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2023.11.01

2023年11月号 トピックス 救急現場の集合知から生まれた映像通報システム「Live119」

株式会社ドーン 取締役
品川 真尚

取材/狩野 英司(行政情報システム研究所)
文/野々下 裕子

 救急現場のDXが進む中、119番に緊急通報した後の現場の音声や映像情報をスマートフォンを使って消防指令センターと共有できる映像通報システム「Live119」が注目を集めている。「このシステムは我々が作ったシステムではなく、消防・救急現場の方々が作り上げた集合知だ。」開発元である株式会社ドーンの品川真尚氏はそう話す。利用する現場から高く評価され、導入する消防本部が年々増えているこのシステムはいかに生まれ、育ってきたのか、話を伺った。

 

1.Live119とは

 火事が発生したときや急病人やけが人が出たときに救助を求める119番通報は、各市町村の消防本部が管轄区域ごとに設けた消防指令センター(以下、センター)で受け付けられるが、消防庁によるとその総数は年間で790万件以上にものぼる1
 通報から出動までの流れとしては、センター内にある指令台で通報を受け付けてから聞き取りを行い、必要に応じて消防車や救急車に出動指令を出すことになっているが、通報者から現場の情報を聞き出す際、通話だけで状況を把握するのが難しい場合がある。そこでよりスムーズに情報を共有するため、スマートフォンカメラで現場をリアルタイムに“見える化”する映像通報システムとして開発されたのが「Live119(ライブイチイチキュウ)」2である。
 「Live119は通報を受け付けたセンターの判断により、現場の状況を動画で共有することを依頼できるシステムです。あまり知られていませんが、センターでは119番通報したときに通話が切れてしまっても呼び返しができるよう、電話番号と位置情報が指令台で把握できる仕組みになっています。Live119はその仕組みを利用して通報者の電話番号宛にSMS(ショートメールサービス)でURLを送り、通報者がタップするとスマートフォンのブラウザが自動で起動し、カメラを使って現場の映像を送ったり、もしくはセンターから映像を送ったりすることができるサービスです。」(図1)

 

図1 Live119の仕組み

(出典)株式会社ドーン

 

 119番に電話をかけてきた相手にどのような対応をすればいいか説明することを口頭指導というが、現場の状況が見えないためベテランの指令員でも口頭指導が有効に機能しているかを判断するのは難しい。
 「例えばお子さんが苦しんでいるけれど救急車が到着するのに時間がかかりそうなときは、横向きに寝かせる回復体位という姿勢を取ってもらうのですが、『回復体位をお願いします』といっても普通はわからないですし、それができる状況なのかもなかなかわかりません。私自身も以前に娘が発熱して119番通報したときに、センターの方は落ち着いて指示を出してくださるのですがこちらはとても焦っていて、どのような状況なのか上手く伝えることができないもどかしさを経験したことがあります。そこで通話だけでなく映像を使って状況を伝えられればお互いに安心できますし、何よりも救急率の向上につながると考えたのです。」

1 119番通報の現状について/消防庁 令和4年10月25日
https://www.soumu.go.jp/main_content/000842197.pdf
2 Live 119
https://www.dawn-corp.co.jp/service/live119/

 

2.開発のきっかけ

 ドーンはGIS(Geographic Information System)と呼ばれる地理情報システムを開発する会社として1991年に設立された。2007年5月には自治体の庁内業務に対応したクラウド型の地図配信サービス事業を提供し、翌年には言語による発話が難しい人たちを対象にした119番通報システム「NET119(旧:Web119)」(図2)の提供を開始し、全国で400近い消防団体に導入されている。

 

図2 119番通報のユニバーサルサービス「NET119」を開発

(出典)株式会社ドーン

 

 「当社は社員数が約60名と小さな会社ですが株式上場もしており、コーポレートアイデンティティとしてエッセンシャルカンパニーを掲げ、社会にとって不可欠な存在になることを目指しています。普段からユーザーの声に耳を傾けるよう心がけており、そこから生まれたシステムも多数あります。」
 Live119を開発したのも現場の声がきっかけであった。119番通報があった位置を指令台に地図で表示するシステムの開発を通じて、指令台を納入する富士通ゼネラルやNECといった大手メーカーと接点ができ、会議などを通じて情報を共有する機会が増えた。そこで現場とセンターの間を映像で情報共有するアイデアを話したところ、「そのシステムはぜひ作るべきだ」といわれたが、そのときはこれほど大きな反響があるとは思っていなかったと品川氏は当時を振り返る。
 「システムを実際に作ったところ、『どうして今までこういう仕組みがなかったのか』といきなり現場から大きな反響が寄せられたのです。開発したという情報も当社のサイトで掲載しただけでしたが、あちこちから問い合わせがあり、マスコミにも取り上げられ、Live119がいかに必要とされているのかをあらためて実感しました。」

 

