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2020.12.10

2020年12月号特集 WITH/POSTコロナ時代における行政のデジタル化

武蔵大学社会学部
教授 庄司 昌彦

はじめに

新型コロナウィルスの世界的な感染拡大は、一進一退を繰り返している。本稿執筆時点では、欧米諸国などと同様に日本でも第3波が到来しつつあるのではないかということが連日ニュースを賑わせている。ワクチンの開発が進んでいるというニュースも同時に流れているが、そのワクチンの世界的な普及には時間がかかることが予想され、またその免疫がどれだけ持続するのか、ウィルスの変異がいつどのように起こるのかなど不透明な問題も少なくない。
少なくとも今後数年間は、ウィルス感染をできるだけ避ける「新たな生活様式」の確立を模索していくことになるだろう。また、仮に新型コロナウィルスの抑え込みに成功したとしても、新興国の経済成長により人々の観光やビジネスを目的とした「移動」は長期的に増加傾向であったため、グローバルな人の流れに乗って急速に拡大する感染症のリスクがなくなることはないだろう。
このようなWITH/POSTコロナ時代にあって大きな役割を果たすのではないかと期待されるのがICT(情報通信技術)である。感染状況の把握と伝達、対面や接触を避けた行動の支援、緊急時の業務継続など、ICTの活用がさまざまな場面で試みられている。そこで、新型コロナウィルスへの対応や「新たな生活様式」にむけた取組みとして行政はどのようにICTを活用していくことが求められるのか、またこの機会に進みはじめた「行政のデジタル化」が目指すものは何なのか、などといった議論について可能な限りの整理を試みたい。

情報提供・コミュニケーションの課題

感染症対応に限らず、有事の際に水や食料などの必需品とともにもっとも必要とされるのが「情報」である。地震や水害といった自然災害とは異なり、ウィルスやその感染拡大の状況は目で見ることができない。そのためパンデミックの状況下では行政が発表する情報が現状把握のための重要な手段となり、日々発表される感染者数の推移や、対策のひとつひとつに多くの人が関心を寄せている。また人と人の接触を避けるためにも、リスクを把握したり接触記録を残したりするなど、情報の生成・管理・活用が社会的に大きな関心事となっている。
しかし今回の新型コロナウィルスへの対応では、信頼性の高い情報とそうではない情報が不安や恐怖とともに拡散され、信頼性の高い情報が見つけにくくなる「インフォデミック」が生じた。2020年2月の段階でMIT Technology Reviewは「SNSによって引き起こされた初めてのインフォデミック」(※1)と表現し警鐘を鳴らしていたが、実際には物資の買い占めにつながるような情報や、ヘイトスピーチまがいの言論、怪しげな健康法など、数々のデマが流通している。
特に物資の買い占めにおいては「トイレットペーパーが不足する」というデマ情報よりも、その情報はデマであるという「否定のための情報」がソーシャルメディアとテレビ等のマスメディアで広く紹介されたことが逆に人々の買い占め行動を促したとの分析(※2)が行われている。これは「デマ否定情報はデマ情報よりもシェアされない」という従来の議論と逆の現象であり、榊・鳥海(2018)(※3)は、情報の正しさよりも脊髄反射的に拡散・共有してしまいたくなる情報(ソーシャルポルノ)が広がっているのではないかと考察している。
行政も、こうした社会現象を踏まえたコミュニケーション戦略を検討していく必要がある。正しい情報やデマ否定情報を流せばよいというだけではなく、その情報がソーシャルメディアでどう拡散されるか、マスメディアに取り上げられインパクトが増幅されてより広い層に届くことでどのような効果を引き起こすかということまで考慮することが求められるだろう。

(※1)Karen Hao and Tanya Basu, “The coronavirus is the first true social-media “infodemic””, MIT Technology Review, 2020/02/12
(※2)日本経済新聞・鳥海不二夫・ホットリンクの分析を参照。「真犯人は「デマ退治」否定でも噂ひとり歩き 買い占め騒動分析」日本経済新聞 2020/4/6
(※3)榊 剛史, 鳥海 不二夫, 「ソーシャルポルノ仮説の提案とその観測に向けて」, 『人工知能学会全国大会論文集』, 2018, JSAI2018 巻.

