WEB記事

2019.10.09

「あなたの会社に「デザイン経営」は可能か」
―D4V合同会社 井上加奈子氏(ポートフォリオディレクター)に聞くー
(後編)

D4V合同会社 ポートフォリオディレクター / ファウンディングメンバー 井上 加奈子
取材・文=内田伸一 撮影=端 裕人

私たちが今日「デザイン」と聞いて想像する範囲はかなり幅広い。ロゴマークから、歯ブラシの形状、クラウドサービスの仕組み、あるいは組織の改革まで。一方、デザインを思考法としてとらえる視点が20世紀後半から現れ、やがて「デザイン思考」はビジネスの現場にも応用されてきた。形あるものの設計に留まらない、課題解決のためのデザイン的アプローチが注目され始めたのである。

2018年5月、経済産業省・特許庁の「産業競争⼒とデザインを考える研究会」は「デザイン経営」宣⾔を公開した。ここでのデザインもまた、企業の業種や規模によらず活かし得る「デザイン思考」に立脚したものだ。発明、実用新案、意匠および商標に関わる同庁が、その管轄領域から国内企業を後押しする提言といえよう。本記事ではこの「デザイン経営」の可能性を探るべく、デザイン思考を生かして国内スタートアップ企業への投資・支援を行う、合同会社D4Vを訪ねた。

記事は後編となります。前編はこちら

 

4.イノベーションを生む組織風土

「デザイン思考」の背景には、従来スタイルの企業活動における行き詰まりを打開する、本質的かつ現実的なイノベーションへの希求があるとも言える。D4Vは投資対象とするスタートアップ企業の中でも、アーリー(起業直後)、シード(起業前)のステージにある対象への投資を軸とするが、実感として「デザイン思考」あるいはそれを活かした「デザイン経営」は浸透しているのだろうか。

 「確かに、スタートアップにはこうした思考が得意な企業も多いですね。 “デザイン思考”を意識せずとも、自然にそうなっている人たちもいます。D4Vの投資先でいえば、洋服レンタルサービスの『airCloset』は、”デザイン思考”とは呼んでいませんが、同様のプロセスを活用しウェブサイトにおけるユーザーのオンボーディング(サービス加入後の手ほどき)を改善することで、コンバージョンを倍増させるなどしました。

あるいはそうした素地が投資時点では少なかった企業でも、私たちのアドバイスを柔軟に受け入れてくれた結果、大きく前進したケースがあります。 タブレット等を使った“AI(人工知能)問診”サービスを提供するヘルステック企業のUBIEは、事業の発展においてデザイン主導的アプローチを導入したことが、多くの点で奏功しました」

 D4Vでは投資企業のメンバーと共に、「1日デザイン思考体験」のような試みも行っている。例えば、ユーザーインタビューの聞き手を共に体験し、助言を行う。バイアスに縛られない思考というのは中々難しそうだが、ある程度の訓練でも改善できることは多いという。

 「たとえば“今の質問は、こちらが期待する応えを誘導してしまう聞き方でしたね”といった助言をしながら半日ほど体験すると、聞き方も、考え方もだいぶ変わってきます。これもデザイン?と思う方もいるでしょうが、課題解決のためのインサイト(洞察)につながるユーザーの声を引き出すことは、デザイン思考において重要なことのひとつだと考えています。

また、重要なのは、ファクトです。PillPackの例が示すように、ユーザーの言葉より、現実の行動のほうが雄弁なこともあります。そうしてユーザーを理解しながら、発散思考と収束思考を繰り返す。時間のかかるプロセスなので、スタートアップの場合は彼らの資金力とのバランスも考えなければなりません。たとえばバージョンアップをしていくなかで反映させるなどの形で、小さな成功体験を作っていくことも重要だと考えます」

 

