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2019.02.08

2019年02月号特集 カナダ政府のデジタルガバメント戦略と組織―政府CIO及びカナディアン・デジタル・サービスへのインタビュー―

平成30年度AIS海外調査団

はじめに

カナダは世界で最も電子政府の推進に積極的な国の一つである。現在、カナダ政府は若き政府CIOアレックス・ビネイ氏のリーダーシップの下、海外も含めた多方面から多彩な人材を集め、デジタル改革の専門組織として設立されたカナディアン・デジタル・サービス(以下「CDS」)を中心に、急ピッチで改革を進めている(図表1)。本稿では、2017年に策定されたカナダ政府のデジタルガバメント戦略である「IT戦略計画」と、その実行を支える組織であるCDSに焦点を当て、同国のデジタル改革の取組を紹介する。

なお、この記事の内容は、201810月に一般社団法人 行政情報システム研究所と会員企業が海外調査団としてカナダ政府を訪問し、意見交換を行った際の記録に基づいている。

図表1 カナダ政府のデジタル改革の推進体制

 

(出典)平成30年度AIS海外調査団作成

 

Part1:カナダ政府のデジタル戦略

写真 カナダ政府CIOアレックス・ビネイ氏(写真中央、平成30年度AIS海外調査団撮影)

 

1.新たなIT戦略計画

従来政府は、どちらかというと閉鎖的で、アナログ式であり、内部手続きを重視していました。新たなIT戦略計画では、取組の中心を政府自身ではなくユーザーや市民に移し、よりオープンで透明性の高い政府へと変革していこうとしています。今後、デジタルガバメント政策の具体的な計画を策定・発出する予定です。同計画によって、よりオープンで、最新の技術を駆使した、より多くのサービスを市民に提供できるようになるでしょう。これまで市民は自ら政府機関に足を運んでいましたが、これからは様々なデバイス上で政府のサービスにアクセスできるようになることを目指します。

このIT戦略計画には3つの柱があります。

1)サービス・ユーザー中心

ユーザー・ファーストの実現を目指し、市民が望むサービスを提供することを目指します。CDSはこのために発足した組織です。また、政府の財務委員会事務局(政府の電子政府推進を所掌する組織)は全省庁に対し、10の柱からなるデジタル標準(図表2)をリリースしました。

図表2 カナダ政府のデジタル標準

 

①ユーザーとともにデザインする
②頻繁に試し、改善する
③オープン・バイ・デフォルトの原則に基づき活動する
④オープンスタンダートやオープンソリューションを活用する
⑤セキュリティやプライバシー上のリスクに留意する
⑥最初からアクセシビリティを念頭に置く
⑦良いサービスを提供するために職員の能力を高める
⑧良いデータスチュワードになる
⑨倫理的に正しいサービスをデザインする
⑩広範に協働する

(出典)平成30年度AIS海外調査団作成

例えば、これまで市民は、手続きの都度、各省庁のウェブサイトにアクセスし、同じ個人情報を提出し、同じ入力作業を行わなければなりませんでした。今後は、省庁間のデータの一元化を行い、情報を常に共有できるような、利用者視点に立ったシステムづくりを行います。オープンガバメント・パートナーシップという国際組織があります。100か国以上の行政機関が参画し、よりオープンな政府づくりを目指して意見交換を行っていますが、この加盟国の中で、カナダは初めて利用者視点での省庁間のデータの一元化に成功した国となりました。これは誇らしいことだと考えています。こうした新たな取組を行う中で最も問題となるのが法律です。コンピュータが開発される前に作られた法律は、新たな挑戦にとって大きな障害となっています。これらを一つ一つ改正しながら、デジタル改革に取り組んでいます。

 

2)官民協働

カナダ政府内のデータを民間企業に開放していくための戦略が間もなくとりまとめられます。その一つとして、オープン化のコンセプトに基づくパイロットプロジェクトが既に始動しています。いま一つの試みが公務員のリモートワークです。そのねらいは、大学等研究機関の方々や民間企業の方々と一緒に様々なソリューションを作り上げ、デジタル改革に活用していくことにあります。

 

