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2020.10.09

2020年10月号トピックス 行政機関におけるCOVID-19危機対応にデジタルとボランティアの力でサポートーUS Digital Responseの取組―

US Digital Response レイリーヤン
取材・文/増田 睦子(行政情報システム研究所)

新型コロナウイルスの影響が社会の広範囲に及ぶ中、各国政府もその対応と迅速な行政サービスの提供に追われている。特に市民との直接的な関与が多い地方自治体におけるサービスや行政プロセスのデジタル化は日本同様、どの国においても課題が明白となった。
そんな中、米国ではいち早くその状況を打破するために、シビックテックやITの専門家集団が立ち上がり、地方自治体との連携を開始した。中でも顕著な成功事例を生み出している行政のデジタルサポートを目的とした専門家ボランティア団体US Digital Response(以降:USDRと表記 https://www.usdigitalresponse.org/)について、発起人でありCEOを務めるRaylene Yung(レイリーン・ヤン)氏にその意義と取組について話を聞いた。

Raylene Yung(レイリーン・ヤン)

スタンフォード大学卒業。20203月に立ち上がったデジタル専門家たちによるボランティア団体US Digital Responseのファウンダーの1人であり、CEOを務める。現在はAspen InstituteTech Policy Hubでフェローとしても活躍している。StripeFacebookといった世界的に有名な新興テクノロジーカンパニーのエンジニアリングおよび製品部門の幹部を歴任。彼女の取組は米国はもちろん、海外でも注目されており、社会的影響力のあるテクノロジー分野のリーダーの1人。

USDRはどのように立ち上がったのでしょうか?またどういう目的の組織なのか教えてください。

今年の3月に新型コロナウイルスが米国全土で猛威を振るい始めた頃、市民にとってのシェルターは機能しているのか、政府や自治体がどんな支援をできるのか、また行政が市民を助けることがより一層迅速さをもって必要になってくるのではないかと考えました。私はもともと技術畑を歩み、Facebookや急成長のスタートアップ企業のメンバーとして従事したバックグラウンドを持っています。米国内には私と同じようなバックグラウンドを持つ知り合いや行政のことをわかっている人たち、そして技術に精通した人々が多数存在しています。この状況下であるからこそ彼らと力を合わせ、その知識をボランティアとして動員することが政府を助けることにつながらないかと考えたのです。民間の中に育まれている力を、政府や行政を通して民間に届けることが必要だと思いました。

これは日本でも関心が高いことだと思いますが、いかに行政機関が担っている業務を、効果的で、より良いものにするのか、その際にデジタルツールを使うことで効果的にできるのか、を着眼点にしました。民間ではすでに利用できるいわゆる「新しいテクノロジー」がたくさん存在していますが、民間でやれることと、政府が今やっていることの間には大きなギャップがあります。民間でできているのだから、しっかりとした専門家のサポートがあれば行政機関にも転用できるのではないかと考えたのです。

実際に2か月ほどやってみて、大きなインパクトがありました。私たちの活動によって、やり方やマインドセットの変わった行政組織もあり、新しいツール、サービスも各地域で生まれてきています。

 

USDRの立ち上げについて、政府からの依頼はあったのですか?

基本的には、政府サイドからスポンサー的な働きかけがあったわけではなく、純然たるボランティアとして立ち上げました。もともと連邦政府で働いていた方がUSDRのファウンダーにいます。立ち上げメンバーも政府とは過去に様々なビジネスを経験している者が多いので、メンバーの個人的な知り合いである政府関係者1020人くらいに対してEメールを送って協力を呼び掛けることからスタートしました。「こんなことを始めるので、興味があれば電話くださいね。」という感じで草の根運動として始まった感じです。興味があればどうぞ、という自発的な協働を促すメールでの広報活動は今も続けています。

 

USDRが実際に活動を開始して、見えてきた課題はありましたか?

