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2017.01.20

英国における政府CIO制度の見直し

一般社団法人行政情報システム研究所
研究員 松岡 清志

[研究員コラム]

※この記事は、『行政&情報システム』(2016年4月号)に掲載した記事を転載したものです。

 

英国における政府CIO制度の見直し

一般社団法人 行政情報システム研究所

研究員 松岡 清志

 

1. はじめに

日本や米国をはじめとして、電子政府全体を統括する職として政府CIOを設置し、政府横断的な取り組みを推進する国が多いなか、英国では2013年に政府CIOを廃止する改革を行った。

このような英国の対応は、一見すると政府横断的な機能を縮小するという、他国と逆の方向へと進んでいるかのように見えるが、その本当の意図はどこにあったのだろうか。

本稿では、英国政府の電子政府に関する考え方の変容―デジタルサービスへのシフト―と、新たな組織の設立―GDS(Government Digital Service)―を軸として、英国における政府CIO制度見直しの含意について解説する。

 

2. 英国における従来の政府CIOの役割

英国における政府CIOの設置は2004年に遡る。同年に電子政府を司る組織として、内閣府のもとに電子政府局(E-government Unit)が設置され【注1】、電子政府局の長が電子政府全体を統括する政府CIOの職に就くこととなった。政府CIOの役割としては、以下のような役割が政府内で期待されている【注2】
1. 省庁間の連携と業務に合った形でのIT戦略およびIT政策の策定
2. 市民中心の公共サービス改革への支援
3. 企業向けサービスの改革の実現
4. その他ITに関する変革の推進
5. コスト面で効率的な情報セキュリティ対策の推進
6. ITの活用によって可能となる改革の範囲の拡大
7. ITベンダとの協業体制の構築
8. 他の国や組織からの経験の学習および共有
さらに、政府CIOが主宰し、政府CIOと各省庁、自治体、エージェンシ等のCIOで構成されるCIO協議会が2005年に設置された。同協議会では、政府全体での変革を支援し、ITによる業務改革を推進するための能力を高めるような政府全体でのアジェンダの設定と実施について主導すると共に、各組織におけるITプロジェクトをどのように進めるか、またその際の連携の可能性について検討が行われることになった。

このような体制の下で、2004年以降政府CIOの主導のもと様々な改革が進められた。次章で詳述するように、2010年以降政府CIOの役割についての見直しが徐々に進められることになるが、それ以前の政府CIOの取り組みについて、図表1で整理しておきたい。

図表1  2010年政権交代以前に政府CIOの行った取り組み(図表をクリックで拡大します)

(※1)デリバリ・ユニットとは、各省庁が政策を適切に実施しているかを監督し、必要に応じて各省庁に指示を行う首相直属の組織。
(※2)ICT戦略の公表は政権交代後の2011年3月。
(出典)筆者作成。

 

図表1で示した取り組みは各政府CIOが行った取り組みのうち主要なものを抽出したものであるが、基本的には政府全体での電子政府に関する戦略の策定と推進、また技術の標準化や効率化の推進といった政府横断的な取り組みを行っていたことが読み取れ、この点では他の諸国と比べてもそれほど差がないと言える。

その一方で、図表1で示した取り組みは、市民向けサービス提供についても言及した戦略の策定を除いては、どちらかといえば政府内部向けの取り組みが多くなっていることは特徴と言えよう。

 

3. デジタルサービスへのシフトの萌芽とGDSの設置

英国における電子政府政策を見るうえで大きな転換点となったのが2010年の政権交代である。同年、キャメロン首相は政府から半ば独立してデジタル化の推進のリーダとしての役割を果たすDigital Championとして、マーサ・レーン・フォックス氏を任命した。同氏は英国政府の当時のポータルサイトDirectgovの改善策に関する報告書【注3】を提出したが、その内容は従来型の電子政府からの転換を促すものであり、デジタルサービスを標準的なサービスとする、いわゆるデジタル・バイ・デフォルト(Digital by Default)の推進を柱とするものであった【注4】

同報告書においてフォックス氏は、デジタルサービスの推進に関するリーダシップが十分に機能しておらず断片化していることから、デジタルサービスに関してユーザエクスペリエンスの向上を図ると同時に、政府機関のオンラインサービスに関する支出をコントロールする責任者(CEO for Digital)を新たに置くべきであると主張した。この責任者が果たすべき役割として、上記に加えて技術標準、コンテンツ標準、デザイン標準、プロセス標準【注5】、顧客に関する標準【注6】といった各種の標準を定め、実施を推進することが挙げられており、このような役割を果たす責任者のもとにデジタルサービスに関するあらゆる組織が統合されるべきであるとした。

