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2022.06.10

2022年6月号 特集 諸外国政府における デザインシステムの導入・運用

一般社団法人行政情報システム研究所
主席研究員
狩野 英司

Public Intelligence Japan株式会社
CEO
エスベン・グロンデル

1.行政にとってのデザインシステム

 行政にとって、ウェブサービスは今や役所の窓口に代わり、住民との第一のタッチポイント(接点)になりつつある。そのタッチポイントは、デジタル技術の発展と行政を取り巻く環境の変化に伴って、急速に多様化・複雑化が進んでいる。この状況は、利用者に「いつでも、どこでも」サービスを受けられる恩恵をもたらす一方で、同じ内容の操作(例:ログイン)であるにもかかわらず、組織や部門によって表記や手順がまちまちであることによる不便やストレスをもたらしている。サービス提供側としても、同じパーツや説明文を、組織ごと、部門ごとに都度オリジナルで作るのは効率が悪い。こうした課題認識の下、近年、行政機関で取り組みが始まったのがデザインシステムである。
 デザインシステムをデジタル庁は、「あるべきデザインを一貫性を持ってユーザーに提供するための仕組み」とし、「具体的には、デザインを作成する際の考え方としての「デザイン原則」や、フォントや色の種類、ボタンやフォームなどのコンポーネントが定義されている「UIライブラリ」、それらを運用するためのルールなど、様々な構成要素を含んでいます」と解説している1。デザインシステムには一定の定義はないが、先行して取組みを進める諸外国政府においても、各国間で個別の構成要素に本質的な差異はない。
 デザインシステムの導入はウェブサービスを主たる事業とするIT企業から始まり、B to Cの事業を持つ一般の事業会社へ、そしていま、行政機関へと広がりつつある。デザインシステム導入の狙いと効果として、後述する調査研究でインタビューに対応いただいた三井住友銀行は、次の3点を挙げている。
・体験の一貫性の担保
・アクセシビリティ
・コミュニケーションコストの大幅な削減
これらは、行政にもそのまま該当する。むしろ多様なサービスを抱え、デジタル化の波にさらされている行政こそが、こうしたメリットを最大限に享受できる分野といえる。デザインシステムの構築は、今後、行政機関にとって避けて通れない課題となってくる。

1 https://digital-gov.note.jp/n/n78f6a2f82e48

 

2.デザインシステムを巡る課題認識

 デザインシステムがもたらす価値については、説明を受ければ誰しも納得する。しかし、それを実際の活動に落とし込み、さらにそれを持続させることは容易ではない。デザインシステムの導入にあたり、多くの機関が直面するのは、次のような課題である。
•デザインシステムが公式活動として認知してもらえない
•十分な人員を確保できない
•安定した予算が手当されない
•活動のモメンタム、モチベーションを維持できない
•現場でデザインシステムを受け入れてもらえない
 また、こうした課題への対処を含め、デザインシステムの導入・運用の取組みは、それぞれの組織が置かれた背景や制約条件によって大きく異なる。そこで、行政情報システム研究所では、今後、デジタル庁をはじめとする行政機関や地方自治体がデザインシステムの導入に取り組む際の手掛かりを提供するため、諸外国政府において、デザインシステムがどのように企画・開発・運用を行っているのかについて調査研究を行った(表1)。

表1 「行政におけるデザインシステムのあり方に関する調査研究」の概要

(出典)著者作成

 本調査研究では、諸外国での取組みを企画・開発・運用の各段階を通じて把握・整理するとともに、そこから得られる知見を、デザインシステムに初めて取り組む組織とすでに取り組んでいる組織に分けて示唆を整理した。これにより、国内/国外、国/地方を問わず、デザインシステムに取り組む行政機関にとって、広く一般的に参考となるよう努めた(本報告書は、英語版も公開している)。2そのうえで、最後に日本の行政固有の課題を整理し、優先的に取り組むべき課題と施策を提示した。本稿は、同調査研究の過程で得られた知見に基づいている。

2 https://www.iais.or.jp/reports/

 

3.各国における取組みの実態

 デザインシステムの導入・運用の進め方は、各国政府によって共通する点、異なる点がある。ここでは、取組みの実態を体制・アプローチ・エンパワーメントの3つの切り口で表2~4のように整理するとともに、それぞれの論点について各国での経験から得られた教訓を導出する。
(1)デザインシステムの推進体制
 デザインシステムの導入・運用は、人間中心の活動であり、どのようなメンバーが、どのような形で、どのような思いで参加したかが成果に直結する。プロダクトとしてのシステムを構築すれば済むものではないことに注意が必要である。デザインシステムは一般に、製品やサービスがユーザーからどのように見え、どのように経験されるべきかについてのデザイナーとチーム間の合意であるとされる。そうした合意形成は、当事者たるユーザー機関の主導なしにはなし得ない。そして、チームへの関わり方は、国・組織によってかなりの違いがある(表2)。

