行政&情報システムOnline

無償

2026.10.01

2026年10月号 連載企画 イノベーションのためのサービスデザイン no.23 デザインを専⾨職から企業のケイパビリティへ ── デジタルスキル標準(DSS)改訂に⾒る、これからのデザインマネジメント

株式会社コンセント/武蔵野美術大学
長谷川 敦士

 AIが⽂書作成やビジュアル制作といった実務を代替しつつある2026年、企業や⾏政機関は「デザイン」という職能とどう向き合い直せばよいのだろうか。その⼿がかりとなるのが、経済産業省が2022年に策定し、2026年4⽉にメジャーバージョンアップを迎えたばかりの国家標準「デジタルスキル標準(DSS)」である。本稿では、2018年の「デザイン経営」宣⾔以降の政策的な系譜を振り返りながら、DSS ver.2.0が⽰す改訂のポイントと、そこから浮かび上がる「デザインマネジメント」という考え⽅を整理してみたい。

 

1.「デザイン経営」宣⾔から続く政策の系譜

 デザインを企業の競争⼒の源泉として位置づける政策上の動きは、2018年に経済産業省・特許庁が公表した「デザイン経営」宣⾔に端を発する。同宣⾔は、デザインを意匠や造形の技術としてではなく経営資源として捉え直し、「『デザイン経営』は、ブランドとイノベーションを通じて、企業の産業競争⼒の向上に寄与する。」と明⾔した点に⼤きな意味があった。ここで⽰された枠組みは、ブランド構築に資するデザインと、イノベーション創出に資するデザインという、性質の異なる⼆つのデザインを両輪として位置づけるものである。前者はマーケティングや商品開発、プロモーションに⽤いられるデザインであり、後者はデザイン思考を活⽤してイノベーションを⽣み出す⼟壌づくりに関わるデザインである。重要なのは、両者に優劣をつけるのではなく、⾃社の現状がどちらに強みを持ち、どちらに課題を抱えているのかを経営者⾃⾝が把握し、伸ばしていく道筋を描くべきだと提⽰した点であり、これは2020年代の今⽇の議論にも通じる⽰唆に富んだ論点提⽰だったと筆者は捉えている。あわせて、経営層にデザイン責任者(CDO等)を置くことや、それを担う⾼度デザイン⼈材の育成が政策課題として掲げられた。その後、特許庁ではCDOが設置され、デザイン経営プロジェクトから⽣まれた新事業として、現在「I-OPENプロジェクト」が実施されている。
 これを受けて2019年には「⾼度デザイン⼈材育成ガイドライン」がまとめられた。ここでは、あらかじめ設定されたゴールが存在しない、あるいはゴール⾃体を探索するような不確実な状況においてもデザインアプローチで状況をリードできる⼈材の育成が⽬的とされ、(1)コンセプト、(2)環境と場、(3)教育に携わる⼈、(4)学習成果の評価という四つの観点から教育のあり⽅が整理されている。知識のインプットと実践での試⾏を反復できるカリキュラム、現場ならではの制約や⽂脈をリアルに体験できる環境、多様な実践経験を持つ教師やメンター、そして主体的な挑戦の失敗を成功へ向けた実験として前向きに評価する姿勢——これらが揃って初めて⾼度デザイン⼈材は育つという考え⽅である。この枠組みは、その後、武蔵野美術⼤学⼤学院や東京理科⼤学、産業技術総合研究所デザインスクールなど、社会⼈向けデザイン教育の⽴ち上がりを後押しすることになった。
 さらに2021年から2023年にかけての情報処理推進機構(IPA)「DX⽩書」では、DXに成功している企業の実態調査を通じて、アジャイル開発と並びデザイン思考が重要な⽅法論として機能していることが明らかにされた。技術の導⼊そのものよりも組織・⽂化・⼈材のあり⽅が成否を分けるという知⾒は、その後のデザイン⼈材の制度化に⼤きな根拠を与えることになる。

 

2.デジタルスキル標準(DSS)とデザイナーの国家標準化

 こうした流れの上に、2022年、経済産業省は「デジタルスキル標準(DSS)」を策定した。すべてのビジネスパーソンに求められるリテラシーを定めた「DXリテラシー標準(DSS-L)」と、DXを推進する専⾨⼈材のスキルを定めた「DX推進スキル標準(DSS-P)」の⼆本⽴てで構成され、DSS-Pにおいてはビジネスアーキテクト、データサイエンティスト、サイバーセキュリティ、ソフトウェアエンジニアと並び、デザイナーが⼀つの専⾨⼈材類型として国家標準に位置づけられた。ここでデザイナーは、事業そのものをユーザーインサイトに基づいて構想するサービスデザイナー、事業の⽣態系のなかでプロダクトやサービスとしての実装を担うUX/UIデザイナー、そしてブランド⽅針やコミュニケーション⽅針を⾔語化し展開するグラフィックデザイナーという役割に整理された。筆者⾃⾝、IPAのデジタルスキル標準デザイナー検討ワーキンググループの主査を2022年より務めており、⾏政・公共部⾨にとってもこれは職員の採⽤要件やリスキリングの指標として参照できる、実務的な意味を持つ標準であると考えている。実際、この枠組みで経済産業省の「第四次産業革命スキル習得講座認定制度(Reスキル講座)」の認定を受けた講座の一部には、厚生労働省による補助が⾏われている。
 DSS改訂と並⾏して2025年には、経済産業省の「デザインマネジメント⼈材の育成に関するタスクフォース」において、専⾨職としてのデザイナーに閉じない、より広くビジネスパーソン全般に求められる「デザインマネジメント実践」という考え⽅の検討が始まった。デザインの専⾨知を持つ⼈材が⾮デザイナーに教え、伝えていくという⼀⽅向のモデルではなく、事業実践に関わるすべての⼈がデザイン的な態度を発揮できる組織であることが求められるのではないか、という提⾔がここでなされている。2028年頃をめどに、情報処理技術者試験体系(共通キャリア・スキルフレームワーク)のレベル2相当に位置づく新たな試験の創設も検討が進んでおり、筆者もこの議論に加わっている。

 

<前へ 1 2 3次へ>

1/3ページ