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2018.08.10

2018年08月号トピックス 「港区AI元年」-ICTによる区民サービス向上と働きやすい職場づくり(前編)

港区総務部 情報政策課長 若杉 健次
港区産業・地域振興支援部 国際化・文化芸術担当課長 大久保 明子
取材・文/増田 睦子

港区では、昨今の急速なICTの進歩が今後の区民生活と区の事業のあり方を大きく変えていくとの認識に立ち、本年3月に、情報化計画の見直しを行った。同計画の施策の一つである「区民サービスでの人工知能(AI)の活用」では、今年平成30年度を「港区AI元年」として、人工知能(AI)を活用した区民サービスの向上を進めるとしている。今年度運用を開始するAI関連等のICT活用に関するプロジェクトとしては、①多言語AIチャットによる外国人向け情報発信(H30年7月開始予定)、②議事録自動作成支援ツールの導入(H30年5月より導入)、③業務自動化ツール(RPA)の導入(H30年2月より導入)、④AIを利用した保育所の入所マッチング(H30年7月実証実験)の4つを掲げている。

前編である本稿では「港区情報化計画」の概要、および最新の取組である「多言語AIチャットによる外国人向け情報発信サービス」について紹介する。

取材・文/増田 睦子

 1.「港区AI元年」

201612月、官民データ活用推進基本法が公布されたことを踏まえ、港区では「港区情報化計画」を見直すにあたり、新たな情報化計画を同法に基づく市町村官民データ推進計画として位置づけることとしました。当区では人口が毎年5,000人ほどの急速なペースで増加しており、区民サービスの充実が急務であると考えています。他方で、ICTの技術進歩がもたらす変化に備えていくことも重要です。そこで今回、将来の課題を先取りした形で、積極的・戦略的な取組を行うため情報化計画を適切な内容へ見直すことにしました。見直しにあたっては、現在の国の基本戦略となっている官民データ活用推進基本法について国とも打合せさせていただき、その内容や位置づけを確認しました。その結果として情報化計画を市町村官民データ活用推進計画として位置付ける形で今年3月に策定しました。官民データという視点からいえば、オープンデータは平成286月から公開を開始し、現在95種類を公開しています。今後も順次公開数を増やし、オープンデータを軸にしたデータ活用を進めていくことにしています。

また、区民サービスにおけるAI技術等のICT活用や、ICTを利用した「働きやすい職場づくり」について昨年度から力を入れて取り組んでいます。「働きやすい職場づくり」とはICTを活用することで業務の効率化を図り、ワークライフバランスを推進するとともに、区民サービスに力を注ぐという視点です。港区の情報化計画では、「区民と区、教育機関や事業者が力を合わせて自治体最先端のICT活用を実現し、区民の誰もが、どこでも、いつでも、安心して、ICTを存分に活用した人にやさしい区民サービスを日常的に受けている」という未来の姿を掲げています。そして、それを実現するために、①「4つの力」(行政・区民・民間・全国各地域)を活かした協働による先進的なICTを活用した地域共生社会の実現、②ICTによる人にやさしい区民サービスの実現、③効率的な区政運営を支える最新かつ堅固な情報インフラの導入、④大切な情報を守る新たな脅威にも備えた強靭な情報セキュリティの確保とさらなる強化、という4つの視点に沿って既存計画を見直し、様々な施策として体系化しました。計画の策定にあたっては全庁横断的な委員会で検討を行い、個別の施策については各所管課の事業も含めて情報政策課が調整し、区全体の計画としてとりまとめました。

 2.AIチャットボットサービス

 (1)開発の背景と目的

港区には約140か国、およそ20,000人の外国人が居住しており、日本国内にある大使館の半数以上が当区に所在しています。当区のように外国人居住者が多い自治体では、正確かつニーズに合った情報提供はとても重要な区民サービスの一つです。そこで、かねて当区ではホームページや広報誌、メールマガジンのほか、昨年からはFacebookによる情報発信を開始するなど多様なチャネルを利用して情報提供を進めてきました。全庁的なAI活用推進の流れの中で、さらに区民サービスを向上していくため、AIチャットボットサービスに着目し、導入を検討することになりました。そこで当区では、AIチャットボットサービス導入に向けた実証実験を行い、その効果を確認したうえで実施を決定するというプロセスをとりました。(図1)

図1 AIチャットサービスの画面イメージ

(出典)港区

 

このチャットボットの特徴としては、多言語という点が挙げられます。英語と「やさしい日本語」という2種類の言語で対応するサービスです。この「やさしい日本語」は小学校3年生程度が理解できる表現で、多言語対応が困難な災害発生直後などに、外国人に対して正確に、必要な情報を提供するために考えられた日本語です。多様な国籍の外国人が暮らす当区においては、それぞれの母語すべてに対応していくことは困難なことから、「やさしい日本語」を地域社会の共通言語として位置づけ、普及を進めています。今回提供する多言語チャットボットにおいてもこの2つの言語にすることでより分かりやすくニーズに沿った情報提供ができると考えています。(図2)

図2 外国人利用者のサービス利用時の希望言語

(出典)港区「AI(人工知能)を活用した外国人への問合せ自動サービスの実証実験【実施報告書】」

 

外国人居住者向けのアンケートでも、防災・ごみ・就学といった身近な地域情報を必要としていることは把握できていましたので、外国人が港区で生活する上で困るであろうことをこのチャットボットを使ってより的確にユーザーニーズに沿ったタイミングで情報提供していきたいと考えました。さらに、チャットボットを通じ、外国人居住者に地域の情報を提供することで自治体を身近に感じてもらい、地域への参画を促進するというシナリオも描きました。

