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2018.08.10

2018年08月号トピックス 『行政におけるサービスデザイン推進に関する調査研究』の概要

一般社団法人行政情報システム研究所
研究員 松岡 清志

1.はじめに

現在、我が国の行政機関は、社会環境の複雑化や目覚ましいICTの進展などを背景に、多様化・個別化された課題やニーズに対応していくことがますます求められている。こうした要請に的確に応えるためには利用者中心の行政サービスへの転換を図ることが必要であり、そのアプローチとしてサービスデザインが注目されるようになっている。政府においても、平成295月に「デジタル・ガバメント推進方針(IT総合戦略本部決定)」において「サービスデザイン思考に基づく業務改革(BPR)の推進」が方針として掲げられたのを皮切りに、平成301月の「デジタル・ガバメント実行計画(e ガバメント閣僚会議決定)」における「サービス設計12箇条」の策定、同年3月の「サービスデザイン実践ガイドブック(β版)(内閣官房IT総合戦略室)」の公開など、行政へのサービスデザイン導入に向けた施策が矢継ぎ早に講じられている。

他方で、イギリスやデンマーク、アメリカをはじめとする諸外国の行政機関では、既にサービスデザインの手法を取り入れた公共サービス改善や政策立案のプロジェクトが数多く実践されており、サービス利用率の向上やコスト削減など具体的な成果を生み出している。また、個別プロジェクトでのサービスデザインの実践にとどまらず、それを担う人材の雇用、部門横断的なイノベーションラボの設置など、組織を挙げての取組みも進められている。さらに近年では、職員の能力育成や組織文化の醸成においてサービスデザイン思考が適用されるなど、サービスデザインは単なる手法にとどまらず、組織変革の軸として捉えられつつある。

(一社)行政情報システム研究所(以下「当研究所」)では2017年度、こうした背景を踏まえ、今後日本の行政においてサービスデザインを推進していく上での論点と課題を明らかにすることを目的として、『行政におけるサービスデザイン推進に関する調査研究』を実施したので、その概要を紹介する。

2.サービスデザインの概念

サービスデザインについて解説する前提として、まず「サービス」と「デザイン」はどのように捉えられるかについて整理しておきたい。

「サービス」という用語自体は、日常会話でも用いられる一般的な言葉であるが、サービスデザインにおける「サービス」の捉え方は、財とサービスを区別なく捉え、生産性と消費者の価値共創を重視するマーケティングの概念である「サービス・ドミナント・ロジック」の影響を受けている。「サービス・ドミナント・ロジック」では、消費者が財を利用することによって生み出される「利用価値」に焦点を当てており、価値は財を利用する消費者と、そのために自らの能力やリソースを活用して「価値提案」という形で間接的に貢献する生産者によって「共創」されるものと捉えられる。この考え方を踏まえると、サービスデザインにおける「サービス」とは、「個人や組織(生産者)が持つリソースを他の個人や組織(消費者)の便益のために応用し、価値を共創すること」と定義することができる。

次に、「デザイン」は、ユーザーを起点として大きく3つのデザイン領域で構成される。具体的には、製品・サービスとそれを利用するユーザーとの直接的なインターフェイスとして立ち現れる「インタラクションデザイン」、製品・サービスを利用することによって得られる体験としての「アクティビティデザイン」、そして事業戦略やサービス価値提案の定義まで含めた「サービスデザイン」の3つである。「サービスデザイン」は「インタラクションデザイン」「アクティビティデザイン」を包含する領域として位置付けられる(図表1)。実際に事業開発を実践する際には、サービス・事業戦略を策定し、次にユーザー体験のプランニングを行い、最終的な製品やサービスのユーザーインターフェイスに落とし込んでいくこととなる。

図表1 サービスデザインに含まれるデザインの領域

(出典)研究所作成

サービスデザインの概念について整理したが、具体的にはどのような考え方が求められるのだろうか。この点に関して、サービスデザインの入門書である『THIS IS SERVICE DESIGN THINKING』では下記5つの原則が挙げられている。

