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2021.06.16

2021年6月号 特集 DXとはデジタルをトリガーにした全社改革である:北國銀行が「DXには終わりがない」と語る理由

北國銀行
代表取締役頭取
杖村 修司
取材・文 若林 恵、原田 圭

日本の金融機関において最もDXが進んでいると称されるのが、石川県金沢市に本社を置く北國銀行だ。およそ20年前からDXのプロジェクトをスタートさせた北國銀行だが、そのプロジェクトの本質はIT化による効率化・コスト削減ではないという。伝統や縛りも多いとされる金融機関で、なぜ北國銀行はデジタルをトリガーにした大規模な組織改革、サービス開発を成し遂げることができたのか?そして、北國銀行のDXはなぜ「道半ば」と語られるのか?北國銀行・杖村修司頭取に話を聞いた。

 

DXとは全社改革である

若林:北國銀行では、DXとはどのようなことだと捉えていらっしゃいますか?
杖村:DXとはデジタルをトリガーにした全社改革です。組織のDXを進めるときのポイントは3つあります。1番目は構造改革。2番目はマインドセット、つまり社員のマインドセットのリセットと進化です。3番目はリカレント教育。この3つに尽きると思っています。
若林:3つのポイントのうち、最初に着手された領域はどこでしたか?
杖村:プロジェクトがスタートしたのは、いまから20年ほど前ですが、最初に着手したのは、構造改革の部分で、IT投資のための資金を作り出すことでした。資金がなければ、ITへの投資をできないのでコスト削減に取り組みましたが、人件費を下げてしまうと社内のモチベーションが下がってしまいますから、人件費ではなく物件費の削減に取り組み、店舗の統廃合なども20年前のこのフェーズから始まったんです。最初の5、6年で、年間365億円ほどかかっていた費用を280億円まで削減できたので、80億円ほど節約することができました。IT投資のための余力を作り出すことができたんです。
若林:構造改革と言った場合に目指すべきゴールとは何でしょうか?
杖村:かつての金融業とはお客さまからお金をお預かりして、どなたかにお貸しするというシンプルなモデルで、金利も決まっていました。そういったモデルも、機能としては今後も残りますが、縮小していくことは確かです。なので、これからは銀行として違うモデルを作らなくてはなりませんし、そのために社内全体の構造改革をする必要がありました。
若林:全社改革のトリガーになるのは、ITだけではないということですね。
杖村:はい。デジタル化によって様々な費用を減らしていくだけでなく、マネジメントのあり方そのものも変えていき、組織能力を上げていかなくてはなりません。そして、マネジメントを変えていくためには事務やオペレーション、システムを変えていくことが不可欠なんです。IT部門と事務部門がきちんとコラボレーションしてコストを削減しながら、事務やオペレーションなども全て見直していくというのが、最初のフェーズにおいて最も重要なことになります。

 

