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2022.10.10

2022年10月号 トピックス 使い慣れたサービスをフル活用するという“中津流DX” のすすめ

中津市 DX 推進監
東 富彦

取材/狩野 英司(行政情報システム研究所)、小池 千尋(同)
文/谷崎 朋子

 庁内の事務・手続きや行政サービスのデジタル化は、業務効率の改善や提供サービスの価値向上を目指す行政機関の優先対応事項となっています。しかし、予算不足や人員不足、不透明なロードマップなどの課題を前に、議論や検討のフェーズで終わっているところも少なくないでしょう。

 こうした課題を克服し、職員自らがノーコードでデジタルツールを開発し、庁内の業務や行政サービスのデジタル化を推進、デジタルトランスフォーメーション実現に向けて大きな一歩を踏み出した市庁があります。その一つが、大分県中津市です。

 “中津流DX” を推進する同市のこれまでの歩み、職員を巻き込んだデジタル化/DX成功のポイント、そして今後の課題や展望について、DX推進監として指揮を執る東富彦氏に話を伺いました。

 

1.DX実現に向けた3つのステップ

 2021年4月、大分県中津市は行政経営改革・デジタル推進課(以降、行革デジタル推進課)を設置し、東富彦氏をDX推進監に迎えて“中津流DX”の本格始動に乗り出しました1。他の地方都市と同様、人口減少や税収減が喫緊の課題の中津市。その対応策のひとつとして選んだのが、自治体DX(デジタルトランスフォーメーション)でした。
 日常生活でデジタル技術を活用し、高度で便利なサービスに慣れた住民にとって、未だ紙や印鑑による申請手続きやアナログベースの情報共有にとどまる行政サービスは利便性に欠き、何をするにも時間がかかり、非効率に感じます。これらが前述の課題の直接的な原因ではないにせよ、行政サービスへのアクセスしづらさ、煩雑さは自治体としての魅力を下げる要因のひとつになり得ます。
 幸いなことに、最新のデジタル技術はIT関連に詳しくなくても扱えるまでに民主化が進んでいます。アナログなマニュアル作業に慣れた職員であっても、自らがデジタル技術を駆使してDXを実施し、生活者視点の高度な行政サービスを提供することも不可能ではありません。住みたい自治体に選ばれるためにも、自治体DXに取り組むことは妙手と言えます。
 では、DXはどのように進めれば実現するのでしょうか。東氏は、国立情報学研究所、オープンサイエンス基盤研究センターの舟守美穂氏が定義するDXのプロセスを例に挙げました2
第1段階:物理世界にあるものをそのままデジタル化第2段階:デジタル化したプロセスやサービスに対して、デジタルの特性を活かした新たな機能を付加
第3段階:物理世界では存在しなかった新しいサービスやワークフローをオンライン上で実現
 始めは既存の手続きやサービスをデジタル化、オンライン化し、次にそのプロセスやサービスに対してデジタルならではの付加価値を追加。これらが基盤となり、従来なかった新しい価値やイノベーションを生み出すのが最終目標であり、これによって初めてDXが実現したことになります。

1 https://www.nakatsudx.com/

2 https://rcos.nii.ac.jp/miho/2020/12/20201223/

 

2.中津流DXの成功に大切な方針と信条

 続いて東氏は、中津流DXを成功させるための3つの方針を示しました。
 1つめは、分かりやすい成果を示して原課の理解を得ることです。人員が不足し多忙な原課職員にとって、効果が分からない取り組みに貴重な時間を割きたくないのが本音でしょう。ですが、DXは強制的に押しつけて実現するようなものではありません。DXを成功に導くには携わる人たちがその意義を認識し、前向きかつ積極的に関わってくれることが重要です。つまりは、原課の理解が不可欠ということです。
 そこで東氏が考えたのは、市民生活に役立つデジタルサービスの開発です。デジタル化やオンライン化の効果を感じた市民からポジティブなフィードバックが得られれば、原課のモチベーションも上がり、DXへの意識も前向きになると考えられます。
 2つめは、職員が主体的に取り組めるようにすることです。ここでのポイントは、プログラミングやコーディングの知識を必要としない、画面でパーツを選ぶだけで誰でも簡単にアプリケーションを開発できる「ノーコードツール」や「ローコードツール」を採用することです。
 そして3つめは、既存システムと新しいデジタル技術とをAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)連携などでつなげていくことです。既存システムの整合性を維持しながら、新たに開発したサービスや外部サービスとうまくつなげることで、ただ既存のデータやサービスをデジタル化しただけではない付加価値を提供できるようになります。
 こうした方針を受けて、中津市職員も中津流DXを成功に導く信条をまとめました。
1.職員自らが「変革」する
2.利用者視点から使いやすい、分かりやすいサービスを考える
3.まずやってみる、それから改良していく
4.慣習より効率を優先して、仕事のやり方を見直す5.制度が障害なら制度自体を変える
6.データを利活用して新しい価値を創造する
7.誰一人取り残さない
 DXを成功させるためにも、職員は自らを変革、アップデートし、既存の制度や概念から脱却しつつ、できるだけ多くの人が無理のない形で利用できる、利用者視点のサービスを創造する。この7つの信条を掲げ、中津流DXは始まりました。