立ち上がって2か月ほどたち、いくつかのテーマが見えてきたのは確かです。特に3つのフィールドにおいて私たちの力が発揮できると考えています。①保健当局、②労働・経済開発関係、③社会的弱者のサポートの3つです。

まず私たちがコロナ禍において一番関わる必要があるのは、保健当局です。最も多くのチャレンジを抱える部門であるのは皆さんもご理解いただけると思います。また、1つの自治体の保健当局と協働し得られる課題認識や成果は、他の自治体でも共通項として必要となるものです。1つの解決策を打ち立てることができれば口コミ的に横展開していくことが可能になります。2つ目の労働、経済開発関係については中小企業等を支える給付金の迅速な支給システムの構築や、ビジネスデザイナーなどを派遣し企業の在り方そのものをアフター・ポストコロナに向け、デジタルを含めデザインしていくことが重要です。そして、3つ目は最もスピードが必要なものですが、社会的弱者をデジタルでいかに支えるかを考え、自治体と協力していくことです。特に食料を必要とする貧困層やホームレス、また外部との接触が難しくなった高齢者層のサポートは喫緊です。

USDRではこの3つは各自治体、そして他国でも横展開できる共通項であると思い積極的に取り組んでいます。

 

実際、サポートを希望する自治体からは課題が明確化された形で相談が来るのでしょうか?それとも曖昧な形でしょうか?

基本的には50/50ですね。例をご紹介すると、ある自治体のデジタルサービス部門からのリクエストの場合、彼らは既に技術に精通していましたので、具体的な課題感があるものでした。実際にどんなリクエストになるかは、組織のどの部局が相談をしてくるのかによる気がします。保健当局からのリクエストですと、データ管理やダッシュボードを作りたいといった具体性がある課題が多かったように思います。一方で、自治体によっては「食料や住宅がきちんとホームレスの人に届くにはどうしたらいいか」また「住宅関係の問題はどうするべきか」といった、もう少しざっくりした質問もありました。ホームレスの人々と行政がどうコミュニケーションを取ったらよいのか、といった抽象的な課題に関するオファーが来る場合もあります。

 

そうなるとデジタル技術を持つ専門家のみでなく、幅広い専門性を持つ人材が必要になってきますね。ボランティアの方々のバックグラウンドはどんなものになるのでしょうか?

プロジェクトによって必要な専門家が入ってくるため正確な数字は把握できていないのですが、現在5,000名強がボランティアとして参加しています。エンジニアといってもフロントエンド、バックエンド、プロダクト、データ解析に強みを持つ人、それに加えてUXデザイナーやビジネスデザイナーなど様々です。USDRでは、ニュースレターで「こういうスキルの人が足りないので募集しています」といった呼びかけをしているのですが、幸いなことに毎回たくさんの人が応募してくれています。アメリカ的ですが戦争への志願兵のように手を挙げてくれるのです。USDR自身が足りていないスキルを見つけ、情報を発信することで多くの方が賛同して集まってくれる仕組みが出来上がっています。USDRの成り立ちから、当初はエンジニアがメンバーの中心であり、文章やコンテンツ、そしてデザインやマーケティングに専門性を持つ人材が足りなかったのですが、我々の呼びかけに応じそのような専門性を持つ方も積極的に参加してくれています。

とても嬉しかった出来事の例を1つご紹介します。日本の状況は分からないのですが、米国の失業保険のシステムは、COBOLで書かれたメインフレームの古いシステムが主流です。USDRの初期メンバーは若い人が多く、COBOLに詳しい人材が不足していました。そこで、COBOL分野のスキルを持った人はいませんかと呼び掛けたところ、ベテラン世代の専門家200300人が集まってくれたのです。この速やかな反応はとても嬉しかったです。

 

たくさんのボランティアを行政機関等とマッチングする際、バックグラウンドのチェック等セキュリティ面を気にする必要があるかと思います。どのように行っているのですか?