データ活用と官民協働

感染者数や繁華街の混雑率の把握などでは、データの活用が進んだ。日本国内でも感染が広がりはじめ移動自粛要請や緊急事態宣言等の対策が行われるようになった1月から4月までの期間を新型コロナウィルス対応の「初動」段階ととらえると、この段階から政府・地方自治体や企業だけではなく、社会課題に取り組む有志のエンジニア等による活動である「シビックテック」が果たした役割が注目された。
東京都の公式対策サイトでは一般社団法人コード・フォー・ジャパン(Code for Japan)が開発を担当し、データをより多くの人にとって分かりやすく公開することや、データをオープンデータ化し誰もが自ら分析したり活用したりできるようにすること、ウェブサイトのソースコードを公開し他の地域の人々と協力することでよりよいシステムを日本全体で使えるようにすることなどを推進した。この動きに呼応し、北海道や千葉県、愛知県、富山県など全国各地のシビックテック団体や有志のエンジニア等によって地域ごとの情報提供サイトも立ち上げられ、一部は自治体が公式サイトや「公認」サイトとするなど、官民の連携もみられた。日本のシビックテック活動は東日本大震災への被災者支援ボランティアに源流があり、その後も災害時に迅速に協力体制を築き、必要なサイトやアプリを開発するということを何度も経験してきた。また、平時には地域の社会課題にICTを活用して対処しようとする活動や、そのために必要なオープンデータの整備にむけて自治体と協力するなどの活動を続けてきた。こうした基盤ができていたからこそ、今回も全国各地で官民協力の事例が生まれたといえよう。
ただし、シビックテック団体等との協働によるデータ活用では、国や自治体が公表する情報が再利用しにくいということが課題となった。データの定義や形式が揃っていない、機械判読しにくいなど、扱いにくいデータは迅速なサイト開発や情報の更新の障害となる。また自治体によっては使いやすいデータが公開されていないこともあった。こうした、近年の自治体オープンデータ政策において指摘されてきた問題が新型コロナウィルス対応の制約となったケースもある。こうした経験を踏まえて政府は「ベースレジストリ」と呼ばれる基礎的なデータの整備と質的な向上を検討している。
また携帯電話の位置情報を活用した混雑状況の把握などでは、民間企業が保有するさまざまなビッグデータを政府が活用して施策に活かす「B to G」の動きが各所でみられた。政府と民間が協力することでこれまでは把握できなかった情報が流通することになり、データ活用の新たな可能性を切り拓いたといえよう。ただし民間企業のデータを政府が利用する際には、個人のプライバシーに関する問題を忘れてはならない。政府が民間企業のデータを積極的に目的外利用することで「監視国家」化が進むことや、新型コロナウィルスの感染が収束した後も政府は監視を続けたがるのではないかという疑念を込めた指摘も存在する(※4)。政府と民間が連携したデータ活用によって新たな価値が生まれるのは望ましいことであるが、官民連携ではデータを活用する目的や期間、管理体制などの取り決めをしっかり行うとともに、データ提供者などに対する透明性を高めていくことが求められる。
新型コロナウィルス対応は、本格的なデータ活用時代の扉を開いた。そのような社会において政府は、人や組織、場所など社会の基礎的な情報を管理する巨大なデータホルダーであり、大きな社会的価値をもたらすデータ活用者でもある。これまで政府はルール形成を主な役割として担い、データの整備や提供は外郭団体などに担わせることも少なくなかったが、これからの政府は自らが巨大なプレイヤーとしてどのように振る舞うかということが重要になるだろう。信頼性の高いベースレジストリの整備や統計データの作成こそが重要な業務であると捉え、質的向上に努めること、巨大プレイヤーとしてデータ活用が信頼されるようガバナンスを利かせていくことが求められる。

(※4)例えばユヴァル・ノア・ハラリなど。「全文公開第二弾! ユヴァル・ノア・ハラリ氏(『サピエンス全史』ほか)が予見する「新型コロナウイルス後の世界」とは? FINANCIAL TIMES紙記事、全文翻訳を公開」『Web河出』2020.04.07
http://web.kawade.co.jp/bungei/3473/

押印問題と行動変容

新型コロナウィルス対応に関連して大きな注目を集めたのが「押印」の問題である。官民問わず押印が必要な紙ベースの手続があり、感染拡大の収束を待ったり郵送でやりとりしていたりしては時間がかかるため、本来は避けなければいけない「人が動く」ことで対応してしまう人々がいることが、報道などで指摘された。
紙ベースの手続は、(1)「組織内」での決裁や届出などの書類手続と、(2)「組織外」との契約等のやりとりとに話は分けられる。組織内の意思決定や届出等に関しては、紙で証拠を残すことが多く、その際に起案者や申請者、承認者の「本人」がそれを行ったことを示すために署名ではなく押印が行われている。印刷した書類を後から手書きで修正した時に押す「訂正印」など慣習としてずっと残っているものもある。しかしこれらの多くは組織内で完結する問題であり、トップが決断すれば電子化や業務の見直しはできるはずだ。
一方、外部の企業や役所とのやりとりにおいては、相手方に行動変容(紙ベースの廃止、押印廃止)に合わせるよう依頼することは容易ではない。そのため社会的な気運の高まりや政府による促進策などが改革のためには必要であると思われるが、これまでそうしたことは強くは行われてこなかった。2019年に成立したデジタル手続法などにより、新型コロナウィルスの感染拡大以前から、法的根拠のある押印や印鑑の届出は「デジタル手続でもOK」に変わりつつあった。しかし実際には、契約書類や入札における提案書、会計関係の書類、出勤簿、会議の委員就任承諾書など、筆者が知る範囲でも行政から押印が求められることは多数残っていた。会計監査などを理由として、以前と変わらず押印を求めていることも少なくないようである。つまり法的・制度的には印鑑がなくてもよいようになっていても対応が進んでおらず、実態として押印の機会は各所に残っていたのだ。このことが、民間でも押印の廃止やペーパーレス化が一部の先進的な企業にとどまる原因のひとつとなっていたのではないだろうか。
行政手続の電子化やペーパーレスの推進、印鑑の代わりに電子署名を用いるための政府の取組みは20年近く行われてきており、それがなぜ実効性をもってこなかったのかということを考えるべきだろう。これまでは法律ができても、首相が指示をしても、実際には大きく変わってこなかった。今回もそうした失敗を繰り返さないよう、政府・自治体が仕事の仕方を実際に変えること、経済団体や業界団体などが民間企業などの改革を支えることなどが重要である。具体的な事例としては、5年以上前から「申請書等の押印見直し指針」を策定し、「法令等による押印義務付けがあり、引き続き押印が必要な手続き」を除き、約2,000種類の手続について署名を基本とする「署名」又は「記名押印」の選択制などに改めた千葉市の事例や、同様に約2,600種類の手続の見直しを進めた福岡市の事例が参考になる。
代理で本人以外の人が押印できてしまうことや、印影の複製が容易であること、印影を画像にして貼り付ける等のセキュリティ的に問題のある行為が広がっていることなど、技術的にみると、印鑑による意思表示はすでに信用度の低いものとなっている。今後は、表彰状に押す印鑑など文化的な側面から需要があるものにのみ印鑑を使っていくなど、使い分けが必要になるだろう。

