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2018.04.10

2018年04月号特集 英国政府GDSが牽引するデジタル改革―英国政府教育省CDOマーク・オニール氏講演内容より―

一般社団法人行政情報システム研究所
松岡 清志

1.はじめに

英国政府では、デジタル・バイ・デフォルトでのサービス提供を具体化するための組織として2011年にGDSGovernment Digital Service) が設置され、政府のデジタル改革が進められている。

本稿では、GDSの活動を中心に、英国政府においてデジタル改革がどのように進められてきたか、また現在どのような課題を抱えているかについて、2017124日に当研究所が東京大学公共政策大学院とともに主催した第13回仮想政府セミナー「政府におけるデジタルサービスの潮流:英国政府に学ぶ」において、GDSのイノベーション・サービス提供部門を2011年から2015年まで率い、現在は教育省のCDOChief Digital Officer)を務めるマーク・オニール氏が行った講演内容を基に紹介する。

 

2.GDS設置の背景

ここ10年間で携帯電話からスマートフォンへの移行が進んだように、時代の進歩と共に活用される技術も徐々に変容してきた。英国においてもデジタル改革、さらに破壊的変革(ディスラプション)がこれまでに経験してきたことのないスピードで起こりつつある。

このような中、2010年に当時のキャメロン政権下で内閣府担当大臣であったフランシス・モード氏よりDigital Championに任命されたマーサ・レーン・フォックス氏が英国政府のポータルサイトDirectgovの改善策について報告書を提出した。同報告書には、デジタル・バイ・デフォルトの考え方に基づいて情報公開および政府と市民や企業とのトランザクションのあり方を見直し、政府全体としてのサービス提供を進めるという、電子政府の根本的な転換を促す内容が盛り込まれていた。また、デジタルサービスに関する政府のあらゆる組織が統合されるべきであると主張した。同報告書に対する政府の回答において、デジタル改革に関する中心組織を内閣府に設置する方針が示されたことで、GDSの設置へとつながったのである。

 

3.GDSの活動の萌芽:スカンクワークス

GDSにおけるデジタル改革の端緒となったのがスカンクワークスによる取り組みである。スカンクワークスとは、様々な組織から集まった職員が、所属組織から独立して行う自発的な取り組みを指す言葉である。これまで公共部門で情報技術に費やす額は年間160億ポンドを超えており、しかも時代遅れの技術を使っている状況であった。GDSのスカンクワークスは情報技術の活用方法を見直し、これまで行ってきたことをより安価に実現することを目指して活動を行ったが、その際に重要なポイントとなったのが、これまでの政府IT市場の大企業による寡占状態を改め、政府において情報技術に関する「本質的な」市場を構築することであった。

GDSのスカンクワークスが掲げる目標の主要なものは次の3つである。

・ サービスを構築する際に、通常考えられるコスト相場よりも少なくとも1桁低い金額で構築する。

・ アジャイル型の開発を行う、小規模のサービス提供者としての役割を果たす。

・ 広範な変化を行うことに関して、政府幹部から一定の理解を得られるような取り組みを進める(実際の例:首相向けのサービス構築への関与)

上記の目標に基づき実際に取り組みが進んだ例としては、議会へのオンラインでの請願サイト‘e-Petition’ が挙げられる。GDSは同サイトを8週間で構築し、その際に要したコストはわずか8万ポンド(日本円で約1,000万円)であった。‘e-Petition’は現在では諸外国の同様のサイトと比較して、使用頻度の高いオンライン上の民主的参加ツールとなっている。また、新たなサービスを迅速、機敏に提供するという観点では、政府と市民、企業とのやり取り(トランザクション)に関する25の主要なサービス全てをわずか18か月で改革したことも特筆すべき点である。

 

4.GDS3つのフェーズに亘る取り組み

前章で取り上げたe-Petition25の主要サービス改革をはじめとして、GDSはデジタル改革に関する取り組みを徐々に拡大していった。マーク氏によれば、GDS2012年以降の取り組みは大きく3つのフェーズに分かれる。フェーズ12012年より始められたもの、フェーズ22015年~ 2016年、そしてフェーズ32017年以降進行中のものとなる。

