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2022.10.10

2022年10月号 特集 デジタル原則に照らした規制の見直し

デジタル庁デジタル臨時行政調査会事務局
参事官補佐
三村 賢伍

主査
本庄 登

※所属部署、役職は寄稿時点

1.はじめに

 近年、日本の実質GDPは、欧米諸国と比べるとその伸びが極めて小さく、停滞している状況1にあり、また、所得についても、ほとんど伸びていないが、こうした経済停滞をもたらした原因の一つとして、「デジタル化の遅れ」が指摘されている。このような「デジタル化の遅れ」が生じた背景には、我が国の社会制度やルールにアナログ的手法を前提とした多数の規制の存在があり、それがデジタル化を阻害しているのが実状である。そのため、今後我が国が更なる経済成長を果たしていくためには、こうした「アナログ規制」を撤廃していくことが不可欠と考えられる。
 また、我が国においては少子高齢化も懸案となっており、今後、あらゆる産業・現場において人手不足が進むおそれがあるが、「アナログ規制」を廃止し、デジタル技術による業務代替を促進することは、こうした人手不足の解消にもつながるものである。
 こうした現状を踏まえ、「アナログ規制」を一掃し、真の意味でのデジタル化に向けて日本社会全体の仕様をモデルチェンジするため、令和3年11月に「デジタル臨時行政調査会」(以下「調査会」という。)が設置された。この調査会による改革は、「デジタル改革」のみならず、「行政改革」と「規制改革」をも包含した三位一体のものであり、前例のない構造改革の手法を実践する新たな試みであると言える。本稿では、調査会が実践している特徴的な取組について紹介するとともに、今後の展望についても言及していきたい。なお、本稿における意見に係る記述については、筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。

1 2000年を100とした場合の日米英の2020年実質GDP: 日本109.5、米139.9、英124.1(内閣府)

 

2.7つの項目の点検・見直し

 令和3年12月、調査会において、「構造改革のためのデジタル原則」(以下「デジタル原則」という。)が策定された。これは、我が国がデジタル化を推進する上での指針となる原則であり、調査会による取組は、各種規制・制度が「デジタル原則」に適合されているか否かを点検し、必要に応じて見直しを行っていく作業を基本として進められるものである。こうした作業のうち、調査会において、今現在、最も力を入れて推進しているのが、「7つの項目」に着目した「法令の点検・見直し作業」である。
 この「7つの項目」とは、「目視」、「定期検査・点検」、「実地監査」、「常駐・専任」、「書面掲示」、「対面講習」、「往訪閲覧・縦覧」といった典型的なアナログ規制のことを指すものである。調査会としては、まずはこの「7つの項目」にターゲットを絞り、それらに該当するアナログ規制を定める法令の条項を抽出し、デジタル原則への適合性を点検し、必要に応じて見直しを行うという作業を進めている。具体的には、7項目それぞれについて、該当する規制を趣旨・目的の観点から「類型化」するとともに、その類型ごとにデジタル化の進捗度合いを「フェーズ」として区分し、この「類型」と「フェーズ」による整理を基に、個別の法令の見直し方針について、各法令を所管する各府省庁とも協議をしながら検討を進めているところである(図1)。
 この点、「7つの項目」に該当する法令については、調査会事務局が抽出したものとして、約5,000条項あるが、このうち、約4,000条項については、各府省庁との協議を重ねた結果、既にそれぞれの規制の見直し方針等(類型、現在のフェーズ及び想定される課題が解決された場合に到達できると見込まれる見直し後のフェーズ)が確定しているところである(令和4年6月時点)。今後、引き続き各府省庁と連携しつつ点検・見直し作業を継続していくこととなるが、令和4年9月末を目途に、各府省庁が点検・見直しの対象となった全条項2について見直し方針等に係る工程表の素案を調査会に提出することとされており、年内にはその内容を確定させる予定である。
 なお、上記のほかにも、各府省庁が発出する通知・通達等についても「7つの項目」に該当するものを抽出した上で同様の点検・見直し作業を行うほか、経済界より受領した約1,900件の要望等についても、デジタル原則やテーマに基づき類型化した上で、先行事例を構築できた類型から、各府省庁に自主点検の実施等を依頼し、同様の規制があれば一括的な見直しを行うなどの取組を進めていくことを予定している。

2 調査会事務局が抽出をした約5,000条項に加え、各府省庁等から新規に追加提出があった約2,000条項(7項目に当てはまると考えられる規制等であってデジタル原則に照らした点検が未実施であるもの)を指す。

図1 類型化とフェーズの考え方

(出典)デジタル臨時行政調査会事務局提供

 

3.調査会の取組の3つの特徴

 規制の見直しについては、これまでも「規制改革」という枠組みの下で、様々な取組が行われてきた。しかし、今回の調査会の取組は、従来の規制改革の取組とは、以下の3点において大きく性質が異なるものである。