強力かつ地道な取り組みが求められる

2020年6月からは政府のデジタル・ガバメント閣僚会議の下に「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」が設置された。「新型コロナウィルス感染症対策の経験を踏まえ、緊急時の迅速・確実な給付の実現など、マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤の抜本的な改善を図る」ことを目的としており、菅政権でも、デジタル改革を担う会議の一つとして位置づけられている。検討課題は(1)マイナンバーカードの利便性の抜本的向上、(2)マイナンバーカードの取得促進、(3)マイナンバー制度の利活用範囲の拡大、(4)国と地方を通じたデジタル基盤の構築(情報システムの統一・標準化、クラウド活用の促進等)、(5)マイナンバー制度及びデジタルガバメントに係る体制の抜本的強化、である。
筆者は(4)の国と地方を通じたデジタル基盤構築に関わっている有識者構成員として、このワーキンググループに参加している。6月末には取り組むべき課題を33項目に整理し、2020年12月には各テーマの工程表を示す予定である。筆者としては、今回の議論は、情報システムの技術的な内容でとどまってはならず、国と地方の役割分担や行政のあり方そのものをIT・データの観点から見直し整理する機会にすべきだと考えている。
ただ、国が取組みを強化し立派な工程表を作っても、改革は簡単には進まない。情報システムと業務を見直し改革していくことには、非常に時間がかかる。情報システムの構築や更新には数年単位の時間がかかるし、システム間の連携を進めるための標準化や共同化にも時間がかかる。さらに、業務の見直しやそれにともなう条例の改正などにも時間がかかる。これらを政府・自治体のあらゆる情報システムと関連業務で進めるとなると、現実的には5年や10年は簡単に過ぎてしまうかもしれない。
「ペーパーレス」というテーマひとつとっても10年ですべての業務の原則ペーパーレス化を実現できる自治体はほとんどないのではないだろうか。業務と情報システムの改革になかなか取り掛からない自治体では、10年後はおろか20年後の2040年になっても、住民に手書きで名前や住所を何枚も書かせ、何度も印鑑を押させ、郵送やFAXで文書をやりとりする非効率を続けているかもしれない。文書のデジタル化も進まず場所にとらわれた業務を続け、データ分析による付加価値も社会に提供できていないかもしれない。そして職員が業務負荷で疲弊しているかもしれない。そうしたことこそ、避けるべきシナリオだ。
悪いシナリオを少しでも避けるためのカギは、各自がそれぞれの場所で仕事の仕方と考え方を変えることであろう。行政のイノベーションの効果は自治体内にとどまらない。行政による「官民のつなぎ目」のデジタル化は、地域社会の生産性向上や新たなビジネスや市民活動の促進にもつながるだろう。行政のデジタル化を梃子とし、社会全体でデータ流通や業務プロセスの改革を進めることが求められる。
筆者が関わっている検討会の議論に対して「意義はわかるが実行は無理だ」という助言をくださる方もいる。たしかに筆者が研究者として歩んできた15年以上の間、行政のデジタル化は大きくは進まなかったという評価は、残念ながら当たっているところもある。一方で「今回こそは進めたい。進めなければ次のチャンスはない」と期待してくださる現場の方も多数いる。今までできなかったことをどこまで実現できるかは不透明であり、すべての目標を達成することはたしかに難しいかもしれない。それでも筆者は5年、10年という長期スパンで自治体が一歩でも多く改革を進めることができるよう、力を尽くしたいと考えている。読者の皆様のご理解とご協力をお願いしたい。