「カスタマーセントリック」のための改革

若林:2つ目のポイントであるマインドセットの改革については、どういったタイミングからスタートしたのでしょうか。
杖村:マインドセットについては、銀行の序列主義といった社内文化を変えるところから始めました。頭取や会長を頂点とするピラミッド構造の中で、上に忖度しながら仕事を進めるやり方を変えて、多様性を重視しながら、社員で色々な意見を出しながら進めていくやり方に変えていこうと。いまはそういったアジャイルな仕事のやり方も社員に染みついていると思います。
北國銀行については「ノルマを廃止した銀行」と取り上げられることも多いのですが、これは、上層部が設定したノルマが現場に伝えられて、行員たちがその数字をただ達成することがゴールになってしまっていた現状を変えて、本当にお客さまのニーズや痛みに目を向けた「カスタマーセントリック(顧客中心)」な組織を目指していこうというマインドセットの変革なんです。
若林:そのようなマインドセットの転換は非常に大変でもありますよね。
杖村:はい。一生懸命働いている社員に対して、「過去の働き方はだめだったよね」とか「その考え方はもうだめだよね」といったことを話し合うのは本当に大変なことでした。他にも社内の構造改革にあたって、出世コースと言われていた人事部や総務部をなくしたり、銀行のコアとされる審査部門をなくしていったんです。そこでプライドを持って働いていた人からは当然大きな抵抗を受けましたよ。
若林:そういったことはどのように乗り越えたのでしょうか。
杖村:一言で言うと「対話」です。徹底的に議論をすることが重要でした。店舗の統廃合も、店舗を閉めることで、お客さまからも厳しく説明を求められますし、支店長のポストも約3分の2になりましたから、社内からも当然不満の声が上がりました。本当に大変でしたよ。
若林:そうですよね。
杖村:それぞれのプロジェクトが今後の未来に対してどのようにつながっているかというビジョンを示すことが重要だったんです。そして、ビジョンと現場の社員の仕事が乖離しないためには、サービスの対象を明確にすることが必要です。我々は地方銀行なので、まずは、地元のお客さまや地元の会社の暮らしを良くするために頑張ろうというところからスタートしました。組織の視線をお客さまの方に向けようということです。
若林:そのための最初のステップは何でしたか?
杖村:お客さまと我々銀行の間でどれだけギャップがあるのかを確かめるためにアンケートを取ってもらったんです。紙に記入してもらう定量の調査に加えて、外部の方にフィールドインタビューをしていただきましたが、結果は惨憺たる内容でした。
若林:どのような結果だったのでしょうか?
杖村:営業部門が推薦した、銀行の大ファンだとされるお客さまに対するインタビューでも、「先代から付き合いがあるから利用しているだけ」とか、「人に勧められたから使っている」とか、そのような意見ばかりだったんです。
若林:なるほど。いまは社員のマインドセットを変えていくために専門の部署を置かれているようなことはされていますか?
杖村:マインドセットの部分については、総合企画部が主に担っていて、私もマインドセットについては「発信しろ」と常に言われています。トップからのメッセージが一番響くからと、「週に1回メッセージを出せ」ということで、一生懸命書いていますよ(笑)。
若林:リカレント教育についても同じ部署が担当されているんですか?
杖村:いえ。リカレント教育は人材開発部という、いわゆる人事部が担当しています。リカレント教育は、ITの知識やスキルだけでなく、経営者として必要な資質やスキルといったことも詰め込んでいます。プログラムは、会社内だけでなく、グロービスさんや、ビジネス・ブレークスルー大学さんなどと提携しながら作っています。


インタビューは感染対策を講じた環境で和やかなムードで行われた(AIS撮影)

 

ITベンダーとのフェアな関係

若林:少々話を戻しますが、北國銀行の場合、社内のDXのプロジェクトはどなたの管轄にあたるんですか?
杖村: DXのプロジェクトはトップマネジメント直轄になります。CEOもしくは、COO直轄で進めてきましたね。弊社のシステム部門は「DevOps」、つまり、デベロップメントとオペレーションを一緒に行うやり方を採用しています。これまでシステムの内部では、開発と運用が分断されていましたが、一緒に進めることにしているんです。また、最近ではソースコードを書かずにソフトウェアを開発できる「ノーコード」といった開発手法もありますので、業務側にとっても開発のハードルは低くなってきて
いると思います。DXのプロジェクトは常に現場と一体です。
昔のシステム部門というのは、家で例えるならば、ITベンダーからこんな感じの家ですと、パッケージをボンと与えられて、そのパッケージに対して、対面となるシステム部門が「ここの壁、ちょっと違うから直してよ」とか「ここのキッチンはこういうのに取り替えてよ」といった、いわゆる小さなカスタマイズをして、あたかも自分たちが作った家かのように言っていたんです。「でも、違うでしょ?」と。単にそれは内装を直しているだけで、何も作っていませんよね。そのやり方を変えて、いまは当然のようにアーキテクチャの設計から自分たちでやっています。
若林:内製化して1から設計していくということですね。
杖村:私たちは長い間、システムをオンプレミスで運用してきたのですが、ITベンダーを変えるタイミングで、クラウドに移行するためにベンダーさんとかなり時間をかけて議論をしたんです。議論を積み重ねていった結果、今年のゴールデンウィークに、コアバンキングシステムをパブリッククラウド上にあげましたし、いま動いているサブシステムは、全て1から自分たちで作っているものです。そして、それらのサブシステムもパブリッククラウド上で動かす予定です。このように変えたことで、1、2年、長くても3、4年で、システムの運用コストは劇的に下がると思います。
若林:なるほど。企業がよく理解しないまま、ITベンダーに発注をかけてしまうことで、気づかぬうちにシステムをロックインされ、無駄にお金を垂れ流し続けてしまうなんて話も聞きますが……
杖村:我々は自社で開発も行うので、いまのベンダーさんとはパートナーのような感じです。力関係も完全にフィフティ・フィフティでやっています。
若林:そういった関係のなかでは、具体的にどのようなやりとりが交わされるんですか?
杖村:「お互いに資源を出し合って、一緒に新しいものを作ろう」、「お互いに人もお金も出すけど、できあがった成果はお互いにシェアしよう」といった関係になります。
若林:なるほど。そこまでの関係が構築されるのに、何年かかったんですか?
杖村:2014年から議論を始めて、なんとなく波に乗ってきたと感じ始めたのは、ここ2、3年前からでしょうか。
若林:やはり、経営レベルで動いていかないと進まないということでしょうか?
杖村:そうですね。

