

 

3.デジタル化による情報共有や可視化で負担を軽減

- データの一元管理は、多くの自治体にとって、行いたくてもなかなか行えない課題です。どのように実現しているのでしょうか。
菅澤:「つながるDX」は、いわゆるCRM(顧客関係管理)のような利用が可能です。
 データを入力する方法は3種類あります。
 1つ目は「つながるDX」の画面上で、直接情報を入力してもらう方法。
 2つ目は、別途外部にフォームを用意して入力する方法。先ほど紹介した「ファンクラブの入会」が該当します。入会希望者がフォームに入力すると、そのまま「つながるDX」のデータとして登録されます。
 3つ目は既存のデータを取り込む方法。ふるさと納税の状況やイベント参加履歴など、既に存在するExcelデータを取り込むことができます。
 これらのデータは、「つながるDX」上ではメールアドレスをキーとして同一人物のデータを特定、統合されます(図表3)。
伊佐治:データ取り込む際のデータ統一は自動的に行われます。例えば西暦と和暦、ひらがなとカタカナなど、表記の揺れが起きないようになっています。あらかじめ利用者がExcel上でデータの加工をする必要はありません。

 

図表3 「つながるDX」のデータ統合の仕組み

(出典)株式会社キッチハイク

 

- データを一元管理することで、実際にどんなメリットが得られましたか?
菅澤:これまで個別に存在していたデータを一元管理することで、施策間の関係人口の重なりを把握することができるようになりました。ファンクラブの入会状況やふるさと納税の寄付の実績、イベント参加経験などの状況から関係人口の方と地域の「つながりの深さ」を算出し、目的によって対象者を抽出することができるため、効果的なアクションへとつなげることが可能です。
 また、スムーズな情報共有にも役立ちます。SaaSのため、場所を問わず最新データを確認できるようになりました。
伊佐治:データを一元化するメリットとして、手軽に必要なデータの可視化が行えることがあります。データは自動集計され、割合を表す円グラフや実数グラフ、表として表示されるので、報告書等にもすぐに引用することができます。次年度の予算要求や議会の一般質問など、正確な数字が要求される場面でも、簡単にデータを提供することが可能です。効果検証や施策の立案にも役立てていただけると思います。

- 具体的な活用例があればご紹介ください。
菅澤:岐阜県飛騨市の例があります。同市は会員数1万人を超えるファンクラブを有し、オンラインショップの運営や各種イベントの実施・会員特典の提供など様々な施策を積極的に実施している自治体ですが、1万を超える会員規模と取り組む施策量の多さにより、施策を横断しての分析やそれによって得た知見を次年度施策の検討に活かすといったデータ活用の領域にまで手を回せていないという課題がありました。また、施策が広く得られるデータの幅も広いからこそ、複数の領域で地域とのタッチポイントを持つ関係性の深い会員がいるかもしれないのに、施策ごとにデータが分断されることでそれがわからなくなってしまっている状態も市にとって大きな課題でした。そこで、これらのデータを統合することで、単体の施策として見ていただけでは得られなかった施策同士の重なりや相互影響の知見を得ることができ、事業全体を俯瞰して状況を把握することができるようになりました。また、複数の施策を通して地域に深く関わっている会員を可視化できるようになりました。
 今後は、新たに得られた知見を土台に、施策ごとの力の入れどころを見極めた効果的な事業づくりや、関係人口ひとりひとりの行動履歴に基づいた情報発信を行っていくことを計画しています。

- AIの活用は想定されていますか。
伊佐治:メールのたたき台となるような文案の作成を、生成AIを活用してアシストする機能も備えています。ただし、生成AIについては、ルールが未整備の自治体もありますので、現在は実証実験を兼ねて試験的に導入を進めている段階です。導入を進めたいと考える自治体に対しては、生成AI導入に関するガイドライン整備のコンサルタントも含めてサポートしていきます。

 

4.集約データの移住促進・関係人口アクティブ化への活用とToC領域進出を目指す

- 今後の展望についてお聞かせください。
伊佐治:現在、「つながるDX」の主な機能はデータを束ねて可視化することですが、今後は移住促進・関係人口アクティブ化領域を担っていきたいと考えています。関係人口に関するデータを集約したものの、データをフックとして施策を検討し、実際に人を動かしていくことはとても困難です。現状、移住促進ソリューションの提供は移住相談窓口を通じての属人的なご案内に依存していますが、生成AIなどを導入して、Web上でパーソナライズした提案を行うサービスの提供も考えています。
 最終的なゴールとして都市部から地域への移住がありますが、そのハードルは非常に高いものです。仕事や育児環境、住居など、山積みの問題を一か所で解決できるサービスを目指しています。

- 最後に自治体に向けたメッセージをお願いします。
菅澤:自治体の皆様は多くの仕事を抱えていらっしゃるので、関係人口施策だけに注力するリソースがないなどの課題をお持ちの方が多いと思います。私も前職では自治体でふるさと納税など関係人口に関する業務経験がありますが、その目線で実際に使いたいと思える機能を自社のサービスに搭載しています。職員の人にとって気軽な相談先として、自治体をサポートする取り組みを続けていきたいと考えています。
伊佐治:プロダクト開発側としては、地域の関わりを一過性で終わらせずに、関係性を維持して深めていくための仕組みを、システムを通じて実現していきたいです。自治体の組織体制上の課題はあると思いますが、データの一元管理によって部署や施策を横断した情報共有が実現し、関係人口の増加、ひいては移住の促進につながるシステムをご提供していきたいと考えています。

 

伊佐治 圭亮(いさじけ いすけ)
大手総合商社を経て、楽天グループ会社にて楽天モバイルの立ち上げに従事。オンライン・オフライン問わずシステム開発ディレクション・UIUX設計・サービス設計などを担当。
キッチハイクにジョインし、つながるDX事業部を統括。自治体さまと共同でDX化を推進。

菅澤 美月(すがさわ みづき)
大学卒業後、民間企業を経て、2019年に千葉県酒々井町へ入庁。
企画財政課企画・地方創生推進室に所属し、町総合計画の策定、ふるさと納税や空き家バンクといった関係人口の創出・地域活性化事業に取り組む。
公務員として得た知見を活かし、全国の自治体と伴走して地方創生に取り組みたいとの想いから、2023年1月よりキッチハイクに参画。