 (2)チャットボットサービス開発のプロセス

多言語チャットボットを開発するにあたっては、多様な国籍を持つ外国人居住者が利用するものであるということを念頭におきました。様々なチャットサービスがある中、日本に居住する外国人が日常的に利用しているSNSサービスを基軸としたシステムを利用することがユーザー数を増やすことへつながると考えました。またユーザーが新たに操作方法を覚えなくとも簡単に利用できるサービスを提供するという観点から、当区ではFacebookのメッセンジャー機能を利用したチャットボットサービスを構築することにしました。すでに当区ではFacebookを外国人居住者向けの情報提供チャネルとして利用しており、スムーズにチャットボット導入を行える点も選定の基準となりました。(図3)

図3 外国人がよく使うSNS

(出典)前掲報告書

 

今回、チャットボットの回答カテゴリーには、外国人からのニーズが高い①防災、②ごみの捨て方、③教育(区立小学校)、④国際文化の4つを選定しました。運用開始後、随時カテゴリーは追加していく予定です。

まず、チャットボットの要となる「よくあるご質問」(Frequently Asked Questions:以下FAQ)の作成に取り掛かりました。AIチャットボットの所管課となる地域振興課では外国人居住者から過去に寄せられた質問データを保有していましたので、それらをベースに進めていきました。ただし、すべてがQ&Aの形でデータベース化されているわけではありません。そのため、質問とそれに対する回答という対のデータを作成するのに作業時間を要しました。運用開始時に準備したFAQはおよそ250項目です。FAQ作成は地域振興課と所管課が協働して行い、各所管課へは事業の趣旨を説明したり、開発中の実際のシステムを見せたりして協力を仰ぎました。実際のシステムを見せることで、所管課の担当者も関心を寄せてくれたように思います。当初のカテゴリーとして設定した4つの分野については、外国人からの問い合わせや情報提供のニーズがあることを各所管課も実感していましたので、積極的な協力が得られました。1か月から2か月ほどかけ、所管課内でのQ&A確認を行ってもらい、その後、地域振興課がチャットボット用に回答を「やさしい日本語」化し、当区に所属している外国人向け相談員を中心に英訳を行いました。英訳については機械翻訳という選択肢もありましたが、まだまだ機械翻訳の精度は十分とは言えないことから、行政の責務である的確な情報発信を実現するために相談員による翻訳を選びました。250項目のFAQは運用をしながら随時追加、見直しを行っていき、より的確で精度の高い情報を提供できるよう努めていきます。(図4)

図4 FAQに基づく回答作成

(出典)前掲報告書

 

 (3)開発にあたっての課題と今後の展望

FAQを作成するにあたり、工夫した点がいくつかあります。1つはチャットボットの回答を簡潔なものにすることでした。FAQ作成に協力してもらった各所管課でも、当初はチャットボットや回答画面のイメージがつかないがために、回答文章を必要以上に丁寧に作りこんでしまうという傾向がありました。また、「やさしい日本語」にする際も、文章を分節に区切ったり、言葉を平易に書くがゆえにどうしても文章が長くなってしまったりしがちでした。それをどのようにしてわかりやすく簡潔にまとめるかは挑戦の一つでもありました。実際のチャットボットサービスを試してもらいながら、イメージを膨らませてもらい、わかりやすい回答を目指しました。2つ目は組織内の連携の構築です。チャットボット上だけでユーザーの疑問をすべて解決することはできない場合もありますので、回答で表示する区ホームページのリンク先情報の精査や、Webサイトの翻訳精度の向上など課題がたくさんあることがわかりました。表示したリンク先がリンク切れになっていたり、翻訳結果の文章が理解できなければ意味をなしません。今後カテゴリーが増えるにつれて大きくなるこうしたメンテナンスの負荷にどう対処していくかも大きな課題になると思われます。地域振興課が中心となり、関連のある部署等と連携をとりながら横のつながりを作り、こうした課題に対処していく必要があります。

運用開始後、実際に寄せられた質問データを分析し、カテゴリーの充実を図っていきたいと考えています。運用当初は随時データを確認しながら、FAQの不備不足を補足・修正していき、その後は月次単位でデータを元にユーザーニーズを分析し、追加・修正を行っていきます。また、年度内に2

程度、カテゴリーの追加も検討していく予定です。チャットボットを導入するにあたっては、実際にチャットボットを導入した他自治体の事例もヒアリング調査を行いました。その中で得られた知見として大きかったのは、管轄する部署内でカテゴリーの修正ができず、都度事業者に依頼をかけているのではタイムラグが生じ、即時性のあるサービスを提供できないし、運用に係る負荷が大きくて仕事が回らなくなるということでした。ユーザーニーズをタイムリーにつかみ、それを反映していくということがチャットボットでは重要と考えています。

このチャットボットを通じ、港区の外国人居住者がどういったニーズを持ち、どういったことに困っているのかを把握しながら、先進的な区民サービスの提供をしていきたいと考えています。必要な情報を得ることで、行政や地域に興味を持ってもらい、地域参画を促していくことを目指しています。

(次号へ続く)

若杉 健次(わかすぎ けんじ)

港区総務部情報政策課長
平成20年に港区入区。環境課、芝浦港南地区総合支所、区役所改革担当を経て、平成28年から現職。
情報政策課長として、AI・RPAなどICTの活用、オープンデータ、情報システムの管理・運営、個人情報保護および情報公開制度の運営に携わる。

大久保 明子(おおくぼ あきこ)

港区 産業・地域振興支援部 国際化・文化芸術担当課長
東京都福祉保健局、教育庁、政策企画局等を経て、平成30年4月より現職。
国際化推進、文化芸術振興施策全般に携わる。