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2022.06.10

2022年6月号トピックス 「デジタルガバメントに関する住民ニーズ調査」結果報告

国際大学GLOCOM
准教授
櫻井 美穂子

1.住民がデジタルガバメントに求めるものとは?

 少し前の話になるが、昨年2月に、(株)サイバーエージェントと共同でデジタルガバメントに関する住民ニーズについてのオンラインアンケート調査を実施した1。「デジタル社会のデザインプリンシプル」の連載でも調査結果を一部ご紹介しているが、本稿では、本調査の結果を網羅的にご紹介させていただく。
この調査の目的は、デジタル化やデジタルガバメントに関する各種の先行調査に基づいて、人々が暮らしの中で求める“デジタル”あるいは“デジタルガバメント”の形について明らかにすることであった。行政からの情報発信、行政とのコミュニケーション、災害/新型コロナ/マイナンバーカードを使った行政サービスの利用意向などの観点から調査した。調査の特徴は、単に人々のニーズを聞き出すことではなく、先行研究に基づいて背景となる仮説モデル(図表1)を持ち、結果を構造的に分析しようとした点にある。

図表1 調査の仮説モデル

(出典)筆者作成

 仮説モデルの背景にあるのは、4月号の連載第3回(“効率化”の先にある価値を探したい)でもご紹介したデジタルガバメントの4つのステップの考え方だ。特にエンゲージメント/共創と文脈化(ローカライズ・パーソナライズ)の観点からデジタルガバメントの在り方を深掘りした。利用者の“文脈”を具体的に、量的にとらえてみようという試みである。
 仮説モデルの一つ目の柱である「エンゲージメント」については、連載第2回(行政におけるアーキテクチャナレッジのアップデート)で、自治体との近さを「地域のイベントに参加したときに感じる」と答えた人のデジタルニーズが高くなる傾向をご紹介した。オンラインアンケートの調査票を作成するために実施したヒアリング調査でも、「普段の暮らしの中で自治体の存在を意識することは少ないが、自分の家の近くや通りがかりの場所で自治体のイベントをやっているのを見ると、自治体との“近さ”を感じる」というコメントがあった。自治体におけるデジタル化の推進には、地域のイベントや地道なアナログのコミュニティ活動がキーワードとなる。

(1)「理想の暮らし」のキーワードは静か、安心・安全
 次に、仮説モデルの二つ目の柱である「理想の暮らし」についての調査結果はというと、50%以上の人が回答したのは、「静かで煩わされない暮らし」「お金の心配の少ない暮らし」「穏やかで充実した老後」「災害や犯罪から守られた安心できる毎日」の4項目だった(図表2)。この質問の中には「市政に自ら参加する暮らしを送る」という項目を入れていたのだが、理想の暮らしとして挙げた人は少なかった。なお、本調査では、理想の暮らしを人々のウェルビーイングに関連する項目として位置付けた。ここでのウェルビーイングは、身体的・精神的・社会的に健康な状態、人々の生活への満足度が高い状態と定義している。

図表2 理想の暮らし(ウェルビーイング)とデジタルガバメントのニーズ

(出典)(株)サイバーエージェント、国際大学GLOCOM「デジタルガバメントに関する住民ニーズ調査」

 先行研究から、生活への満足度が高い人々がデジタル化に積極的であることが分かっている。理想の暮らしとして回答された項目とデジガバニーズとの関係については、静かで煩わされない、お金の心配がない、災害や犯罪から守られた暮らし、の3つの項目を挙げている人は、デジタル化のニーズを強く持つ傾向があることが分かった2

(2)マイナンバーカードは手続きの効率化のために使いたいニーズが高い
 調査では、デジタルガバメントのサービス利用に欠かせないマイナンバーカードの利用シーンについても尋ねた。最も高いニーズがあったのは、コンビニでの証明書交付サービスだった(図表3)。窓口が開いている時間を気にせず証明書を取得したいというニーズが高いことは納得感がある。続いて住所変更手続き、住所変更に伴い郵便・電気・ガスなどの生活インフラサービスの登録情報が自動変更されるサービス、他の公的な本人確認書類、具体的には運転免許証や健康保険証として利用するなどの項目が上位に入った。これらの項目はいずれも、行政手続きや付随する手続きの効率化を主眼としたものだ。

