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2024.03.01

2024年3月号 連載企画 イノベーションのためのサービスデザイン No.18 生成AIの時代のデザイナーのありかた

株式会社コンセント 代表/武蔵野美術大学 教授/
Service Design Network日本支部 共同代表
長谷川 敦士

1.はじめに

 vol.15(2023年2月号)ではDX白書とデジタルスキル標準(DSS-P)におけるデザインのパートについて紹介した。このデジタルスキル標準が公開されてから、さまざまな反響があり、社会のDX推進への関心の高さが伺える。
 一方、デジタルスキル標準の公開と同じタイミングで世界中でChatGPTをはじめとする生成AI(ジェネレーティブAI)が話題となった。「生成AI」はテキスト・画像などを自律的に生成できるAI技術の呼称であるが、本原稿を執筆中の2024年1月現在でもリアルタイムで新しいサービスが続々と生まれてきており、また法整備を含めた議論も進み、これからさらに普及していくことが見込まれている。

 

2.生成AIとデジタルスキル標準

 2022年度に引き続き、デジタルスキル標準検討会は5つの分科会に分かれて検討を行っている。2022年に最初のバージョンをリリースしたばかりということもあり、今年度は大きな改訂は考えておらず、主に生成AIによる影響を踏まえたマイナーバージョンアップを行う予定となっている。
 2022年度の検討では、5つの分科会でのそれぞれの分野でのロール定義が主な検討となったが、今年度は生成AIのDX推進全体への影響を考慮して、各領域の主査による横断的な検討を重視し、主に生成AIによる影響の論点整理を行い、これをもとに分科会にての検討を進めている。
 今年度公開される最終的なデジタルスキル標準においては、デザインをはじめとした具体的なスキルについての言及は控えめになり、DX推進に関わる人全体に求められる態度の要素が主となる予定である。
 しかしながら、分科会における議論はこれからのデザイナーの活動において示唆深い点が多いことから、本稿ではこの部分に光を当てて紹介してみたい。

 

3.生成AIとデザイン|論点の全体像

 まずデジタルスキル標準検討会全体でも、デザインワーキンググループでも、共に指摘されていることは、「生成AIならではの論点」と「新しい技術の導入一般についての論点」とを整理しなければならないという視点である。
 デジタルスキルやデザインに限らずとも、新しいテクノロジーは日々社会に生まれており、生成AIの登場もその一つとして見るべき側面もある。その意味では、デザイナー・エンジニアだけでなく、ビジネスパーソン一般としてもそういったテクノロジーを取り込んで、業務に活用していく視点は基本素養として求められるといえる。
 その前提で、生成AIの普及には、他のテクノロジーとは異なった新しい視点も必要となる。
 この点を考慮していく必要がある。さらに、現在「生成AI:ジェネレーティブAI」と呼ばれているAI技術がなにかについても認識をそろえておいた方がよいだろう。
 ここではAI技術について詳細に述べることは避けるが、現在「生成AI」と呼ばれている技術は、「大規模なデータを用いることによって、これまでのAI技術ではできなかった新しいデータやコンテンツ(に見えるもの)を生み出すことができるようになった特性があるもの」を指す技術の総称といえる。
 生成AIを構成しているアルゴリズム(しくみ)ともいえる、ニューラルネットワークのディープラーニング技術は、まだまだわかっていないことも多く、探索的に研究が進められている分野であり、今後も予期しない新しい発展が起こることが見込まれる。
 こういった前提のうえで、現在生成AIとデザインをめぐる論点は、まず以下のような全体像を持って検討が進められている(表1)。次節以降でそれぞれ解説しよう。

 

表1 生成AIとデザイン業務に関わる論点整理

(出典)デジタルスキル標準検討会デザインワーキンググループでの議論をもとに筆者作成

 