① 「点の改革」のみならず「面の改革」も
 第一に、「点の改革」のみならず、「面の改革」も行うということである。これまでの規制改革では、見直しをすべきと判断された個別の規制を重点的に見直すものであり、個別の規制の見直しを他の規制の見直しへと横展開を図っていくことは念頭に置かれていなかった。こうした手法は、対象となる個々の規制をピンポイントで見直しを図っていく、言わば「点の改革」であると言える。一方、調査会の取組は、こうした「点の改革」に加えて、規制を類型化し、その類型ごとに、一括的な見直しを行うことにも取り組んでいる。すなわち、同一の特徴を持つ規制を、同一の方針の下に、同一の切り口で見直しを図っていくものであり、こうした手法による改革は、「面の改革」であるとも言える。調査会では、従来の規制改革で行われていた点の改革を先行事例として横展開を図ることで、「点の改革」と「面の改革」を両輪として推進していく。
 このような手法を採るメリットは、見直しを大規模に行うことができる点にある。調査会が点検・見直しを行う対象は、我が国に存在する合計4万にも及ぶ法令、通知、通達等の全体であるが、こうした「面の改革」を行うことにより、「集中改革期間」として位置付けた3年間で、先ほどの約5,000条項を手始めに、アナログ規制を一掃することが可能になると考えている。

② 「要望ベースの改革」のみならず 「テクノロジーベースの改革」も
 第二に、「要望ベース」のみならず、「テクノロジーベース」の改革も行うということである。これまでの規制改革の取組では、様々な要望を受けて、それに応じて個別に見直しを行うという「要望ベース」のものであった。一方、調査会の取組は、個別の要望の解決という「ミクロな目的」よりも、むしろ、「社会全体におけるテクノロジーの利活用促進」という「マクロな目的」の達成を見据えて行っているものである。各種のテクノロジーに関する知識に基づき、「既存の制度にどのようなテクノロジーを導入することができるか」という観点から見直しの要否を判断しており、まさに「テクノロジーベース」で改革を行っていると言える。
 こうした「テクノロジーベース」での改革を推進するため、調査会は「テクノロジーマップ」の作成も進めている(図2)。テクノロジーマップとは、先ほどの7つの項目の見直しに活用可能なデジタル技術との対応関係を整理しマッピングするものである。図2は調査会が試行的に作成したテクノロジーマップの一例であるが、これを見れば、どのような課題をクリアするために、どのような技術が活用できるかが明らかになる。
 特にスタートアップ企業が有する技術は、知名度が高くないために、活用が進まないケースが想定されるが、このテクノロジーマップを整備し、そのような技術についてもマップ上において具体的に位置付けることにより、大企業からスタートアップに至るまでの様々な主体が保有する技術の活用手段を明確化し、導入を促進することが可能になると考えられる。
 このように、調査会による「テクノロジーベース」の改革は、単なる規制の見直しにとどまらず、「技術の進展」、さらには「新たな成長産業の創出」についてももたらしていくという点において、大きな波及効果が期待できる。

③ 「現在の改革」のみならず「将来の改革」も
 第三に、「現在の改革」のみならず、「将来の改革」も念頭に置いた取組を行っていくということである。
 これまでの改革の手法は、今ある規制や制度を改革する、言わば「現在の改革」を行うものであった。しかし、たとえ現在の法令をデジタル時代に合う形へと改正したとしても、今後、新たな法令の制定や改正によって、アナログ的な規制が定められることで、改革の効果は薄れてしまうと考えられる。また、先端技術は日進月歩であり、今現在「最先端」と言える技術を念頭において法令を整備したところで、わずか数年後にはその法令が「時代に遅れた規制」になることも十分にあり得る。そこで、調査会は、今回の改革に併せて、デジタル社会に適合した法令を将来においても整備できるような仕組み、言わば「将来の改革」が実現できる仕組みを構築することを予定している。
 具体的には、各府省庁が新たな法令の整備を検討する際に、いわゆる「デジタル原則」への適合性が図られるよう、デジタル庁が具体的な指針を作成することや、各府省庁が制定・改正しようとしている個別の法令について、デジタル庁が「デジタル原則」に適合しているかを確認するプロセスを導入することを検討しており、こうした「将来の改革」のプロセスを経て、法令が常にその時代のデジタル技術に即したものになることを目指していく。

図2 テクノロジーマップの活用について

(出典)デジタル臨時行政調査会事務局提供

 