図表3 マイナンバーカードを使ったサービスの利用意向

(出典)(株)サイバーエージェント、国際大学GLOCOM「デジタルガバメントに関する住民ニーズ調査」

 一方で、既往歴の確認や公共性の高い民間(例えば銀行など)のオンラインサービスへのログインのためにマイナンバーカードを使うことには抵抗感がありそうなことも分かった。これらの項目は、上位に入った効率化を目的としたサービスとは少し異なり、他のサービスや情報との「連携」が必要になるものだ。既往歴であれば自分がこれまでお世話になったクリニックや病院に保管されているカルテの情報が必要になるし、民間オンラインサービスへのログインでは民間サービスへの登録情報とマイナンバーカードの情報の連携が必要になる。マイナンバー情報を連携して新しいサービスを享受することに消極的な姿勢の裏側には、情報が漏洩した際のプライバシーの問題を懸念されている方が多いのだろうと推察している。
 将来的には、連載第3回で述べたように、効率化の先にある新しいデジタル活用の価値を創出することが必要であり、個人情報の活用を前提としたパーソナライズサービスを実現するための議論を盛り上げていきたい。

(3)行政サービスのパーソナライズ化に対するニーズは7割超え
 情報連携への消極的な姿勢とは裏腹に、パーソナライズサービスそのものについてのニーズは高かった(図表4)。「誰にとっても同じ(均質の)サービス」から「一人ひとりに合わせたあなただけのサービス」への転換である。パーソナライズサービスの具体例として、千葉市では昨年、住民が申請できる行政情報をプッシュ式で知らせる「あなたが使える制度お知らせサービス」を始めている。住民の世帯構成や年齢などの情報を活用したプッシュ式情報提供サービスで、利用者が情報の利用を許諾した場合のみ通知が送られる。

図表4 暮らしの状況に応じた行政サービス(パーソナライズサービス)のニーズ

(出典)(株)サイバーエージェント、国際大学GLOCOM「デジタルガバメントに関する住民ニーズ調査」

 紙幅の関係で全ての調査結果をご紹介できないが、災害や新型コロナ関連サービスのニーズについても尋ねたところ、よりパーソナルなサービスに近い災害時の最寄り避難所の場所や混雑状況の通知、さらにはコロナなどの感染症が流行した際の最寄りの発熱外来の案内に高いニーズがあった。様々な行政分野におけるパーソナライズサービスは、SDGsやSociety5.0、さらにはデジタル庁が目指す「誰一人取り残さない社会」の実現に不可欠となると考えている。

1 (株)サイバーエージェント、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの共同研究「デジタルガバメントに関する住民ニーズ調査」。全国4,129人を対象としたオンラインアンケート調査(2021年2月実施)。デジガバニーズの高低を12の質問から抽出。デジガバニーズと「自治体との近さ」「暮らしの理想」に関する質問項目の因果関係を明らかにするため、線形回帰モデルを用いた統計的因果推論を実施。詳細は国際大学GLOCOMホームページhttps://www.glocom.ac.jp/activities/project/6864を参照のこと。

2 オンラインサービスへの利用意向や、行政のデジタル化に関係する質問12項目への回答の重み付けなどによりニーズの高低を分析。

 

2.デジタルガバメントへのニーズが高い人とは?

(1)人とのつながりにオープンな住民がパーソナライズサービスを求める
 図表4で示したパーソナライズサービスがあると「とても良い」「良い」と答えた75%の人々はどのような方なのか、さらに分析を重ねたところ、「お住まいの自治体が提供していると思うもの」という質問項目に対して「近隣住民とのつながりやコミュニティづくり」「いいまちに住んでいる満足感」「利便性のある行政サービス」と回答していることも分かった(図表5)。当初、“パーソナライズ”という言葉はどちらかというと個人主義的な考えの人との相性が良いのではないかと考えていたのだが、蓋をあければ人とのつながりに積極的な意向を示すオープンな住民が、パーソナライズサービスへのニーズを高く持っているという結果であった。