A.事業での生成AI活用

 組織への生成AI導入といったとき、大きく分けて「組織が提供する事業・サービスでの生成AI活用」と、「その組織内での生成AIの活用」とに分けることができる。
 つまり、ユーザーが顧客や市民であるのか、組織内メンバーであるのかの違いともいえる。なお、これらは厳密に区分されるものではないが、議論においては有効と考えられるため、本稿ではこの区分に従って整理する。
 ではまず、組織が提供する事業・サービスでの生成AI活用:事業でのAI活用から考えてみよう。
事業においての生成AIの活用では、まずは生成AIを積極的に事業に組み込むアプローチと、既存事業において、ユーザー体験(UX)やユーザーインターフェイス(UI)に生成AIを導入するアプローチが考えられる。これから見ていこう。

A-1.生成AIを組み込んだ事業の創出
 生成AIによってさまざまな事業自体が変化していく可能性がある。
 すでに実現しているところからいくと、対話AIはコールセンター業務や、予約受付業務などに活用されている。次の「UX・UIへの活用」の項でも述べるが、これまでの「ユーザーが情報を探す」、「手続きを行う」といった行為は、生成AIのさらなる活用によって代替されていくだろう。
 そういった顧客対応の部分に限らず、ユーザーと製品・サービスのマッチングやユーザーの状況を予測した新しいサービスなど、既存サービスの付加価値向上、まったく新しいサービスの創出など、これから生成AIによって変化していくことも想定される。この「新規事業創出」は、サービスデザインに大きく影響してくる。生成AIによって生まれる新しい価値提案(Value Proposition)は、サービスデザイナーの守備範囲となるだろう。
 これはデザイナーだけの問題ではないが、エンジニアリング主導、つまり「こういうことができるようになった」ということがわかってからそれに取り組んでいくのでは事業においての競争優位性が得られない。そのため、サービスデザイナーには、生成AIによって生まれうる、新しい可能性をウォッチしていくことが求められる。
 公共領域ではそこまで優位性を求める必要がないといえるが、民間企業であれば自組織の事業展開にどういった可能性があるのかについて幅広く考えていく必要があるだろう。

A-2.UX・UIへの生成AI活用
 前の項でも述べたが、生成AIによって、サービス利用者の体験は大きくかわることが考えられる。デザインを考えるとき、これらの可能性をどう取り込むか、いつ取り込むか、は大きな検討要因となるだろう。
 UXやUIへの影響はさまざまなものが考えられるが、例えば生成AIの活用によって、サービスのカスタマイズはより柔軟に、積極的に行われるようになるだろう。
 ユーザーの嗜好や、それまでの反応などを加味して、サービス内容やレイアウトなどの見た目のカスタマイズが進み、ユーザーごとに特化された、パーソナライズされたユーザー体験の提供が可能となる。
 また、より踏み込んだ生成AIの活用としては、「情報のわかりにくさ」については、生成AIによって抜本的な解決が見込まれるといえよう。従来、ウェブサイトなどで「情報がわかりにくい」ということが起こるとき、それは「受け手の知識や状況に情報が合っていない」ということが主な原因として考えられていた。
 例えば、サイトにゴミの捨て方が掲載されていたとして、自分の手元にあるゴミがどういった種別に入るのかがわからない、ということだったり、洗濯機にトラブルがあったとき、取扱説明書のどこを参照してよいのかわからない、といったことだったり、こういった問題は「情報デザイン」の分野において長年の懸案事項であった。しかし、生成AIによってこれらの問題は大きく解決に向けて前進すると考えられている。
 もとになる情報を生成AIに学習させることで、あとはユーザーがAIに尋ねることで必要な答えを得ることができるようになるのである。
 こういった方向性はすでに自治体などでも実証実験が進められており、2024年1月現在、まだ回答には若干の不安定さが残っているが、これらは時間の問題で解決すると考えられている。また個人レベルで、取扱説明書のPDFを学習させることで自宅用の回答AIを構築している例もすでに見られている。
 このような活用が一般化していくことで、階層型の情報構造(大項目→小項目)が一般的なウェブサイトの作りも変化していくことが考えられる。