 

DXの推進部門は存在しない

若林:社内のサービスをデジタル化するプロジェクトがあった場合に、そのプロジェクトは現場の業務の部門から立ち上がるのでしょうか?それともシステム部門から話を持ちかけるのでしょうか?
杖村:プロジェクトの起案は、あくまで業務側です。現在では、Microsoftの「Teams」というコミュニケーションツールを使って、業務部門の人が「Teams」の中で「こんなプロジェクトをやりたいからチームを作りました。みんな入ってください」という感じで、プロジェクトメンバーを募集し、そのチームにシステム部門やリスク部門が入ってプロジェクトがスタートします。
若林:プロジェクトに参加するメンバーは上層部からアサインするのでしょうか?もしくは、それぞれが自発的に参加するのでしょうか?
杖村:誰かがアサインするということはありません。さらに言えば、最初はチャットのような単位から話し合いが始まって、「そろそろチームに移行しようよ」とチームを作ってプロジェクトが始まる。そのようなイメージです。
若林:デジタル化のプロジェクトが立ち上がったときの条件として、各部署から1人は出さなくてはいけない、といったルールもないということですね?
杖村:はい。ただ、「こんなふうにやろうよ」と声をかけるのはトップからです。そこは上から言うしかないと思っています。下の方から始めようとしても、上司から怒られるだけですから。「何をやってるんだ?余計なことせずに自分の仕事をやれ」と。上から巻き込んでいくことが大事なんです。
若林:上の人間が模範を示していくことで、末端の人間も安心してやっていけるということですね。
杖村:そうです。だからこそ、透明性が非常に重要になります。いまはアイディアを起案した時点から全て見えるようにしているんです。アイディアのゆるい段階から見せることができるというのは、実はとても楽なことなんですよ。現場で完璧な飛行機を作ろうとして、何段階も経たアイディアを1カ月後に上層部に上げてみると「船って言ったじゃないか」と却下されてしまったら、悲惨なことですよね。そういったことがないように、最初からアバウトにアイディアを提案できる環境を作っておいて、毎度確認しながら仕事を進めるようにしています。
若林:はい。
杖村:よく「杖村さん、おたくはどうやって新しい企画作ってるの?どこのコンサル使ってるの?」とか、「どこの欧米の銀行を見ているの?」と聞かれるんですけど、「いえ、自分たちで議論して、良いと思ったらやります」と答えるんですよ。どこかの戦略系コンサルに頼むか、欧米の先進事例を真似することが戦略だと思っているところが多いんですけど、それは戦略ではありませんよね。

 