①ユーザー中心(User-Centered):実際にユーザーがサービスを利用する環境に身を置き、ユーザーの視点に立って観察し深く理解することによって、潜在的なニーズや課題に対する洞察を得る。

②共創(Co-Creative):ユーザーに限らずプロジェクトに関わるあらゆるステークホルダーを、立場の異なる「アクター」として捉え、共同作業によってサービスを創り上げる。

③インタラクションの連続性(Sequencing):サービスを管轄する部門、チャネル、分野の枠を超えた横断的な視点に立って、ユーザーから見た体験の連続を捉える。

④物的証拠(Evidencing):有形/無形の両方の要素を含むサービスに関して、ユーザー体験に形を与える「証拠」となる物的要素をどう組み込むかを考慮してタッチポイントをデザインする。

⑤全体的な視点(Holistic):ユーザーとサービスを取り巻く環境や条件、関係性を可視化した上で、ユーザーから直接的に見える体験だけでなく、それを提供する側のプロセスや組織体系等も視野に入れ、サービス提供を支えるシステム全体を捉えた上でユーザー体験に落とし込む。

以上のような考え方に立ってサービスの開発・改善を行うことが必要とされるのである。

3.サービスデザイン推進の全体像

冒頭で述べたように、諸外国の行政機関では、個別プロジェクトにおけるサービスデザインの実践にとどまらず、より踏み込んだ取組みを行っている事例が見られる。このようにサービスデザインにはいくつかの段階が存在する状況を踏まえ、本調査研究ではサービスデザインの推進過程を、時間の経過とともにサービスデザインの適用範囲が段階的に拡大し、それに伴って組織の活動形態も段階的に変化していくモデルとして捉えた(図表2)。

図表2 サービスデザイン推進の発展モデル

(出典)研究所作成

本モデルは大きく①導入フェーズ、②発展フェーズ、③浸透フェーズの3段階に分けることができる。

①導入フェーズでは、個別プロジェクトにおいて、サービスデザインの専門家が中心となってワークショップやサービスブループリント(※1)、カスタマージャーニーマップ(※2)などの手法やツールを導入してスモールスタートでサービスの新規開発や改善を行う。このような取組みを行って成果を上げるとともに、活用方法や有用性について理解を拡げるフェーズである。②発展フェーズでは、サービスデザインのアプローチを導入するプロジェクトが増加し、部門を横断する複数のサービスでユーザー中心のサービス開発や改善の取組みが行われるようになる。このようにプロジェクトが増加すると、サービスデザインの専門家は前フェーズのように個別のプロジェクトに参加するのではなく、むしろ組織の人材の能力育成や、当該組織におけるサービスの開発・改善プロセスを標準化するといった、サービスデザイン実践を支援する方へシフトすることとなる。最後に、③浸透フェーズでは、組織が提供するすべてのサービスでサービスデザインのアプローチが適用され、ユーザー中心のサービス開発・改善が行われるようになる。

上述した各フェーズの特徴をまとめたものが図表3である。

図表3 サービスデザイン推進モデル 各フェーズの定義

フェーズ適用規模組織の活動
導入フェーズ個別のサービスにおいて、ユーザー中心のサービス開発・改善が行われる。個別プロジェクトにおける実践
発展フェーズ部門を横断する複数のサービスにおいて、ユーザー中心のサービス開発・改善が行われる能力育成とプロセス標準化
浸透フェーズ組織が提供するすべてのサービスにおいて、ユーザー中心のサービス開発・改善が行われる。マネジメントと組織全体への浸透

(出典)研究所作成

(※1)サービスブループリントとは、ユーザー体験をサービス提供者側のプロセスも含め全体的にデザインするために、サービスのプロセスを顧客側、サービス提供者側の両方の側面から図示したものである。