1) フェーズ12012年の政府デジタル戦略策定以降の取り組み

201211月に策定された政府デジタル戦略(Government Digital Strategy)では、次の11の方針に沿って、各機関が協働して政府機関の提供するサービスをデジタル・バイ・デフォルトで提供すると共に、市民向けの政策形成および市民とのコミュニケーションのあり方を見直す方向が示された。

①  省庁のデジタル改革に関するリーダーシップの強化

②  公務員のデジタル能力の向上

③  デジタル・バイ・デフォルト基準を満たすためのサービス改善

④  GOV.UKへの完全移行

⑤  デジタルサービス利用者の拡大

⑥  オンラインサービスを利用しない人向けの一貫したサービスの提供

⑦  中小事業者を含むデジタルサービス供給者の拡大

⑧  デジタル・バイ・デフォルトサービスのための共通技術プラットフォームの構築

⑨  法律面の不要な障壁の除去

⑩  正確で適時適切なマネジメント情報に基づく意思決定

⑪  市民・企業向けの政策形成およびコミュニケーションのあり方の見直し

この政府デジタル戦略を基に、フェーズ1では、まずユーザファーストの観点を政府内に浸透させることに注力し、デジタルサービスの提供方針として、デジタルサービスデザイン原則を策定した。

マーク氏は原則を策定することの意義として、原則について職員や他の関係者と議論し、より良い方法が見つかった場合には柔軟に変更することで、より良いサービス提供に結びつけることが期待できる点を指摘している。

上記のデザイン原則を示した上で、GDSが中心となってユーザファーストの視点からサービス改革を行った。その代表例が政府の各機関が提供しているサービスや手続に関する情報取得を単一のウェブサイトから行うことが可能なGOV.UKウェブサイトである。また、上述した25の主要サービスの改革を進めた。一方、政府内部向けのサービスとしては、政府機関がプロジェクトを実施する際に必要な、クラウドをはじめとする技術や専門家を調達する際に、各企業がどのような製品・サービスを提供しているかを分かりやすく示すと同時に、中小企業からの調達を容易にすることを主眼としたマーケットであるデジタル・マーケットプレイスを構築した。

上記サービス改革の過程は決して容易なものではなく、「ユーザと直接トランザクションのあるサービスを提供していない」、「いずれにしても利用者はサービスを使わざるを得ない」、「ユーザの立場に立ったサービスへ改めるだけの余裕がない」、「このサービスを提供している主体は他にない」といった理由でユーザファーストへの転換に否定的な意見も多く出てきた。GDSは、これらの意見に対してなぜユーザファーストが必要なのかを説明し、サービス提供主体の理解を得るための活動を行いつつ、サービス改革を進めたのである。

 

2) フェーズ2:「プラットフォームとしての政府」に向けた取り組みの推進

フェーズ2では、前フェーズでデジタル改革の取り組みを一定程度達成できたことを踏まえ、次のステップとして組織間での情報共有に注目した。多くの政府機関が大半のプロセスで同じ情報を市民や企業に繰り返し尋ねる傾向にあることは、これまでも感覚的には認識していたが、実際の各手続に係るプロセスを観察した結果、やはり繰り返し同じ情報を尋ねるケースが多いことが明らかになった。そこでGDSが取り組んだのが認証、決済、通知の仕組みの改革である。

認証に関しては、政府自身で独自にIDを振り出すことなく、銀行口座など既に市民や企業が使用している認証と政府サービスの利用時の認証を連携させる仕組みであるGOV.UK Verifyを採用した。GOV.UK Verifyの初回登録は5 15分程度の手続で利用できるようになり、以降の認証は数分で行えるようになったことから、市民や企業の利便性は格段に向上した。決済に関しては、既存の決済プロバイダの仕組みを活用した税や手数料などの支払および補助金などの給付システムであるGOV.UKPayを導入した。GOV.UK Payを利用することにより、クレジットカードやデビッドカードを使用してのオンライン決済が可能となり、給付を受ける際の時間が短縮されたほか、行政機関にとっても処理に係る事務手続の負荷が軽減された。また、通知に関しては、市民や企業に対してeメールの送付やテキストメッセージのやり取りが可能となるGOV.UK Notifyの仕組みを構築し、これまで行ってきた電話や郵便による連絡の削減に寄与した。