そうですね。これはとても難しく、しかしながら避けて通れないプロセスです。USDRではボランティアをやりたい方一人一人に面談をすることを基本原則にしています。つまり何らかのパーソナルなやりとりをUSDR内部のスタッフが応募者と必ず行います。面談と共にUSDRとしての行動規範を読んでもらい、ボランティアの誓約書へ同意してもらいます。業務上知り得るデータやプライバシーに関して、守るべき標準的な行動規範を策定し、順守をお願いしています。

実際にボランティアとして働く場合、色々な局面や関わり方があるので、仕事をいくつかのレイヤーに分けなければならないと考えています。

① USDRの枠内での仕事:

例えば、HPの制作はオープンソース系のコードを使い、Githubで全公開することにしています。こうした間接的な関わりをする人たちの場合は比較的マッチングが簡単です。

② 実際に政府と関わる仕事:

こちらは難易度が高く、依頼者である政府組織から、満たすべき要件がボランティアに課されることが多いです。例えば、提示された業務についてUSDRのボランティア3名がアサインできそうだとなると、政府組織との間でNDA(秘密保持契約)をそれぞれ個人に結んでもらうことになります。その際、ボランティアへの要件は政府組織側から提示されることが多く、どういう政府機関か、部局かによって内容も細かさも異なります。その内容についてはUSDRとして何か提案を行うことはなく、政府組織の裁量に委ねています。

しかし、大抵は「こういうスキルを持つ人が必要です」という明確なオファーがあり、それにマッチする人材をUSDRが紹介し、OKが出ることが多いです。これはまれな例ですが、物理的に行政組織へ事前に赴いてボランティアとしての登録が必要なこともありました。ニューヨークのとある行政組織だったのですが、幸いそのときに適任なスキルを持つニューヨーク在住者がたまたまいたのでご紹介することができました。

 

特に成功だったと感じるUSDRのプロジェクトがあれば教えてください。

私たちが関わるプロジェクトには大きく分けて①比較的簡単なテクニカルサポートで済む軽量級のプロジェクト、②技術的な介入が深部まで必要な重量級のプロジェクトの2つに分けられます。

軽量級の事例として、カリフォルニア州のコンコルド市との取組をご紹介します。

カリフォルニア州コンコルド市の例

課 題: コロナ禍前より外出が困難な高齢者の方たちが、ロックダウンに近い状態の街でどうすれば食料を確保できるのか。

解決策: 技術的に解決するのか、社会的な仕組みを解決するのか、行政側の課題が明確でなかった。市職員へのヒアリング、ユーザーリサーチ、ヒューマン・センタード・デザイナーなど専門家と相談した結果、ウェブサイト、軽量級のバックエンドのデータベースを使えば課題解決できることが分かった。

サポート事項

・ウェブサイトの構築、デリバリーのボランティア募集を呼び掛けるフォーム作成

・ユーザー(高齢者で外出や買い物に困っている方)が支援を申請できる仕組みの構築

・市当局がユーザーとボランティアをマッチングできるインターフェースの作成

コンコルド市の例は、簡単に始められる取組ばかりですが、とてもうまく機能しました。同じサービスはコンコルド市の成功を受け、カリフォルニア州の別の市、ニュージャージー州の市などでも横展開されており、噂を聞いた他市からも導入リクエストが来ています。

比較的軽微なシステム構築ですので、カスタマイズが可能であり、新バージョンは23日でローンチできる点も横展開できるポイントです。対象を食品、日用品ではなく、あるところでは、高齢者向けケアパッケージを届けるといったカスタマイズも生まれています。基本的にオープンソースになっているので、日本の自治体でも使っていただけます。現在、カナダやインドでも展開が始まっています。

 

1 USDRが自治体と開発した高齢者へのフードデリバリーポータルサイト

(出典)https://neighborexpress.org/

 

次に重量級の事例を紹介します。

連邦政府の失業保険システム改修

課 題: 米国では、COVID-19による市民への社会保障プロジェクトとして、パンデミック失業給付金というカテゴリを作った。多くの申請者があり、今まで各自治体が受け付けしていた件数は100人程度だったものが、一挙に数万人を見なければいけない状況に陥った。しかし、失業保険のシステムはCOBOLベースの古いシステムで、急な需要に追い付かない問題が発生していた。

