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2023.11.01

2023年11月号 連載企画 人間中心の情報システム no.11 塩尻市、自営型テレワークで誰でも働ける環境づくり 市の振興公社が仕事を受注し地域住民に委託

情報システム学会会長
国際大学GLOCOM主幹研究員
砂田 薫

1.はじめに

 子育てや介護のためフルタイムで会社に勤務することが難しい人は少なくない。国と企業は家族のケアを理由とする離職を防ぐ対策を進めてきたが、それでもケアを抱える人の就労にはまだ多くの課題が残されている。厚生労働省の雇用動向調査によれば、2022年の離職者数は約765万人(うち女性は400万人)で、出産・育児が理由で辞めた人はすべて女性で全体の0.9%、6万8,000人にのぼった。介護が理由で辞めた人も全体の0.9%で、そのうち女性が4万8,000人を占めている1
 本連載8回目の向洋電機土木株式会社の事例で見たとおり、ケアを担いながら柔軟に働きたい人にとってテレワークは大きな恩恵をもたらす。中小建設業の同社は、2008年に開始したテレワークによって家族のケアをしながら働き続けられる職場へと変わり、従業員のモチベーションと会社の業績がともに向上した。しかし、このようなケースはまだ例外的で、とくに新型コロナが5類に移行した2023年にはテレワーク実施率が低下し、オフィスへの出勤に戻りつつある2
 家族のケアを抱える人だけではなく、病気や障がいのため外出が困難な人にもテレワークは就労の機会をもたらしている。近年は、職場になじめない、人間関係がうまくいかないといった理由で退職し、自宅に引きこもる大人が増える傾向にあるが3、そのなかには会社へ出勤せずに仕事をしたいと希望する人もいる。こうした人たちもテレワークの恩恵を受けられるだろう。
 このような背景から、地域住民がテレワークで就労できる環境を整備したのが塩尻市である。本稿では、基礎自治体における人間中心の情報システムの事例として、塩尻市の自営型テレワーク推進事業について紹介する。

1 厚生労働省「令和4年雇用動向調査結果の概要」2023年8月公表
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/23-2/index.html
同「付属統計表」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/23-2/dl/kekka_gaiyo-05.pdf
2 パーソナル総合研究所の調査によれば、2023年7月のテレワーク実施率は22.2%で、2020年4月以降最も低くなった。https://rc.persol-group.co.jp/news/202308151000.html
3 内閣府 https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/r01honpen/s0_2.html

 

2.自営型テレワーク推進事業「KADO」

 全国1,700の基礎自治体のうち人口10万人以下は85%を占める。塩尻市も人口約6万6,000人(2万8,800世帯)、市の年間予算は約300億円と、規模のうえでは典型的な基礎自治体のひとつである。市内にグローバル企業セイコーエプソン株式会社の広丘事業所と塩尻事業所があり、ワイナリーも16社あって経済面では恵まれた環境にある。「そのため、かつては市の職員が将来に対して強い危機感を抱くことはほとんどなかった。しかし、少子高齢化が進み、さまざまな課題を抱える現実は他の自治体と変わらない。そこで、この規模の基礎自治体だからこそ取り組める新しいチャレンジをする必要があると考えた」と塩尻市産業振興事業部先端産業振興室の太田幸一室長(写真1)は語る。

 

写真1 太田幸一・塩尻市産業振興事業部先端産業振興室室長

(出典)澤田誠撮影

 

 そのひとつが自営型テレワーク推進事業「KADO(カドー)」である。市が100%出捐して2009年に設立した一般財団法人塩尻市振興公社が、行政や民間企業から仕事を受注し登録したテレワーカーに発注する。テレワーカーは、子育て中の女性が全体の4割を占め、それ以外は家族の介護に携わっている人や障がい者など、フルタイム勤務は難しいものの短時間就労を希望する地域住民だ。テレワーカーは在宅で勤務してもいいし、託児施設があるKADOのオフィスに来て働いてもいい。「コロナ前はオフィス集合型だったが、コロナ下で在宅勤務を一気に進めた。それでも生産性が落ちないことがわかったので、今は在宅が8割を占めている」と太田さんは言う。
 業務に必要なパソコン等の機器は一式約30万円の費用がかかるが、振興公社が用意した機器を貸し出すためテレワーカーが個人で負担する必要はない。テレワーカーへ支払われる報酬はスキルに応じた時間報酬で平均1,000円となっている。以前は成果報酬型の請負契約だったが、時間換算すると最低賃金以下になってしまう場合が出たので、すべて時間報酬型へ切り替えたという。
 なお、KADOのオフィスが入っている建物は13年前まではイトーヨーカドーの店舗だった。イトーヨーカドーが撤退した2009年に市が取得し、内装を全面的に改装した。現在は、商業テナントや子育て支援施設のほか、2階に地域DXセンター「core塩尻」(後述)、3階にKADOオフィスが設置されている。商業施設のなかにあるオフィスなので、オフィスへの通勤に心理的抵抗感が強い人たちにとっても気楽に来やすい環境となっている(写真2)。

