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2018.06.10

2018年06月号連載企画 海外公共分野ICT化の潮流 No.6 インタビュー:デジタルホスピタルの実現に向けてカナダ・保健医療福祉標準化機構でのCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)の取り組み

カナダ保健医療福祉標準化機構
CDO エイミー・イー

カナダのHealth Standards Organization(保健医療福祉標準化機構:HSO)でCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)を務めるAmy Yee氏。2015年にオタワビジネスジャーナルが選ぶアンダー40のビジネスマントップ40に選ばれ、イントラネットやガバナンス、ユーザーエクスペリエンスなどの分野においてパブリックスピーカーとしても注目されている。HSOは医療や保健福祉分野のクオリティ向上を目指しており、人々の生活に密接に関わる医療や福祉部門の業務をデジタル化し、サービスを向上させるため、Yee氏は、北米で取り組みが進む「デジタルホスピタル」の推進に向けて、CDOという立場で組織全体の変革に取り組んでいる。Yee氏がCDOとしてどのように組織改革に取り組んできたのかについて話を伺った。

 

――デジタルホスピタルとはどういう環境を指すのでしょうか。

イー氏:病院のような多岐にわたる部門を持つ組織では、デジタルを活用できるチームや部門ごとに知識レベルが異なったり、導入できる環境が整っていなかったりすることが多々あります。

デジタル化を行うことで間違いなく病院内の様々な処理スピードをあげることができますので、これをいかに各部門で同じスピードで実現していくかがデジタルホスピタルの実現において重要なポイントだと考えています。

中でも一番重要なのは相互運用性です。一つのプラットフォームがあり、そこに様々な部門の技術や情報といったものがつながっていくイメージです。院内の各部門におけるユーザーエクスペリエンスが向上する形をとりながら、全てのサービスやデータが相互に運用できるようなシステムとして作り上げられていくのがデジタルホスピタルです。

北米における最も先進的なデジタルホスピタルと言われているのがオンタリオ州にあるハンバーリバーホスピタル(Humber River Hospital)です。ここはほぼすべてのサービスがデジタル化されている病院です。例えば、処方薬を患者に届けるというサービスもロボットが行ってくれます。ドクターやナースが院内のどこにいるのかがタブレットや院内のサイネージでわかるようになっていたり、診察室の前にはデジタルサイネージが出ており、各診察室でどの先生が診察を行っているのかが一目でわかるようになっていたりします。患者一人ひとりに対して、患者が現在どこにいるのか、診察のどの段階にいるのかを家族などの関係者へテキストメッセージを送る仕組みも導入しています。手術を受けている患者であれば、現在手術が始まってどのくらいの時間が経過しているのか、いつ手術が終わるのかなどの情報が待機中の家族へ届けられます。こうしたデータと病院の機器やIPアドレスがプラットフォーム上でつながって運用されています。

デジタル化を進める過程で、ユーザーエクスペリエンス向上の一環として病院のデザインを刷新し、より洗練された環境に優しいデザインを導入しました。また、フロアデザインを変更し、院内のアクセシビリティを向上させました。今までのフロア配置ではナースの方々は総移動距離として一日当たり約12キロメートルもの距離を歩かなくてはならなかったのですが、その距離を短くし、負担を軽減できるようなデザインを行いました。

 

――デジタルホスピタルにおけるデータ活用について教えてください。

イー氏:デジタルホスピタルにおけるデータの活用ですが、ハンブルリバー病院の例でお話ししたいと思います。ハンブルリバー病院ではデータを院内の一か所に集約することで業務効率の改善につなげています。たとえばある特定の部門に非常に多くの患者が集中しているというデータが見られた場合は、そこに必要なスタッフを派遣し混雑を解消します。ハンブルリバー病院の場合、業務に関わる分野でデータ利用をしています。他の病院では遠隔で患者をモニタリングするためにデータを利用しているところもあります。患者が自宅にいる間、デバイスを身に付けていただき、そのデータを遠隔で(医師などの)クリニシャンが分析を行うというものです。またビックデータの活用では、ワシントンの病院の例をご紹介したいと思います。その病院では「大雨の日は救命救急外来(ER)の受診患者が増える」という事象がありました。大雨の日に限って、とても多くの患者がERにやってくるのです。そのような天気の日にERを受診された患者に関わる様々なデータ、どこに住んでいるのか、年齢はいくつなのか、など詳細なデータを集め、どのようなパターンの患者が来ているかを集約し、データサイエンティストがそれを分析しました。すると、ある特定の地域で大雨が降ると洪水がおき、下水が氾濫し、不衛生な水によって病気を引き起こし、ERが混雑するというパターンが見えてきました。このようにモデル化をするためにデータを利用している病院もあります。

