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2019.06.10

2019年06月号特集 行政におけるデザイン思考の推進に向けた人材育成に関する調査研究

一般社団法人行政情報システム研究所
主席研究員 狩野 英司

1.なぜ今、デザイン思考なのか 

政府は、2017年に策定した「デジタル・ガバメント推進方針」以降、デザイン思考(※1)を行政サービス改革の基本思想として位置づけており、20181月のデジタル・ガバメント実行計画における「サービス設計12箇条」の策定、同年3月の「サービスデザイン実践ガイドブック」のとりまとめ、20192月の「デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン」へのサービスデザイン思考の反映など、各種文書への落とし込みが進められている。

しかしながら、実際のデザイン思考の実践については、アイデア出しが必要となるタイミングでワークショップ等が行われることはあるものの、本格的にデザイン思考を事業に落とし込んでいると言い得る例は、政府・自治体を見渡してもほとんど見当たらない。多くの組織では、デザイン思考の実践をリードする人材もおらず、相談できる専門家も予算もなく、職員側の知識も理解もない状況にある。こうした条件下で、実践だけが先行した場合、デザイン思考が余計なひと手間とみなされ、アリバイ作りのために見よう見まねのワークショップでお茶を濁せばよいもの、といった程度に受け止められてしまう危険性がある。こうしたことが続けば、我が国行政機関に真の意味でのデザイン思考が根付く機会が失われかねない。

私見だが、デザイン思考は今後、デジタル技術を活用したサービス改革にとって不可欠になると考える。“平成”時代を通じて推進されてきた「電子政府」の取組は、基本的には、電子化と効率化を志向するものであった。そこで用いられるのはシステム化のほか、統合や集約化、共通化など、どの業務分野でも通用する手法であり、ある程度、手順をテンプレート化することができた。これに対し、「デジタル・ガバメント」が志向する利用者視点でのサービス改革は、個々の現場課題が起点となるがゆえに、テンプレート化になじみにくい。また、現在、行政機関での導入が進むAI(人工知能)やIoT(インターネット・オブ・シングス)などの“非従来型”のデジタル技術を活用するためには、徹底した現場起点での課題の深掘りと、利用者目線でのシナリオの設計が必要となる(※2)。従来型ICT(情報通信技術)でも、現場起点での課題定義は重要な要素ではあったが、仮にそれが不十分であったとしても、そこそこの成果を出せる場合があった。それが、AI等の非従来型のデジタル技術では、アプローチを誤るとまったく的外れの成果しか得られなくなってしまう。

したがって、政府が掲げるデジタル・ガバメントの成否はデザイン思考の導入・定着の有無にかかっていると言っても過言ではない。しかしながら、その勝算は決して万全とは言えない状況にある。

(※1)同方針では、「サービスデザイン思考」と記載されているが、一般に用法のばらつきが見られるため本稿ではこの語は用いない。本稿では、デザイナーの思考方式を適用して、利用者中心の視点から問題解決を図る考え方を「デザイン思考」と呼び[1]、2017年度報告書における「サービスデザイン」の用語も含めて、便宜上この表現に一本化しておく。ただし、固有名詞は除く。

(※2)他方で、AIサービスの中には、AI-OCRAI機能付き光学読取装置)や音声テキスト化などのように、パッケージサービスとして利用可能なものも増えてきている。

2.2017年度「行政におけるサービスデザインの推進に関する調査研究」[2]~デザイン思考の行政への組織的導入・定着のためのフレームワークの構築~

 当研究所では2017年度、以上のような問題意識に立ち、行政機関において、

・どのようにデザイン思考のプロジェクトを進めたらよいのか

・どのようにデザイン思考を組織に導入・定着させればよいのか

を明らかにするため、Service Design Networkおよび株式会社コンセントの協力を得て、「行政におけるサービスデザイン推進に関する調査研究」を実施した。

この調査研究を通して明らかになったことは、デザイン思考は、個別プロジェクト限りの方法論にとどまらず、組織変革の文脈で捉えるべきであるということ、そして、組織への導入・定着にはいくつかの段階があり、各段階で取り組むべき内容の重点は異なってくるということである。同報告書では、これらを「サービスデザイン推進の発展モデル」と呼び、以下の3つの段階として整理した(図1)。

図1 サービスデザイン推進の発展モデル

 

(出典)行政情報システム研究所、2017年度報告書

① 導入フェーズ:特定プロジェクトにおける実践(個別のサービスが対象)

② 発展フェーズ:能力育成とプロセス標準化(部門を横断する複数のサービスが対象)

③ 浸透フェーズ:マネジメントと組織全体への浸透(組織が提供するすべてのサービスが対象)

