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2017.02.10

『行政&情報システム』2017年02月号連載 研究員コラム EUにおける新たな電子政府の取り組み

一般社団法人行政情報システム研究所
客員研究員 関口 忠

EU電子政府行動計画(2011-2015)

EUにおける電子政府については、これまで「EU電子政府行動計画(2011-2015)」に沿って取り組みが行われてきた。この行動計画では、市民や企業向けに横断的に提供される電子政府サービスの更なる発展に向けた条件を整備することを大きな目的とし、欧州委員会と加盟国が取るべき行動として大きく以下の4項目が示されていた。(※1)

図表1 これまでの行動計画(2011-2015)概要

1. ユーザエンパワーメント
2. EU域内でのシームレスなサービス提供
3. ITを活用した政府の効率性・有効性向上
4. 電子政府サービスを向上させるための技術的・法的・制度的条件の整備

(出典)同計画をもとに著者作成

この行動計画により、ベストプラクティスの共有と加盟国間のソリューションの相互運用性が図られただけではなく、欧州全体の電子政府戦略と加盟国の電子政府戦略の一貫性に貢献したことで、欧州及び加盟国レベルでの電子政府の発展にプラスの影響を与えるものとなっている。

(※1)当研究所では、平成26年度に「欧州主要国の電子政府推進実態の調査研究」を実施している。「行政&情報システム2015年10月号」において調査研究の概要を掲載しているので参照されたい。

 

EU電子政府行動計画(2016-2020)

2014年11月に欧州委員会が新体制となり、今
後の取組として、ITをEUの経済成長や雇用創出の
けん引役と位置付け、達成すべき政策課題の一つと
してデジタル単一市場の実現を挙げた(※2)。それに向けて、2015年5月6日に「デジタル単一市場戦略(A Digital Single Market Strategy for Europe)(※3)」が発表され、2016年4月19日には、「EU電子政府行動計画(2016-2020)(※4)」(以下、「新行動計画」という。)が決定されている。

新行動計画は既存のデジタル障壁を除去し、行政の近代化との関連で生じる更なる分断化を防止することを目的としている。また、前回の行動計画と同様、欧州全体で長期的なビジョンに基づきつつ、加盟国の電子政府が企業、市民、行政そのものにもたらすことができる大きなメリットを提供するために遵守すべき原則を提供する形となっている。

新行動計画は、デジタル行政サービスの実現に向け、大きく以下の3項目で構成され、20の行動計画が示されている。前回の行動計画では欧州委員会と加盟国それぞれにおける行動が示されていたが、
今回の行動計画では欧州委員会が取るべき行動のみ記載されており、加盟国はこれを共有しつつ、加盟国独自の戦略や活動を推進するところが特徴的な点となっている。

図表2 新たな行動計画(2016-2020)概要

1. 行政の近代化(Moderning public administration)
2. 国境を越えた流動性(Cross-border mobility)
3. デジタル相互作用(Digital interactions)

(出典)同計画をもとに著者作成

なお、新行動計画は専用の予算や資金調達の手段
は持っておらず、別のEUプログラムを通じて加盟
国に利用可能な資金調達源と付随措置を調整するの
に利用されることを想定している。

新行動計画で掲げられた3つの項目について順を
追って見ていきたい。

(※2)European Commission, The Juncker Commission: A strong and experienced team standing for change(IP/14/984)
(※3)http://ec.europa.eu/priorities/digital-single-market_en
(※4)https://ec.europa.eu/digital-single-market/en/europeanegovernment-action-plan-2016-2020

1.行政の近代化

デジタル単一市場の実現に向けては、加盟国間のデジタル行政サービスが相互運用可能な状態でなければ効果的に機能を発揮できないという認識の下、デジタル行政サービスはEU内での相互運用性を高めるために合意された基準や技術仕様に基づき、共有と再利用可能なソリューションやサービスを利用することが期待されている。
具体的には、既に策定されている欧州相互運用性フレームワーク(EIF)の更なる活用、電子調達やeIDAS(電子認証及びトラストサービス)といった行政サービス整備等に係る行動計画について示されている。