 

写真2 市街地にあるKADOのオフィス(左)入口の看板(中)テーブルのある廊下をはさんで左右に業務別の部屋が並ぶ(右)KADOで働く女性たち

(出典)(左、中)澤田誠撮影(右)塩尻市

 

 そもそもKADOの始まりは2010年から2011年にかけて実施された厚生労働省「ひとり親家庭等の在宅就業支援事業」だった。厚生労働省は250億円の予算で100自治体がチャレンジしてほしいと考えていたが、福祉部門はどこも多忙を極め国の事業に人を割ける状態ではないため、実際に手をあげた自治体はその1割にも満たなかった。塩尻市でも福祉部門ではなく、当時は振興公社に所属していた太田さんと、現在も振興公社でテレワーク事業部シニアマネジャーとして活躍している柳澤佳子さんが担当することになった(写真3)。当時、市内にひとり親家庭は約700世帯あった。そのうち146名が参加し、まずは最低減の収入を確保しながらICTのスキル習得と資格取得を目指すことが目標とされた。「何もない状態からいきなりクラウドソーシングを成立させることは難しく、研修を受けて少しでも良い仕事に就いてほしい、自信を失っていたひとり親の皆さんに自信をつけてほしいと考えました」(太田さん)。

写真3 柳澤佳子・塩尻市振興公社テレワーク事業部シニアマネジャー

(出典)塩尻市

 厚生労働省の本支援事業の2年間が2012年3月に終了すると、塩尻市は同年4月から市の施策として対象者を子育て中の女性に拡大し事業を継続した。内閣府や総務省の交付金等を活用し、業務開拓や人材育成に取り組み、地方において働きたいのに働けないすべての人が安心して働ける仕組みづくりを目指し、事業規模を拡大してきた。

 

3.KADO事業スキームと業務内容

 KADOの事業スキームは、図1に示すとおり、塩尻市振興公社が業務発注者であるクライアントとテレワーカーの間に入って、営業活動、品質と納期の管理、テレワーカーの人材育成・就労サポートといった重要な役割を果たしている。

 

図1 KADOの事業スキーム

(出典)塩尻市

 

 ジョブマッチングの民間サービスと違って、クライアントとテレワーカーのマッチングだけではうまく機能しない。そこで、ディレクターがクライアントとテレワーカーの間に立って契約・受発注・納品などを細かくサポートする。ディレクターは現在20人でそのうち19人が女性。半数はテレワーカー経験者で、残りの半数は出産や育児を理由に離職したものの再び社会で活躍したいと考えていた元システムエンジニア等である。また、営業活動が非常に重要となるので、マネジャーのなかには民間企業からスカウトされた人もいる。「テレワーカーとして誰でも登録できる。スキルの高い人を選ぶわけではないので、どうしてもこの事業スキームは高コスト構造となる。だから行政がやる必要がある」と太田さんは考えている。
 KADOが受注する業務には、データ入力、経理・人事・調達・財務等のバックオフィス業務、画像認識AI教師データ作成業務、自動運転用3次元地図作成業務がある。自治体からは、GIGAスクールサポート、AIオンデマンドバスオペレーション、DX関連実証実験サポート、住民向けデジタル活用支援、コロナ経済対策サポートといった業務を受注している。注目されるのは、クライアントもテレワーカーも市内にとどまらず、広域連携を進めてきた点である(図2)。

 

図2 KADOの広域連携スキーム

(出典)塩尻市

 

