機関誌記事(記事単位)

2020.06.10

2020年06月号連載企画 行政におけるウェルビーイングの設計 No.7 傾聴の方法論をつくる

早稲田大学
准教授 ドミニク・チェン

前回の記事からわずか数ヶ月の間で世界が一変してしまいました。COVID-19(新型コロナウィルス)が世界中で猛威を振るい、人類社会はほぼ同時に新たな生活様式を受け容れざるを得なくなりました。ウィルスの感染拡大を防ぐためには、外出行動を制限し、他者との距離を空けることが有効であると考えられています。シンプルな原理に見えますが、甚大な負荷を社会全体にかけています。わたしたちの仕事の仕方、家族との時間の過ごし方や友人との付き合い方、そして自身の健康との向き合い方までも、大きな変化を被っています。

この状況の中で、身体的、精神的、そして社会的な健康を意味する「ウェルビーイング」の概念には、一層の関心が集まっていると言えるでしょう。そして、社会の構造が変容するに伴って、新しいウェルビーイングのかたちを作り出す必要性が高まっているとも言えます。

ここで改めてこの連載の立ち位置を振り返ってみたいと思います。この連載ではこれまで、「痛み」を基本テーマにして、社会レベルでのウェルビーイングの向上を考えてきました。今日のわたしたちの社会には、人々の痛みを効果的に掬い上げる「痛覚系」が機能不全に陥っているという指摘から始まり、情報技術を用いたヘルステックを通して人口動態の中で人々の苦痛を捉える可能性を考察しました。その後に、主観的な経験である痛みを安易に数値化してしまうことが暴力性を帯びる危険性について振り返り、プライバシーとセキュリティに支えられた公共データベースの要件について考えました。そして、一度ITの世界から身体の次元へと視点を移し、ストレス要因を表現し、語り合うためのペインマッピングというワークショップ手法を取り上げました。