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2022.02.15

2022年2月号トピックス ワクチン冷蔵庫の温度管理を手がけた新潟県の学生ベンチャーIntegrAI、課題解決への熱い思い

株式会社IntegrAI
代表取締役
矢野 昌平

共同創設者
オドンチメド ソドタウィラン
(ODONCHIMED SODTAVILAN)

取材/狩野 英司(行政情報システム研究所)、平野 隆朗(同)、小池 千尋(同)
文/末岡 洋子

 新型コロナウイルス感染症のワクチンは厳重な温度管理が求められる。貴重なワクチンであっても、規定の温度を越えた場合廃棄しなければならない――この課題に対し、新潟県長岡市は、地元の学生が立ち上げたAIベンチャー企業IntegrAIの技術を採用し、ワクチン冷蔵庫の温度管理に係る負担を軽減した。発端は、IntegrAIの「社会課題を解決したい」という熱い思いだ。IntegrAIの代表取締役を務める矢野昌平氏(長岡工業高等専門学校 学科長)と、共同創業したオドンチメド ソドタウィラン氏(以下「ソドー氏」)(同校出身)に、IntegrAI立ち上げの経緯や、行政とベンチャー企業との共創などについて話を聞いた。

 

1 高専の課外活動で現場の課題を知る

- IntegrAIは産業用向けAIカメラシステムを提供するベンチャー企業とのことですが、会社立ち上げの経緯や、システムの背景にある技術について教えてください。
矢野:IntegrAIは、工場や中小企業における業務可視化の最初の部分について、AIを用いたお手伝いをしたいという思いで立ち上げました。人間は、アナログ表示の数字やデジタル表示のメーターを読むことができますが、QRコード、バーコード、センサーに表示されるものは読めません。つまり、人ありきの世界において、インターフェイスは人間にとって可読性を有するものであるべきです。しかし従来、システムを人間にとって可読性が高いように整えた場合、逆にシステムにとっては可読性が低くなるため、データを適切に収集することは望めませんでした。そこで我々は、カメラから画像として取得したメーター情報を、画像認識などを用いて構造化データに変換する技術を開発しました。
 出発点は、私が教師を務める長岡高等専門学校(以降「長岡高専」)のプレラボ制度[1]です。プレラボ制度とは、企業や工場の現場を訪問するなど、企業とのやり取りを通じてものづくりへの興味や学習意欲を高めるという取り組みです。この制度に参加しているある会社の社長から、業務中に生じる面倒な見回りを肩代わりしてくれるロボットが欲しい、という声をいただきました。
 この会社は真空管のポンプの部品を作る会社です。製造過程で1時間おきに温度調整が必要であるため、毎回社員がアナログメーターを確認しに行く工数が生じているとのことでした。しかしいつも部品の発注があるわけではないため、この確認作業について大規模な自動化はできないという課題がありました。この課題に対し、“ロボットが欲しい”という社長の本当の意図をみんなで考えた時、欲しているのは「ロボット」ではなく、温度を監視する「目」であるという結論に至りました。そこで、ロボットの目を作ろうという活動が始まりました。
 AIを使ってはいますがAIはあくまでもツールであり、重要なことは課題の解決です。
ソドー:僕と共同創設者のノムハ君は、会社創業当時、モンゴルからの留学生として長岡高専で学んでいました。技術大国という理由で日本を留学先に選びましたが、憧れの日本でも課題がたくさんあると実感しました。
 プレラボは、地元の工場を訪問してどんな課題が社会にあるのかを自分たちの目で確認し、それを解決する機会となりました。僕らが解決できることは何か?解決のために何を学べばいいのか?というところを出発点として活動していました。

- プレラボには色々なチームがあり、IntegrAIはその1つとしてスタートしたのですね。
矢野:3人程度の小さなグループが、それぞれの取り組みを進めていました。例えば、市役所の共有車がある駐車場にセンサーを付け、共有車を使いたいと思った時すぐに共有車があるかを把握できるようにしました。ねずみ捕りの監視システムを作ったグループもあります。
 ただ、IntegrAIは最初から少し違いました。我々は企業からの補助金を受けて活動していますが、親しくしている会社の方から、IntegrAIのソリューションについて「これは売れる」と言われたんですね。市場にニーズがあることが分かっていたため、開発作業も、他のグループの“やってみよう”というものとは一線を画していました。
 そしてIntegrAIが大きく飛躍したのが、DCON[2]です。DCONは高専向けのコンテストで、ディープラーニングとハードウェアを組み合わせることで創出した事業価値の高さを競うものです。初開催されると聞き、出てみようということになりました。それに向けてIntegrAIのソリューションを大きく改良し、コンテストを通じてビジネスとしての成長性を問うことができました。
 コンテスト出場過程では、クラウドIoT技術を活用したソリューションを提供しているBM&W株式会社[3]にも協力いただきました。BM&W株式会社は現在もパートナー企業であり、渡邉代表取締役には株主としても参画していただいています。