このような3つのデジタル改革の取り組みを進める上で鍵となったのがサービスデザインの考え方である。GDSは、既存のプロセスに愛着を持ち継続しようと考える政府内の組織文化をいかに改革するかに注力し、個別の手続がなぜ必要なのかを細かく検証しながらサービス改革を進めてきた。

3) フェーズ32017年政府改革戦略策定以降の取り組み

フェーズ3は今まさに英国政府が取り組んでいることであり、これまで行ってきた改革をさらに掘り下げるものである。2017年に策定された政府改革戦略(Government Transformation Strategy)では、次の3つが柱として掲げられているiv

①  市民、企業、および行政機関内部の利用者体験(ユーザエクスペリエンス)の改善を継続することによる市民向けサービス全体の改革

②  柔軟な方法で政策目標を達成するとともに、チャネル横断で市民サービスを改善し効率性を向上させるための全省庁に跨る改革

③  政策の成果や市民サービスの改革には直接は結びつかないものの、政府がより良く協働し、デジタルがもたらす変化をより効果的に達成するために必要となる政府内部の改革

同戦略に基づき重点的に取り組みを行っている分野はデータ、専門家の採用および育成、オープン化である。データについては、機関ごとにフォーマットの異なるデータが存在したり、機関間でデータが重複していたり、アクセス、管理、利用が困難なデータが存在するといった課題が存在しており、これらのデータを標準化して利活用することで新たな価値を生み出すべく活動を行っている。専門家の採用に関しては、政府で専門家として働くために必要なスキルや業務内容、キャリアパスに関する情報を、データ、IT運用、システム構築、QA(品質保証)テスト、技術、ユーザ中心デザインの各分野の職種ごとに共通の構造に沿って取りまとめ、GOV.UK上で公開している。政府で働こうと考えている人々は、サイト上の情報を閲覧して自分に適した職種を確認することが可能となっている。オープン化に関しては、ソースコード、技術標準、市場のオープン化を行っており、システム脆弱性の除去、サービス提供に係る負担軽減と再利用によるコスト節約、政府のIT市場への参入機会の拡大といったメリットが期待されている。GDSではこれらのオープン化に加えて、これまでの取り組みの延長線上として、政府の提供しているサービスのパフォーマンスに関する情報を公開し、サービス提供の透明性を向上させるといった文化のオープン化を推進している。

これら3フェーズに亘る取り組みの特徴をマーク氏は2点指摘している。まず、組織横断的な取り組みを進める際に、サービスをモジュール化して、技術的に共有可能な部分を市民や企業への実益(ベネフィット)が高いと考えられる分野から組織横断的に展開するというアプローチをとった点を挙げている。2点目として、デジタル技術を活用した課題解決を進めるために、政府横断型でデジタル技術の専門家、サービスデザイナー、一般職員といった多様なメンバが参加したチームを構築して解決に向けた方策を考える‘One Team Gov’イニシアティブを行っている点を挙げている。各チームは最大でも12名と小規模なものであり、教員採用申請手続の改善などのミクロな課題解決を行うことを中心的な任務として活動している。

 

5.おわりに

英国政府で自発的に参加した職員によるスカンクワークスから始まった英国GDSの取り組みは、徐々にその力点とスコープをシフトさせながら拡大していったが、その途上では、政府職員のこれまでのデジタルサービスに関する意識や組織文化といった障壁を1つずつ克服するという苦労があった。このような苦労を重ねながら取り組みを継続している英国政府でも、市民や企業のニーズを未だ充足できていないと認識しており、現在でも160のプロジェクトを進めているが、プロジェクト数の多さに起因する人材不足など、新たな課題も生じている。

我が国でも、201712月に策定された「デジタル・ガバメント実行計画」においてサービスデザイン12箇条が定められ、利用者中心の行政サービス改革が今後進められることとなるが、今回のマーク氏の講演で紹介された、ユーザファーストの必要性そのものに関する関係者への説明と合意形成、サービスデザイン原則を土台としたサービス提供のあり方に関する関係者との議論、既存の民間サービスの活用、政府を横断した多様なメンバで構成されるチームによる課題解決、明確なスキル基準を設定した上での人材採用・育成といった特徴は、我が国にとっても参考になる部分は小さくないと考えられる。