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2021.06.16

2021年6月号 トピックス 農業DX ~農業データ連携基盤『WAGRI』が実現するデータ活用~

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
基盤技術研究本部 農業情報研究センター WAGRI推進室
主任研究員
塩見 岳博

1.はじめに

「データ連携基盤」という言葉をご存知でしょうか。データ連携基盤とは、広い意味では企業内や組織内、分野内などに分散しているデータを収集・統合し、付加価値を高めて活用できるようにする機能や、データ項目の定義・標準化、データの検索・解析などの機能を持つアーキテクチャ全般を指しています。民間企業での構築・活用事例も増えていますが、国の政策としても、データ連携基盤は内閣府が主導するSociety5.0の実現に向けて重要な役割を果たすと考えられており、自動運転・インフラ・防
災・医療・介護など、様々な分野で整備が進められてきました。農業分野についても、データの活用により生産性を飛躍的に向上させることが可能な主要分野と位置づけられており、データ連携基盤は日本の農業の課題である担い手不足や高齢化、技能の継承、人手に頼った厳しい作業の問題などの解決を目指す「スマート農業」をデータ面から支える基盤として期待されています。

 

2.WAGRIとは

農業分野のデータ連携基盤である、農業データ連携基盤WAGRI(以下、WAGRI)は、内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」において慶應義塾大学SFC研究所を主体としたコンソーシアムによって開発されました。2019年4月より、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)が運営主体となり、システムの本格稼働を開始しました。2021年2月現在、農機メーカーやICTベンダなど47の企業・団体が会員となっており、WAGRIを活用した生産者向けICTサービスが開発・提供されています。また、WAGRIの普及推進や情報提供、WAGRIのシステム運営に対する助言・提言などを行う組織である、農業データ連携基盤協議会についても農研機構が事務局を担っており、2021年1月末時点で451の企業・団体などが加入しています。
SIPによる研究開発フェーズから、ビジネス展開が可能な本格稼働フェーズへの移行においては、農研機構がWAGRIの利用に関する基本的なルール(利用登録、ID管理、利用料金、禁止事項など)を定めた規約を「WAGRI利用規約」として整備しました。併せて、WAGRIにおけるデータやプログラムの提供と利用に関する規約として、「WAGRIデータ提供利用規約」の整備も行いました。この規約は2018年12月26日に策定された政府の「農業分野におけるデータ契約ガイドライン」に準拠しています。これら2つの規約に関する同意書・利用申請書の提出を受け、農研機構とWAGRI会員は契約を締結し、データやプログラムのルールに基づいた利用・提供が行われています。

 

3.WAGRIの特徴

(1)BtoBtoCモデル

WAGRIは、生産者へ直接的にデータやプログラムなど何らかのICTサービスを提供する形のサービス構造を採用していません。WAGRIは、生産者向けICTサービスを開発・提供する民間事業者や団体に対して、そのサービスの付加価値を向上させるためのデータやプログラムを、APIという形式で提供しています(図1)。これは、いわゆるBtoBtoCモデルと呼ばれるサービス構造となっており、そのベースとなるプラットフォームをデータ連携基盤であるWAGRIが担っています(図2)。また、WAGRIのプラットフォームは、一方向のデータ提供だけでなく、プラットフォームに参加する事業者間におけるデータ共有やシステム連携が可能となっています。
WAGRIに提供されているデータやプログラムは、「データ提供会員」によってWAGRIシステム上でAPIが開発され、データやプログラムの投入、自社システムとの接続がなされたものです。「データ利用会員」はそれらの中から、自社サービスの付加価値向上につながるようなデータやプログラムを選定し、APIを通じて利用することができます。なお、WAGRIのプラットフォームに接続する会員は、ここで述べた「データ提供会員」と「データ利用会員」の双方の役割を選択し、担うことができます。

 

図1 農業データ連携基盤 WAGRIのデータフロー

(出典)農研機構技報 (NARO Technical Report) No. 2 より一部改変

図2 BtoBtoCモデル

(出典)筆者作成

 