また、同報告書では、今後の行政機関でのデザイン思考の実践にあたりハードルとなることが想定される、いくつかの重要な課題を提示している。

 

[デザイン思考の組織への導入・定着に向けた課題]

① 利用者ニーズの発見と問題定義を組み込んだ調達プロセスの構築

②継続的で反復的な開発プロセスの構築

③ デザイン人材を採用する採用・育成プロセスの構築

④ジョブローテーションを含む人事制度の見直し

これらの課題もまた、何らかの形で組織変革に関わるものである。そして、その解決を通じて、最終的に図1の[浸透フェーズ]に示す「組織が提供するすべてのサービスにおいて、ユーザー中心のサービス開発・改善が行われる」状態を目指すべきと結論づけている。

なお、同報告書では、デザイン思考に全く触れたことのない読者のイメージアップのために、行政機関での利用に向いていると考えられる典型的なワークショップ等の手法やプロセスをひと通り教科書的にまとめて紹介している。ただし、ワークショップ等の手法は、あくまで道具に過ぎないことに留意が必要である。

 

3.2018年度「行政におけるデザイン思考の推進に向けた人材育成に関する研究」[3]~デザイン思考の行政への導入・定着のための教育プログラム体系の開発~

前掲の報告書は「サービスデザイン推進モデル」の構築に主眼を置いており、実現に向けて整理した課題は、解決の方向性を示すにとどめていた。しかし、今後、行政機関が本格的にデザイン思考を実践するにあたっては、これらの課題に正面から向き合い、解決策を見出す必要がある。そこで2018年度にソシオメディア株式会社の協力を得て、「行政機関におけるデザイン思考の推進に向けた人材育成に関する研究」を以下の内容で実施した。

(1)教育プログラムの2つの方向性

デザイン思考の導入・定着に向けて取り組むべき課題解決の方向性を見出すために、民間企業や行政機関の現場でデザイン思考に基づく取組を実践してきた人々が、現場でどのような問題に直面し、どのように乗り越えようとしてきたのかを改めて調査・分析した。その結果、デザイン思考実践における以下の4つの共通的な問題点が抽出された。

[デザイン思考実践に当たり直面する問題]

① デザイン思考に対する理解不足

② 専門人材の不足

③ 活動を支援するための環境整備

④ 組織文化の壁

これらの問題を解決するには多面的な対応が必要になるが、いずれも何らかの形で人材育成に関わってくるものである。そして、人材育成の骨格となるのは、その教育プログラムである。しかしながら、我が国には、参考となる事例は乏しい。

そこで、本調査研究では諸外国政府で実践されている教育プログラムの特徴を、責任者等へのインタビューと実際の教材の分析を通じて明らかにすることを試みた。その結果、デザイン思考に関する人材育成のプログラムの構成方法として、国によって大きく以下の2つの方向性の体系が存在することが明らかとなった(図2)。

図2 人材プログラムの体系のパターン

 

(出典)行政情報システム研究所、2018年度報告書をもとに著者作成

A)デザイン思考を基礎としたプログラム体系

これは、デザイン思考そのものの教育プログラムを提供しようとするものである。ICTには特化しておらず、多様な部門の受講者層の一部としてICT部門の者も含まれるという位置づけである。この体系はシンガポールやマレーシアなどに見られる[4]。

B ICTスキル(実装・構築技能)を基礎としたプログラム体系

これは、ICTスキルの一つとしてデザイン思考を捉えようとする方向性であり、英国や米国に見られる。この体系では、デザイン思考は習得するITスキルのうちの一部として位置づけられる。

両者は目的や位置づけが異なっており、我が国の行政機関や自治体にとってどちらが適しているかはケースバイケースである。ただし、デザイン思考への取組の実績がほとんどない行政機関では多くの場合、両方の要素が必要になると考えられる。

(2)デザイン思考の教育プログラムに盛り込むべき内容

以上の諸外国における教育プログラムの内容から、我が国行政機関にとり入れるべきと考えられる教育プログラムの要素は以下のとおりである。

デザイン思考の意義や本質を理解させる内容であること

実践的なトレーニングを重視すること

実践現場における活動のプロセスの全体像を理解するとともに、課題に応じてプロセスを最適化すべきものであることが理解できること

実践面での活用を考慮して、関連する他の領域(BPRData Analystics等)も合わせた内容とすること

デザイン思考の価値が理解できるような身近で説得力のある事例を紹介すること

以上の整理結果を踏まえ、本報告書では、我が国で今後開発すべき教育プログラムの骨格を図3に示す研修コースとして整理した。「基礎コース」は、デザイン思考の初心者を対象に、デザイン思考の基礎的な知識の習得とマインドセットの醸成を図るものである。「応用コース」は、プロジェクトマネージャを対象に、デザイン思考の実践に役立てるための応

