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2024.02.01

2024年2月号 トピックス メタバースを活用した長期無業者就労支援

福岡県 福祉労働部 労働局 労働政策課
就業支援係長
占部 真示

主任主事
大場 綾乃

取材/狩野 英司
文/森嶋 良子

 福岡県では長期間にわたり仕事に就いていない方に対し、就職等の自立に向けた支援をするため、厚生労働省福岡労働局と共同で設置する「地域若者サポートステーション(以下、「サポステ」という。)」において、来所による個別相談、各種セミナー、就労体験等による支援を実施してきた。しかし、支援対象に含まれる「引きこもり」状態の方への支援が課題となっていた。
 そこで注目したのがメタバースだ。場所を問わず、自室からでも参加できるメタバースは、引きこもり者にとって初めの一歩を踏み出しやすい。2022年度に実証事業としてメタバース上に専用の支援空間を構築、県内2か所のサポステにおいて利活用を行い、一定の効果があるとの手ごたえを感じ、2023年度からは本格稼働を開始した。
 事業実施を担当する福祉労働部労働局労働政策課の占部真示氏と大場綾乃氏に、メタバースが就労支援のあり方をどのように変えようとしているのか、その実態について話を伺った。

 

1.取り組みの背景と経緯

- メタバースを活用した就労支援を実施するに至った背景は何でしょうか。
占部:福岡県では「働く」ことに自信を持てず、一定期間無業の状態にある若者の職業的自立を支援するため、県内4か所にサポステを設置しています。サポステ自体は厚生労働省が全国で展開している施策で、福岡県でも国と連携して事業を実施してきました。サポステでは就職活動をいきなり行うのではなく、働くために必要なコミュニケーションの仕方を身に付けてもらったり、就職活動に当たって自分の適性を知り、多様な職場での体験等を通して自信を付けてもらったりするなど、長期間にわたり仕事に就いていなかった方に対して手厚い支援を行っています。しかし、引きこもり状態でそもそも家から外出するのが難しく、サポステまで足を運ぶことができない方や、継続して通うことが難しい方も一定数います。そこで注目したのがメタバースです。メタバースには場所の制約がないため、在宅で支援を受けてもらうことが可能です。また、アバターを介することで、コミュニケーションに対する心理的なハードルが下がる期待もありました。メタバースを使用することで、より多くの長期無業者の就職や社会参加を実現させることができるのではないかと考えました。

- 本格稼働まではどのような道のりだったのでしょうか。
占部:メタバースを活用した就労支援事業は、全国の自治体においても前例がなかったため、まず2022年度は実証事業としてスタートしました。サポステ利用者等に対し、メタバース上でどのような支援を受けたいか、アバターはどのようなデザインであれば相談しやすいか等のニーズ調査を実施したほか、県内2か所のサポステにおいて、メタバース上に構築した専用の支援空間内で、アバター個別相談や、交流会、ビジネスマナーのセミナー等の支援を行いました。また、あわせて官民学一体となった委員会を立ち上げ、事業の効果検証を行いました。1年間の実証事業の結果、サポステでのリアル型支援と組み合わせ、就職等の進路決定に繋がった方がいたことから、一定の効果があるとの手ごたえを感じ、2023年度から本格始動しました。

 

2.メタバースを活用した支援の概要

- メタバース上の専用の支援空間とはどのようなものでしょうか。
大場:メタバース上に専用の支援空間「ふくおかバーチャルさぽーとROOM(以下、「ふくおかVさぽルーム」)」を開設しています。メタバースのプラットフォームは、SecondLifeを使用しています。利用登録者は、パソコンを使い、ふくおかVさぽルームに入室します。自分の好きなアバターを選び、他者とコミュニケーションを取ることができます。ふくおかVさぽルーム内でのコミュニケーション手段は、音声とチャットのどちらも利用できます。アバターの操作は、主にキーボードの上下左右キーやマウスを使って行います。
 ふくおかVさぽルーム内は、利用登録者であれば、自由に散策することができます。参加者間の交流スペースとしてサロンがあり、サロン内に遮音性のある個別相談室と談話室が2つずつあります(図表1)。サロンの周囲には庭園のような屋外スペースもあります。今年度からは新たに、コンビニエンスストアやオフィス、カフェテリアを模した就労体験エリアもオープンしました。

 

図表1 SecondLife内に開設した「ふくおかバーチャルさぽーとROOM」

(出典)「ふくおかバーチャルさぽーとROOM」Webサイト https://fvsapo.pref.fukuoka.lg.jp/

 