以上のようなフォックス氏の考え方に政府も賛同し、同報告書に対する返答【注7】でデジタル化と情報に関するエグゼクティブ・ディレクタを内閣府内に設置するとの方針を示した。ただし、この時点ですぐに政府CIOの役割の縮小が想定されていたわけではない。現に、2011年3月に公表された政府ICT戦略【注8】では、プロジェクトの無駄や失敗の削減、政府共通のICTインフラの構築、デジタル・バイ・デフォルトでのサービス提供といった方針が打ち出されたが、これらの方針を進めるにあたって、以前より設置されていたCIO協議会に加え、政府CIOが主宰し、政府CIOと大規模省庁のCIOで構成されるCIOデリバリボードを設置し、これらの会議体において政府ICT戦略をどのように進めるかが検討、決定されることとなっている(図表2参照)

図表2  政府ICT戦略(2011年)における見直し後のガバナンス構造(図表をクリックで拡大します)

(出典)筆者作成。

他方、ICT戦略に遅れること1か月後の2011年4月、同戦略のデジタル・バイ・デフォルトでのサービス提供を具体化し、デジタルサービスに関する各組織を統合する組織として、内閣府の効率性と改革に関するグループの下にGDSが設置された【注9】。GDSはDirectgovの担当組織と、デジタルでのサービス提供および市民参加の担当組織を統合したものであり、ユーザ・ファーストと最良かつ低コストでのサービスの提供を実現する役割を担うことになった。発足時のGDSのエグゼクティブ・ディレクタであったクリス・チャント氏はこれまで政府へのクラウドの統合やデータセンタ統合の推進など、政府横断的なデジタルサービスを進めるにあたって有効と考えられるプロジェクトに携わった経験が豊富な人物であった【注10】

ただしGDSが発足した時点では、GDSおよびその責任者であるエグゼクティブ・ディレクタはサービス提供を専門に担当するとされており、ただちに政府CIOの機能を代替するものではなかった点には注意が必要である。

 

4. GDSの設置に伴う政府CIOの役割の変容と見直しの動き

英国政府における政策の重点が伝統的な電子政府からデジタルサービスの推進へとシフトし、その中心組織としてGDSが設置され活動を開始するのと反比例するように、政府CIOの役割は次第に縮小していった。2011年のICT戦略では引き続き政府CIOを設置する方針が示されたこともあって、政府CIOは残されたものの、これまでと違い政府CIOは省庁のCIOが兼任する形が採られた。2011年にサフォーク氏の後を継いで3代目の政府CIOに就任したハーレー氏は雇用年金省のCIOとの兼任であり、その後のネルソン氏は司法改革省のCIOとの兼任であった。彼らの経歴と、どのような取り組みを行ったかについて、図表3に示す。

図表3  政権交代以降に政府CIOが行った取り組み(図表をクリックで拡大します)

(出典)筆者作成。

各政府CIOの在任期間の短さも影響してか、抜本的な改革は余り行われず、サフォーク氏までの各政府CIOが進めてきた、あるいは戦略として打ち出した内容を実施するに留まっている。その一方で、GDSでのデジタルサービスの推進を技術面から支える職位として、政府CTOが2012年に設置されるなど【注11】、GDSの機能強化が徐々に進められた。

政府CIOの役割、およびGDSとの関係性を見る上で大きな転換点となったのが2013年である。同年3月、GDSのエグゼクティブ・ディレクタを務めるマイク・ブラッケン氏がGDSのブログに記事【注12】を投稿し、この中では、改めてICTからデジタルへの転換を強調すると同時に、現在のように政府CIOが全ての技術について監督、統括することは、その負荷を考えると現実的ではないと主張した。その上で、ICT政策を政府横断的に推進するリーダはもはや不要であり、ICT戦略の推進者としての位置づけである政府CIOの役割はもはや残されていないと述べ、政府CIOの職の廃止が打ち出された。また、政府横断的な会議体についても、その一部を見直す方針を示し、最終的に政府全体のデジタルサービスを担当する組織をGDSに一本化する方針が示された。結果として、GDSの長であるエグゼクティブ・ディレクタ(2015年以降はCDO(Chief Digital Officer)となる)がデジタルサービスを主に戦略面から進めていくこととなった。また、技術面ではCTO(Chief Technology Officer)が中心となって各省の技術導入への助言などを通じた支援を行うこととなり、結果としてエグゼクティブ・ディレクタ(のちのCDO)とCTOの役割分担と協力体制が確立された。

併せて、各省庁におけるリーダ層についても、政府CIOと同様に、1人のCIOが省庁内の技術全てを監督するのは困難であるとの考え方のもと、見直しが行われた。すなわち、CIOが全てを統括する形態から、CDOとCTOに分離し【注13】、CDOはデジタルサービスの提供とデジタル・バイ・デフォルト戦略の推進を担当する一方、CTOはデジタルサービスおよび省庁内のユーザを支援する省庁内部のITの提供を担当するものとして区別した。このような役割分担を前提としつつ、各省庁のITのコモディティ化できる部分とカスタマイズが必要な部分の切り分けについては、両者が連携して担当することとなった。