事業でのAI活用に向けたデザイナーのありかた
 こういった状況の変化に対して、デザイナーは少なくとも「なにができるか」までは知っておく必要があるだろう。
 しかしながら、このテクノロジーが発展する状況においてその原理までの理解はなかなかハードルが高いといえる。これは生成AIに限らず、他のテクノロジーにもいえることであるが、そういったなかで「どこまで勘所をつかむか」はデザイナーとしての差別化要素になっていくだろう。
 また、上記のUX・UIの発展によって、より高いレベルのユーザー体験が求められる時代になっていく。そのときのユーザーの期待値の向上に対応していくためにも、デザイナー自身が率先して新しい体験を知っておく必要があるといえるだろう。
 さらに、これは後述するマーケティング全般にもいえるが、生成AIによってさまざまな打ち手や表面的なUIは標準化が進み、差別化がより難しくなっていくことが考えられる。
 イノベーション研究者の本條晴一郞氏は、こういった状況を「問題解決のコモディティ化」と呼び、「きれいな問題解決」は競争優位性にならず、「汚い問題解決(ユニークな問題解決)」がより求められる、と指摘している。こういった時代、デザイナーにはより独自の視点を持った問題解決能力が求められるようになるだろう。

B.業務での生成AI活用
 直接サービス創出を行わなくとも、既存業務においても幅広く生成AIの活用の可能性が見込まれている。
 本節では、デザイン業務において、画像やイラストなどを制作する業務を「デザイン制作業務」、これに対してリサーチやプラニングを行う活動を「デザインプロセス業務」と呼び、それぞれについて生成AIの影響を検討する。また、直接デザインではないが、マーケティング領域、業務全体、そして個々人といった観点での生成AIの影響にも触れる。

B-1.デザイン制作業務
 新しいコンテンツを作れる生成AIによって、直接的に影響を受ける分野がこのデザイン制作業務である。
 これまでイラストレーターや写真家に依頼していたイラスト制作、写真撮影といった業務は、特に作家性が必要なければ生成AIが作成したイラストや写真(のような画像)で代替可能となるだろう。それだけでなく、原稿自体の作成や、原稿の編集なども生成AIによって代替される可能性もある。
 また、ウェブサイトや紙のドキュメントのレイアウト(配置)なども生成AIによってある程度可能となる。前項のサービスの創出とも関わるが、コンテンツなどにおいては、ユーザーごとにバリエーションを用意することも可能になるだろう。つまり、読者ごとに、属性に合わせて異なった原稿、イラスト、写真などを用意することができるようになる。
 こうなったとき、コンテンツを作る業種では、自身の個性(作家性)を持った「クリエイター」か、生成AIやクリエイターに対して指示(プロンプト)を提示して、品質管理を行う、「コンテンツディレクター」に分かれていくことが考えられる。

B-2.デザインプロセス業務
 デザイン業務においては、上記のデザイン制作業務だけでなく、デザインのプロセスにおける業務への影響も大きくなる。
 本稿の読者であればおわかりいただけると思うが、デザインプロセスでは、リサーチ、試作(プロトタイピング)、評価、そして関係者を巻き込んだファシリテーションなど、デザイン制作以外にも多くの業務が存在する。
 一般には、デザインというとイラストなどが想定されるが、むしろサービスデザイナーの業務はこういったデザインプロセス上の業務の方が主となる。これらの分野でも生成AIの影響は大きいと考えられている。
 特にユーザーが関わる、ユーザーリサーチ(ユーザー調査)やユーザー評価(サービス評価)において、これまでユーザーへのインタビューやリクルーティング(調査依頼)などが必要とされていた。しかし、生成AIによって、ユーザーの代替が可能となれば、例えば調査によって得られたユーザー属性をAIに学習させ、それによって生成AIをユーザーの代わりにインタビュー対象者としてふるまってもらうことが可能になると考えられている。
 このアプローチは生成AIが本当にユーザーの代替になり得るのかの検証が必要な段階ではあるが、実現すればデザインリサーチ業務は大きく簡略化が進むと考えられている。
 また、デザインにおけるプロトタイピング(試作)においても生成AIが活用できる。デザイン業務においては、多くのプロトタイプ(試作)を比較検討することが重要となる。すでにこのプロトタイピングにおいて、パターン出し、実際のプロトタイプ制作の両方において生成AIの活用が見込まれている。