3.あえてアプリにしなかった理由

 総務省の調査によるとスマートフォンを使用した緊急通報は年々増えており、総通報件数の約半数を占めている(図3)1。Live119もスマートフォンがこれだけ普及し普段からカメラに使い慣れている人たちが増えたことから、より効果を発揮できるようになったといえる。

 

図3 消防庁/119番通報件数と内訳

(出典)消防庁

 

 スマートフォンを使うサービスの多くはアプリの形で提供されるが、Live119はあえてアプリにせず、標準搭載されているブラウザとSMSを使用するのが大きな特徴となっている。
 「Live119がリリースされる前にあるメーカーが、同じように119番通報した現場とセンターで映像をやりとりできるアプリを開発されていたのですが、センターの反応は好意的だったもののサービスとしてはほとんど使われず終わってしまいました。理由は緊急時にアプリをダウンロードしてから使うという方法が実用的ではなく、そもそも日ごろからアプリをダウンロードして使っている人が少ないということもありました。そこでLive119は最初からアプリを作らずブラウザを使う方法にすると決めていて、URLの通知も迷惑メールとしてブロックされないSMSしかないだろうと考えていました」と品川氏は話す。
 実はドーンでは以前に緊急時に使用するアプリを開発している。救急現場にいる人たちが近くにあるAED(自動体外式除細動器)を持って駆けつけることができるスマートフォン活用型AED運搬システム「AED GO」を京都大学医学部と日本AED財団らと連携して開発し、2018年7月に提供開始した(図4)。現在も一部のセンターに導入されているが、残念ながらアプリのダウンロード数は横ばい状態にあり、このときの経験で、救急現場向けにアプリでサービスを提供するのはハードルが高いことを痛感したのだ。

 

図4 AED GO

(出典)株式会社ドーン
https://www.dawn-corp.co.jp/service/aed-go/

 

 現場とセンターを動画でリアルタイムにやりとりできることのメリットはわかっていたが、アイデアを実現する技術がなかなか見つからなかった。だがそこに1つの転機が訪れた。
 Live119に使われているブラウザだけで映像をやりとりするという仕組みには、Googleが開発したWebRTCというコンポーネント技術が使われている。技術としては古くからあるものだが、当初はAndroid OSしか対応していなかったため、iPhoneユーザーが多い日本でサービスに使うのは難しいと考えられていた。だが2019年にようやくAppleがサポートすることが発表され、iPhoneのブラウザでも使えるようになったことがLive119の開発に着手する大きな決め手になった。

 

4.提供開始から現在まで利用者からのクレームはゼロ

 Live119を開発すると決めてから実際にシステムができるまではあまり時間はかからなかったと品川氏は説明する。技術者も数名で取り組んでいたが、最初からほぼ現在の完成形に近いものができており、提供開始から半年でほぼ仕上がっていた。2019年8月に神戸市消防局管内で実証実験が行われ、同年11月の試験運用を経て現在は東京消防庁をはじめ全国の組織に導入されている。
 「システムそのものは技術的に良いものができているという自信はありました。それよりも気になっていたのは、動画を使ってやりとりをするサービスなので、利用者から個人情報の取り扱いが問題視されるのではないかと懸念していました。その対応についてどうするかも考えてリリースしたのですが意外なことに全く問題にされることはありませんでした。」
 もう一点、Live119で動画を送る場合のパケット使用量は通報者側の負担になるが、そこはセンター側が負担したくてもできないという。この点についても利用者からクレームがあるのではないかと考えていたが、提供開始から現在まで1件もクレームはないという。
 Live119はリリースからまもなく4年目になるが導入先は加速度的に増えており、インタビューを行った2023年8月の時点で80を超えている。初期導入コストは150万円、運用コストは利用回数ではなく規模によって最低8万円からと低価格に設定されており、使用している既存の指令台に数日あれば導入できる。だが導入先によってオペレーションや運用の仕方はそれぞれ異なるため、導入後のトレーニングに時間をかけるところが多い。もっともシステムとしての機能はシンプルなので、ほとんどが約半年ぐらいで運用を開始できている。
 「私たちも驚いたのですが、消防本部によってそれぞれオペレーションのやり方や管制員のスキルも異なるので、Live119はどこでも同じ使われ方をしているわけではなく、各センターが状況にあわせて使いやすい方法を考えています。例えばLive119はSMSを送って15秒間リクエストが返ってこなければ、もう一つ別のルートで発信できるようにしているのですが、ある消防本部はライブ中継機能よりも、2つのルートを使ってSMSに発信できるというこの機能で、確実に現場に連絡がつながるようにするということをメインに使っています。」
 Live119はセンター側から映像を送ることもできるので、AEDの使い方や心臓マッサージの方法を指導する映像を送ることで、実際に命が助かったケースもあるという。また火事の現場をLive119で直接確認することで、はしご車の出動が必要かどうかを判断したり、現場に持っていく設備を用意したりするといった使われ方もよく聞かれるという。話を聞けば聞くほどLive119の使われ方は幅広いということがわかる。
 中でも意外だったと品川氏が話してくれたのは、山岳救助での活用だ。
 「スマートフォンには位置情報を知らせる機能がありますが、もともと数十センチから数メートルの誤差が生じるうえにキャリアによっては正確な位置を確認するのが難しい場合があります。特に電波が届きにくい山で遭難した場合、119番通報ができても位置まで特定できないことがあるのですが、その点Live119はスマートフォンのGPSをダイレクトに起動することができる機能があり、さらに通報者の位置情報をほぼ正確にピンポイントで指令台に伝えることができるので、その機能が山岳救助の現場で重宝されているという話を聞きました。」