 

3.2つのフェーズで推進する中津流DX

 中津流DXは前述の舟守氏の定義を原案に、第1段階と第2段階で構成される第1フェーズ、第3段階で構成される第2フェーズの2フェーズで進められています。
 第1フェーズは、2021年度に実施されました。目標は、「日常生活ですぐに使える便利なサービスを作ろう」です。たとえば、親子で遊ぶためのスペース「なかつ・こどもいきいきプレイルーム」では、これまで利用するには窓口で紙の申請書に記入しなければなりませんでしたが、電子申請に切り替えたことでスマートフォンからでも利用申請できるようになりました3(図表1)。2022年7月21日時点で6,575回の利用がある同サービスは、紙や印刷代が約6,500枚分も削減できたという市のメリットだけでなく、常に動き回る子供たちに注意しながら申請用紙に記入する煩雑さがなくなったとして、保護者からは好評をもらっていると東氏は言います。

図表1 なかつ・こどもいきいきプレイルーム利用申込フォーム

(出典)中津流DXサイト

 子育て関連では、中津市子育て情報紙「ぽこあぽこ」とGoogleカレンダーとが連携したイベント情報の共有サービスも好評です。PDF形式や紙で配布される同情報紙には、さまざまな課が開催する子育てのための研修や講習会が掲載されています。「ぽこあぽこ」の各号には、「ぽこあぽこ」電子カレンダー版にアクセスするためのQRコードが掲載されており、利用者は紙の情報紙からデジタル化されたGoogleカレンダーに次々と乗り換えています。
 もうひとつの例は、中津市プレミアム商品券登録店舗一覧マップです(図表2)。以前はホームページに商品券取扱店リストをPDFで掲載するだけでしたが、登録店舗が900店舗を超えるため、閲覧するだけでも一苦労でした。それら店舗をGoogleマップに登録し、簡単に見つけられるようにしたのが一覧マップです。表示回数は16万回以上で、「中津市の人口が大体8万数千人と考えると、一人あたり約2回利用したことになる人気のサービスです」と東氏は述べます。

図表2 中津市プレミアム商品券登録店舗一覧マップ

(出典)中津流DXサイト

 こうしたサービスは、中津流DXサイトの「ツール」からまとめて参照することができます4
 サービス開発のポイントは、市民が使い慣れたスマートフォンやサービスを活用している点です。たとえば、GoogleカレンダーやGoogleマップといったサービスと連携することで、特別に操作を覚える必要なく行政サービスを享受できます。登録した情報も変更などが自動更新されるので、たとえば「ごみ・資源カレンダー」をコピーしておけば、台風でごみ収集が行われないといった最新情報も自分のGoogleカレンダーで確認できます。また、よく利用する利用申請書ページへのショートカットをスマートフォンのホーム画面に追加するスマホの標準機能も利用できます。市民が自分にとって必要なサービスを自由に選択し、自分のスマートフォンやクラウドサービスに登録するだけという、まさに利用者視点に立ったデジタル化の好例です。
 中津流DXのフェーズ2は、今年度から実施されています。2021年度の成果から一歩踏み込み、デジタルならではの新しい価値創出を目指します。
 たとえば、なかつ・こどもいきいきプレイルーム利用申込書の利用説明の箇所に、親子で遊べる公園や広場、認可外保育施設や公立幼稚園などをまとめたGoogleマップと、「ぽこあぽこ」電子カレンダー版へのリンクを掲載することにしました。
 「プレイルームの利用申請をする人は、親子で遊べる場所やイベントが他にもないか、常に探しています。そうしたニーズに応えるため、利用できる場所をGoogleマップで確認したり、子育て関係のイベント情報をGoogleカレンダーで確認したりできるようにしました。幸いなことにマップやカレンダーの参照数は非常に多く、コンテキストを意識したデジタルツールの連携は強力であることを実感しています」(東氏)
 また、Google Cloud Platformの自然言語解析サービス「Google Dialogflow」を活用したチャットボットも開発しました。例として東氏は中津市家庭ごみ分別案内のチャットボットを挙げます。これは、PDF版のごみ・資源分別辞典をベースに開発したもので、ごみの品目を質問すると分別方法を教えてくれます。たとえば「アイロン」と質問すれば「燃えないごみだよ」と教えてくれます。さらにチャットボットからGoogleカレンダーで提供されているごみ・資源カレンダーを確認したり、ごみ・リサイクルミニ集会の申込を電子申請で行ったりすることもできます。
 「フェーズ1で開発したデジタルツールをうまく組み合わせながら、既存のアナログサービスにはない新たな価値の提供を目標に、今も試行錯誤しながら職員とともに開発を進めています」(東氏)

