機関誌記事(記事単位)

無償

2017.10.10

『行政&情報システム』2017年10月号連載 研究員コラム トランプ政権後の米国デジタル・ガバメントの方向性

一般社団法人行政情報システム研究所
客員研究員 関口 忠

はじめに

2017年1月20日に、ドナルド・トランプが第45代アメリカ合衆国大統領に就任した。オバマ大統領は、IT政策重視の路線を一貫して推進(※1)していたが、トランプ政権ではどのような舵取りをするのだろうか。就任から半年間の動きを見ると、行政のムダの排除、イノベーションの推進、サイバーセキュリティの強化という3つに取り組む姿が見えてきた。本稿ではトランプ政権が取り組んでいる施策について触れ、今後の米国デジタル・ガバメントの方向性について考察したい。

(※1)オバマ政権時代には、連邦CTOや連邦CIOなどの要職の新設や18Fや米国政府デジタルサービスといったIT専門家の登用、また、電子政府・オープンデータの観点では、透明性とオープンガバメントに関する大統領覚書を発表し、Data.govやITダッシュボードなどを立ち上げるなど、精力的に活動を行っている。

行政のムダの排除

行政管理予算局(OMB)は、これまでの米国政府の状況について、「米国政府では従前のルールの見直しや廃止を行わず、直面する問題の対処に対して、新たなルールを作り出し、結果として数多くの重複したルールやプロセスが存在する課題がある。これにより、政府の多くの職員が国民のためではなく、硬直化したルールやプロセスに従って業務を行っている状況であった。(※2)」という見解を示している。トランプ政権では、人員の縮減と行政府の機能の再編成などの行動に取り組むことで、政府の負担を軽減し、政府の説明責任を果たし、より政府を効率的なものにすることを目指している。
具体的な取り組みとして、大統領就任直後の1月23日、大統領は、政府の新規雇用を凍結する覚書を発表(※3)した。これにより、政府の雇用を縮小する長期的計画をOMBが人事管理局(OPM)との協議を経て策定するまで、即時に新規雇用が凍結されることとなった。そして3月16日、大統領は、不必要な、時代遅れの、または機能していないプログラムのための資金援助を撤廃することを提案する予算計画を議会に提出している。さらに、3月13日、大統領は、行政府の再編計画に関する大統領令(13781号)に署名(※4)した。これは行政府の機能を再編成し、不要な行政機関、行政機関の一部、行政機関向けプログラムを排除する計画を提案するよう、OMB局長に指示するものとなっている。これにより、各機関の長は、この大統領令の日から180日以内に再編案をOMB局長に提出すること、その締切日から180日以内に行政府を再編するための計画をOMB局長から大統領に提出することとなっている。なお、計画策定に当たっては、以下の事項を考慮することとされており、政府で実施する必要性があるかどうかについても問われている。
①  政府が実施することが適切か、それとも州、地方自治体、民間部門に任せる方が適切か。
② 他の行政機関と重複しないかどうか。
③  運営費用が公益なものとして正当化されるものかどうか。
④  行政機関やプログラム等の閉鎖または併合の費用が考慮されているか。
また、OMBは、上記を踏まえ、覚書として、各行政機関に対し、4月12日に政府改革と雇用の削減に関する包括的な計画(※5)を示し、6月15日には、政府機関の負担軽減に向け、OMBがこれまで発表したIT、財務、不動産などの管理分野に関する覚書の廃止や修正、効力の一時停止を行うことを発表(※6)している。さらに、7月7日に2019年度(※7)予算ガイドラインを発表し、これまで述べた各種の取り組みについて2019年度予算案に反映することとしている。
これらの取り組みから、行政府の機能の再編成や、州、地方自治体、民間部門への移管等により、行政のムダを排除しつつ、ITを活用し、業務の合理化を図ることで、大幅な行政コスト削減を目論む動きがみられる。しかしながら、各行政機関からの強い反発や抵抗も予想される。

