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2023.08.10

2023年8月号 トピックス 自治体におけるDX人材確保・育成に向けた取り組み

東京都デジタルサービス局
デジタルシフト推進担当課長 兼 デジタル人材戦略担当課長
長岡 翔平

山口県総合企画部デジタル推進局
デジタル・ガバメント推進課課長
林 弘一郎

一般社団法人行政情報システム研究所
主任研究員
平野 隆朗
※肩書は自治体総合フェア2023開催時点(2023年5月19日)

取材・文/小池 千尋(一般社団法人行政情報システム研究所)

 2023年5月17日から19日にかけて『自治体総合フェア2023』(主催:一般社団法人日本経営協会)が東京ビッグサイトで開催された。そのなかで、自治体でのDX人材の育成をテーマとしたカンファレンス『動き始めた自治体のDX人材育成』が行われた。本カンファレンスのイントロダクションでは、自治体のDX人材育成の現況が一般社団法人行政情報システム研究所主任研究員の平野隆朗氏(モデレーター)により共有された。その後、東京都デジタルサービス局デジタルシフト推進担当課長の長岡翔平氏、山口県総合企画部デジタル推進局デジタル・ガバメント推進課課長の林弘一郎氏が、DX人材の確保と育成に先行して取り組む自治体職員として登壇し、取り組みの説明やパネルディスカッションが行われた。そこで交わされた議論は、DX人材の育成に取り組む先行自治体の人材確保と育成に関する施策の推進方法を明らかにし、他自治体にも参考になるものだったため、本カンファレンスの要点を紹介する。

 

1.自治体におけるDX人材育成の状況

一般社団法人行政情報システム研究所
平野 隆朗

 自治体のDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みが本格化しつつある。この取り組みで顕在化したのが、デジタル人材をどう確保するかという課題である。各自治体でデジタルへの知見が深い外部の民間人材を登用する動きは広がりつつある。しかし、DXへの取り組みを強固にするには、庁内でデジタル人材を育てることが重要である。このような背景を踏まえて、本カンファレンスのイントロダクションとして自治体のデジタル人材育成の現況を説明する。
 令和4年度の総務省の調査1によると、DXや情報化を推進するために職員育成を実施しているのは、都道府県で100%、市区町村でも75.3%に上る。さらに、令和3年度の同調査2と比較して、職員育成の取り組みを実施した市区町村は13.4ポイント増えている。このことからも、都道府県だけでなく市区町村でもデジタル人材育成の重要性が高まりつつあると考えられる。
 デジタル人材育成の取り組みとしては、DX・情報化に関する研修を実施する自治体が多い一方で、育成推進のための全体方針の策定を行う自治体も増えている。同調査を令和3年度と比較すると、「DX・情報化に関する人材育成方針の策定」の件数は、都道府県・市区町村ともに約2倍となり、人材育成方針を重要視する自治体が増加中と考えられる(図1)。

図1 DX・情報化を推進するための職員育成の取り組み内容

(出典)「令和3年度 自治体DX・情報化推進概要」および「令和4年度 自治体DX・情報化推進概要」(総務省)をもとに行政情報システム研究所作成

 また、デジタル人材の役割像を定義する先行自治体も現れるようになってきた。総務省の自治体DX全体手順書は、所属や職位に応じた人材育成方針や知識・能力・経験等を設定して体系的な人材育成方針を持つことが望ましい、としている。これらを踏まえ、先行自治体はデジタル人材の役割を定義し、必要とされる知識やスキルを明確化しているとも考えられる。
 こうした現況を踏まえつつ、デジタル人材育成のあり方を探るため、先行自治体である東京都と山口県の取り組みを紹介する。

写真1 モデレーターを務める平野主任研究員

(出典)行政情報システム研究所撮影

1 令和4年度 自治体DX・情報化推進概要
2 令和3年度 自治体DX・情報化推進概要

 

