図2 NEC 調達交渉AIエージェントサービス
(出典)NEC
製造業では近年、需要が多様化し多品種少量生産が求められる中で、サプライチェーンが多岐にわたり調達交渉が複雑化している。一般的にはバイヤーの調達担当者が電話やFAX、メールを使って、部品の一部の前倒し納入などを依頼するが(図2の左)、調整に時間がかかったりマンパワーに限界があったりするため、増産をしたくてもできないという問題が生じていた。AIエージェントの導入は交渉時間の短縮によって需要変動への迅速な対応を可能にする。AIエージェントが自動で交渉案の作成と調達交渉を行うことで(図2の右)、納期確認が自動化され、予期せぬ需要の変動にも対応しやすくなるためだ。こうして販売機会の損失を防ぎ、欠品や納期遅延を回避することで在庫の適正化も期待できるようになった。
このシステムを有効に活用するためのノウハウやポイントについて、臼井さんは「サプライヤーは何十社、何百社もありますし、部品数も何千、何万もあります。そのすべてにAIを適用するのは現実的ではありません。AIエージェントに任せられる定型交渉を見極めることがとても重要です」と話している。
3.期待されるSCM変革と「フェアな取引」
効率化・省力化以外に期待されるのが、SCM全体の変革とフェア(公正)な取引の2点である。
1点目のSCMの変革について、NEC AIソリューション統括部ディレクターの片岡昭人さんは、「今のシステムは部品の種類や数が増えた場合の処理の省力化に焦点を当てています。賢いAIというよりも速く効率的に処理できるAIです。だから、ユーザーインタフェース(UI)にチャットを選んで使いやすさを重視しました。交渉の複雑さという点ではまだそれほど高度ではないので、今後はアップデートしてもっと賢いAIエージェントにしたいと考えています」と語る。
写真2 片岡昭人・NEC AIソリューション統括部ディレクター
(出典)筆者撮影
たとえば、過去の交渉履歴データの学習が進めば、AIエージェントはどのような対話をすれば早く合意できるかがわかるようになっていく。また、3年後にはサプライヤー側もAIエージェントで交渉するという予測のもと、相手がNEC以外のAIエージェントを使っていてもうまく交渉を進められるようにしたいという。そのため、マルチエージェント交渉を可能にする世界的な標準プロトコルも採用している。さらに、サプライチェーン全体の中でAIエージェントを活用するシーンを増やし、AIエージェント同士で交渉だけでなく障害発生時の自己修復を可能にするなど、SCMを根本的に変革していくという大きな構想を描いている。
2点目のフェアな取引については、AIエージェントを活用することでバイヤーとサプライヤーの関係をより対等にしていくことが期待されている。実証実験に参加した外部の11社にNECがヒアリングをしたところ、最初のうちは「人との交渉の方がいい」という意見があったものの、しだいに「チャットの方が速いし楽なので使い続けたい」という感想が増えていき、それだけでなく「AIエージェントの方がフェアな取引になる」と認知されるようになっていった。人間であれば自社利益の重視にバイアスがかかって交渉するが、AIエージェントは最初から双方がウィンウィンになるように調整するためである。
「バイヤー側はAIエージェントにお任せでいいですし、サプライヤー側は交渉スピードが圧倒的に速く効率的だという感想でした。感情を入れずお互いドライにやり取りできることと、サプライヤーは都合のよいタイミングで対応できることが業務面での大きなメリットだと明らかになりました。まだ事例はありませんが、海外の企業との取引で時差がある場合はとくにその効果が大きいのではないかと思っています。同期コミュニケーションは大切ですが、非同期コミュニケーションで合意できるのが大きな強みだと言えます」(片岡さん)。
2026年1月1日、中小事業者が不利益を被る取引を禁止しコスト上昇分を適切に価格に転嫁できることを目的として、旧下請法を抜本的に見直した「中小受託取引適正化法(通称:取適法)」が施行された。これによって、交渉の担当者名と議論の記録、公正な取引交渉であることの確証を残すことが義務化された。この法律に対応するためシステムにどのような機能を追加すればいいか、NECはグループ会社と議論を重ねたうえで開発・実装した。片岡さんは「日本中の会社に適用できるかどうかは今後ヒアリングする必要がありますが、まずはフェアな交渉記録を残す、監査に向けて確証を残すための機能は苦労して追加できました」と話す。
今後の課題は交渉結果の契約への反映である。現行のチャットボットは交渉のコミュニケーションツールにとどまっているが、合意内容を電子商取引に反映してこそ法律上の確定した契約になる。NECによれば、すでに技術的には契約に反映するためのシステム連携が可能な状態にあり、顧客からはバイヤーかサプライヤーかを問わず連携を求める声が多くあがっているという。にもかかわらず、提供サービスの範囲からは除外しているのは、もしAIエージェントが間違った判断をして人と合意した場合、法的解釈の面から責任所在が明らかにされていないためである。「AIエージェントが交渉しても人の場合と同じようにみなす必要があるものの、仮に人間の意図とあってない契約を行ってしまった場合の責任がバイヤーか、サプライヤーか、それともシステムベンダーかの法や商取引の解釈やルールの整備が必要であるため、慎重に対応していく必要がある」(片岡さん)状況となっている。AIエージェントが普及する時代にふさわしい制度構築が求められている。