表2 各国の比較:デザインシステムの推進体制

(出典)著者作成

① チームビルディング
 チームビルディングに際しては、参加者全員がデザインシステムが進む方向性を理解し、適応していくことが重要となる。デザインシステムの立ち上げに必要なメンバーは少数である。しかし、関係するコミュニティの参画とともに、その役割は拡張していく。そして、デザインシステムが成熟して守備範囲が広がり、実践を積み重ねるにつれて、チームに求められる役割も変化していく。マイルストーンとユーザーコミュニティのニーズに基づいて、現在と将来のチームの役割を検討することが求められる。
② 外部人材
 外部専門家はデザインシステムの導入において重要な役割を果たす。こうした人材は、デザインシステムに関して実地の経験を持っており、コミュニティの形成においても主要な役割を担う。デザインシステムにどのような人材が、どのような形で関与しているのかを認識し、最も効果的な方法でそのインプットを受け入れることが重要である。こうした人材とオープンに関わり、信頼と参画への熱意を得ることが求められる。
③ コミュニティ
 デザインシステムを取り巻くコミュニティを形成することが成功の鍵であることは、多くの機関が一致して指摘するところである。しかし、コミュニティをいかに育成し、そのエネルギーをデザインシステムの構築に役立てるかについては、様々な方法がある。コミュニティは、デザインシステム固有の背景や環境の中で位置づけるとともに、コミュニティマネージャを置き、あいまいな関係性を処理することが望ましい。そのためには、デザインシステムに関わる関係者をマッピングすることが重要となる。
 また、コミュニティには、(a)政府内の専門家間のネットワーク、(b)自らの関心に基づく参加者からなる国際的なフォーラム、(c)デザインシステムの利用者(サービス提供者)のコミュニティ、(d)エンドユーザー(市民)のコミュニティなどの態様があり、それぞれ異なる役割を果たす。このため、現状のニーズに基づいて、利害関係を持つ潜在的なコミュニティをマッピングしておくことは、デザインシステムの成功に貢献し得る人々を効果的に巻き込むうえで有効である。
(2)デザインシステム推進のアプローチ
 第1章で述べたように、デザインシステムが取り扱う構成要素は国や組織によって大きな差異はない。しかし、それぞれのデザインシステムがどこに重点を置き、どのようにそれを導入・運用するかは、それぞれが置かれた背景や環境によって異なってくる。

表3 各国の比較:デザインシステム推進のアプローチ

(出典)著者作成

④ UI/UX
 デザインシステムによって、共通のUI(ユーザーインターフェース)を志向するのか、共通のUX(ユーザー体験)を志向するのかは、基本的な論点となる。両者は必ずしも明確に区分できるわけではないが、前者は、すべての構成要素を統一し、一貫性を確保することを目指すのに対し、後者は統一されたUIには拘泥せず、ロジックの一貫性を重視する。どちらの方向を目指すのか、そしてどのように進めるのかを組織内で明確化しておくことは、将来の理解の齟齬を引き起こさないためにも重要である。
⑤ ユーザーテスト
 デザインシステムの利用者(サービス提供者)のコミュニティがユーザーテストの結果を円滑にフィードバックできるようにするとともに、テストから得られた知見が全員にとって役立ち、デザインシステムをより良いものとするための枠組みが必要となる。また、デザイン上のすべての意思決定の理由を説明できることが活発で強固なシステムづくりの鍵となる。そのためにも、直接・間接を問わず、ユーザーからのフィードバックが最短距離で行われるようにすることが重要となる。テストの方法は、デザインシステムの立ち上げの準備段階で行う場合と運用段階で行う場合とで、また、国によってもいくつかのバリエーションが見られる。
⑥ ロードマップ
 デザインシステムの求心力は、それに対する信頼に依拠するが、それは透明性と将来のロードマップによって促進される。取組みに透明性を持たせること、将来のロードマップが実直であることは、コミュニティを維持し、後押しするうえで重要である。これに資するのは、ブログの継続、ロードマップの公開、明確な目的を持ったイベントの開催といった活動である。
(3)デザインシステム推進のエンパワーメント
 デザインシステムは、導入したからといって直ちに目に見える効果が発現するものではない。特に行政にあっては、その傾向が顕著である。取組みの趣旨には総論賛成であっても、活動に必要な予算を提供したり、その成果を各部門に受け入れてもらったりすることには常に困難を伴う。