3)デジタルデータの活用

AIを活用することで、より効率的にサービスを提供できないか検討を行っています。AI導入によって作業の自動化が期待される一方、倫理の課題、プライバシーの問題、差別的な判断等の課題も出てくるので、現在一つ一つのアルゴリズムの検証を行っている最中です。政府の取組として、こうしたアルゴリズムを活用するのは、カナダが世界初でしょう。

我々は、「One government systems of Canada(カナダの1つの政府システム)」、「1つのカナダ政府」を掲げています。カナダには43の省庁があり、同じようなシステム開発を各省庁が重複して行っていることが多く、大変無駄が多いのが現状です。これに対し、エンタープライズ・アーキテクチャに基づいた基準を作ろうとしています。これがあれば省庁間での連携が進み、同じことの繰り返しをしなくて済むようになります。省庁ごとにポータルサイトを作る必要もなくなります。

これらを実現するために最も重要な条件となるのが、正しいデータを集めることです。現在カナダには日本のマイナンバーカードのようなIDカードは存在せず、各州で個人情報の保護が図られています。市民が連邦政府のサービスで申請手続きをしようとすると、本人証明が必要となってきます。これを一元化するために、州政府と協力し、州が保有する認証情報を用いた新しいサービスのモデルを開発しているところです。

その他の州政府との協力プロジェクトの例としては、自動運転プロジェクトが挙げられます。政府・州・市と民間企業(GM)が緊密に連携することで成功に導きました。民間企業も参画することで、革新的なプロジェクトを非常に安価に実施することができた事例です。

 

2.「カナダ政府のIT戦略計画」の実現の条件

IT戦略計画を推進するためには以下の3点が必須条件となります。

1)情報の一元化

今年、あるデータプラットフォームを発足させる予定であり、省庁間ですべての情報を共有できるようになります。各省庁に対するデータ管理を強化できなければ、サイロ化が進み、プラットフォームの機能が失われてしまいます。逆に、省庁間でデータを一元化できれば、サービスもセキュリティも統一され、よりレベルの高いサービスを提供できるようになります。

 

2)適切なサービスの提供

職員が利用者にサービスを提供するにあたっては適切なデジタルツールが必要となります。そこで新たにデジタルアカデミーという組織を発足させ、職員がデジタルツールに関するトレーニングを受けるための場を作りました。また、今いる職員を教育すると同時に、スキルを持った技術者を政府に雇い入れることも必要です。そこで、専門知識を持つ技術者の採用のためのウェブサイトを用意し、政府のプロジェクトに参画してもらうよう努めています。

 

3)ガバナンスの強化

政府のリーダー層は、直面した課題に対して、いち早くイエスなのか、ノーなのかの回答を示さなければなりません。このため、副大臣レベルで意思決定を行うための委員会を作りました。そこには、各省庁が勝手に新たなデータベースを構築するといった動きをけん制する意味もあります。ある省庁が新しいデータベースやアプリを作ろうとしたとき、たとえそれが大臣の指示であってもノーと言えるような環境を作るため、集中的な管理を行い、合理的なサービス構築をしていかなければなりません。このため、ガバナンス強化を目的とした組織を発足させました。例えばある省庁が新たにウェブサイトを構築する際は、当該組織に申請し、アイデアの交換とレビューを行うことになります。最も大事なことは、早い段階で我々がプロジェクトに参画し、知らないところで新たなものを作らせないようにすることです。そのために事前に相談に乗れる環境づくりを行っています。これらを着実に推進できなければ、せっかく策定したIT戦略計画も絵に描いた餅になってしまいます。

 

3.システム調達の改革

システム構築は、意識してアジャイル型で行うようにしています。様々な挑戦を行う中では失敗することもあります。そうした失敗を最小限にとどめ、立ち直るためにもアジャイル型の開発手法は重要となります。それを実感したのが、最近行われた公務員の給与システムの構築でした。かつて同システムは政府主体で構築しようとして、民間企業のアドバイスを聞かずに進めた結果、大失敗したことがありました。50万人以上の公務員の給与を扱うシステムでしたが、何か月も給与が入金されなかったり、普段より何万ドルも高い給与が振り込まれたりといった問題が発生しました。税金や退職金にも大きく影響したので、カナダ国民からの信頼は大きく失墜しました。