(2)提供データ・プログラム

WAGRIには、肥料・農薬・地図・農地・気象・生育予測・土壌・病虫害など、様々な種類のデータやプログラムが提供されています。WAGRI会員であるICTベンダは、自社システムのマスタデータとしてWAGRIから取得した肥料マスタや農薬マスタなどを利用することができ、取得したマスタの情報、例えば農薬の使用回数制限・使用禁止期間の情報などを基に、アプリケーションにチェック機能を持たせることが可能です。また、自社システムに地理情報システム(GIS)の機能を持たせ、地図データや農地データ、気象データなどを組み合わせて可視化し、圃場の管理や作業履歴の管理などに活用することもできます。
WAGRIには、気象庁の気象予報・農林水産省の農地関連データ・農林水産消費安全技術センターの肥料・農薬データなど、WAGRI会員であれば無償で利用できる公的データが多く提供されています。これらはWAGRI運営事務局が公的機関によって公開されているデータを取得し、利用しやすいよう加工して提供しているものです。加えて、気象会社や地図会社など民間企業が販売し、別途有償契約が必要なデータも複数提供されています(図3)。今後も、農林水産省より市況・統計データが提供されたり、農研機構の研究成果として営農データや病虫害データ、生育予測データなどの研究データや予測プログラムが順次追加される予定となっています(図4)。

 

図3 WAGRIから取得可能な主なデータ・プログラム(現時点)

(出典) 農林水産省 技術政策室「農業データ連携基盤について」

図4 今後WAGRIに実装予定のデータ・プログラム

(出典) 農林水産省 技術政策室「農業データ連携基盤について」

 

(3)WAGRIのAPI

WAGRIのAPIは、一般的なAPIと同じく、ソフトウェアの「機能」や「データ」を外部の他のプログラムから利用するものです。通信プロトコルにはHTTP/HTTPSを利用するWEB APIで、REST方式を採用しています。送受信するデータはJSON形式を基本としていますが、画像ファイルやXML形式など、その他の形式も指定することが可能です。これらのアーキテクチャは、他の多くの分野で開発・公開が進んでいるAPIと共通する部分が多く、現時点での標準的なアーキテクチャと言えるでしょう。自身で一から機能を開発したり、自身のシステム内にデータやプログラムを保持することなく、提供されている機能やデータ、プログラムを利用することができるというAPI最大のメリットに加えて、標準的な作り方や使い方が存在するため、ICTベンダのシステム開発コストを抑えることができます。
WAGRIのAPIは、それらの基本的な機能やメリットに加え、「DynamicAPI」と呼ばれる特徴的なアーキテクチャを採用しており、利用者がAPIを開発する際に複雑なプログラム開発を必要とせず、GUIからの設定と簡単なスクリプトの記述のみでAPIの開発やデータの投入を可能としています。このアーキテクチャでは、APIの実装をプラットフォームの内部処理に関する実装から独立させ、利用者自身がAPIを生成する権限を持ち、APIのメソッドやパラメータなどを設定し、開発することで、柔軟かつ迅速なサービス提供が可能となっています。
APIのセキュリティには多くの対策がなされています。認証には、APIを実行するクライアントプログラム側がIDとシークレットをサーバに送信し、有効期限が決められたアクセストークンと呼ばれる文字列を取得し、それをAPIの実行時にHTTPヘッダに埋め込んで送信する方式である、アクセストークン認証が採用されています。これに加えて、一部のAPIでは、OAuthを拡張した認証・認可とID連携の仕組みであるOpenId Connect認証も利用されており、他システムとの連携における利便性の向上と、さらな
るセキュリティ強化の取り組みが進んでいます。

 