4.具体的な取組事例

 次に、これまで調査会が実施してきた具体的な取組をいくつか御紹介したい(図3)。

図3 デジタル臨調の具体的取組の例

(出典)デジタル臨時行政調査会事務局提供

 先ほど『「点の改革」のみならず「面の改革」を行う』と述べたが、「面の改革」を行う際には、まずは個別の先行的な見直し事例を構築し、それを同様の規制の見直しへと横展開していくことが重要である。そこで、調査会の下に「デジタル臨時行政調査会作業部会」(以下、「作業部会」という。)を設置し、これまで累次にわたって、規制を所管する各府省庁等と先行的事例を構築するための具体的な議論を重ねてきた。
 例えば、7項目のうち「目視規制」の例として、河川・ダム、都市公園等の巡視・点検の規制が挙げられる。これらの巡視・点検については、河川法や都市公園法により、これまで基本的に目視で行われてきたが、新たにドローンやAIによる画像解析等を活用していくというものである。我が国の河川延長は約12万キロ3、都市公園等は約11万か所4あるが、これらの点検にデジタル技術を用いることで、点検の効率化のみならず、安全性の向上についても実現することができる。
 「定期検査・点検」の例としては、消火器具、火災報知設備等の定期点検が挙げられる。これらの定期点検については、現状、消防法等により6か月に1回とされているが、常時監視機能等の様々な技術を活用することにより、可能な点検項目から周期を延長することなどができると考えられる。これにより、防火安全性を確保しつつ、全国に約99万件ある消火器具や約63万件ある火災報知設備5に係る点検の効率化・点検費用の削減が可能となる。
 また、同じ「定期検査・点検」の例として、冷媒としてフロン類が使用されている業務用の空調機器や冷蔵冷凍機器の所有者等による簡易点検が挙げられる。これらの点検については、フロン類の使用の合理化及び管理の適正化に関する法律等によって3か月に1回以上の点検が義務付けられているところだが、常時監視システムを活用することで、簡易点検の免除が可能となり、同時にフロン漏洩等のリスクの低減を図ることができる。
 「常駐・専任」の例としては、介護サービス事業における管理者等の常駐等が挙げられる。例えば、我が国に存在する通所介護事業所(いわゆる「デイサービス」)について、管理者等の必ずしも利用者のサービスに直接関わらない業務はテレワーク等の取扱いを明示するなどにより、生産性向上等を図ることが可能となる。
 「往訪閲覧・縦覧」の例としては、建設業者提出書類の閲覧が挙げられる。現在、建設業許可業者数は約47万者6あり、これらの企業が書面で建設業許可申請を行い、その施工能力や経営内容についての情報を行政が公衆の閲覧に供することとなっている。現状では県庁所在地等の役所等に備え付けのパソコン画面上で閲覧する必要があるが、これを今後、建設業者の申請自体をデジタル化するとともに、申請書類の閲覧についてもシステム上で実施可能とすることで、建設業社と閲覧者の双方にとっての利便性の向上を図ることが可能となる。
 こうした事例を参考に、同種の類型に属する他の規制にも横展開を図り、一括的に見直しを行っていくことを想定している。

3 国土交通省 一級河川の河川延長等調
* 都道府県別(令和3年4月30日)
https://www.mlit.go.jp/statistics/details/river_list.html

4 国土交通省 参考資料/都道府県別の都市公園等の箇所数の推移
https://www.mlit.go.jp/crd/park/joho/database/t_kouen/

5 総務省 令和3年版 消防白書 49頁
https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/r3/63931.html

6 国土交通省 建設業許可業者数調査の結果について
-建設業許可業者の現況(令和3年3月末現在)- https://www.mlit.go.jp/report/press/tochi_fudousan_kensetsugyo13_hh_000001_00108.html

 

5.見直しによる経済効果

 現在調査会において実施している点検・見直し作業の対象となっている規制は多数かつ多種多様であり、見直しによる経済効果について、正確な試算は今後行うことになるが、例えば、我が国の中小企業がAIを徹底活用した場合の経済効果は11兆円にも及ぶ7とされており、アナログ的な規制を見直すことでこれらの取組を強力に後押しできると考えている。
 また、アナログ的な規制の見直しは新産業の創出にもつながることが期待される。例えば、デジタル社会形成関係法律整備法の中で、押印を求める各種手続について押印を不要とするとともに、書面の交付等を求める手続について電磁的方法により行うことを可能とするよう一括改正が行われたところだが(令和3年9月1日施行)、この押印廃止等の見直しにより、クラウド型電子契約サービスの市場規模が、2019年度から2021年度までの2年間で、3倍に急成長(約58億円から約171億円)した8
 先ほど『「要望ベースの改革」のみならず「テクノロジーベースの改革」を行う』と述べたが、調査会は、テクノロジーマップを作成し、大企業からスタートアップに至るまでの様々な企業が保有する様々な技術を可視化し、各府省庁が所管する様々な制度において活用していくことを想定している。今回の取組では、より多様かつ幅広い市場において、新産業の創出と活性化が可能となると考えている。

7 経済産業省「戦略的基盤技術高度化・連携支援事業(中小企業のAI活用促進に関する調査事業)」(令和2年3月)
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/AIutilization.html

8 2020年、2021年富士キメラ総研調査よりクラウド型電子署名サービス協議会作成。

 

6.今後の展望

 冒頭で述べたとおり、こうした調査会の取組は、デジタル化を阻害する要因を取り除くのみならず、現場の人手不足解消や生産性の向上、ひいては国民の賃金向上や新産業の創出など、日本が直面するピンチをチャンスへと変えるものであり、我が国の成長戦略に不可欠なものである。
 調査会では、作業部会での累次の議論と、各府省庁との調整を経て、本年6月に「デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン」を制定した。今後は当該プランを指針として、今後3年間の集中改革期間において、政府一丸となって、真の意味でのデジタル化を実現するべく、点検・見直し作業の一層の促進を図っていく。