縦割りと横串がメッシュになる

若林:そういった新しい戦略や企画は経営企画部門のような部門が一元的に管轄して行っているんですか?
杖村:いえ。各部署がそれぞれ実行していくようにしています。やはり、サービスの起点はお客さまなので。お客さまのニーズ、不満というのが一番の起点になります。
若林:なるほど。
杖村:私たちはDXの推進部門やプロジェクトチームというものを作っていないんですよ。決まった部門やチームを作ってしまうと、そこでコンフリクトや分断が起きてしまうんです。俺には関係ないやという感じで。
若林:システム部門にあたる部署はあるんですか?
杖村:はい。ありますが、組織図的には横並びになっています。オフィスもオープンフロアなので、どこまでがシステム部門なのかどうかもよく分からなくなっています(笑)。
若林:DXのプロジェクトでよく言われるのが、サイロ化した縦割りの組織に対してデジタルを使いながら横串を刺していく、ということなんですが、北國銀行では「横串を刺す」部分を担うのは誰の仕事になるんでしょうか?
杖村:私たちの場合、いわゆる縦割りのチームに加えて、プロジェクト・マネジメント・オフィス(PMO)という、それぞれの縦割りのチームに横串を刺していく部門があるんです。それぞれのチームは全て「Teams」上に表示されています。
若林:PMOはどのような部門なんですか?
杖村:新商品の立ち上げから、地道なコスト削減まで目的は様々あります。あとは、ESG投資家向けのチームであったり、縦と横がメッシュになって存在しています。コアメンバーもいますが、プロジェクトごとに入りたい人はどうぞ入ってきてくださいという感じで、支店から意見をもらうこともあります。
若林:予算の付き方はどのように決定されているんですか?
杖村:まずプロジェクトのオーナーをきちんと決めて、そのオーナーとオープンに話し合いながら決定しています。話し合いの場には私も全て入っていますし、他の取締役も見られるようになっています。予算はアジャイル的に決定するようにしていて、オーナーが「予算はこれだけかかりますが、どうですか?」と提案して、経営部門がその提案から判断しますが、プロジェクトのフェーズごとに都度判断しながら決めていくようにしています。

 

DXには「終わり」がない

若林:DX関連の領域において、向こう数年の間に銀行として取り組まなくてはいけないと感じていらっしゃることは何でしょうか?
杖村:DX関連について言えば、個人を対象とする、デジタルバンクのプロジェクトを一昨年に立ち上げて、いまは完成度として9割くらいまできています。あと1、2年すれば、銀行の店舗に行かなくても100%スマホで手続きができるようになります。いまは並行して、法人版のサービスも作っているので、法人版ができれば、中小企業も含めて法人のお客さまは銀行に来なくても全ての取引ができるようになるんです。そうなると、お客さまと銀行の関係は、完全にリアルとデジタルが融合して、これまでとは全く異なる付加価値が提供できるようになります。そうすると、銀行の営業形態自体も大きく変わっていきます。いわゆる行員という人たちの仕事のほとんどはコンサルティングになると思っています。
若林:なるほど。
杖村:既にコンサルティング部には100名ほど人員がいて、年間で500件くらいの案件をいただいています。いまはとにかくその領域を増やしていこうと注力しています。
若林:その場合のコンサルティングというのは、いわゆる財務的な困り事を解決することになるんですか?
杖村:いえ、違います。M&Aから、DX、経営計画から事業再生まで、やっていることは戦略系のコンサルティング会社と同じです。ですから、先ほどお話したリカレント教育についても、単なる銀行員ではなく、コンサルタントとしてオーナーシップを持ちながら、経営者の方ともきちんとお話しできる人材を育てていくためにやっています。
若林:すごいですね。DXのプロジェクトには一応ここで完成といった、ある種の終着点のようなものはあるんですか?
杖村:いえ、ありません。
若林:ずっと続くと。
杖村:はい。アップデートし続けなくてはならないプロジェクトです。
若林:なるほど。
杖村:最初は本当に苦しいんですけど、だんだんと変わることに慣れていくんです。昔はよく「いつまで変わり続けなくちゃいけないんですか?」と行員から聞かれまして『それが普通のことなんだよ』と返していたのですが、それも5年ぐらい続きますと、変わり続けていくことに体がだんだん慣れてくるんです。ですから6年目くらいになりますと、変わらないことにかえって不安を感じるようになってきまして(笑)、言われなくとも自発的に「次変える?」みたいな感じになるんです(笑)

