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2017.01.11

英国歳入関税庁におけるデジタル戦略の推進体制

一般社団法人行政情報システム研究所
主席研究員 狩野 英司

[研究員コラム]

※この記事は、「行政&情報システム」(2016年4月号)に掲載した記事を転載したものです。

 

英国歳入関税庁におけるデジタル戦略の推進体制

一般社団法人 行政情報システム研究所

主席研究員 狩野 英司

本誌2016年4月号の記事「英国の政府CIO制度の見直し」では、英国政府が政府CIO制度を廃止しつつも、異なる形で全体最適に向けた体制の強化を図っていく姿を解説した。本コラムでは、こうした見直しに伴い個別の行政機関に一層の自主的な努力が求められる中で、それらの機関がどのように電子政府の推進に向けた体制強化を図っているのかを、英国歳入関税庁(HerMajesty’s Revenue and Customs)(以下「HMRC」)を例にとって紹介する。

 

1. 明確なビジョンに基づく業務・システム改革

HMRCは、デジタル化に向けた積極的な取組みで知られる官庁であり【注1】、本誌2015年10月号でも地下経済対策としての高度なデータ分析・活用の事例を紹介している【注2】。2年あまり前に発足した現最高責任者Chief Digital &Information Officer(以下「CDIO」)のチームは、議会からのコスト削減要求(向こう5年間で25%削減)、340億ポンドに達するタックスギャップ(理論税収と実際税収の乖離)、根強い紙文化(英国内で5番目に多く印刷物を排出)、レガシーシステム、ベンダーへの丸投げ体質など山積する課題に対し、以下のようなビジョンに立って業務・システムのアーキテクチャを構想し、改革に取り組んでいる。

・ コンバージェンス(収束化)…顧客データ、業務プロセス、アプリケーション、インフラなどを収束化し、シンプルにしていこう。

・ データハブ化…運用データ、取引データ、顧客データ、システムのデータなどあらゆるデータを単一のハブに集中させ、リスクの検出、詐欺の防止などの事業に活用しよう。

・ クラウド化…レガシーシステムから脱却し、物理的なインフラは何も持たないようにしよう。

・ オープン化…OSSを活用しながら特定ベンダーへの依存から脱却しよう。

また、これと併せて、調達の最適規模への分割、紙のデジタル化とプロセスのシンプル化を軸とする業務改革などに取り組むことで、過去5年間で22%のコスト削減を実現する一方、90%もの高い顧客満足度を達成している。さらに、googleアプリの利用、タブレット端末やWi-Fi環境の導入、テレワークの推進などの働き方改革も進めている。

 

2. 情報システムの責任者からデジタル戦略の責任者へ

HMRCの電子政府戦略の最高責任者CDIOは、一般的にCIOが責任を負うITの戦略や運用にとどまらず、その名称のとおり組織のデジタル戦略やデータ戦略を推進する役割をも担っている【注3】。改革にあたり掲げている基本戦略も、

・「データ駆動型組織に移行する」

・「 デジタルでの対話を標準にする」

という、新しい役割にふさわしい内容である。近年、民間企業ではデジタル戦略におけるCMO(ChiefMarketing Officer) の比重が高まっているとされる【注4】が、データを基軸とした事業展開を目指すという点で、HMRCでもこれと似た役割のシフトが行われていると言い得る。

さらに他省庁同様、別途CTO(Chief Technology Officer)を設置し、技術に関する機能を担わせた上で、CDIOとCTOの両者で分担・協調しながら、戦略を立案・推進している。(図1参照)

もちろん役割分担はあくまで枠組みに過ぎない。実際に改革を実行し、成果を出すために必要となるのは、CDIOのマーク・ディーンリー氏によれば、「巨大な決意」と「長期戦の覚悟」である。

図1  HMRCのCIOの守備範囲と特徴

 

3. 主体的・戦略的な人材確保

HMRCはこうした戦略の実行を支えるIT人材の獲得・育成に大きな力を注いでいる。必要な人材を庁内や他省庁からの募集で確保できなければ、民間からも積極的に採用しており、2015年10月までの半年間で、304のポストに約1,600人の応募者を集めている。若手を職業キャリアの初期から採用・育成することを重視しているが、上級職も流動性が大きいので、計画的に採用を行っている。人材の育成においても、ICT領域のスキルフレームワークであるSFIA(SkillsFramework for the InformationAge)を活用し、職員自らのスキルギャップの把握に役立てているほか、ボランティア活動も含めた様々な教育・訓練プログラムを提供している。

 

4. 他機関との協働

HMRCは、英国全体の電子政府の推進に主体的に貢献する意欲を持っており、内閣官房のCIO協議会にも参画している。また、他省庁との協働にも積極的であり、HMRCが持つ納税者データを利用可能とするためのAPIを雇用年金省に提供するなどの取組みも始めている。さらに、データハブで集中化した情報は、SNSなどの外部データとも組合せて分析・利用できるようにするとともに、そのデータやツールを他省庁のアナリストにも開放していく構想である。【注5】

HMRCは、大臣の直接の指揮命令を受けない執行機関であるが、政治的なリーダーシップをまたず自発的に、独自の形でデジタル化に向けた推進体制を強化しようとしている。そしてその改革の方向性は、英国政府さらには欧州連合が向かおうとしているデジタル変革に向けた方向と軌を一にしているのである。

 

【注】

1. 2013年当時の CIO Mark Halls氏インタビュー, CIOMagazineコラムなど。

2. シャドーエコノミーに対する高度分析歳入システムの米国、英国の事例,弊誌2015年10月号

3. https://www.gov.uk/government/people/mark-dearnley

4. KPMG、グローバルCIO調査レポートのサマリーを発表, 2015, KPMG http://www.kpmg.com/jp/ja/knowledge/pages/cio-survey-2015.aspx

5. Building our future: Transforming theway HMRC serves the UK, 2014,HMRC https://www.gov.uk/government/publications/building-our-futuretransforming-the-way-hmrc-servesthe-uk

 

 

 

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