- 具体的に、ふくおかVさぽルームではどのような支援が受けられるのでしょうか。
大場:ふくおかVさぽルームの支援は、ふくおかVさぽルーム利用登録者はどなたでもご利用いただける「バーチャル居場所」、コミュニケーション能力向上を目指し、毎回楽しいテーマを設けて開催する「バーチャル交流会」、ビジネスマナー等の就労に向けた準備を行う「スキルアッププログラム」、ふくおかVさぽルーム内の就労体験エリアで接客練習等を行う「バーチャル就労体験」、サポステ等の支援機関の相談員とアバター同士で話ができる「個別相談」があります。
占部:個別相談や交流会にもアバターの姿で参加してもらいますが、対面時と同様、あらかじめ予約をしていただく必要があります。
大場:交流会には平均して5-6名の参加があり、スタッフも同数程度参加します。操作がわからない人や発言がない人には、スタッフから声をかけて困っていることがないか確認するなど、手厚くフォローするようにしています。

- ふくおかVさぽルームにおける就労支援の基本的な流れを教えてください。対面とメタバースで違いはありますか。
大場:基本的には対面でもメタバースでも、就労支援の流れに変わりはありません。メタバースならでは、という点では、まず、利用者に対し、SecondLifeのインストール方法やふくおかVさぽルームへのアクセス方法、操作方法等について、動画視聴やセミナー形式で丁寧に説明し、理解してもらうための機会を提供しています。次に、公式ホームページからふくおかVさぽルームの利用登録を行うと、利用可能となります。ここからは、基本的に対面での就労支援同様、サポステ等の支援機関の相談員がアバターとなり、個別相談を行うほか、他の参加者との交流会やセミナー、就労体験等の支援プログラムに参加することで、スキルアップを図り、自信を付けていただきます。そして最終的に進路決定に繋げていきます。その間、個別相談を随時実施し、参加者の状況に応じたアドバイス等を行います。

- 対面とメタバースとで、支援は別々に実施するのですか?
占部:ふくおかVさぽルーム内で就労支援を完結しようとは思っていません。現状では多くの就労先でリアルなコミュニケーションが必要となりますので、支援もどこかのタイミングでリアルに切り替えたほうがよいと考えています。最終的に完全なテレワークの仕事に就く可能性もありますが、メタバース内での支援だからといって、そこに絞るということではありません。一方で、対面での支援を主に行いながら、ふくおかVさぽルームでの支援を併用する場合もあります。引きこもり状態の方に主眼を置いて始めた取り組みでしたが、サポステ利用者の中にも、ふくおかVさぽルームの併用を始めた方もいます。家からサポステまでが距離的に遠いため、交通費の負担軽減になるという声もあります。

 

3.メタバースならではの工夫と取り組みの成果・課題

- 企画・運営する中でメタバースならではの工夫はありますか。
占部:交流会では対面と同様の自己紹介やクイズのほかに、メタバースならではの企画も開催しています。先日は庭園の屋外スペースで、運動会を実施しました。アバターを使ったチーム戦のリレーを行ったり、応援をしあったりすることで、競争をしながらみんなで楽しめるスポーツのよさを体感してもらえたと思います。対面で一堂に会して運動をするのは実現が難しいため、メタバースのよさを生かせた例だと思います。また、スキルアッププログラムのセミナーテーマは、利用登録者に興味・関心を持ってもらえるような企画を心掛けています。例えば先日は、対面でのコミュニケーションが苦手な方が多いことを考慮して「ここちよいコミュニケーションの取り方」をテーマにしました。場面に応じた言葉がけを紹介し、コミュニケーションを円滑に進めるための具体的な学びが得られるようにしました。
大場:今年度追加した就労体験エリアでは、スタッフが客役になり、利用者が店員役として接客対応の練習等を行っています(図表2)。対面で就労体験を行う勇気が出ない方も、メタバース上であれば、初めの一歩を踏み出しやすいというメリットがあります。声を出して接客をすることで、会話の間の取り方を学べたという感想がありました。

 

図表2 メタバース上での就労体験

(出典)「ふくおかバーチャルさぽーとROOM」Webサイト https://fvsapo.pref.fukuoka.lg.jp/cando/#virtual-social

 