図表3 行政と近代化における行動計画

No 行動計画 目標(年)
1 充実した電子調達及び契約登録使用に向け、加盟国の移行を支援する。 2019
2 eIDやeSignatureを含むeIDASの巻き取りを加速する。 2016
3 国境を越えたデジタルサービス基盤の長期的な持続可能性を確保する。 2018
4 欧州の相互運用性フレームワーク(EIF)の改訂版を提示し、国政による引き受けを支援する。 2016-2019
5 公共調達のためのIT規格の欧州カタログについて、プロトタイプ開発を調整する。 2017
6 CEFビルディングブロック(※5)を使用し、かつ、EIFに従う。「デジタルバイデフォルト」、「ワンスオンリー」の原則、電子請求書及び電子調達を徐々に導入し、「レガシーではない」原則が実装可能なことの影響を評価する。 2016-2019

 

2.国境を越えた流動性

ある加盟国の企業が他の加盟国においても障壁なくビジネスを展開できる環境を整備することで経済活性化や雇用創出を生み出す原動力となる。実現に向けては、デジタル行政サービスの利用が前提となるが、更に手続面等の制約など多くの課題に対する取り組みが必要であり、これらの解決に向けた行動計画について示されている。また、これらの取り組みは、企業だけではなく、市民の移動性を支援することも目的としている。

図表4 国境を越えた流動性における行動計画

No 行動計画 目標(年)
7 シングルデジタルゲートウェイのための提案を提出する。 2017
8 欧州の電子司法ポータルを欧州司法問題における情報のワンストップショップ(1か所で全てのサービスが受けられる機関のこと。)にする。 2016
9 全ての加盟国の企業登録について必須の相互接続を加盟国と協力して組み立てる。 2017
10 破産登録の電子的な相互接続をさらに開発する。 2018
11 企業のライフサイクルを通じてデジタルソリューションの使用を容易にするためのイニシアティブを発表する。 2017
12 付加価値税(VAT)の登録と支払のための単一の電子的メカニズムを拡張するための立法案を提示する。 2016
13 企業向けワンスオンリーの原則の実証を開始する。 2016
14 海上輸送での報告目的のためのシングルウィンドウ(関係する複数のシステムを相互に接続・連携し、1回の入力・送信で複数の類似手続を同時に行えるようにすること。)を確立させ、輸送の電子文書をデジタル化する。 2018
15 社会保障情報の電子交換のセットアップを完了する。 2019
16 EURES(EURopean Employment Services)欧州求人モビリティポータルをさらに開発する。 2017
17 国境を越えたeHealthサービスの開発で
加盟国を支援する。
2016-2018

(出典)同計画をもとに著者作成

3.デジタル相互作用

新しいデジタル環境は、行政と市民、企業、非政府組織との相互作用を促進するための機会を提供することができる。改善に向けたフィードバックの方法を確保し、市民や企業が直接関与することで、行政は高品質の行政サービスを提供する潜在力を有することができる。

図表5 デジタル相互作用における行動計画

No 行動計画 目標(年)
18 クロスボーダーの観点で市民のためのワンスオンリーの原則を適用する可能性を評価する。 2019
19 INSPIRE(EUにおける空間情報基盤)指令のデータ基盤の展開と巻き取りを加速する。 2016-2020
20 EUのプログラムや政策決定に市民や企業の関与と参加を増加させることを支援するために、ウェブサイトを変換する。 2018

(出典)同計画をもとに著者作成

おわりに

EU全体の経済成長や雇用創出を図るために電子政府の重要性が益々高まっていることが新行動計画から窺うことができた。英国のEU離脱の動きなど、ヨーロッパで急激に変化する社会及び経済環境の中で、企業、市民、行政にどのような変化が生じていくのか、今後の取り組みに注目したい。