図表5 パーソナライズサービスのニーズを持っている人の特徴

(出典)(株)サイバーエージェント、国際大学GLOCOM「デジタルガバメントに関する住民ニーズ調査」

(2)デジタルガバメントのサービスの提供を受ける際に利用してもよい個人情報は「年齢」「性別」「住所」
 繰り返しになるが、パーソナライズサービスの実現にあたっては住民一人ひとりの情報を活用する必要がある。デジタルガバメントのサービスを受ける際に自治体が利用してもよい個人情報を聞いたところ、「年齢(82.0%)」「性別(79.4%)」「住所(66.1%)」が過半数で、次いで「世帯構成(46.4%)」との回答が多かった(図表6)。高いポイントとならなかったのは「お薬手帳」「病歴」「要介護者の有無」「子供の有無」「所得」「ヘルスデータ」「位置情報」などで、利用してもよいと答えた人が3割に届かなかった。ここに挙がったような病歴やヘルスデータ、要介護者や子供の有無などの個人情報は、年齢や性別、住所に比べるとよりパーソナル(あるいはセンシティブ)な情報であり、私たちが議論する際にも一層の注意が必要な項目だと解釈することができる。

図表6 行政からデジタル関連サービスを受ける際に自治体が使ってもよい個人情報

(出典)(株)サイバーエージェント、国際大学GLOCOM「デジタルガバメントに関する住民ニーズ調査」

 この結果が示すように、“個人情報”と一言で言っても、含まれる内容は多岐にわたり、情報の種類によって利活用に関する人々のイメージも様々である。個人情報の活用と一言で片づけるのではなく、その情報が具体的に何を指しているのか、想像力を働かせてサービス設計につなげることが重要だ。調査結果を素直に受け止めるならば、行政サービスのデジタル化、特に暮らしの状況や関心に応じたパーソナライズされた情報提供を検討する際は、まず年齢と性別、世帯構成などの情報から活用することで、利用者の参加意欲を得やすくなるといえるだろう。先にご紹介した千葉市のお知らせサービスが活用していた住民の情報とも一致する。

 

3.デジタルファーストなコミュニケーションのために

(1)自治体とのやりとりで最も望ましい手段は公式ホームページ
 さて、少し視点を変えて、住民と自治体とのコミュニケーションについての調査結果もご紹介したい。近年、人々が情報収集やコミュニケーションの手段として使っているツールは多様化している。そこで改めて、自治体とのコミュニケーションや情報をやりとりする際に使いたい手段について聞いた(図表7)。

図表7 自治体とのやりとりで望ましい手段

(出典)(株)サイバーエージェント、国際大学GLOCOM「デジタルガバメントに関する住民ニーズ調査」

 結果は、自治体の公式ホームページが4割を超え、最も高くなった。次いで「対面」が続いた。LINE、ツイッター、フェイスブックなどのSNSは合計して1割に満たなかった。どの自治体も広報手段の多様化に取り組んでいて、特にSNS対応にはそれなりの労力をかけている。一方で今回の結果だけ見ると、SNS経由の情報のやりとりにはそれほどニーズがあるとはいえない。もちろん伝えたいメッセージの内容や対象によって手段との相性があるので、SNS発信に全くニーズがないというわけではない。
 結果を年代・性別ごとにブレークダウンしてみると3、「LINE」と答えたのは10代(今回の調査対象は15歳以上)と20代の女性が他の年代・性別よりも多く、「ツイッター」と答えたのは男性10代、「スマートフォンアプリ」と答えたのは男女ともに10代から40代、「対面」「電話」と答えたのは女性70代と80代が多いという傾向はあった。ちなみに「フェイスブック」は回答の絶対数そのものが少なく(フェイスブックと答えたのは7名)、年代・性別による違いを把握することはできなかった。全体で最も回答者が多かった「ホームページ」は、男性50代から70代がボリュームゾーンだった。
 全体としては、年代が若くなるほどスマートフォンを起点としたコミュニケーション手段を好む傾向があり(ただし必ずしもSNSが最も好ましいと思われているわけではない)、年代が高くなるほどホームページあるいは対面・電話と答える傾向はありそうだ。多くの自治体で住民とのコミュニケーションの接点に採用されているLINEは女性に支持される一方、男性はホームページと答える傾向も分かった。ホームページは全年代・性別問わず最も回答が多かったので、まずはホームページ経由の情報伝達やコミュニケーションに一番の力を注ぐことが求められているといえる。
(2)情報入手経路としてより積極的な活用が期待されているのはスマートフォン
 先ほどご紹介した「自治体とのやりとりで望ましい手段」の質問と似ているが、普段よく使っている手段と、どこから情報を得ると自分の暮らしがよくなると思うかについても聞いた。この質問では、回答の選択肢(情報入手手段)を増やして聞いた。「自分が住むまちに関する情報を普段よく得ている情報源(A)」、「自分が住むまちに関する情報について、どこから情報を得られるとより暮らしやすくなると思うか(B)」それぞれの回答を得点化(この質問では1位から3位までの順位を聞いた。1位=3点、2位=2点、3位=1点の順位別に重みづけをした点数の総得点)し、x軸にAを、y軸にBを位置付け、現実の情報取得手段と理想の情報取得手段の差異(ギャップ)を可視化した(図表は連載第2回を参照)。AとBの得点の差が大きいほど理想と現実のギャップがあるということになる。
 AとBのいずれの質問で得点が最も高かったのは「公式ホームページ」であった。一方、最もギャップが大きかったのは「スマートフォンアプリ」だった。普段よく情報を得ている(A)わけではないけれども、「スマートフォンアプリ」からの情報をもっと入手できるようになればより暮らしやすくなる(B)ということだ。スマートフォンアプリそのものは各自治体で導入したけれどもダウンロード数が伸び悩んでいるという話をよく聞くので、ここではアプリというよりもスマートフォンという“手段”に最適化された情報発信が望まれていると解釈するのがよさそうだ。先ほどご紹介した自治体との望ましいやりとりの調査結果では、年代が若いほどスマートフォンを起点とした手段を挙げていた。連載の中でも強調している点なので繰り返しとなるが、今後人々が日ごろよく使うツールに最適化した形での情報提供を強化していくことが求められていくだろう。