3 https://www.city-nakatsu.jp/doc/2020062500094/

4 https://www.nakatsudx.com/digitaltools

 

4.試行錯誤の日々

 もちろん、中津流DXが最初からうまく進んでいたわけではありません。それは試行錯誤の連続と東氏は明かします。
 東氏が参画する2年ほど前より、中津市ではデジタル化に関心のあるさまざまな部局の職員が集まる専門部会を立ち上げ、デジタル化やDXをどう進めるか検討を始めていました。しかし、話し合いはするものの具体的な成果はなかなか出ませんでした。デジタル化の効果を目に見える形にするために、2021年4月に行革デジタル推進課を設置し、DX推進監を外部雇用する運びとなったのだろうと東氏は推測します。
 DX推進監となった東氏ですが、当初はノーコードのアプリ開発を支援する「Google AppSheet」を導入すれば済むだろうと考え、プロトタイプを30個ほど作成したと言います。しかし、プログラミングやコーディングの経験がない職員にとって、ノーコードツールであっても難しく感じます。さまざま検討した結果、GoogleカレンダーやGoogleマップなど、一度は使ったことがあるだろうツールをうまく活用して、紙やPDFベースで作成してきたものをデジタルツールに変えていく現在のスタイルに辿り着いたと言います。
 「これまで職員は、手続きの流れを分かりやすく紹介する配付資料、子育てサポートブック、暮らしの便利帳など、さまざまな創意工夫が詰め込まれた成果物を作成してきました。これらを活かさない手はありません。これらを徹底的にデジタル化して、誰でも手元で使える「どこでも市役所」が実現できれば、それはある意味でアプリに近いデジタルサービスなのではないかと思います」。そう述べる東氏は、もしも無理矢理Google AppSheetを導入していたら、うまくいってなかったのではないかと振り返り、早い段階で問題点に気付き、軌道修正できたおかげで今の成功があるのかもしれないと振り返ります。
 また、デジタル化の前に業務や要件の整理といった、いわゆるリエンジニアリングは実施していないと東氏は言います。
 「業務全体の見直しや手続きの整理といった議論から始めてしまうと、理想と現実のギャップが浮き彫りになり、実装に辿り着くまでの道のりが見えなくなって頓挫する、ということを心配しました。それよりも、紙の手続きなどをどんどんデジタル化して、動いているものを見て触ってもらうことを重視しました。デジタル化だけでは物足りない部分があり、このままでは少し不便だという気付きが職員の中で自然と湧いてくる状況を作ることが大切だと考えます」(東氏)
 幸運なことは、デジタル化やDXに対して消極的な職員が少なかったことです。
 「何をデジタル化できるのか発想が湧かない職員には、行革デジタル推進課が直接赴き、これまでの成果をさらに便利に利用してもらえるための工夫を丁寧に説明しました。また、自分の業務負担が増えることを怖れて後ろ向きになっている職員に対しては、アナログな庁内業務のデジタル化に誘い、業務が効率化することを体験してもらうようにしました」(東氏)
 幹部に対しては、毎月定例の部課長会で中津流DXの進捗状況を報告。特に身近な取り組みで成果が出ていることを知ることが、取り組みへの理解につながっているのではないかと東氏は述べます。

 