2.東京都が進めるデジタル人材育成の取り組みとデジタルスキルマップの導入

東京都 デジタルサービス局
長岡 翔平

(1)「東京都デジタル人材確保・育成基本方針」の策定
 東京都は、都政課題の解決に向けたデジタル活用の重要性の高まりを受け、「QOS(クオリティ・オブ・サービス)」の高いデジタルサービスの持続的な提供をするためには、「ひと」が重要と捉えている。そして今求められているのが、その「ひと」を確保・育成すると同時に、その能力を最大限に発揮できることである。そこで東京都デジタルサービス局は、2022年2月に「東京都デジタル人材確保・育成基本方針」3を策定し、デジタル人材に関わる様々な制度や取り組みを充実させる基本的な考え方や取り組みの方向性をとりまとめた。

(2)直面した課題
 デジタル人材の戦略的な確保・育成を考えるうえで、2つの大きな課題に直面した。一つめは、デジタルスキルに関する共通言語を定める必要性だった。組織にはさまざまなバックグラウンドを持つ職員がいるため、たとえば「システム」「ソフトウェア」などの用語に対する理解も人によって異なる。こうした関係者間の理解・認識の違いは、人材戦略の検討を進めていくうえでコミュニケーションロスにつながる懸念があった。
 二つめは、庁内のデジタル人材のスキルレベルを可視化し、「現在地」を把握することである。「現在地」が把握できていないと、あるべき姿やビジョンは描けたとしても、現状に即した効果的な打ち手は考えづらい。
 これら2つの課題を解決し、戦略的なデジタル人材確保・育成の実現を目的として作成したのがデジタルスキルマップである。これを活用して、庁内のデジタル人材の現在地、即ちスキルの保有状況を把握する。これにより、組織として優先的に確保すべきスキルを持つ人材の採用や、重点的に伸ばすべきスキルを特定したうえでの育成施策の展開などが可能になると考えている。

(3)デジタルスキルマップの概要
 デジタルスキルマップは、スキルやジョブの共通言語を定義し、それに沿ってスキルレベルなどを可視化する枠組みである。東京都では、スキルやジョブの共通言語を次のように定義した。

●スキル項目とレベル定義
 スキル項目では、22種類のスキルを定義している。「デジタルスキル」と一口に言っても中身は多岐にわたるため、「ITストラテジー」「UXデザイン」など、解像度を上げてスキルを分類している。
 また、レベル定義は、スキル項目ごとに4段階(0~3)のレベルを設定している。「できる」「できない」の2択ではなく、「できる」のなかにも幅があるため、レベル感を的確に捉えることで「現在地」の把握に生かしている。

●ジョブタイプ
 22種類のスキル項目を定義しているが、すべてを最上位のレベル3に引き上げることを意図するものではない。一人ひとりのキャリア志向や組織から求められる役割に応じて、必要なスキルを絞り込み、集中的に伸ばしてほしいと考えている。こうしたガイドの役割も含めて10種類のジョブタイプを定義し、それぞれに必要なスキル項目とそのレベルを整理した(図2)。これを用いることで、目指すジョブタイプに設定されているスキルレベルと、自身のスキルレベルとのギャップが明確になり、優先して伸ばすべきスキル項目を把握できるようになる。

 

図2 ジョブタイプごとに備えるべきスキル項目を定義

(出典)東京都デジタル人材確保・育成基本方針

 

 デジタルスキルマップの具体的な運用フローは、まず職員自身が、各スキル項目に関連する業務経験、プロジェクトで務めた役割や複雑性などを回答フォームへ入力する。その内容をもとにスキルレベルが判定され、ジョブタイプごとの達成度とあわせて、本人にフィードバックを行っている。
 さらに東京都では、形式的にスキルレベルを可視化するだけでなく、さらなるスキルアップに向けた具体的な行動を起こしてもらうところまで繋げるのが重要と考えた。そこで、デジタルスキルマップのフローに1on1ミーティング4を組み込んだ。今後伸ばしたいスキルや学習方法などについてコーチングのスタイルで対話し、自発的な気づきやスキルアップへの行動を促進している。