- ふくおかVさぽルーム内の空間づくりにおいて、特に心掛けていること、工夫していること何でしょうか。
大場:心理的圧迫感を与えない空間づくりを心掛けています。例えば、個別相談室では、相談員と参加者が対面ではなくL字の位置関係に座席を配置することで、話をしやすくするようにしています(図表3)。また、外出が難しい方のために、ふくおかVさぽルーム内の景観を季節に合わせて変更し、飽きずに利用してもらえるよう、工夫をしています。例えば、春は桜、夏はひまわり、秋になれば紅葉、冬は雪景色など季節に応じた景観づくりをしています。交流会の内容も花火観覧、紅葉狩りやお月見など季節を感じられるテーマで開催しています。

 

図表3 メタバース上での個別相談

(出典)「ふくおかバーチャルさぽーとROOM」Webサイト https://fvsapo.pref.fukuoka.lg.jp/

 

- 実際にふくおかVさぽルームでの支援によりどのような効果が得られたとお考えでしょうか。
占部:10年以上引きこもり状態だった方が就労に至ったケースがあります。もともとサポステの利用者でしたが、人前で話すことが苦手で、相手の顔や表情が見えると、反応を気にしすぎてしまい、言葉が出てこなくなることがあったことから、サポステのスタッフがふくおかVさぽルームでの支援を提案しました。アバター個別相談を何度か活用したのち、バーチャル交流会に参加されて、アバターを介して他の人と交流することで、人とコミュニケーションを取る楽しさを思い出し、リアルの場へと踏み出すことができたそうです。現在は、サポステのパソコン講座の非常勤講師として週2日勤務いただいています。対面でのコミュニケーションに不安がある方も、アバターであれば積極的に発言をすることができたり、一歩踏み出すハードルが下がったりするというメリットもあります。アバターを介したコミュニケーションにはそうした可能性があると実感しています。

- 逆に、メタバースならではの課題はあるのでしょうか。
占部:対面でのコミュニケーションと比較すると、個々の発言に対する直接的な理解度を感じ取ることが難しいと感じています。対面の場合は表情から察することができますが、アバターではチャットや音声で明確に「わかりました」と伝えてもらわないとわかりません。操作に慣れていない人もいるので、対面時より丁寧に会話を進めるようにしています。
 ほかに、通信状況やパソコンのスペックなどの動作環境が影響することは避けられない課題だと感じています。サポステのスタッフがサポートを行っていますが、参加者の環境によっては利用が難しいこともあります。サポステ内にパソコンを設置して、そこからアクセスしてもらうこともできるようにしています。

 

4.メタバース空間の企画・運営

- ふくおかVさぽルームの企画や運営はどのように行っているのですか。
大場:事業の企画・運営・メタバース空間構築・保守管理すべて含めて、特定非営利活動法人JACFAに委託しています。事業の推進に当たっては、県とJACFA、メタバースやデジタル技術に知見のある大学教授等の有識者の3者で月に2回以上会議を設けて、実施手法や内容を議論しながら決定しています。若者の自立に向けた就労支援の知見があるJACFAと、メタバースやデジタル技術に知見がある有識者の方々から、助言を受け、メタバースの可能性について探り、検討しながら、事業を進めています。また、利用者の声も取り入れています。今年度追加した就労体験エリアは、まず仮の店舗を何種類か作り、体験者からの意見を反映して最終的に今の形になりました。
占部:3者で話し合う中で、いろいろなチャレンジも生まれています。実際のサポステ空間とふくおかVさぽルームに統一感を持たせる試みもそのひとつです。例えば、サポステの壁に利用者が作成した団扇を掲示していたのですが、その団扇を写真に撮って、ふくおかVさぽルームのサロンの壁にも掲示して、統一感を持たせる空間づくりを行いました。また、スキルアッププログラムのセミナーでは、有識者からの助言・提案を受け、対面時での開催と同様に、ふくおかVさぽルーム内のスクリーンに資料を投影し、参加者のアバターがみんなで見られる仕組も構築しました。