(※2)カスタマージャーニーマップとは、ユーザーの体験を旅の行程(ジャーニー)になぞらえ、ある一定の時間軸でのユーザー体験を可視化する手法である。

4.導入フェーズ:個別プロジェクトにおける実践

導入フェーズである「個別プロジェクトにおける実践」に関して、諸外国の行政機関が実施した3事例において、具体的にどのようなプロセスとテクニックを活用してサービスデザイン手法をプロジェクトに導入したのかを、デザインのアプローチによる問題解決やプロジェクトの実施の際に用いられるフレームワークであり、一連のプロセスを検討内容や思考の幅を広げる「拡散」と、検討内容を集約させる「収束」を繰り返しとして捉える「ダブル・ダイヤモンド」(図表4)に当てはめてプロセスを分解、整理し、共通の成功要因を抽出した。各事例の概要を示したものが図表5である。

図表4 ダブル・ダイヤモンド

(出典)研究所作成

図表5 3事例の概要

名称概要

ホームレス化防止政策の立案

(イギリス)

デザイン思考によるオープンな政策形成を推進する内閣府内の独立組織であるPolicy Labが主体となり、地方自治省、地方自治体、慈善団体などと連携し、約1年間にわたって、ホームレス化を防止するための政策を検討し、ホームレス化防止のための5つの方針を立案。

30歳以下の若者を対象とした行政サービスの改善

(デンマーク)

雇用省、商務・成長省、税務省の3省が共同運営するイノベーションラボであるMindLabが、特に行政との間に距離を感じている30歳以下の若者を対象として、ユーザー視点で行政サービスの課題を発見・定義し、行政サービス全体にわたる4つの改善方針を策定するとともに、税・税関局で若者の納税者向けサイトを公開。

貧困家庭の経済支援サービスの改善

(アメリカ・ニューヨーク市)

無料の税務申告サービスVITAを利用して経済支援サービスへのアクセスを容易にするために、5つの組織が連携して設立した組織であるDFEが中心となってサービス改善を進め、VITAサービスの利用者数が推定50%程度増加。

 

具体的な行政課題をサービスデザインのアプローチによって解決し、かつサービスデザインの有効性を組織に認知させるという成果を挙げたこれらの事例に共通する成功要因として、以下の4点が抽出された。第1に、プロジェクトにサービスデザイン手法を熟知した専門家が参加し、手法やノウハウの提供のみならず、ステークホルダーとのコミュニケーションや、ワークショップのファシリテーションなど柔軟な活動を行っている。第2に、プロジェクトを実施する主体は、既存組織を横断する立場で活動しており、このことが複数の部門に跨るタッチポイントの一貫した改善につながっている。第3に、サービスデザインのプロセスの中でも、特にユーザー調査に注力している。そして最後に、プロジェクトの過程や成果をウェブサイトや公開レポートなどで活動内容や成果を幅広く発信している点である。

なお、本稿では紙幅の都合上、各プロジェクトの詳細は割愛する。関心のある方は調査研究報告書本文を参照されたい。

5.発展フェーズ:能力育成とプロセスの標準化

発展フェーズである「能力育成とプロセスの標準化」に関して、どうすればユーザー中心のサービス開発・改善を、部門を横断した複数のサービスに跨って継続的に発展させられるかという観点から、3つの行政機関(アイルランド コーク州政府Service rePublic、イギリス政府 Government Digital Service、デンマーク政府 MindLab)と2つの民間企業(日本電気、日立システムズ)における活動の文献及びインタビューによる調査の結果、及び9つの諸外国行政機関(イスラエル、豪州ACT地域、カナダ、韓国、シンガポール、台湾、デンマーク、ニュージーランド及びフィンランド)に対するアンケート調査の結果を分析した。

分析の結果、このフェーズで実施されている活動を類型化したものが図表6である。

実際には、図表7のようにこれらのプログラムを組み合わせることで、組織内でのサービスデザインの浸透が実践されている。

図表6 発展フェーズにおける活動の類型

類型活動内容

①  概念・手法の体系化

組織としてどのようにサービスを設計し、開発、運用するかの方針を示し、その方針に基づいて具体的にプロジェクトを実践するためのツールキットやガイドラインを整備し、組織内で広く共有。