 受注が軌道に乗り出したのはKADOスタートから5年経過した2016年だった。当初5年間に及ぶ低迷期があり、それを打ち破るきっかけとなったのは、機械学習のためのタグ付けを行うデータアノテーション業務の受注だった。比較的単純な作業だが、これを機にテレワーカーのスキル習得の体制や事業スキームを一新すると、その後はテレワーカーのQCD(品質・コスト・納期)をベースとしながら、公的信用や社会的意義という行政が介在する強みを発揮し、受注が拡大していった。
 高度なスキルが求められる自動運転用3次元地図の作成は、2017年にアイサンテクノロジー株式会社(代表取締役社長:加藤淳、本社:名古屋市)から請け負ったのが始まりだった。現在、同業務を担うテレワーカーは3か月の研修を受けた60人。作成した3次元地図で塩尻市も含む各地域の実証実験や高速道路での自動運転を可能にするなど自動車関連企業を支援している。昨年からは不良品率がゼロと品質も向上した。
 塩尻市はKADOのこの経験を活かして「交通DX」を掲げ、自動運転の代表的企業である株式会社ティアフォーやアイサンテクノロジー株式会社などとの協業によって、自動運転の社会実装を目指した実証実験にも力を注いでいる。KADOのテレワーカーが3次元地図を作成するだけではなく、自動運転車両のオペレーションやモニタリング作業を担当することで、地元にスキル移転を促している。また、後述するGIGAスクールサポートも絡めて小学生を対象とした自動運転の教育を行うなど、子供たちの学習にも活かしている。
 「2010年に事業を開始したとき、仕事の受注先は行政がメインと考えていたが、仕事を切り出すのが難しく、なかなか受注に結び付かなかった。むしろアウトソーシングのノウハウを有する民間企業からの受注によってテレワーカーのレベルが上がっていき、今では行政からもアウトソーシングやDXサポートなど既存業務にない新しい分野が増えていった」(太田さん)。
 GIGAスクールサポートもそのひとつだ。子供たちのIT活用をサポートするため、KADOテレワーカーが市内小中学校のICT支援を担っている。学校はコロナ下で短期間にオンライン授業の環境を整える必要に迫られていたので、まずはタブレットやPCのキッティングを担い、その後、Web会議システムを使った授業や学校イベントなどの支援も行った。教員や子供たちから感謝され、テレワーカーにとってもやりがいのある仕事になっているという。
 今日ではKADO登録者が800人、実際に仕事をしている人は約350人に及び、年間受注額は約3億円にまで成長した。他の基礎自治体からの視察が絶えず、小倉將信・元女性活躍担当大臣が訪問するなど、塩尻モデルが全国から注目を集めるまでになった。塩尻市の就労支援事業は、これまで見てきたようにクラウドソーシング、テレワーク、コワーキングを組み合わせた官民連携のモデルをつくりあげたのが大きな特徴になっている。

 

4.近隣自治体との協力から全国的な横展開へ

 KADOでデータアノテーションを受注し体制強化を図った頃、市外からKADOオフィスに数十人来て働いていることがわかった。なかには1時間かけて通っている人もいた。そこで、塩尻市では近隣の自治体との協力体制づくりに乗り出した。たとえば安曇野市では、市の遊休施設を活用したKADOオフィスの分室を設置し、KADOのスキームを用いた就労支援を行っている。また、コワーキングの場所があり人材育成も行っていたものの仕事が受注できないという悩みを抱えていた立科町に対しては、塩尻市は受注した業務を同町とシェアすることで支援した。その後、立科町は実績を積み上げ、現在はほぼ100%町自らで仕事を受注するようになっている。
 他の自治体に展開するにあたって問題となったのは、「KADOのモデルや立ち上げ期のノウハウを提供できるものの、横展開を実現するためのパッケージングが自分たちではできない」(太田さん)という点だった。それを依頼されたのが一般財団法人全国地域情報化推進協会で、企画部担当部長の澤田誠さんが全国的な横展開のためのパッケージづくりに取り組んでいる。
 ただ、パッケージができても、それを推進するにはいくつかの条件をクリアしなければならない。首長の理解があること、太田さんや柳澤さんのように新しいことに挑戦しようとする起業家的なマインドをもち熱心に推進する職員や地域の人材がいること、そして推進者を支えられる市役所の仕組みや文化があること、が不可欠な要因となるだろう。
 また、行政がこの事業を担う目的と意義を明確にする必要がある。塩尻市では年間4,000万円を本事業に費やしている。それを継続できるのはKADOが地域における就労のセーフティネットとデジタル人材のリスキリングを担っていると位置付けているためだ。人手不足が今後ますます深刻になった場合、移住者や外国人労働に頼るだけでなく、フルタイム以外の就労を広げることも重要になってくる。しかし、ハローワークはフルタイム勤務と定時のパートタイム勤務を主な対象としているので、時間的制約がある人は活用しにくいという問題がある。そこで、フルタイムの前段階としてKADOを活用してもらい、仕事への自信がついたら再度フルタイムに移行すればいい。振興公社で雇用するのではなく、KADOで人材を育て、地域で活躍してもらうというのが基本的な考え方である。たとえ就職に失敗してもKADOが再度セーフティネットとして機能するので、安心して就職活動を進めることができる。KADOのテレワーカーはみなデジタル人材になり、これまでに障がい者を含めて十数人が外部へ就職した。塩尻市にサテライトオフィスを設置した企業に雇われたケースもある。

