行政&情報システムOnline

無償

2026.09.01

2026年9月号 連載企画 「公共AIナレッジベース仕様Ver.1.0」について ~AIに「正しい情報」を確実に渡すための共通ルール~

横浜市 最高情報統括責任者(CIO)補佐監/行政情報システム研究所 客員研究員/公共AIナレッジ研究会 運営委員長/愛媛県CAIO補佐官/芝浦工業大学客員教授/グラビス・アーキテクツ株式会社 プリンシパル・アーキテクト
福田 次郎

7.「共有財産」としての設計思想

 ここまで4つの柱を見てきたが、通底しているのは「ナレッジベースは単なるファイル置き場ではない」という一点である。Ver.1.0はこれを人間とAIの「共有財産(データエコシステム)」と位置づけている。
 そのため仕様には、単一組織での利用を超えた配慮が織り込まれている。第一に組織間連携である。異なる自治体や民間企業の間でナレッジを相互に利用・転用できるよう、IDやコードは組織を横断してユニークになるよう設計した。国が法令に基づく標準手順をナレッジセットとして提供し、各自治体は条例等による差分だけを追加する——前稿で述べたこのモデルは、共通のID体系とカテゴリ体系があってはじめて成立する。第二にグローバル対応である。ISO規格の採用により海外組織との連携も視野に入れ、国際的なコード利用や英文による表記も可能とした。第三は拡張性である。カテゴリもメタデータ項目も将来の追加・改訂に耐える構造とした。第四が、AIによる自動登録への対応である。AI作成フラグとメタデータ作成者識別フラグにより、AIが自動で分類・登録する場合にも、どこまでが人間の確認を経ているかを追跡できる。

 

8.実証事業の開始と、参加自治体・事業者の募集

 公共AIナレッジベース仕様は、実際に使われてはじめて価値を持つ。Ver.1.0は策定と同時に、実証のフェーズに入っている。
 総務省が2026年度(令和8年度)に公募した「公共分野における信頼できるAIを用いた開発実証事業」において、ソフトバンク株式会社を代表機関とする「地方自治体の窓口業務における信頼できるAIの開発実証事業」が採択され、静岡県藤枝市を主たる実施地域として実証が始まっている。市民課(戸籍申請)、地域包括ケア推進課(施設指導)、福祉政策課(生活保護業務)という高い専門性が求められる3課を対象に、国産の大規模言語モデル(LLM)を活用し、異動直後の経験の浅い職員でも適切な窓口対応ができる環境の構築を目指す。この実証では、AIが参照するマニュアル・法令・制度情報の整備に本仕様Ver.1.0を適用し、カテゴリを付与しメタデータを整備したナレッジをAIに参照させて回答精度の向上を検証していく。
 検証は1つの自治体、1つの事業者だけで完結するものではない。窓口業務、補助金申請、内部管理、防災と、業務が変われば必要なナレッジも効果を発揮するメタデータも変わる。多様な現場での試行が欠かせない。公共AIナレッジ研究会では、Ver.1.0を用いた実証・プロトタイピングにご協力いただける自治体および事業者を募集している。

 

図表7 公共AIナレッジ研究会で募集する実証事業のユースケース例

(出典)公共AIナレッジ研究会

 

 自治体の方には、実際の手順書やFAQを対象にカテゴリ分類とメタデータ付与を試していただき、現場感覚に基づく課題をご指摘いただきたい。システム開発事業者・AIサービス事業者の方には、仕様に準拠したナレッジベースやカタログ、MCPサーバー等の試作を通じて実装上の論点を洗い出していただきたい。規模の大小は問わない。限られた体制で運用せざるを得ない団体からの知見こそ、仕様の実用性を高めてくれるはずである。
 公共AIナレッジベース仕様は完成品ではない。現場からの指摘を受けて改訂を重ね、Ver.2.0、Ver.3.0へと成熟させていくものである。その成熟に向けて、ぜひ多くの自治体・事業者の研究会への参加を求めたい。成果物は原則として公開する方針である。特定のベンダーに閉じることのない、日本の行政の実態に即した共有財産を、ぜひ皆様とともに作っていきたい。2040年は遠い未来ではない。ナレッジベースというAIとの共通言語を手に、行政DXの次の一手を着実に進めていきたい。

 

【公共AIナレッジ研究会 お問い合わせ先】

公共AIナレッジ研究会 事務局
Email:info@trustedfor.ai
HP:https://www.trustedfor.ai/

 

福田 次郎(ふくだ じろう)
1989年三菱総合研究所に入所。建設・交通・都市・通信・医療など社会基盤分野の調査・企画・コンサルティングに従事。1995年東急・三菱商事とのインターネットベンチャー「日本ネット研究会」の事務局長に就任。以後、インターネットサービスの企画・新規事業支援、日本データセンター協会事務局などを担当。2015年より横浜市にて、最高情報統括責任者(CIO)補佐監、最高情報セキュリティ責任者(CISO)補佐監、最高データ統括責任者(CDO)補佐監として、DX政策、ICT調達統制、セキュリティ、BPR、新市庁舎整備、業務システム企画、スマートシティ、AIの活用、EBPMやデータ利活用など幅広い分野に携わる。現在は、横浜市 CIO/CISO補佐監/行政情報システム研究所 客員研究員/愛媛県CAIO補佐官/町田市デジタル化推進アドバイザー/芝浦工業大学客員教授、公共AIナレッジ研究会運営委員長、グラビス・アーキテクツ株式会社プリンシパル・アーキテクトなどを兼任。

<前へ 1 2 3 4次へ>

4/4ページ