 

地道なサービスの改善こそが近道である

若林:DXによって、実際に各行員の業務は減っているように感じますか?
杖村:先ほどお話したように、DXのプロジェクトは常にアップデートがあるものなので、管理職以上の業務量として、増えている部分ももちろんあると思います。ただ、時間外労働は、これまでの10分の1以下になり、確実に減っています。支店の人たちも平日は5時とか5時半あたりに帰っていますよ。有給も今年15日以上取っていますし、テレワークも入れたらかなりの日数になると思います。
若林:そうですか。
杖村:会議のあり方も変わってきています。これまでは経営会議でもキチッとした書類をまとめて、「てにをは」まで何回も確認していましたが、いまは「こんな案件です。ここ見てください」とメモにまとめて、質問内容や資料に関しても事前にまとめるようにしています。
若林:最初は心が折れそうになる瞬間もありましたか?
杖村:そうですね。支店で毎日お客さまと対面しているだけで大変なんですよ。オペレーションのやり方やシステムを変えていくとなれば、支店の職員は、ただでさえ大変なところに新しいことを覚えなくてはなりませんので最初は苦痛ですよね。ただ、それが使えるようになることで、ひとつずつ楽になっている感覚がちゃんとあることが重要で、昔は手書きで入力していたものが自動的で反映されるようになったりとか、そういった改善を地道に積み重ねるしかないんですね。
若林:ある期間においては、既存のシステムと新しいシステムが並走してしまうようなこともありますよね。そういった期間においては、むしろ業務が増えてしまうようなこともあるかと思います。おそらく、いま多くの自治体ではそれが起きていると思うんです。IT化に向けた色々な動きとFAXで行われる日常的な業務が共存しているような状況です。
杖村:そういった時期もありました。例えば、いまから7年前に勘定系のシステムを変えたときはまさにそのような状況で、社内からもかなり不平不満が出ましたね。
若林:そのような不満はどのように乗り越えていったんですか?
杖村:次の2年で、絶対にもっと進化させるからと発信しました。そうやって時間を切るのはとても重要なんです。先ほど述べたように、未来に対してこのように向かっていると繰り返し話すことに加えて、その目標にかかる具体的な期間を区切っていくことも非常に大切です。
若林:いまの日本におけるデジタルの現状について考えると、技術的に大きな欠陥があるとは思えないんです。ただ、やっぱり気になるのは、ITベンダーの問題で。シンガポールは、行政府のデジタル化をラディカルに推し進めたことで、国内のITベンダーの売り上げのおよそ3分の1が減り、政府は国内のITベンダーから憎悪に近い感情を向けられているそうなんです。ただ、それは行政府のデジタル化をしっかりと進めようと思えば、日本でも必ず起こる話で。
杖村:3分の1ですか......
若林:例えば、行政のシステムを一つにして、売り上げが吹っ飛ぶなんてことがあれば、ITベンダーは許してくれませんよね。必死に抵抗するはずです。
杖村:それには、やはり構造改革のための費用を政府が出さなくてはならないでしょうね。先ほど述べた通り、DXとは構造改革であり、社員や職員のリカレント教育が絶対に必要です。これから行政のシステムを全面的にアップデートしていくなら、それに伴って、ITベンダーの構造改革もサポートすることが必要になると思います。いまでもオンプレミスで運用を行っているベンダーは多いですから、国のシステムをクラウドに移していくなら、ITベンダーの構造改革もサポートしなくてはならないのではないかと思います。
若林:そうですよね。ただ、マインドセットの変革は、サービスの作り手の意識改革だけでなく、最終的にはエンドユーザーのマインドセットも変わっていかなければ、サービスは使われないですよね。つまり、行政府は、自分たちが作るサービスを契機にして、社会そのものを変えていかなきゃいけないということです。それはかなり大変なことだと思います。
杖村:おっしゃる通り、大変です(笑)。一つの部署や取引先だけが変わるだけではだめで、それを連鎖させなくてはいけないんです。
若林:行政府におけるほぼ全ての部門の人間が外部に対して働きかけていかなくてはならないということですよね。
杖村:はい。それを実現するには、しっかりとしたビジョンが揃っていることが絶対条件になりますね。
若林:日本ではマイナンバーカードを普及させるために様々な試行錯誤をしている訳ですが、海外を見ても、個人IDの普及のような話はどの国も苦労しているのが現状です。ユーザーのマインドセットを変えていくことがどれだけ困難かということは強く感じます。
杖村:やはり、サービスとして便利だという認識が普及させていくためのドライバーになると思います。繰り返しになりますが、便利だと思えるサービスを作り続けることが重要です。