 

5.地域DXセンター「core塩尻」

 KADOは塩尻市がDXを推進できるエンジンとなった。KADOオフィスが入るビルの2階につくった地域DXセンター「core塩尻」(写真4)は、市民、企業、大学、行政等による共創の場として本年6月に開所した。複数のプロジェクトワークが可能な広々としたワークスペースに加え一人で作業するブースや休憩ブースも備えた「コワーキングスペース」と、地域住民や学生も自由に利用できる「交流スペース」、パートナー企業がシェアオフィスとして専有可能な「サテライトオフィス」によって構成される。パートナー企業は年間100万円(税抜)で1社10名を登録でき、すべてのスペースを利用することができる。ベンチャー企業向けに月額5万円のメニューも用意されている。交流スペースは地域住民含め誰でも無料で利用可能となっており、子供たちや学生のDX参画を促すため、eスポーツを体験可能な最新機材を設置したスペースも設置した。同スペースは地元高校のeスポーツ部と連携し、高校生には練習や大会に使える場所として無償で提供する代わりに、住民向けイベントの企画・運用等、eスポーツを活用した地域活性化を担ってもらう予定だ。

写真4 地域DXセンター「core塩尻」(左)一般向け交流スペース(右)eスポーツ用の設備

(出典)澤田誠撮影

 

 「KADOをはじめとした塩尻市がチャレンジしてきた地方創生や地域DXのノウハウを他の自治体にシェアしていきたいと強く願っています。我々は、塩尻市だけが良くなればいい、とは決して思いません。我々の取り組みが他の地域も良くする可能性があるのであれば積極的に関わるべきだと考えています。多くの自治体の皆様に塩尻に来ていただきKADOやcore塩尻等の“ユニークな現場”を体感してもらうことで、本気で地域を良くしたい自治体同士の連携につなげていければ。」と太田さんは話している。

 

6.おわりに

 本連載で繰り返し述べてきたことであるが、情報システムとは、デジタル技術やITシステムといった機械的機構だけを指すのではなく、人・組織・社会といった人的機構も含めて構成されるもので、両者の調和が重要な課題となる。「人間中心の情報システム」とは何かと問われ、提唱者の浦昭二は「人を育むシステムである」と語った。そして、「情報システムには人の意図が含まれる。すなわち方向性がある」と主張した。
 このように情報システムを社会の仕組みと捉える観点からすると、塩尻市の自営型テレワーク事業の情報システムは、まさに人を育むシステムの典型と言える。地域住民や自治体という人的機構と、テレワークや地域DXを支える機械的機構をうまく調和させ、地域の課題を解決して地方創生を目指すという方向性をもつシステムとして構築されている。
 基礎自治体に限らず公益的な価値を追求するすべての団体組織にとって、塩尻市のケースは「人間中心の情報システム」の重要性に気づかせてくれるものと言えるだろう。

 

砂田 薫(すなだ かおる)
情報システム学会会長/国際大学GLOCOM主幹研究員
ビジネス系IT雑誌の記者・編集長を経て、2003年から国際大学GLOCOMで調査研究に従事。専門は人間中心の情報システム、北欧型デジタル社会、情報政策史・同産業史。行政情報システム研究所客員研究員、中央大学理工学部兼任講師、総務省情報通信審議会専門委員、日本医療研究開発機構「認知症対応型AI・IoTシステム研究推進事業」プログラムオフィサー、科学技術振興機構社会技術研究開発センター「人と情報のエコシステム」領域アドバイザー等の活動を行っている。