このように政府、各省ともCDOとCTOとの二枚看板での推進体制のもと、政府横断的にデジタルサービスの推進が図られることになったが、英国政府で特筆すべき点としては各省の自律的な取り組みが重視されている点にある。具体的には歳入関税庁(HMRC)の事例の記事[リンク]を参照いただきたいが、GDSは政府全体としての戦略を定め、その推進を図るものの、基本的には省庁の求めに応じて必要な助言や技術的支援を行うという、ソフトな形でのデジタルサービス推進という方向性が見られる(図表4参照)

図表4  現在のGDSと各省との関係(図表をクリックで拡大します)

GDS内の水色はビジネスサポート組織、赤色はビジネスマネジメント組織、緑色はデリバリプログラム担当の組織を示す。
(※1)省庁により、CDOを設置している場合、また歳入関税庁(HMRC)のようにCDIO(Chief Digital Information Officer)を設置している場合がある。
(出典)‘Government Digital Service Business plan April 2014 to March 2015’を基に筆者作成。

以上見てきたように、英国政府では、ICTからデジタルサービスへの転換という考え方を具体化するにあたって、特に2013年以降は政府CIOが強力なリーダシップを発揮して戦略策定と政府横断的な取り組みを推進するという方向から、GDSが方針や原則を示したうえで、省庁が自律的な取組を行い、GDSのCDOやCTO、および各組織が適宜サポートするという、自発的な協働へと方針転換がなされたのである。

 

5. 結語―省庁の取り組みをベースとした政府横断的な政策の推進と、CIOの機能分割―

本稿の冒頭に示した、英国において電子政府政策に関する政府横断的な機能が不要となったのかという問いに答えるならば、政府CIOという制度こそ廃止されたものの、それは政府横断的な役割が完全に不要になったことを意味するものではなく、英国ではデジタルサービスの実現という視点から、GDSにその役割が置き換えられたものと言える。その点では、他国と根本的に異なる方向へ舵を切ったわけではない。

ただし、英国では、他国の政府CIOのように、1人が戦略策定から技術的支援に至るまで全てを監督することは困難であり、CDOとCTOに機能を分割させたうえで、両者が協力して取り組みを進めるのが適切であるとの考え方のもと、体制の見直しを政府レベルでも省庁レベルでも行っている点が大きな特徴であると言える。また、GDSは、従来の政府CIO、あるいは諸外国で見られる政府CIOのように、リーダシップを発揮して政府横断的な政策を強力に推進すると言うよりも、政府全体としてのデジタルサービスの方向性や大枠としての基準を策定し、これらに基づいた各省庁の取り組みを支援する方法を採っていることも特筆すべき点である。

このようにCIOの果たすべき機能を敢えて分割した上で、各省の自発的な取り組みをうまく活かしつつ政府横断的な戦略や政策の推進する形は、今後のCIO体制を考えるうえでは新たな道として注目されうるのではないだろうか。

【注】(下線の箇所は各ウェブサイトへリンクしています)

1. 従来のe-Envoy(電子政府担当特使)を改組した組織である。

2. 内閣府電子政府局ウェブサイト内「CIOアジェンダ」の英国政府によるアーカイブ版

3. 報告書のタイトルは‘Directgov 2010 and beyond: revolution not evolution’。
全文は、英国政府ウェブサイト(PDF)より閲覧可能。

4. デジタルサービスに関する視点がそれまでなかったわけではなく、例えば2005年には「デジタル戦略」が策定されるといった動きがあったが、当時はデジタル・ディバイドの解消やソーシャルインクルージョンといった、デジタルサービス利用の裾野をいかに広げるかに力点が置かれており、「デジタル・バイ・デフォルト」の発想までには至っていなかった。

5. ここでのプロセス標準とは、コンテンツの作成やレビュープロセス、およびパートナーとのSLAの締結やその後の協力のプロセスについての標準を指すものである。

6.顧客に関する標準とは、利用者からのフィードバックや各種相談への対応、利用者の内訳の分析やセグメント化といった活動に関する標準を指すものである。

7.フランシス・モーデ内閣府大臣からマーサ氏への2010年11月22日付回答書による。

8.全文は英国政府ウェブサイト(PDF)より参照可能。

9.GDSについては、折田裕幸(2015)「デジタル・ガバメントのグローバルリーダー・英国の新たな挑戦―GDSが目指すユーザー本位の行政サービス革命」『行政&情報システム』2015年6月号(51巻3号)、2-9頁も合わせて参照されたい。

10.GDSの前身であるデジタルでの市民参加担当組織の2011年2月4日付ブログ2011年3月15日付ブログによる。

11.CTO設置に関する英国政府の考え方は、GDSの2012年12月13日付報道発表資料に詳しい。

12.GDSウェブサイト内のブログ記事‘of the web, not on the web’

13.CIOの見直しとCDO・CTOの設置は各省庁で順次進められているが、名称は必ずしも上記2つにしなければならないということではない、例えば、前稿で取り上げられているHMRCではCIOとCDOの機能を兼ね備えるものとしてCDIO(Chief Digital and Information Officer)の呼称が用いられている。