(4)デジタルスキルマップの活用
 こうしてデジタル人材一人ひとりのスキルレベルを可視化するとともに、データを集計し、組織全体のデジタルスキルの保有状況も可視化している。これにより、スキル項目ごとの総保有者数なども定量的に把握できる。
 ただし、これらはあくまで人材の「供給サイド」のデータである。デジタル人材の確保・育成を戦略的に考えるうえでは、現場で必要とされるスキル、すなわち「需要サイド」のデータも必要となる。そこで各局に需要調査を行い、22種類のスキル項目および10種類のジョブタイプに対する「需要サイド」のスコアも可視化した。そして、需要と供給のバランスや傾向を分析したうえで、デジタル人材の確保・育成における重点分野の特定などに繋げている。
 東京都では、2022年度にICT職を対象としたスキル可視化および需給ギャップ分析の取り組みを行った。現在では、デジタル人材の確保・育成を戦略的に推進していくうえで欠かせないものとなっている。

写真2 長岡氏による説明

(出典)行政情報システム研究所撮影

3 https://www.digitalservice.metro.tokyo.lg.jp/hr/pdf/001.pdf
4 一般的には、部下と上司が1対1で行う対話のこと。東京都の本取り組みにおいては、所属組織の枠を超えて、スキルアップに主眼を置いた対話を実施している。

 

3.山口県におけるデジタル人材の確保・育成について

山口県総合企画部デジタル推進局
林 弘一郎

(1)「山口県デジタル人材育成方針」の策定背景
 山口県では、社会全体のデジタル化の推進が必要という背景から、デジタル化による「地域課題の解決」と「新たな価値の創造」を目指す基本方針『やまぐちデジタル改革基本方針』を2021年3月に策定した。これに基づいて各分野でデジタル改革を進めているが、取り組みを進めるには、その担い手になるデジタル人材の充実が必要である。そのため、計画的・効果的なデジタル人材の確保・育成を目的として策定されたのが、「山口県デジタル人材育成方針」5である。
 この方針は、県がデジタル改革を進める際に、求められる職員像や能力を設定し、必要な研修内容や人事運用上の取り組みを整理したものである。

写真3 林氏による説明

(出典)行政情報システム研究所撮影

(2)求められる職員像と役割
 環境が大きく変化するなかで課題に気づくためには、一人ひとりの職員が課題意識を持ち、主体的な情報収集と分析が重要になる。そのうえで、従来の知識や経験にこだわらず、「県民が満足するサービス」を常に考え、デジタル技術を活用して解決していく姿勢が求められる。課題解決は決して簡単ではなく、試行錯誤を重ねながら、失敗を恐れずにサービス・業務の変革に挑戦し続けることが重要だ。全職員がそれぞれに求められる役割を十分理解し、チーム(組織)としての取り組みが必要である。
 こうした考えのもと、求められる職員像を「様々な情報を収集する探索心を持って、現状の課題を分析・発見し、デジタル技術の活用により、サービス・業務の変革に挑戦する職員」と掲げてデジタル人材の役割を定義した。デジタル人材は、「データマネジメント人材」、「デジタル専門人材」、「デジタル推進リーダー人材」、「デジタル利活用人材」の4区分で役割を定義した。このなかでもデジタル専門人材は、デジタルの専門スキルが特に必要なため、情報職と情報担当職員の2種類を設けた。情報職は外部から採用した人材で、情報担当職員は庁内の情報系部署の職員や本人の希望で配置された職員とし、高度な専門スキルを要する役割を割り当てている。

(3)求められる能力
 デジタル改革の取り組みを進めるにあたり、山口県は利用者目線に立ち新たな価値を創造することも掲げている。高齢者や障害者、デジタル機器に不慣れな方も手軽にデジタルサービスを利用できるよう、デジタル改革を誰一人取り残さない形で進める。同時に、多様な主体と連携・協働して、各主体の持つ知見やノウハウ、新たなアイデア等を採り入れて一体となった取り組みが必要である。
 これらを踏まえ、求められる能力の一つに、サービスデザイン思考を掲げた。これは、サービスの受け手側の立場を考慮して調査・分析を行い、利用者の「本質的なニーズ」に添うサービス・業務を設計・開発する、という意識に基づくものである。

(4)育成について
 研修で必要なスキルを効率的に修得できるように、各人に必要なスキルを抽出して、研修内容を定義するスキルマップを整理した(図3)。そして、研修内容をきちんと体得することが特に重要と考え、ラーニングコミュニティやeラーニングサイトも活用しながら実践に近いワーキングも実施している。たとえば、デザインシンキングの研修では、成果物を知事やCIO補佐官が評価し、実現可能性が高いものは実際に関係部局で実装する、などの取り組みも実施した。
 さらに、デジタル政策や他県の先進事例を幅広く学ぶためにデジタル庁への職員派遣などを実施し、収集した最新情報や最新のソリューションを県の施策に活用している。