3 今回の調査のサンプリングは人口構成比に基づく割当法をとっており、回答者の年代・性別は日本の総人口における各年代の割合に等しい。

 

4.結びにかえて

 本調査の結果を踏まえ、鹿児島県日置市とサイバーエージェントでは、広報紙「広報ひおき」のデジタル化の実証実験を2022年3月から開始した(同年9月までの予定)4。紙の広報紙をスマートフォンからいつでもどこからでも閲覧できるようにする取組みだ。住民からのニーズが高い広報紙というコミュニケーションツールをスマートフォン起点に変えていくことが狙いである。リアルタイムコミュニケーション(連載第2回では、自治体からの情報形態の形として“リアルタイム”がキーワードとなっていたことをご紹介した)の実現や検索数の多いワードの表示、さらにはバックナンバーをより閲覧しやすくなるなどのメリットが期待されている。
 最後に、この調査では、回答者にデジタルニーズが高い人ばかりではなかったことを付け加えておきたい。デジタル化に対して消極的な姿勢を持っている人は回答者の3分の1を占めた。これらの回答者をデジタル消極層と呼んでいる。デジタル消極層は、日々の暮らしに満足でも不満でもなく、自治体に対する強い要望があるわけではないようだ。一方で、彼らのオンライン手続きのニーズは高かった。
 デジタル化に積極的な人も、生活の価値観や暮らしへの満足度の高低によって2つのクラスターに分かれるようだ。デジタル積極層の一つ目のクラスターは、日々の暮らしに満足し、街づくりへの参加や近隣コミュニティとのつながりに生活の価値を置いている人々。彼らは、パーソナライズサービスなどを実現するために自治体がある程度の個人情報を活用しても良いと考えている。二つ目のクラスターは日々の暮らしに不満を持っていて、自治体に対して多くの要望がある。その要望を埋めるための対話やコミュニケーション活動を強く求めており、関連するオンラインサービスの利用意向が高い。
 この調査結果は、デジタル化が提供する効率化という従来の価値を超えて、デジタル時代にふさわしい新たな価値創出のために私たちが何をしたらいいのかについての示唆を多く与えてくれるものとなった。デジタルガバメントのサービス利用者(住民)の“文脈”をより具体的な形で把握していくことが、今後ますます重要になる。人々のニーズを丁寧に拾いながら、効率化の先にある価値につなげていきたい。

4 https://www.city.hioki.kagoshima.jp/kouho/shisejoho/pickup/kouhoshidejital.html
https://www.cyberagent.co.jp/news/detail/id=27398