この問題の原因は、政府が古いやり方を押し通してしまったことにあります。一方的に「こういうシステムにしてください」と決めつけてコントロールしようとしてしまったのです。また、従来の調達方法では、一つのシステムを構築するのに、3年~10年かかっていました。時間をかけることで技術の進歩についていけず、完成してもそのときには既に古い技術で構築されたものとなってしまい、新しい技術と連携すらできなくなっていたのです。

こうした政府と民間企業との関係に基づく調達手法を大きく変えました。従来は、政府が「これが問題ですよ」と示し、民間企業がこれを解決する形でした。このやり方では、試作品を作るだけで2年も要していました。現在は、政府が今抱えている問題を予めオープンにしておき、民間企業の方から新しい解決策を提案してもらうようにしています。基本的には、民間企業から試作品を提供してもらい、試しに使ってみた上で、課題の解決手法を検討することにより、従来の手法に比べて90%も早くシステム構築が可能となりました。このように、政府が主導するのではなく、受け身になり、耳を傾け、民間企業のアイデアを受け入れよう、という風土に変化してきています。公務員の給与システムも最初からアジャイルな手法を取り入れていたら、きちんと給与も入金されていたことでしょう。

 

4.今後の戦略の方向性

市民により良いサービスを提供するために、我々は今までの考え方を変えなければなりません。カナダ政府の財務委員会事務局は、全省庁共通の政策を立案する部門ですが、ここですら考え方を抜本的に改めていこうとしています。世界中の誰とでも政府のデータやシステムと直接連携できるようにしていきたい。そうすれば、民間企業等との協力関係が拡大し、より良いサービスを市民に提供できるようになるはずです。

 

Part2:カナディアン・デジタル・サービス(CDS)の組織

写真 シニアディレクター パスカル・エルバス氏(左)及び政策担当主任ジョン・ミロンズ氏(平成30年度AIS海外調査団撮影)

  

5.組織の概要と設立の経緯

CDSは、2017年に財務委員会事務局によって設立された組織であり、カナダ連邦政府全43省庁のデジタル化を促進することをミッションとしています。設立当初は3名の小所帯でしたが、現在は職員数60名ほどの規模になっています。CDS自体の予算は3年間で2,500万ドルに満たない程度しかありません。システム予算は各省庁が担い、CDSは新しい取組の推進役を担う形となっています。英国や豪州等の先行している国をベンチマークしており、人材交流も行われています。

 

6.CDSの取組方針

CDSは、 「ソリューションを提供する(Delivery Solution)」、「能力を向上させる(Build Capacity)」、「助言を行う(Provide Advice)」、の3点を基本方針に掲げ活動しています。これらの方針を実行するために、フロント/バックオフィス、サイバーセキュリティ、ビジネス経験等の多種多様な経験を持つ職員を擁しています。各方針の具体的な取組内容は次のとおりです。

1)「ソリューションを提供する(Delivery Solutions)」

我々は、短期間で成果を出していくことを重視しています。例えば、従来型のウォーターフォール方式で開発したあるシステムは、4年間で150万ドルかかったうえ、ホームページのボタンの場所の変更すらままなりませんでした。現在のシステムは、画面設計の段階から利用者の意見を反映させていくユーザーエクスペリエンス型の開発アプローチを採っています。CDSの職員のうち75%は、利用者である国民の目線に立って、どのようなシステムにすべきかを検討する仕事に従事しています。

 

2)「 能力を向上させる(Build Capacity)」

我々は、政府全体のITリテラシーのレベルを上げていかなければ、いくらCDSが優れたサービスを提供しても機能しないと考えています。また、「公務員一人一人はユーザーでもある」という視点も重視しています。このため、新しい開発手法を紹介する、デザインジャムというセッションを通じて、公務員のITリテラシー向上と利用者視点での意見の取り込みを図っています。2011年に43省庁のIT部門の担当者を集約したシェアードサービス組織を立ち上げた際、ITリテラシーの底上げを目的として、必要とされるスキルセットを30ほどに整理していました。その後、5,000人を対象としたアンケートを実施しつつ、これらのスキルセットに対応する「デジタルアカデミー」という公務員向け研修プログラムを新たに立ち上げました。連邦政府に所属する公務員は30万人に上りますので、その全員のITリテラシー向上は大きな課題です。より実効性のある体制を作るべく、こうした活動を継続していきます。

