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2020.02.10

2020年2月号連載企画 行政におけるウェルビーイング No.6 当事者研究と痛みの分有の設計

早稲田大学
准教授 ドミニク・チェン(Dominique Chen)

これまで、互いの内なる痛みを書き出し、他者と共有するペインマップについて考察してきました。今回は、当事者研究という対話の技法と痛みの関係について見ていきましょう。

1. 当事者研究とは

当事者研究とは、北海道浦河町で1980年代より活動しているコミュニティ「べてるの家」で90年代から試行錯誤を重ねながら実践されてきた手法です。べてるの家は、ソーシャルワーカーの向谷地生良さんたちが運営している、統合失調症を診断された人たちが集まって共同生活を行っている場所です。統合失調症の患者は幻覚が見えたり幻聴が聴こえたりする人がいますが、一般的な精神科の診療ではそのような幻覚は存在しないものとして否定されるそうです。しかし、本人にとってはあくまで現実に見えたり聴こえたりするものを否定されてしまうのは辛い経験です。そうやって、向精神薬の投与量は増やされ、倦怠感に覆われる中、ますます社会と接続する言葉やその他の術を失っていく。
当事者研究は、そんな思いをしてきた統合失調症患者の人たちによって、べてるの家において始められました。医師に報告するのではなく、ノートに自分自身で幻覚や幻聴の体験を記録していく。そうすることによって、それまでは自己と不可分であった幻覚体験が、次第に対象化できるようになる。たとえば、特定の曜日や時刻になると同じような幻覚が現れるという時系列のパターンが分かってくれば、心の準備をしたり、予防策を講じたりすることができます。さらに、当事者研究の重要な側面としては、自ら記述した記録を基に、自分の体験を他者に共有することが可能になるという点です。診療室で否定されてきた幻覚体験について、人に話せるようになるということが、どれほど本人の自己有能感を高めてくれるかは、統合失調症患者でなくても容易に想像できるでしょう。