ドーン 取締役 品川真尚 氏

 

5.現場の集合知から生まれた新しい機能

 すでに完成形に近い機能を持つLive119だが、現在も導入先から集まってきたデータや現場の声を活かして、コツコツとバージョンを上げている。導入先が増えてからはドーンが持つ信頼性の高い技術力を見込んで、現場からは様々な要望が寄せられるようになってきた。
 「最近増えているのはLive119の映像通報システムを使って、ドローンやアクションカメラから現場のライブ映像を中継できるようにしたいという要望です。災害現場の状況や救助活動の様子がリアルタイムに映像でわかれば救急救命に大きく貢献することから、消防本部でドローンを導入するところが増えています。その映像をLive119を使って確認できないかというものです。Live119は専用のネットワークではなく通常のキャリアで使われる4G回線を使用していますので、全く新しい機能を追加するというよりはデバイスを接続してコントロールするインターフェースをオプションとして開発することで同機能を実現しました。
 最初からそうした便利な機能をいろいろ搭載しておけばいいと思われるかもしれませんが、我々が良かれと思って提供する機能が使う側にとって良いものだとは限りませんし、扱い方も複雑になります。それでも現場の声やデータをもとにできるだけ使いやすいものにしていきたいという思いはあり、日々いろいろ考えています。」
 「まもなく新しい機能を追加する予定です。その機能とは、救急現場でいち早くAEDを使えるようにするものです。災害や事故はいつどこで起きるかわかりません。現場にいる人たちの力を借りた方が上手くいくという開発経験がAED GOに活かされています。」
 「救急現場で人が倒れたときはできるだけ早く、できれば5分以内ぐらいにAEDを使うことで蘇生率と治療後の回復も全然ちがってくるのですが、119番通報して5分以内に現着するのはかなり難しいものがあります。その点については、Live119やAED GOを使ってある程度現場をサポートできるようになりましたが、さらに役立てる方法を考えています。各自治体の消防本部では地域内にAEDが設置されている場所を把握しているのですが、緊急時にその場所を現場に伝える方法がありませんでした。そこでLive119のSMS発信機能を使ってAEDのある場所を伝える『AED 位置情報伝送機能』(特許申請中)を開発しています。
 方法は2つあります。1つはLive119でやりとりしている相手に二次元バーコードが表示されるURLを送り、それを周囲にいる人にブラウザで読み取ってもらう方法。もう1つはAEDの位置情報を送って取りに行ってもらうという方法です。」
 この機能について関係者にヒアリングしたところ、やはり「今までどうしてこの機能がなかったのか」という反応だったという。ただし、こうした仕組みは消防の業務フローがわかっており、Live119の運用で蓄積された現場の声やデータがあるからこそ考えられるものであり、「まさしく現場の集合知から生まれた」と品川氏は強調する。世界で初めて実現されるシステムであり、世界で一番進んだ救命ソリューションになる可能性も見えてきた。

 

6.リアルタイムに映像をやりとりするサービスを横展開

 同機能は特許を申請しており、他社の追随を許さない仕上がりになっている。119番通報の重要性とスマートフォンの普及もあり、システムの入れ替えや予算化のタイミングで導入を検討するところが増えている。導入サイクルができてきたことから、年内には100まで導入先を増やし、今後は200以上の消防本部で導入されることを目標にしている。
 さらに「Live-X」という名前で、水道管の工事現場にも展開しており、大津市の水道局で運用されている。
 「映像を使ってコミュニケーションする仕事はまだ他にもあるので、そういったところにLive119のソリューションを横展開していくことも考えています。その前にまずはLive119が災害現場になくてはならないサービスになるよう、これからもいろいろな声に耳を傾けながら開発を続けていきたいと考えています。」

 

品川 真尚(しながわ まさなお)
株式会社ドーン 取締役
日本電信電話株式会社を経て現職。「119番通報の多様化検討会」技術SWG(アクセシビリティSWG)では(社)情報通信技術委員会の座長として「NET119緊急通報システム」の国内標準化及び共通仕様書の策定を取りまとめる。
映像通報サービス「Live119©」等自社先進サービスの開発を担う。