 

3)「助言を行う(Provide Advice)」

大臣肝煎りの取組として、ITの最新技術を知悉した要員が各省庁にアドバイスする活動を行っています。各省庁が実現したいことについてCDSに相談しにくる形を採っており、取組開始1年目には約400件の依頼がありました。これらの依頼について、①何人が関わるのか、②省庁側でアジャイル開発を行える状況にあるのか、③どのような人材が確保されているのか、という3つの基準でプロジェクトとしての実行可否の判断を行っています。助言を行うに当たって重要となるのは利用者の目線です。1年目に依頼を受けた案件では、利用者目線の欠如によってうまくいかないプロジェクトが散見されたことから、その点が重要であることを改めて実感した次第です。

この取組をさらに推進すべくCDSは現在も政府内外で採用活動を展開しています。CDSの新しいCEO(最高経営責任者)の下、米国の18F経験者、英国政府出身者、民間企業出身者などをプロジェクト単位で有期雇用しています。我々はこれを“Diverse team from outside and inside”(外側と内側からの多様なチーム)と呼んでいます。ITのデザインが行える人材は希少ですが、有期ではあるが職員として大きなインパクトがある仕事を経験できること、民間からの出向受け入れの場合は現職と同水準の報酬を保証すること等により人材確保を行っています。

 

7.CDSによる支援事例

CDSは、早く効果を出すこと、また、すぐ目に見える形にしていくことを基準に、着手するプロジェクトを選択してきました。その結果、徐々にですが、各省庁からの信頼を得ることに成功し、より大きなプロジェクトにも関与できるようになってきています。以前から事業に携わっている職員からの反発を引き起こすことなく、一定の実績を上げることができたのは、①トップからの指示により2014年から各省庁にイノベーションハブという仕組みが作られ、より良いシステムにしていくためのアイデアが温められていたこと、②一方で、そのアイデアを実現するのは難しかったところ、CDSの支援があって初めて実現することができたと理解されるようになったためと思われます。

最後に、具体的な事例をいくつかご紹介します。

1:市民権取得試験日の変更

カナダで市民権を取得するにはいくつものステップを踏む必要がありますが、その最終関門となる試験において受験日の変更をする場合、従来は書面での形式ばった、煩雑な手続きを経る必要がありました。また、受理状況も簡単に確認できませんでした。これを利用者目線に立った、分かりやすい申請システムの利用へと変更しました。例えば、日程変更をするときは、画面に表示されるカレンダー上で候補日を3つクリックすれば済むようにしました。手続きにかかる時間も従来5週間かかっていたところ即時に対応できるようになりました。

2:退役軍人への交付金

従来のシステムでは、もらえるはずの交付金が手続き漏れで受給できない事態が多発していました。これは手続きが煩雑すぎること、軍人はプライドが高いので、分からなくても質問しない傾向があることが原因でした。これをシンプルな仕組みに変更しました。それぞれの退役軍人がどのような交付金を受給できるのかを分かりやすい画面で一つずつ確認していく仕組みにしたほか、画面に表示される言葉も平易な日常会話に変更しました。これらは技術的には簡単にできることであり、民間企業のサービスではよく見られるサービスですが、政府での採用は画期的でした。この取組は10万人の対象者全員に対し一気に進めるのではなく、テストグループから小さく初め、徐々に広げてゆくアプローチをとりました。

ほかにも様々な事例があります。我々はこれらの成功事例を積み上げることで、今後はより複雑な案件にも取り組んでいきたいと考えています。

 

おわりに

カナダ政府のデジタル改革は、英国などと比べ後発となったが、既に目に見える成果が出始めている。彼らのスピード感は驚くほど早く、改革への決意は固い。財務委員会事務局やCDSには、様々なバックグラウンドの職員が集まっているが、プロパーの行政職員ですら、民間企業出身者と見まがうほど闊達で、柔軟で、進取の気性に富んでいる。現在の取組が継続すれば、間違いなく短い期間で大きな変革をもたらすことになるであろう。今後も同国のデジタル改革の取組を注視していきたい。