 

デジタル化でなく、サービスを作ること

若林:なるほど。ITやデジタルテクノロジーが広く普及した社会では、これらのテクノロジーの恩恵を受けられる人とそうでない人の間に格差が生まれること、とりわけ高齢者が社会から取りこぼされてしまうのではないかという懸念が課題の一つとして挙げられていますよね。
杖村:UI、UXのレベルを上げること、あとは、デジタルテクノロジーを使いこなせない人に対するサポートの体制を整えることが重要です。UI、UXの質を上げて、使うためのハードルを下げた上で、使い方が分からない人に教えてあげるための体制を作っていくことが必要になると思います。
若林:オーストラリアのニューサウスウェールズ州は、デジタル推進部門をカスタマーサービス庁と呼んでいるんです。つまり、デジタル化というのはあくまで過程の話で、カスタマーサービスのレベルを向上させていかなくてはならないということが念頭に置かれています。
杖村:その場合のカスタマーサービスを向上させるということは、いまあるサービスのUXをいかに向上させるか、そして、それらのサービスを恒常的にアップデートし続けられる組織体制を作り出せるかということですよね。
若林:はい。そういったことになるんだと思います。デジタル庁のような行政府におけるデジタル推進部門とは、何をする部門だと定義づけることが可能だとお考えになりますか?
杖村:国民1人1人、企業1つ1つに対して全てユニークな番号を振り分けていき、デジタルを使ってそれぞれに関わる様々な要素をいかに効率化していくかということだと思います。そして、効率化したことで余ったお金を色々なところに活かしていく。それが重要になるんだと思います。
若林:なるほど。DXというのは現状マイナスになっているものをせめてゼロに持っていこうというところがスタートになるのかなと思うんです。つまり、コストがかかりすぎていて、人も増やせず、結果的に業務量がどんどん増えてしまっている状態にある領域を変えていきましょうということです。
ただ、効率化することでマイナスを減らしていくことと、そこからさらに付加価値を与えていくことは、おそらく違う発想や考え方が必要なはずで、別に考える必要があるものだと思っています。デジタル化すれば、すぐに付加価値が生まれます、というような言い方がとても多いような気がするんですが、デジタル化するだけでなくサービス化しない限りは価値を生み出すことはできないですよね。
杖村:おっしゃる通りです。デジタル空間では全てのものがユニークに扱うことができますから、コロナ対策で注目されている医療の問題に関しても、全てユニークに情報を集めて、どの患者が1年間にどれだけ薬をもらっていて、どんなお医者さんにかかっているのかといった情報が集められるようになります。そういった発想から新たにサービスを作っていかなくてはなりません。
若林:はい。
杖村:デジタルに関することだけではありませんが、日本は議論をしなさすぎな国だと感じるんです。それには色々な理由があると思うんですが、やはり10年後、20年後にこういう国にしようというグランドデザインをちゃんと出して、それをもとに議論を重ねていくのが大事だと思います。日本は局地戦ばかりやっているような感じがします。
若林:まさに北國銀行でのDXのプロジェクトをお伺いしている中でも、対話と議論の重要性を強く感じます。
杖村:はい。透明性のある議論と対話がなければ、DXは成功しないでしょうね。


北國銀行東京支店にて(AIS撮影)