B-3.マーケティング
 直接のデザイン業務ではないが、企業のマーケティング業務、特にデジタルマーケティング業務でも生成AIの活用の可能性がある。
 現在デジタルマーケティングは、SNS、オンライン広告など出稿するメディアなどの全体像の設計とデータ取得によるその補正とを繰り返すことで最適化が図られている。こういった業務は生成AIを用いることでほぼ全自動で行うことができるようになる。これによって、出稿する広告なども自動的に生成されるようになる。
 この際に気をつけなければならないのは、SNSでの拡散、見込み顧客のメールアドレス取得、などの目標を設定した場合、生成AIによって、ユーザーの心理的な隙をついた、いわゆるダークパターンを生成してしまう可能性である。「違法性がない」ことはクリアしつつも、ユーザーの「ついうっかり」を「うまく」活用したUIや広告などは、これからの社会でダークパターンとして非難される可能性が高い。
 生成AIを用いたマーケティングにおいては、常に人が倫理的な視点で管理を行うことが必要といえるだろう。

B-4.業務全般への活用
 企業の業務への生成AI活用も進んでいくだろう。
 現在MicrosoftやAdobeなどが業務アプリへ生成AI統合を進めているが、こういった統合によって、人のあいまいな指示によってもドキュメントなどを生成することができるようになる。また、業務上のナレッジを業務プロセス自体へ埋め込んでいくようなかたちで、いわゆるナレッジシェアの発展形として活用されていくことが想定される。
 こういった生成AI活用によって、組織においては本質的でない管理業務などが淘汰されていくことが考えられる。業務などにおいても、作業や調整ではない、本質的なパフォーマンスが求められるようになっていくといえるだろう。

B-5.個人での活用
 ここまで業務上の生成AI活用について考察を述べてきたが、もちろん個々人での生成AI活用も進んでいくだろう。
 すでに多くの人がChatGPTやAI翻訳サービスのDeepLなどを活用していると思うが、発想支援、情報管理、タスクマネジメント、ドキュメント作成、など多様な場面にて生成AIの活用が見込まれる。個人において生成AIは、個々人のクリエイティビティを向上させる強力なツールとなり得るといえるだろう。

C.生成AI導入におけるリスク
 最後に特にデザイン領域に関連する業務において想定されるリスク要因についても触れておく。これらは組織においては業務プロセスなどにおいて対応が必要となるだろう。

C-1.情報漏洩リスク
 生成AIでは、元データとして実データを学習させる必要がある。現在、日本・欧州・米国などでそれぞれこの学習データについての議論がなされているが、これらに関する法令などを適切に理解していないと、生成AIの活用自体が情報漏洩リスクとなり得る。

C-2.著作権侵害・倫理的配慮リスク
 学習データを適切に考慮しないと、生成された画像やテキストなどが著作権を侵害してしまう可能性がある。また、学習データによっては、生成されたコンテンツが倫理的に問題を持つ場合もある。先に述べたダークパターンなども同じ課題をはらんでいる。

 

4.まとめ

 ここまで生成AI導入に伴う、デザイン業務への影響について議論を行った。
 冒頭で述べたように、生成AIについての議論は日々展開が見られているため、本稿の議論も今後見直していく必要があるだろう。今回の整理は、分科会での議論をもとに筆者が独自にまとめたものであるが、今回改定されるデジタルスキル標準本体のほうでも組織的に生成AIに取り組む際に求められる視点が述べられているため、参考にしていただきたい。
 この生成AIに関わる議論は、当面は終わることがないものであり、組織・個人においては暫定的にでも対策をとっていく必要があるだろう。本稿が検討の一助となれば幸いである。

 

長谷川 敦士(はせがわ あつし)
2002年に株式会社コンセントを設立。企業ウェブサイトの設計やサービス開発などを通じ、デザインの社会活用や可能性の探索とともに、企業や行政でのデザイン教育の研究と実践を行う。経済産業省「高度デザイン人材育成研究会」をはじめとした各種委員等を務める。2019年に武蔵野美術大学造形構想学部教授に就任。Service Design Network日本支部共同代表、NPO法人 人間中心設計推進機構副理事長。著書、監訳など多数。