対応策: 複雑なプロジェクトになり、様々なスキルが必要になると考えた。一方で申請者がどのタッチポイントで困っているかという予測はUSDR内でできていた。既存のシステムは一般の人にとって申請手続きのUXが難しく設計されていた。もともとウェブアプリケーション自体に改善が必要だったサービスだったが、そこにコロナ禍で新たに加えなければならない要件が出てきた。

サポート事項

1日~2日のハッカソンを行い、ユーザーが申請しやすいUXデザインのサンプルを作り、州政府の人に見てもらう。サンプルの申請書を用意することで、行政職員自身が申請しているような感覚で使い勝手を確認させ理解を得る。

USDRに参加している、技術アドバイスを行える専門家に参画を依頼。米国では州政府毎にシステムが異なっており、使われるベンダーや製品も異なっている。州政府毎に困っているポイントも違うため、カスタマイズ化したアドバイザリが求められる。システム全体の改修が必要なのか、それとも一部のポイント的な改修作業なのか、彼らのアドバイスが重要だった。

 

USDRの取り組みを聞いていると、米国は比較的オープンマインドに自治体などが外部へサポートを依頼できる環境があるように感じました。一方で日本の行政機関はあまりそういったことが得意でないように思います。このような緊急時における官民連携の可能性について何かアドバイスをいただけますか?

私たちが学んだことで最も重要だと思っていることは、アプローチの仕方の重要性です。政府からトップダウンで「専門家を入れて改善しなさい」と伝える形よりも、「スキル集団がいるので、必要ではないですか?必要であればお手伝いしますよ。」というある種フレンドリーなアナウンスを行政機関に対して行う形が連携を加速させると思います。政府側から行政機関へ参加するよう指示があったからプロジェクトが始まったり、官民連携のパートナーシップとして始まったりというわけではないのです。USDRは、超党派の組織であり、ボランティアであり、特定のベンダーに拠らないスタンスをとっています。その前提で、「助けは必要ないですか?」という声掛けをしたのです。上から号令がかかって官民連携を行うのではなく、現場の小さな単位で「自分たちのコミュニティ内で、具体的な課題を抱えている高齢者や課題を認識している保健当局がいる。どうしたらいいのだろうか。」という問いが生まれ、それに真摯に取り組んだ点がうまく機能した要因でしょう。

そうはいっても、USDRのような組織がボランティアとして存在していることは政府に知らせないと拡散していきません。私たちはAmerica national governors( 全米知事会(National Governors Association)にニュースレターを配信することで、無償でお手伝いすることを伝えています。しかし、これは先ほども申し上げたように「こんな組織もありますよ。」と伝えるためのマーケティングツールとして使っているのであって、「私たちを使ってください!」というパートナーシップの売り込みとは異なる性質のものです。

 

最後にこれから先、USDRがどう変わっていくのか、展望を教えてください。

今後に関しては、COVID-19のような全世界的なパンデミックの前例がないので回答が難しいのですが、立ち上げ1か月目のUSDR2か月目のUSDR、そして現在のUSDRは全く異なっており、変化しているということは言えます。一方でニーズを持っている行政機関を助けたいという大原則は変わっていません。USDRの得意分野は今後の活動の中で見えてくるとは思いますが、専門性を確立していきたいと思っています。どんなツールや技術があるのか幅広い視点を持ち、適切に提案できるようにありたいと思います。これらの活動を通じてUSDRのゴールやビジョンを具現化していきたいです。今後、最新の技術やツールを政府の中に導入できるかなど専門家としてのアドバイザリは、長期的な支援活動の柱の1つにしていきたいと考えています。政府のデジタルトランスフォーメーションを加速化できるか、という課題にも積極的に取り組んでいくつもりです。

 

2 中小企業向けのCOVID-19支援検索ツール

 

(出典)https://covidloaninfo.org/