- いろいろなプラットフォームがある中でSecondLifeを選んだ理由は何ですか。
占部:メタバースのプラットフォームは、多種多様なものが開発されていますが、それぞれでその空間の雰囲気やアバターの外見、表情、動作、また他者とのコミュニケーションの方法等に違いがあります。プラットフォームの選択に関しては、関係行政機関、支援機関、有識者の皆様からご助言をいただき、複数のプラットフォームについて、就労体験や交流会に必要なボイスチャット機能、個別相談時の遮音性機能、人とコミュニケーションを取っていると感じることのできるアバターの動作等について、総合的に比較検討し、SecondLifeを採用しました。
大場:SecondLifeは、アバターがお茶を飲んだり、おやつを食べたりといった、細かい動作ができることも特徴です。実際に飲食を行うわけではありませんが、支援に当たっているスタッフから、「引きこもり状態の方の方々にとっては同じ部屋で他者とお茶を飲みながら何気ない会話をするという体験も、他者とのコミュニケーションに慣れるうえで大事な一歩に繋がる」と聞き、コミュニケーションを取っていると感じることができるアバターの細かい動作の大切さがよくわかりました。
占部:行政側としては、当初、個別相談と交流会、セミナーができる場をメタバース上に設置できれば、あとは使い勝手がよく、アバターが親しみのあるデザインであればいいのではないかと思っていました。しかし、他者とのコミュニケーションを感じる何気ない所作も大事だという話を聞いて、飲食ができたり座布団に正座ができたりといったアバターの細かい動作が可能であるSecondLifeが向いているのではないかという結論になりました。

 

5.今後の展開

- 今後はどのような取り組みをお考えですか。
占部:動作環境の課題を解決する方法として、スマートフォンからの利用を可能にするための方策を考えています。まず、現状のふくおかVさぽルームのプラットフォームであるSecondLifeが、モバイル版をリリースする予定と発表しています。SecondLife自体がスマートフォンに対応すれば、解決策のひとつになるでしょう。並行して、パソコンやスマートフォンで利用できる個別相談に特化したアプリ「FukuokaVsapo©」を開発しました(図表4)。パソコンやスマートフォンのカメラと連動して、相談者のアバターが動き、喜怒哀楽が表現できる機能を搭載しています。SecondLifeのアバターは表情の変化をつけることができないので、「FukuokaVsapo©」アプリと併用することで、相談者の心情をくみ取りやすくなり、より相談者のお悩みに寄り添うことができるようになると考えています。
大場:利用者の方が飽きずに継続して利用したくなる仕掛けが今後も必要だと思っています。利用者の声を聴きながらバージョンアップする取り組みを続けていきたいです。
占部:この事業が始まってから2年ほどの間にも技術的な進歩は著しく、ふくおかVさぽルームの中でもできることが増えていきました。時代のスピードや技術進化のスピードに乗って、より面白みのあるサービスを提供することで、利用の増加に繋げることができればと考えています。

 

図表4 個別相談専用アプリ「FukuokaVsapo©」

(出典)「ふくおかバーチャルさぽーとROOM」Webサイト https://fvsapo.pref.fukuoka.lg.jp/

 

- 最後にこれからメタバースを活用した行政課題の解決に取り組みたいと考えている自治体に向けたメッセージをお願いします。
占部:様々な行政課題解決に向けて、メタバースを活用したいと考えている自治体は増えていると感じますが、本当にメタバースを使う意義があるのかどうか、ニーズと合致しているのかを考えて導入することが大事だと思います。プラットフォームの選択についても悩まれると思いますが、それぞれの一長一短を考え、目的に合致するかどうか検討することをお勧めします。
 また、委託先も重要です。我々の場合は就労支援についての経験と知見があり、さらに新しい技術を融合させようという前向きな志を持った委託先と組むことができました。また、技術的な面でも熱心に取り組んでくれる研究者や企業の方と出会うことができました。技術的には優れていたとしても支援現場の実情がわからないと、本当に実現したいことに結び付かない可能性があります。同じ方向を向いて、本当に実現したい理想に向かって共に進んでくれるパートナーとの出会いが成功のカギになると思います。

 

占部 真示(うらべ しんじ)
福岡県福祉労働部労働局労働政策課就業支援係長
大学卒業後、民間企業に約3年勤務した後、2008年福岡県庁に入庁。内閣官房への派遣時には国際戦略総合特区の評価や税制を担当。他にも、事業者の省エネ推進に関する業務や、県庁内の人事等の業務を幅広く経験し、2022年から現職。求職者の就職支援、企業の人材確保支援の両面に関して、事業の企画立案・運営を担当している。

 

大場 綾乃(おおば あやの)
福岡県福祉労働部労働局労働政策課就業支援係 主任主事
2011年福岡県庁に入庁。「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群の世界遺産登録推進や、県内中小企業における働き方改革推進に向けた事業を担当。2022年から現職。「地域若者サポートステーション事業」及び「メタバース活用長期無業者就労支援事業」を担当している。