(左)インタビューに答える矢野氏      (右)ソドー氏

[1] 長岡高専「プレラボ制度」 http://www.nagaoka-ct.ac.jp/shisetsu/32082.html
[2] DCON2022「高専制度創設60周年記念第3回全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト2022」 https://dcon.ai/2022/
[3] BM&W株式会社 https://www.bmandw.com/

 

2 想定していなかったワクチン冷蔵庫の温度管理

- 工場向けの“ロボットの目”が、なぜ新型コロナワクチン冷蔵庫の温度管理に使われるようになったのでしょうか?
ソドー:ワクチンを保存する冷蔵庫の温度を適切に管理できず、ワクチンが廃棄されているというニュースを見たベンチャー仲間が、この課題はIntegrAIのソリューションを活用することで解決できるのではないかとニュースのリンクを送ってくれたのがきっかけです。ニュースを見てはっとして、すぐに矢野先生に連絡しました。そして長岡市商工部産業イノベーション課[4]の方に対し、IntegrAIの温度監視システムは中小企業向けに作った製品ではあるが、ワクチン冷蔵庫の温度監視もできる可能性があるという話をしました。
矢野:コロナワクチンを管理する設備は、電源の確保について厳格なルールがあります。その1つが、県の管轄で設置される大規模接種会場において、会場に設置されている電源はワクチンを保管する冷蔵庫以外に使ってはいけないというルールです。そこで県でなく長岡市が管轄するワクチン冷蔵庫を使用し、IntegrAIの温度監視システムの有効性を試すことになりました(図表1)。しかし、実際そこには警備員が常駐し、ワクチン冷蔵庫はほぼ24時間温度監視されていたため、警備員に加えて温度監視システムを使って温度監視する意味はあるのか、半信半疑でした。
 ところがいざ付けてみたところ、その日のうちに長岡市担当者の方から感謝の言葉をいただきました。その内容は、温度監視システムから、ワクチン冷蔵庫の温度が1度変わったと知らせるアラートが飛んできたことに感動したというものでした。それまでは、ワクチン冷蔵庫の見回り担当の方が、決まった時間に緊張しながら温度を確認しに行っていたそうです。しかし温度監視システムが入ったことで、ワクチン冷蔵庫に何かあればシステムが知らせてくれるし、確認したい時にはいつでも携帯電話で確認できる――つまり、担当者が感じたメリットは温度が管理できるということ以上に、安心感が得られるということだったのです。台風が来た時も、手元の携帯電話で確認ができ、何かあればアラートがくるので安心だったと聞きました。
 ソドー君は、以前から社会課題に対してなんとかしたいという思いが強く、自分たちが作ったものが世の中の役に立っていることに感動していました。私も誇らしく思いましたね。

 

図表1 (左)温度監視システムの全体像  (右)担当者端末の画面

(出典)IntegrAI公式サイト  https://integrai.jp/index.html

 このように長岡市での実績が認められ、次は新潟県より依頼をいただき新発田市にも導入しました。

- 温度監視システム導入にあたって電源の確保以外に問題はありましたか?またAIの学習用データはどうやって確保しているのでしょうか?
ソドー:電源の確保以外に大きな問題はありませんでした。ただ、最初はメールアラート機能を付けていなかったのですが、長岡市担当者の方よりメールアラート機能が欲しいという依頼があったため、翌日に用意しました。
矢野:このように、システム開発担当者と現場担当者の距離が近いことは、IntegrAIの強みです。温度監視システムを設置した直後こそ、「5」「6」などデジタル表示にした際に見た目が類似している数字は何度か読み取りエラーがありましたが、我々が現場に駆けつけて事象を確認しすぐに対応しました。また運用を続ける中で、AIを継続的に学習させることでエラーは減りました。
ソドー:長岡市の場合、汎用型AIをベースとし、現場設置後に精度を上げていきました。具体的には2日程度学習させ、調整を1日で行いました。
 AIスタートアップにとって、自分たちのAIに学習させるデータセットをいかに確保するかは重要です。AIの精度は、学習データの量や質に影響を受けるからです。
 そこでIntegrAIでは、自社のソリューションが著作権法に抵触しないことを弁護士と確認した上で、インターネット上にある大量の画像データをクローリングして収集し、学習データとして活用しています。また長岡市などとの契約を通じて集めたデータも使っています。

図表2 デジタル文字「6」を正しく認識する学習過程

[4]長岡市商工部産業イノベーション課 https://www.city.nagaoka.niigata.jp/sangyou/cate14/

 