②  研修プログラムの実施

ストリーミング配信による講義や、実践的な能力獲得のために半日〜3日程度のプロジェクトを体感できるワークショップ形式のトレーニングなど、体系化された概念・手法を身につけられる研修プログラムを実施。

③  実践によるトレーニング

実際のプロジェクトでの実践によるユーザー視点の取り込み。

④  ナレッジ共有の仕組みづくり

組織内で自律的に活動する分野別グループの紹介や、ノウハウを活用するコンペの開催、外部公開型のイベント開催等による、ナレッジの共有。

(出典)研究所作成

図表7 類型化した能力育成とプロセス標準化の活動

(出典)研究所作成

6.浸透フェーズ:マネジメントと組織全体への浸透

浸透フェーズである「マネジメントと組織全体への浸透」に関して、サービスデザインを個人のスキルのレベルから組織レベルへ移行させるための「仕組み化」を実施している民間事例(ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行、ロイズ・バンキンググループ、アクセンチュア)について分析を行った。

分析の結果、同フェーズにおける活動の特徴を抽出したものが図表8である。

導入フェーズや発展フェーズと比べ、本フェーズに到達している組織の数は多くはないものの、これらの活動についても今後検討の射程に入ってくる可能性はあるものと思われる。

図表8 浸透フェーズにおける活動の類型

類型活動内容

①  サービスデザイン思考を取り入れたサービス開発プロセスの適用

既存のサービス開発プロセスを刷新し、全部門においてサービスデザイン思考を取り入れたプロセスを適用するとともに、組織内のプロジェクト管理や予算措置などに関する既存の仕組みの見直しを含めた多面的な組織変革を実施。

②  デザイナーとの緊密なコラボレーションの推進

顧客視点を担保する役割を担うデザイナーと、技術者やビジネス担当者がコラボレーションしながらプロジェクトを実施。

③  組織文化の醸成

実際のプロジェクトでの実践によるユーザー視点の取り込み。

④  ナレッジ共有の仕組みづくり

組織内における価値基準の見直しや制度の整備、ワークショップなどを通した啓蒙活動を通じて、マインドセットや行動の変容を促進。

7.おわりに

本調査研究では、組織におけるサービスデザインの推進過程を、「個別プロジェクトにおける実践(導入フェーズ)」「能力育成とプロセス標準化(発展フェーズ)」「マネジメントと組織全体への浸透(浸透フェーズ)」という3つの段階的なフェーズとして捉え、文献調査、事例調査、及びアンケート調査の結果から、各フェーズにおけるサービスデザイン実践の成功要因や必要な活動の類型を抽出した。

冒頭に述べたように、我が国の行政機関がサービスデザインに関する取組みを開始してから1年程であり、当面は個別プロジェクトにおける実践が中心となり、その後、徐々に発展・浸透フェーズへと進んでいくことになると考えられる。その過程ではサービスデザインに適した形での調達プロセスや開発・運用プロセスの構築、人材育成など様々な課題に取り組むことが必要になる。本調査研究から抽出された示唆がそうした挑戦に当たっての参考になれば幸いである。

本調査研究の実施に当たっては、内閣官房IT総合戦略室、各国政府のCIOオフィス等及び民間企業でサービスデザインに関わっている多くの方々にインタビューや意見交換への参画を通じて協力いただいた。この場を借りて深く感謝申し上げたい。また、これらのインタビューから得られた諸外国政府や民間企業の取組みの詳細については報告書本文にすべて記載されているのでご一読いただければ幸いである(※3)。

(※3)報告書は当研究所ウェブサイト上で閲覧可能。https://www.iais.or.jp/reports/labreport/20180331/servicedesign2017/

松岡 清志(まつおか きよし)

一般社団法人行政情報システム研究所 研究員。
同研究所にて電子行政に関わる調査研究に携わるとともに、本誌で主に諸外国における電子行政の動向に関する記事を執筆。
専門は行政学。早稲田大学公共政策研究所において招聘研究員として活動を行うほか、都留文科大学にて非常勤講師を務める。