5.「やったつもり」のデザイン経営に注意

一方で、デザイン思考を表層的に取り入れた「つもり」にしかなっていないケースも少なくないと、井上氏は注意を促す。

 「“我が社も専属デザイナーを入れればよいのだろう”と考え、実際にそうなさる企業もあります。ただここでご留意頂きたいのは、デザイナーであれば誰もが、お話してきたようなデザイン思考を組織に導入できるわけではないということ。加えて、近年はよりUI/UX(ユーザインタフェース/ユーザエクスペリエンス)デザイナーなどがより重視されてきていますが、自社の求めるスキル、経験レベルに合致する人材の見極めは容易ではありません。人材確保の際には“どんな役割を期待するのか”を明確にした上で、適材の採用に務めるしかないとも言えます」

 欧米の先進的な企業では、設立メンバーにすでにデザイナーがいることも多いという。また、CEO自らがデザイナーである場合や、デザイン思考を得意とするケースもある。重要なのは、デザイン経営ということを考えたときに、その導入はトップダウンでなければ中々浸透しない、ということだろう。


 D4Vのメンバー

6.官民連携による可能性

現在D4VIDEOの日本拠点、IDEO Tokyoとオフィスを共有している。2011年、東日本大震災後に設立されたIDEO Tokyoが掲げるミッションは、日本の変化の触媒になる、というものだ。これが、国内外にインパクトを与え得るスタートアップへの投資・支援を目指すGenuine Startupsのビジョンと重なったことが、D4V設立につながった。特許庁の「デザイン経営」宣言のような行政からの動きに対しては、どのようにとらえているのか聞いてみた。

 「ぜひ行政からも、デザイン思考的なアプローチの活用に対して、支援や協力が行われればと思います。前述の通り、日本はデザイン経営についてまだまだ未成熟だと思っています。たとえば特許庁の管轄でもある優れた技術などが、潜在的なニーズや、ベンチャーのアイデアと結び付くような場が生まれる可能性もあるのではないでしょうか。そこにファイナンス領域からの動きが合流できれば、より実現性の高い動きが生まれることも考えられます」

特許庁の「デザイン経営」宣言では、情報分析・啓発、知財、⼈材、財務、⾏政の実践、という5つの切り⼝から政策提⾔もなされている。デザイン経営の考え方の浸透に始まり、優れたデザインの保護を意識した意匠法の改正、補助制度の検討、デジタル・ガバメントの実践などが挙げられている。

 前述のティム・ブラウンは、「デザイン思考とは解決策を探すためだけのものではありません。解決策を探すのと同じレベルで、正しい『問い』を見つけることがデザイン思考の真骨頂です」とも述べている。行く先の不透明な未来に向けて、今自分たちに本当に求められているのは何なのか、経営者が思い込みを取り払って「問い」直すことが、デザイン経営の第一歩と言えるかもしれない。

 

井上加奈子(いのうえ・かなこ)
D4V合同会社※ ポートフォリオディレクター / ファウンディングメンバー。大学卒業後、投資銀行・コンサルティングファームと約10年間プロフェッショナルファームで大企業へのアドバイザリー・コンサルティング業務に従事。GCAサヴィアンでは、日興コーディアルグループの米Citiによる完全子会社化、岩井証券によるコスモ証券の買収、住友重機械工業による独Demagの買収等の案件を担当。ボストンコンサルティンググループでは、大手製造業・IT企業・自動車会社の新規事業開発・M&A戦略・海外展開戦略・商品戦略等の立案を経験。2005年にアンダーソン・毛利・友常法律事務所入所、2007年にGCAサヴィアン入社、2013年にボストンコンサルティンググループ入社。2016年からGenuine Startupsに在籍。慶応義塾大学法学部卒業、米国Kellogg School of Management MBA修了。

※D4V合同会社
「Design for Ventures」に由来する社名を持つベンチャーキャピタル。⽶国⻄海岸発祥の国際的なデザインコンサルティング企業であるIDEO(アイディオ)と、⽇本のベンチャーキャピタルGenuine Startups 株式会社の合弁で2016 年に設⽴された。

 

 

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