3 立ち上げから最初の顧客まで、長岡市が支援

- 長岡市の支援を受けたとのことですが、ベンチャー企業が行政に期待することはどのようなことでしょうか?
矢野:起業という選択肢を意識するようになったのは、DCONへの出場の頃からです。一方で、会社を作ることについては体系的に示された段取りはありませんでした。そこで、長岡市が用意する「NaDeC BASE」[5]を活用しました。
 NaDeC BASEとは、長岡高専と長岡市にある4大学がそれぞれの特色や専門性、自由な発想を融合して、新産業の創出や次世代人材の育成を図ることを目指した拠点です。ここに創業支援ネットワークとして、長岡市、長岡商工会議所、日本政策金融公庫などの金融機関、起業支援センターCLIP長岡[6]などが連携し、起業に係るプロセスを総合的に支援する仕組みがあります。この中で、起業する上での各種手続き、税金、補助金、事業計画や収支計画などを幅広く教えていただきました。
ソドー:特に長岡市商工部産業イノベーション課の支援は手厚く、市が委託した経営コンサルに4回まで無料で相談できました。この中で株式会社の定款の作成方法などに関してサポートを受け、登記の費用も半額になりました。
 これに加え、同課には最初の顧客獲得の部分で大きく支援いただいたことは本当にありがたかったです。顧客獲得は、BtoB企業にとって最初の難関です。当たり前のことですが、企業にとって信頼がないベンチャー企業の技術を採用することはリスクを伴います。IntegrAIの顧客第一号は地元の工場でしたが、これも長岡市につないでいただきました。
矢野:インターネットで情報が広く得られる今の時代において、こんな会社がある、こんなことをやっているということは簡単に周知できます。しかしそれがビジネスにつながるかというと難しい。長岡市には、実績も後ろ盾もないベンチャー企業だが市としては応援したい、という勢いで応援していただきました。そのような支援なしに我々ベンチャー企業が顧客一社目を獲得することは難しかったはずです。

- 現在の活動や今後の計画について教えてください。
ソドー:現在、IntegrAIの中で4つのプロジェクトを進めています。顧客規模としては、大企業もあれば、中小企業もあります。最初に課題解決を請け負った企業が製造業だったということもあり、製造業からの問い合わせをよくいただきますが、問い合わせ元企業の業種は化学、機械・組み立て、食品など様々です。
 あわせて、正式なプロダクトリリースに向けて取り組んでいます。これまで導入したシステムは試験導入という形で設置しており、顧客からのフィードバックを受けて製品に足りないところをブラッシュアップしてきました。まもなく正式リリースを迎えられると思います。
 製品のイメージとしては「Google Nest Cam」[7]のBtoB版です。Google Nest Camはかわいい外観をしていますが、現時点では製造業で使われるカメラにデザイン性で優れたものはありません。そこで、本製品はGoogle Nest Camの製造業向けソリューションとして展開していきたいです。
 プロダクトラインアップとしては、AIが動作してメーターや機械ディスプレイに表示されている情報を収集するエッジデバイスをベースとし、その上にクラウドストレージや(自社のサーバーでデータを持ちたい場合)データ連携などのオプションが付いているものを提供予定です。
 会社が大きくなれば、色々な事業に手を広げられると思いますが、現在考えているのは遠隔操作を活用したソリューションの開発です。携帯電話から現場の状況を把握してすぐに対応することができれば、工場が抱えている問題を解決できると考えるからです。

- ソドーさんとノムハさんは長岡高専を卒業し、それぞれ大学で学ぶ学生でもあります。将来はIntegrAIの事業に専念するのでしょうか?
ソドー:現在まで、学業第一でIntegrAIの活動を続けてきました。今後は学業とIntegrAIの事業、どちらかに絞らなければ納得のいく結果が出せないというタイミングが来るまで両立に挑戦したいです。必要に応じて、IntegrAIにはメンバーも追加していきたいと思っています。
矢野:IntegrAIという社名は、数学の積分である「インテグラル(integral)」と「AI」を組み合わせています。この名前には、社会経験も実力も浅い学生がお互いに力を合わせ、周りとつながり、積分されることで世の中に実在する「形」を作るという意味を込めました。長岡高専のプレラボからスタートした課題解決プロジェクトが起業に至り、顧客を持てるまで発展した背景には、長岡市の支え、DCONをはじめとする経験や知識のあるメンターがあるからです。
 ソドー君とノムハ君には起業時に、学べる間は学べる機会を逃してほしくないと伝えています。“学校で学べることはない”“学校を辞めて起業した”という方もいますが、勉強は起業すれば終わりではないと思います。イチかゼロかではなく、両方のいいとこ取りをしてほしいし、日本から出て勉強したいのならぜひ行ってほしい。新しい技術をどんどん吸収して、会社としても成長していきたいというのが私の思いです。
 IntegrAIにはメンバーが3人いるので、誰かが勉強で忙しくなれば残りがサポートしますし、周囲に助けてくれる人がいます。いい研究成果が出た時は、ニュースリリースよりも論文発表するような企業でありたいですね。

[5] NaDeC BASE(ナデックベース)長岡市のコワーキングスペース・イベントスペース・ものづくり工房 https://www.nadec-base.jp/
[6] 起業支援センターCLIP長岡 https://www.kigyousien.or.jp/
[7] Google Nest Cam https://store.google.com/jp/product/nest_cam_indoor?hl=ja