(※2)https://www.whitehouse.gov/sites/whitehouse.gov/files/omb/memoranda/2017/M-17-22.pdfより抜粋
(※3)https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2017/01/23/presidential-memorandum-regarding-hiring-freeze
(※4)https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2017/03/13/presidential-executive-order-comprehensive-plan-reorganizing-executive
(※5)https://www.whitehouse.gov/sites/whitehouse.gov/files/omb/memoranda/2017/M-17-22.pdf
(※6)https://www.whitehouse.gov/sites/whitehouse.gov/files/omb/memoranda/2017/M-17-26.pdf
(※7)2018年10月から2019年9月までを指す。

イノベーションの推進

米国内の産業を活性化し、雇用創出に繋げ、国民の生活の質を向上する政策目標を達成するためには、政府が率先してイノベーションを推進することが重要である。
大統領は、政府、民間、他の指導者層から最高のアイディアを集めて、困難な問題を解決するために、3月27日、ホワイトハウスに大統領の上級顧問などからなるアメリカン・イノベーション・オフィスという組織を設置する大統領覚書を発表(※8)した。アメリカン・イノベーション・オフィスは、政府の業務とサービスを改善し、国民生活の質を改善し、雇用創出を促す政策や計画について、大統領に勧告する役割を担うものとしている。
続いて、4月28日、米国技術審査会の設立に関する大統領令(13794号)に署名(※9)している。米国技術審査会の議長はアメリカン・イノベーション・オフィスの長が担い、政府のIT利用とITによるサービスの提供に関するビジョン、戦略、方向性の調整、大統領への政策決定やプロセスに関する助言などを行うこととされている。そして、これらが大統領令の方針と合致し、その方針が効果的に実施されていることを確実にするように努めることを主な機能としている。
6月19日には、大手IT企業の18人の最高経営責任者、3人の大学長、その他数多くの著名な技術幹部を招き、米国技術審査会が開催(※10)され、米国政府のITの徹底的な変革を導くための議論が行われており、今後も引き続き議論がなされるものと見込まれる。

(※8)https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2017/03/27/presidential-memorandum-white-house-office-americaninnovation
(※9)https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2017/05/01/presidential-executive-order-establishment-americantechnology-council
(※10)https://www.whitehouse.gov/blog/2017/06/21/americantechnology-council-summit-modernize-government-services

サイバーセキュリティ強化

米国政府では、政府機関のネットワークから多くの個人情報や機密データが盗まれており(※11)、それに対応するため、5月11日に連邦政府ネットワークと重要インフラのサイバーセキュリティを強化する大統領令(13800号)に署名(※12)し、5月19日にOMBは覚書として各行政機関に対してガイダンスを発表(※13)した。
行政機関ではあまりにも長い期間、レガシーシステムを利用しており、サポート切れのOSやハードウェアの利用、ベンダから提供されるセキュリティパッチの未適用など、脆弱性があることが顕在化しているものの、対策ができていないものが多く、これらが最もリスクが高いものとされている。大統領令では、大統領が行政機関のサイバーセキュリティリスクを管理する責任を負うものとし、サイバーセキュリティリスクを行政府として管理することが必要であることを強調している。また、各行政機関の長は、直ちに、米国立標準技術研究所(NIST)が作成した「重要インフラのサイバーセキュリティを向上させるためのフレームワーク」を使用して、行政機関のサイバーセキュリティリスクを管理すること、大統領令から90日以内に、国土安全保障局長官およびOMB局長にリスク管理報告書の提出を求めることが規定された。

(※11)著者, 「政府機関に対する米国のサイバーセキュリティの取り組み」『行政&情報システム』2016年10月号が参考となる。
(※12)https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2017/05/11/presidential-executive-order-strengthening-cybersecurityfederal
(※13)https://www.whitehouse.gov/sites/whitehouse.gov/files/
omb/memoranda/2017/M-17-25.pdf

おわりに

トランプ政権の3つの取り組みを見る限り、着実にIT政策の取り組みが行われているものと考えられる。しかしながら、行政府でのイノベーション実現に当たっては、組織再編やレガシーシステムの刷新など、大きな壁が立ちはだかっている。2019年度予算編成において、連邦政府改革を含む取り組みも行われる予定だが、どこまでトランプ大統領がリーダーシップを発揮して、IT政策を加速できるかどうかが、今後の米国デジタル・ガバメント成功の鍵となるであろう。