5.デジタルツール習得のための研修や成果表彰イベントなどを実施

 デジタルツールの開発は、当初は東氏がデジタル化のメリットを体感してもらうために直接、複数開発していましたが、今ではすべて職員が手がけていると東氏は述べます。
 使用するツールはGoogleの各種サービスのほか、トラストバンクが提供する自治体専用デジタル化総合プラットフォーム「LoGoフォーム」と「LoGoチャット」5。総合行政ネットワーク(LGWAN)上で使えるLoGoフォームは職員の間で一気に広まり、現在は700以上の手続きがオンライン化され、約7割が市民向け、約3割が職員向けに公開されているとのこと。
 各種ツールの使い方は、職員向け研修「Nakatsu DX School」で学ぶことができます。内容は、LoGoフォームやLoGoチャットを活用したコミュニケーションサービスの作り方、GoogleスプレッドシートやGoogleカレンダー、Googleマップを組み合わせた情報共有の方法など。また、日々の業務で感じている課題をデジタル技術でどう解決できるか、職員が実際に手を動かしながら考え、開発するワークショップも組み込まれています。いずれの職員も、部局の上長の許可を得て、業務の一環で参加しており、研修の成果を庁内で共有する発表会は部局ごとの工夫や取り組みアイデアを共有できる場として高く評価されていると東氏は言います。
 また、昨年度はデジタル化やDXに取り組む職員の成果を職員が評価、表彰する「Nakatsu DX Award」が開催されました6(図表3)。スクール参加者からも17件のエントリーがあり、DX推進監賞を受賞した環境政策課のサービスは、今では中津市家庭ごみ分別案内チャットボットとして、市民に広く利用されています。

図表3 Nakatsu DX Award 2021

(出典)中津流DXサイト

 開発のサポートや問い合わせへの対応は、LoGoチャットなどを使って行革デジタル推進課の4名のメンバーが担当しています。いずれもIT関係のバックグラウンドがあるわけではなく、中にはスマートフォンもあまり使っていなかったメンバーもいると東氏は言います。そうした職員でも、たとえばLoGoフォームは必要なパーツを配置するだけでフォームが作成できるので、一度説明を受ければすぐに開発に取りかかれます。また、GoogleカレンダーやGoogleマップについても、必要なデータをスプレッドシートに整理してインポートするだけで、どちらにおいても技術的な障壁はほぼありません。
 「課題があるとすれば、LGWANからはGoogleワークスペースなど各種ツールにアクセスできないことです」と述べた東氏によると、現在は原課が整理したデータを、Googleワークスペースのアカウントを持っている行革デジタル推進課が受け取り、スプレッドシートに登録・更新している状況だそうです。データもサービスも管理下におけるメリットはありますが、更新頻度が増えた場合、行革デジタル推進課だけでは対応しきれなくなるでしょう。
 「IT環境の問題が解決できれば、たとえば原課が作成したものを行革デジタル推進課がツールに反映させるだけにするとか、原課が直接最新の状態に更新するといった選択肢が生まれます」。これについては、継続的に検討を進めていると東氏は述べます。

5 https://publitech.fun/service_logoform

6 https://www.nakatsudx.com/blog/categories/nakatsu-dx-award-2021

 

6.市民や県外にも広がる中津流DXの波

 今、中津流DXは中津市庁内の枠を超え、その取り組みの輪を徐々に広げ始めています。
 たとえば、Nakatsu DX Awardの中津市長賞を受賞した、消防本部による応急手当講習受講申請などのオンラインサービス。講習の受講申請の9割以上がオンライン申請に移行したという成果は大分県内の他自治体の消防本部にも伝わり、取り組みたいとの相談も増えていると言います。
 さらに東氏は今年度、総務省の地域情報化アドバイザーとして神奈川県二宮町のDX推進を支援しました。「デジタル推進室を設置して担当者を複数名任命したものの、そこから先へどう進めばいいのか分からなくて立ち往生している。二宮町の状況は、まさに1年前の中津市です」。そう説明する東氏は、同市の職員向けにDX研修を実施しました。職員のDXに関する理解を深め、モチベーションを高めるDX研修のニーズは非常に高く、二宮町以外にも複数の自治体から要請を受けていると、東氏は言います。
 「コストを抑えながら段階的に進められて、職員などにも受け入れられやすい中津流DXのアプローチは、うまく嵌まる自治体も多いと思います」(東氏)
 加えて、中津市民をDXに巻き込むプロジェクトも進んでいます。「Nakatsu DX Challenge」と呼ばれる同プロジェクトは、中津流DXの公式ページで職員によるDXの取り組みを「伝える」、デジタルツールやDXサービスを少しずつ活用してもらえるよう「提案する」、これまでのデジタルツールやDXサービスに対する意見や提案を「聞く」を主軸に、市民とともにDXを加速させるためのさまざまな取り組みを企画しています。たとえば「提案する」では、オンライン手続きに不慣れで、電話で窓口に問い合わせるのを好む人に対して、SMSなどを通じてオンライン手続きのページに誘導し、手順を分かりやすく説明する「デジタルサービスステーション」の開設を計画しています。
 2年目に突入した中津流DX。今後の展開から目が離せません。