図3 山口県のスキルマップの一部

(出典)山口県デジタル人材育成方針

5 https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/uploaded/life/147264_265433_misc.pdf

 

4.自治体におけるDX人材・確保への期待と課題(パネルディスカッション)

東京都 長岡 翔平
山口県 林 弘一郎
(モデレーター)一般社団法人行政情報システム研究所 平野 隆朗

続いて、モデレーターのリードのもと、長岡氏・林氏とのパネルディスカッションが行われた。

- (平野)東京都のデジタルスキルマップ、山口県のデジタル人材育成計画を作成した体制と作成期間を教えてください。
長岡:行政の人事分野に知見の深い職員と、デジタル分野のバックグラウンドがある私の2人で主導して、内製で作りました。原案は1週間程度で固まりましたが、組織としてオーソライズする過程を含めると6か月程度かかりました。人材戦略チームだけでなく、各局や上層部も含めると、全体で2、30人が関わりました。
:デジタル・ガバメント推進課の行政DX推進班を中心に、人事課との育成方針の調整も図りつつ、CIO補佐官からの助言を受けながら策定しました。作成期間は、東京都と同じく6か月程度です。

- (平野)デジタルスキルマップやデジタル人材育成計画の作成で苦労した点を教えてください。
長岡:前例がなかったので、初期段階で上層部に話を上げていく時に少し時間がかかってしまいました。ただ、途中からは、その前例を自分たちが作るところに意義を感じて取り組めました。
:スキルの可視化と、実施した研修をきちんと本人が修得できているのかという点については、今も課題であり、継続して取り組んでいる部分です。

- (長岡)山口県のデジタル人材育成方針で、求められる職員像に掲げられた「探索心」という言葉がとても印象的で、腹落ちするように感じましたが、この言葉をどのように紡いだのでしょうか。
:デジタルでは利用者にどのようなニーズがあるのかを考える、サービスデザインの観点がないと実装が上手くいかない、というCIO補佐官の助言を受け、それをどう取り込むかを考えた結果、「探索心」という言葉になりました。

- (林)市町の担当者の方々とも話すなかで、職員に資格を取ってもらうべきではないか、という意見がありました。東京都では、ITパスポートの取得を促進しているようですが、どのように取り組みを進めているのでしょうか。
長岡:ITパスポートの試験対策を行う研修や、合格者に対して受験料を補助する制度を整えています。資格がスキルの保持や仕事の出来につながるのかという議論は常にあると思いますが、資格取得という目標はモチベーションの持ち方の一つであり、スキルアップ促進の有効な手段だと考えています。

- (平野)東京都と山口県の先行事例を参考にする全国の自治体職員に向けて、メッセージをお願いします。
長岡:真似はオマージュと受け止めますので、ぜひ活用してください(笑)。成果物やプロセスを自治体間でシェアして、お互い高め合っていくことが重要だと思いますので、そうした形で進んでいけたらと思います。
:デジタル人材育成方針も、情報通信技術を取り巻く環境変化やデジタル改革の進捗状況等を踏まえて、適宜検討し見直すことになると思います。そうした際には、様々な皆様のお知恵をお借りしながら進めたいと思いますので、よろしくお願いします。

 

5.まとめ

 本カンファレンスでは、先行してデジタル人材の確保・育成に取り組む2つの自治体の全体方針とスキルマップを整備した背景、具体的な取り組みの実態を知ることができた。行政を取り巻く急速な状況の変化に適応し、市民への質の高い行政サービスの提供を持続するには庁内のデジタルスキルの底上げが不可欠、という話からは強い気概が感じられた。
 近年では、民間人材を登用した自治体DXの推進も浸透しているが、デジタル化の取り組みをより強固にするために、庁内職員のデジタルスキルの向上が重要である。今回登壇された先行自治体を参考に各自治体の取り組みがさらに加速し、着実にDXが進むことが期待される。