1.はじめに
人とAI、AI同士が協調して自主的に課題を解決するAIエージェントの応用が拡大している。AIエージェントを誰のため、何のため、いかに活用すべきか。AIエージェントを活用した人間中心の情報システムについて、前回(連載第15回)は、富士通および日立製作所の開発・利用事例を通じて考察したi。今回はその続編として、「NEC 調達交渉AIエージェントサービス」の事例を取り上げよう。
AIエージェントが経済に大きな影響をもたらす領域のひとつとして取引の自動化があげられる。取引が「人間同士(H2H: Human-to-Human)」から「人間とAI(H2A: Human-to-Agent)」へ、さらに「AI同士(A2A: Agent-to-Agent)」へと進んでいき、それに伴い取引の自動化革命が起こると予想されているii。NECは2025年12月、部品や材料の調達交渉を自動化する「NEC 調達交渉AIエージェントサービス」の提供を開始した。同社の研究所は長年にわたって自動交渉AIエージェント技術の開発を行ってきたが、それがようやく実用化のフェーズに入ったため、サプライチェーン・マネジメント(SCM)の領域で適用したのが同サービスである。
SCMとは、製品の企画・需要予測、原材料・部品の調達、製造・生産、在庫管理、販売、物流、顧客への納品に至るまで、供給のプロセス全体を一元的に管理し最適化することを指す。近年は、サイバー攻撃や大規模な自然災害の増加、さらには地政学的リスクの高まりを背景に、障害発生時に高い回復力をもつ「レジリエントなSCM」に注目が集まっている。NECが現在提供しているサービスはSCMの中でも調達交渉に焦点を当てたH2Aによる自動化である。ただ、同社はAIエージェントによってサプライチェーン全体を自動化すると同時に自動修復も可能にするというA2A時代に向けた大きなビジョンを掲げている。
本稿では、前回に引き続き「人間中心のAIをいかに実践するか」を考察するために、NECグループおよびその取引先企業が導入しているAIによる調達交渉の仕組み、導入効果と課題、将来の展望について報告する。
2.自動交渉AIによる調達の効率化
SCMの中でもまず調達業務に同技術を適用した背景について、NEC AIソリューション統括部AIソリューションコーディネータの臼井夏美さんは、「サプライチェーン全体では、需給のバランスをみる調整や物流会社との配車の手配の交渉など、交渉が必要となる場面はたくさんあります。その中で一つ目のシーンとして着目したのが調達領域における部品や部材のサプライヤーとの納期数量交渉でした。日常的に発生する一方で定型的なやり取りも多く、人手による負担が大きくなりがちな領域であるため、まずはその業務を自動交渉AIで支援できないかと考えました」と話す。
写真1 臼井夏美・NEC AIソリューション統括部 AIソリューションコーディネータ
(出典)筆者撮影
自動交渉AIは、NEC独自のエージェンティックAI技術iiiで、①最良の取引条件を生成する、②自律的に交渉する、という二つの機能をもっている(図1参照)。
図1 NECの自動交渉AI技術
(出典)NEC
現行サービスシステムでは、バイヤー側がAIエージェントを導入し、サプライヤーとの交渉業務を自動化する。取引相手のサプライヤー側は従来通り人間が対応する形であり、バイヤーのAIエージェントは、オーダー情報・入出庫データ・品目情報などに基づいてベストな交渉案を作成し、取引相手のサプライヤーに提案する。サプライヤーの担当者は通知メールから専用画面にアクセスし、チャット形式でAIとやり取りをしながら条件調整を行う。バイヤーのAIエージェントは相手の反応をみながら交渉案を再計算し、最終的に双方が合意できる提案に到達するまで提案を繰り返す仕組みになっている。
NECは、最新の技術やソリューションを開発すると、社内で導入して検証する「クライアントゼロ」と呼ばれる取り組みを実践している。その目的は、自らが最初の(ゼロ番目の)顧客になって、そこで得た知見やノウハウを顧客に還元することにある。この調達交渉のサービスでも2024年11月に実証実験を行った。NECグループ会社で行った実証実験では、サプライヤーの協力を得て、発注済みの約1,300品目の部品の納期・数量調整で自動化の可能性を検証した。
その結果、バイヤー側の担当者が一切介在せずにAIだけで合意できた「自動合意達成率」が95%に達し、双方にとって最適な条件での交渉が成立した(自動合意に達しない場合は、AIエージェントから人に交代する)。また、人と人が交渉を行う従来の方法では合意までに数時間から数日を要していたが、AIによる交渉は約80秒で完了し大幅に短縮できることを確認した。こうして、実証から約1年を経て、「NEC 調達交渉AIエージェントサービス」(図2参照)を提供開始したのである。

