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2017.12.08

『行政&情報システム』2017年12月号連載 研究員コラム 諸外国政府の情報・サービス提供におけるモバイル対応に関する一考察

一般社団法人行政情報システム研究所
研究員 松岡 清志

1.はじめに

スマートフォンの急速な利用拡大を受けて、政府は世界最先端IT国家創造宣言においてモバイルを通じたカスタマイズ可能なサービスなど、利便性の高いオンラインサービスを提供する方針を提示してきた。また、今年新たに作成されたデジタル・ガバメント推進方針でもインターネットの利用形態がマルチプラットフォームでの利用を基本としていることを踏まえ、マルチプラットフォームを前提としたコンテンツの作成およびコネクテッド・ワンストップの実現方針を掲げている(方針1-2)。

このように、政府としてモバイルに対応した情報やサービス提供の方針は示されているものの、具体的な取組みを進める上で参考となるガイド類は本稿執筆時点では十分に整備されていない。本稿では、既にモバイル対応の取組みの蓄積がある諸外国におけるドキュメント類、およびこれらのドキュメント類に関する職員向け教育や職員間の情報交換、ベストプラクティス共有の取組みを比較し、我が国でのモバイル対応を検討する際の手がかりを提示する。対象国は、モバイル対応を早くから進めていたシンガポール、モバイル対応に関するドキュメントが充実している英米豪、および日本の5か国(各国のドキュメントは表1参照)である。

 表1 調査対象としたドキュメント類

(出典)筆者作成

2.各国のドキュメントの比較

各国における取組みを体系的かつ円滑に進めるためには、電子政府戦略やデジタルサービス提供に関する戦略でモバイル対応の方針を定め、この方針を具体化するための基準、ガイド類に沿ってサービスを設計、開発する必要がある。このような観点から、次の3つの軸を設定して比較を試みた。

(1)サービス提供戦略や電子政府戦略でのモバイル対応に関する方針の記載

(2)原則・基準・手順の整備状況

(3)ガイド類に関する職員向けの教育や情報交換の場の設置状況

上記3つの比較結果を概観すると、いずれの国でも戦略においてモバイル対応に関する方針は記載されているものの、原則・基準および対応手順についてのドキュメントの整備状況や、職員向け教育・情報交換の場の設置状況には表2のように差が見られた。以下、項目ごとに共通点や差異に関して調査した結果を示す。

 表2 調査対象5か国のモバイル対応に関する状況

○:記載または取組みあり。―:公表されている情報の範囲内では記載・取組みが見られない。△:一部のみ整備されている。
(出典)筆者作成

  • サービス提供戦略や電子政府戦略でのモバイル対応に関する方針

政府の市民・企業向けのサービス提供に関する戦略や電子政府戦略におけるモバイル対応に関する記載は今回の調査国いずれにおいても見られ、モバイル対応の必要性については一致している。

 

(2)原則・基準・手順の整備状況

モバイル対応に関する原則・基準・手順が各国でどのように整備されているかについて、シンガポールではモバイル対応を義務付ける旨のみが記載されており、ガイドや手順に関する詳細なドキュメント類は整備されていない。日本ではレスポンシブ対応が望ましい旨のみ記載されており、手順についてはユーザニーズの把握やアクセシビリティの確保といった観点のみ記載されている。これに対して、英米豪の3か国では、原則としてモバイル対応を行う方針が示されたうえで、コンテンツの記述、構成、レイアウトパターン、作成したウェブサイトの検証、評価に関する基準および手順を示したドキュメント類が整備されている。

 

(3)職員向けの教育や情報交換の場の設置状況

前項で紹介したガイド類に関する政府職員向けの教育や、モバイル対応に関するノウハウやベストプラクティス共有の場が設置されているかについては、アメリカとオーストラリアでは各種ガイド類を解説するウェブセミナーや対面型の講習会などの教育プログラムが設けられている。加えてアメリカでは連邦政府職員が情報交換およびサービスの改善を協働で行うコミュニティが設置されている。一方、それ以外の国では教育や情報交換の取組みは公開されている情報では確認できなかった。

おわりに

上述したように、モバイル対応の方針自体は全ての国に共通している。ただし、日本以外の各国については原則化されているのに対し、日本では望ましいとの記述に留まっている。全てのサービスを一度にモバイル対応を原則化するのは予算面などの制約もあり困難なため、国民のニーズの高いものから順次原則化するといった対応が現実的であると考えられる。

モバイル対応に関するガイドや手順などのドキュメント類の整備状況は、各国で差異が見られ、英米豪では政府のサービス全体に適用されるコンテンツの構成、レイアウト、パターン、記述方法、およびデザインのスタイルなどを含めた具体的なガイド類が整備されている。日本で政府全体として標準化されたモバイルサービス提供を推進する際には、今回取り上げたような詳細なガイド類、手順を定めたうえで、各省庁がこれらの詳細なガイド類や手順に沿ってモバイル対応を進めるというアプローチが考えられる。また、各府省の取組みを支援する方策として、アメリカやオーストラリアで見られるような教育の実施、また府省横断で職員がノウハウやベストプラクティスを共有する場を設けることも、政府全体としての取組みの加速につながるものと考えられる。

表3 各国のモバイル対応に関する状況の比較(詳細)

(出典)筆者作成