4.変化しないIA
一方で、AIが前面に出るようになっても、人が情報に求める基本的なニーズは変わらない、という指摘もあった。
Oracle NetSuiteのシニア・プリンシパルUXデザイナーであるRobin Silberlingは、「Is the Global Menu Disappearing? Framing Navigation Design in the Age of AI(グローバルメニューは消えつつあるのか?――AI時代のナビゲーションデザインのあり方)」と題した講演で、人が情報環境に求める基本ニーズを4つに整理していた。すなわち、発見(Discovery)、定位(Orientation)、移動(Travel)、そして安全・信頼(Safety & Trust)である。
人は、どのような選択肢があるのかを知りたいし、自分が今どこにいるのかも把握したい。新しい場所や情報にできるだけ負荷なく移動したいし、必要なら引き返せること、判断の根拠にたどれることにも安心を感じる。こうしたニーズは、認知心理学やウェイファインディング、情報探索、インタラクションデザインなどの知見にも支えられており、デジタル空間でも物理空間でも共通しているという。
この点は、行政の情報提供にもそのまま当てはまる。制度案内や手続案内において、市民が必要としているのは、単に答えそのものだけではない。何が選べるのか、自分は今どの段階にいるのか、次に何をすればよいのか、必要なら元の情報に戻れるのかといった「道筋」である。
Silberlingは、AIが合成情報を増やす時代だからこそ、非合成の一次情報へたどり着ける経路がますます重要になると述べた。つまり、AIの出力が便利になるほど、その背後にある根拠や原典にたどり着ける構造がより大切になるということである。
その意味で、ナビゲーションはなくならない。ただし形が変わる。ツールが進化しても、人が必要とする「地図」は残る。そしてその地図をつくるのが、IAなのである。
図2 会場の様子
(出典)IAC26。撮影:筆者
5.AI時代のIA設計アプローチ
ここまで見てきたように、AIが前面に出る時代のIAは、人にとっての使いやすさと、AIにとっての情報源としての役割を両立させる必要がある。その具体的な実践例として印象的だったのが、Michelle PolyakによるAARP(旧American Association of Retired Persons、全米退職者協会)のメディケア情報の再設計プロジェクトである。
米国の公的医療保険制度であるメディケアは、それ自体が非常に複雑で、多くの人にとって「理解するだけでも大変」な領域である。AARPは豊富な情報を持っていたが、それらがサイト内で断片的に存在していたため、かえってユーザーを混乱させていた。
この課題に対し、Polyakのチームは、375以上のコンテンツを一度すべて棚卸しし、ユーザーの理解のプロセスに沿って再構造化するというアプローチをとった。ここで重要なのは、単に情報を整理したのではなく、「人がどう考え、どの順序で理解していくのか」というメンタルモデルを起点に構造を設計した点である。
その結果、情報は「Pathways(経路)」「Series(連続的な学び)」「Articles(個別情報)」という三層構造で再編された。ユーザーは全体像に圧倒されることなく、段階的に理解を深められるようになった。これは、「すべてを一度に理解させる」のではなく、「理解のプロセスそのものを設計する」という発想である。
この事例は、AI時代にも大きな示唆を持つ。AIにとっても、情報がどのように整理され、どういう関係性のもとに置かれているかが、出力の質を左右するからである。断片的で曖昧な情報は、人にとって分かりにくいだけでなく、AIにとっても扱いにくい。
言い換えれば、人にとって優しい情報構造は、AIにとっても扱いやすい構造である可能性が高い。逆に、構造が不明確で文脈が曖昧な情報は、人を混乱させるだけでなく、AIの出力の不安定さや誤りの原因にもなる。
この意味で、AARPの取り組みは、AI時代の情報設計の一つの方向性を示している。複雑な情報をただ単純化するのではなく、人とAIの双方にとって理解しやすく、信頼できる構造へと編み直していくことが大切なのである。
図3 Michelle Polyak氏の発表の様子
(出典)IAC26。撮影:筆者