4.WAGRIの運用

WAGRIのシステム基盤には、パブリッククラウドを採用しています。クラウドシステムの特長を生かし、システム拡張が容易な構成となっており、利用増に伴うCPU処理能力やDB容量などリソースの増強を柔軟・迅速に実施できます。また逆に利用が少ない機能については、リソースの縮小が迅速に行えることから、不必要なハードウェア投資をすることなく適正コストでの運用が可能となっています。セキュリティ対策についても同様にクラウドシステムの機能をフル活用しており、データベースの暗号化、ファイアウォール機能による接続先の限定など様々な対策を実施しています。WEBアプリケーション脆弱性対策については、必要に応じて第三者機関によるセキュリティチェックを実施し、発見された脆弱性については速やかに対応を行っています。
システム運用にあたっては、運用保守事業者による基本的な運用保守作業のほか、クラウドシステムの監視機能を利用し、24時間365日のアプリケーション監視を実施しています。システムの可用性は、概ねクラウドシステムで保証された稼働率に準拠しますが、WEBサーバの稼働率など基本的には99.95%以上となっており、ストレージも多拠点保管を原則としています。今後も、バックアップ機能の充実やさらなるセキュリティ対策、システム障害からの迅速な復旧手順の確立など、システムの安定運用に向けた取り組みを継続していきます。

 

5.WAGRIの課題

本格稼働から2年が経過し、2021年4月には3年目に入るWAGRIですが、多くの生産者向けICTサービスや研究開発に活用され、実績を積み重ねる一方、課題も出てきています。利用する会員の増加に伴い、多様なニーズが生まれており、より多くのデータや有用なプログラム、例えばより誤差の少ない農地の区画情報、ドローン空撮画像や衛星画像のデータ、研究機関が開発したより高精度の生育予測モデルなどが求められてきています。それは農業生産だけでなく、幅広い分野と連携したデータやプログラムの需要が増えていることを意味しています。これらのニーズが高いデータを充実化させることは、WAGRIにとって重要な課題です。
また、別の側面からの課題として挙げられるのは、データ連携基盤としてのシステム運営維持費用です。クラウドシステムを活用するICTプラットフォームであるため、効率的なシステム運用が可能ではありますが、運営維持や管理には一定のコストが必要です。利用する会員にも利用料という形で一部負担をお願いしておりますが、会員企業や団体にとって利用しやすい程度のコスト負担で運営が維持できるよう、さらなる効率化に取り組む必要があります。一方ではコストのかかるデータの充実化や機能の拡充、セキュリティ対策が重要な課題でもあり、運営に難しいバランスを求められているのが現状です。

 

6.今後の展望

課題の解決に向けて、農研機構は様々な対策を進めています。会員からのニーズの高い、農研機構が研究開発したデータやプログラムの実装を進めるとともに、令和2年度の農林水産省の事業においてWAGRIに搭載されることが採択されたデータについても実装の支援を行っています。また、同じく令和2年度の農林水産省の事業において生育・収量・出荷・需要などの革新的営農支援モデルを開発し、WAGRIに実装するプロジェクトも進めています。
また、農林水産省においては、スマート農業の普及に伴いメーカーの垣根を超えて様々な農機や機器のデータを相互に連携し、農業経営へ活用するニーズが高まっていることを受け、農機間のデータ連携を可能にするオープンAPIの整備を推進しています。同省では、その取り組みの中でWAGRIを有効活用し、コンテンツの充実化を図れるよう、ガイドラインの整備やAPI実装検証の支援を進めています。
それらのコンテンツの充実化と並行して、農研機構はWAGRI運営事務局としてシステム基盤の改良も進めています。ICTサービスの基盤として、信頼して利用してもらえるシステムを目指し、バックアップの長期保存や、ドキュメント類の充実化、設計書の整備などに取り組んでいます。システムの利用増に伴い、サーバ・通信の負荷が増大しており、大容量データの取得については送受信したデータ量の測定を可能にするとともに、API利用者の利便性を高めるため根本的なアーキテクチャの修正についても検討を進めています。
現在SIPの第2期で研究開発を進めておりますが、今後WAGRIは機能を拡張し、スマートフードチェーンの構築を目指しています。DynamicAPIを活用した、川上から川下までのスマートフードチェーンに関わる多様なシステムとの連携や、需要側ニーズに応えて一次産品を提供するデータ駆動型スマート生産システム、トレーサビリティの確保、港湾関連データ連携基盤などとの連携による、輸出へのアプローチに取り組んでいます。WAGRIは、農業生産に係るデータだけでなく、流通・加工、販売・消費までのデータを取り扱うことになり、物流システム、鮮度管理システム、需要予測システム、輸出促進システムなど、より幅広いICTシステムへの活用が期待されています。