用知識とワークを取り入れる。「実践コンサルティング支援」は、何らかの推進組織が、具体的なプロジェクトを支援しながら技能を移転していく。

デザイン思考に関して求められる知識やスキルは、立場や知識レベルによって異なってくる。それらを3つの枠組に整理したのがこのモデルである。

なお、本報告書では、具体的なカリキュラム内容の試案も例示しているので関心のある読者は参照されたい。

図3 教育プログラムの方向性―3つのコース

 

(出典)行政情報システム研究所、2018年度報告書

(3)教育プログラム実践の要件

デザイン思考は、これらの教育プログラムさえ組めば実践できるものではない。この点は、授業のカリキュラムを組めば生徒が育つわけではないのと同様である。良きカリキュラムのほかに、良き教師、生徒の努力や資質、保護者の理解、地域のサポート、校舎その他の施設、給食などのサービス、一貫した教育方針など、多くの要素があってはじめて良き教育は成り立つ。行政機関におけるデザイン思考の導入・定着も一年や二年程度の一過性のプロジェクトで実現できるものではなく、組織的・長期的な人材育成が不可欠となる。

そこで、前述の対象機関へのインタビュー結果を踏まえ、人材育成プログラムを機能させるために求められる要件と、それをみたす取組を表のとおり整理した。

表 教育プログラムに必要な要件と取組

 

(出典)行政情報システム研究所、2018年度報告書

2)で提示した教育プログラムも、表中(b)の取組の実践が前提となっている。デザイン思考の導入・定着とは組織変革そのものであり、トップのリーダーシップの下、組織や仕事のあり方そのものを見直すことが必要となる。

 

4.政府、自治体に求められること

近年、デジタル・ガバメントの先進国とされる国々では、あえてデザイン思考という言葉を使わなくなる傾向にある。これはデザイン思考への関心を失ったからではなく、もはや実践するのが当たり前で、あえて仰々しくキーワードを掲げなくなってきているためと考えられる。この変化をもって、デザイン思考が一過性のブームであると取り違えてしまうと、我が国の将来に大きな禍根を残すことになるのではないかと危惧している。

ここまで読み進められてきた読者の中には、取組のハードルが高すぎて、到達することは現実的ではないと感じた方もいるかもしれない。たしかに行政機関の現状にかんがみると、容易ではないだろう。しかしながら、初めから大掛かりな仕掛けを組む必要はない。最終的には組織を挙げての取組が必要になることは間違いないが、デザイン思考は誰もが身に付けられるスキルであり、スモールスタートできるアプローチである。

まず最初の一歩として、デザイン思考のプロが主催する何らかのワークショップを体験すれば、利用者視点がどういうものかを体感することができるだろう。その上で、仮にそこで得心が得られたならば、次に、身近の小さいプロジェクトにデザイン思考を適用してみる。そうして実績と自信を積み上げながら、徐々に対象範囲を広げていき、組織全体への導入へと働き掛けていくのである。

その際には上記2つの報告書が参考になると考えている。同報告書には今後のデザイン思考の実践に当たってのリアルな実例が豊富に掲載されている。初心者の方にはとっつきにくいかもしれないが、一定の知識を身に着けた上で読み進めていただければ、多くの示唆を得られるだろう。本報告書がデザイン思考を実践するに当たっての何らかの手がかりとなれば幸いである。

 

謝辞

本調査研究の実施に当たっては、内閣官房 IT総合戦略室、総務省、自治体、各国の諸機関及び民間企業でデザイン思考に関わっている多くの方々にインタビューへの参画や情報提供等の協力をいただいた。特に、総務省行政管理局の大西調査官には、シンガポール及びマレーシアでの取組に関する情報の提供をはじめ多大なご協力をいただいた。この場を借りて深く感謝申し上げたい。

 

参考文献

1]政府CIOポータル、デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン実践ガイドブック

https://cio.go.jp/guides

2](一社)行政情報システム研究所、行政におけるサービスデザイン推進に関する調査研究

https://www.iais.or.jp/reports/labreport/20180331/servicedesign2017/

3](一社)行政情報システム研究所、行政におけるデザイン思考の推進に向けた人材育成に関する研究

https://www.iais.or.jp/labreport/20190331/dt2018

4] 大西一禎、ASEANにおけるDesign Thinkingの展開-シンガポール及びマレーシアの取組から-、行政&情報システム、20196月号