表4 各国の比較:デザインシステム推進のエンパワーメント

(出典)著者作成

⑦ 予算の確保
 調査対象となった機関では、いずれも継続的な予算確保の課題を指摘している。これは、デザインシステムをスモールスタートで立ち上げ、その後、デザインシステムの成長に伴ってより多くの予算を必要とするようになったことで、必要な時に必要な予算を確保するやり方が根付いてしまったことによると考えられる。重要なのは、デザインシステムがもたらす便益そのものだけでなく、独立した部門やチームに対する継続的な予算確保の必要性を意思決定者レベルで理解してもらうことである。そのためには、デザインシステムが正しく理解されるよう、どのように語られ、説明されるかについて認識を合わせておく必要がある。
⑧ 強制力
 デザインシステムは、広く導入されて初めて効果を発揮するが、そこに至る途は様々である。デザインシステムの導入は強制・任意どちらの場合もあり、それぞれメリット・デメリットがある。いずれの場合も、デザインシステムの実装に向けた戦略を立案・調整していくためには、少なくとも主要ユーザー機関の一部との間で、強固な信頼関係を持つことが不可欠となる。
⑨ トレーニング
 デザインシステムは、それをどのように見せるか、あるいはどのように作るかよりも、どのような人々をデザインシステムと関わらせるか、あるいは関わらせてはならないかの方が重要である。そして、デザインシステムがどのように適用されるべきか、あるいはそもそも適用できるかどうかは、デザインシステムへの理解度にかかってくる。
 政府のデザインシステムは様々な背景や環境の下で推進されることから、課題対処の方法を内部で明確化しておくと取組みの前進と支援につながる。どんなサポートが必要とされており、それを提供できるかを検討する必要がある。

 

4.調査結果から得られた示唆

 以上の考察から、政府がデザインシステムを導入・運用するにあたっての一般的な教訓が導出される。これらは、それに取り組む組織の成熟度の段階によって優先度に差異が出てくる。
[A]デザインシステム導入の初期段階
 まず、これからデザインシステムの構築に取りかかる段階の場合に優先的に取り組むべきは次の事項である。
1. UXとUIの一貫性のあり方について十分に意思疎通を図っておく
2. 説得力のある事例によって、早期にデザインシステムのメリットを示す
3. どのようなコミュニティと関わり、誰と協働してゆくのかを明らかにしておく
4. 組織内外の関係者全員がWIN-WINとなる方法を追求する
5. サービスデザインの観点で、デザインシステムによって最終的に何を実現し得るのかを認識する
[B]デザインシステム実行中の段階
 これに対し、すでにデザインシステムを導入しており、改善・発展途上の段階にある場合は次の点にも取り組むことが有用である。
1. コミュニティでのユーザーテストから学びを得て、それをデザインの意思決定へと展開するための枠組みを作る
2. チーム全員が、デザインシステムが今後たどる道筋とそれぞれの役割の変化について理解し、考えるよう促す
3. デザインシステムの技術とユーザーのデザインリテラシーを踏まえて使いやすくしてゆく
4. デザインシステムの中長期的なニーズを検討し、その実現に向けた取組みに意思決定者を巻き込む
5. 中心チームの機動性と先見性を高めるために、コミュニティを拡大し、後押しする
 これらは国を問わず適用し得るものである。我が国行政機関の場合、デザインシステムの取組みは始まったばかりなので、まずは[A]に重点を置くことが望まれるが、その際、我が国特有の状況も踏まえることが必要となる。特に留意すべきは、①政府のデジタル環境は分断されており、ソフトウェアの面でもマインドセットの面でもサイロ化され、ほとんど統合されていないこと、②採用プロセスにおいて、UXデザイナーなどの具体的なスキルや役割が重視されていないこと、③政府のデジタル化の取組みに深く関与しているのは、一部の大手ITベンダーに限られていることである。そして、こうした状態は、次のような具体的な問題を惹起している。
・ウェブサイトが検索性を欠いている。情報の階層が深すぎ、多すぎる。
・政府のウェブサイトのテンプレートが古く、開発者のユーザー理解が不足している。
・ユーザーとの直感的なやりとりができない。
・情報が見つからない。開発チームがエンドユーザーの業務プロセスや運用手順を十分に調査していない。
・ウェブサイトを改善するインセンティブがなく、放置されている。
・調達時にUIやUXが評価されず、機能や金額で落札される。
 本調査研究から得られた知見と、以上の我が国政府の状況を踏まえると、今後、行政でのデザインシステムの構築と導入を進めるにあたっては、まず第1にコミュニティを形成すること、第2に、模範的事例の活用を通じた成長を図ること、第3に、プロダクトではなくサービスとしての建付けを行うことに注力する必要がある。特に、3点目はわかりづらいので強調しておきたい。デザインシステムは、最終的には、政府内外の関係者がより良い仕事をし、ユーザーがよりよく行政を利用するための「サービス」なのである。繰り返しになるが、完成した、静的なソフトウェアであるかのように誤解されないよう注意が必要である。
 行政のデジタルサービスは、行政を取り巻く環境がめまぐるしく変化する中、常に新しい課題に直面し、変化し続けることを宿命づけられている。そうである以上、デザインシステムも変化し続けなければならない。そして、その変化に対応するのはどこまでいっても“人”である。いかに人の理解・共感を獲得し、持続的な活動として人を巻き込んでいけるかに、デザインシステムの成否、ひいては行政のデジタルサービスそのものの成否がかかっているといっても過言ではない。