 

――HSOの課題、デジタルホスピタルの課題を教えてください。

イー氏:HSO自体の課題としては技術を活用するなかで、デジタル化、人の要素、プロセスの3つを上手につなげていかなければならない点です。新しい技術はどんどん生まれ、とても速いスピードで変化が起こっています。そのスピード感のある変化に対して、遅れをとらないようにすることはとても難しい課題だと考えています。そのような状況下では私たちの活動範囲がどんどん大きくなりますが、私たちは常に患者中心に物事を考えなければなりません。しかし、活動範囲が広くなれば乗り越えなくてはならない課題も増えていきます。それらの課題を一つ一つクリアすることにより、国民の皆様により力強く、エンゲージメントできる病院サービスを提供していけるものと考えています。HSOが提供するプラットフォームを病院や患者に活用していただき、それを実現することができるようになると思います。難しいですがとてもやりがいのある課題です。

デジタルホスピタルについては、カナダの法令整備の関わりが課題といえるでしょう。やはり法令が整っていかないと、技術の変化を受け入れ、デジタルホスピタルを準備、実現するのは難しくなってきます。特に個人情報に関わる部分については、e-カルテや政府が保有している個人データを個々人が安全に閲覧できるように環境を整えることが病院にとって重要な課題になっていると考えています。

また技術は色々な形で導入されていきます。一つではなく様々なものが導入されていきますので、それらの「標準化」が大切なポイントになってきます。例えばオンラインでそれらの技術をどう繋げていくのか。適切に標準化を進めていかないと、安全に患者がサービスへアクセスできなかったり、遠隔地からのアクセスができなかったりします。また遠隔地に医療ケアを提供するためにも標準化は重要になってきます。様々な技術が混在する中で標準化は非常に重要な要件になると言えるでしょう。そのため、世界各国の専門家や有識者から意見を聞き、標準化を実現するためにどういった指標が必要になるかの検討を私自身が中心となって進めています。

私がCDOとしてHSOへ着任した段階ではレガシーシステムが組織内に多く存在していました。最初に直面した課題はそれらのレガシーシステムを一元化し、アップグレードしていくというものでした。HSOという組織はNPOではありますが、この組織自体を大きくしていきたいと思っておりましたので、基盤となり得るプラットフォームを構築していくということを課題に据えました。現状、取り組みの甲斐もあってか新しい構造は作りあげることができてきたのかなと思っています。2つ目の課題は組織文化を変えていく、ということです。新しい働き方に移行する中で職員に対し「変化への安心感」を提供していかなければならないと考えました。一人ひとりが新しい多くのことを学ぶ機会を得て、その結果新しいことにチャレンジしていきたいと思うような意識改革をすることが重要でした。組織として変わりたいという気持ちを醸成していくことが大切だと思います。そのためにはそれを受け入れられる環境、健全に試していける環境が重要です。HSOにおいてはそれらの環境を整えることができたからこそ、現在様々な新しい取り組みにチャレンジできているのではないかと思います。

3つ目の課題としては、アジャイルプロセスに対応できる組織になれるかどうかです。アジャイルプロセスの導入に向けて、できる限り小さくスタートし、一つ一つの小さな成功を共有することによりその連鎖を広げていこうと思いました。あるチームがアジャイルプロセスによって成功事例を作ることができれば、それを見ていた別のチームがそこから学び、同じような成功を実現していくことができます。組織内にコーチをおき、トレーニングプログラムを提供することで、こうしたアジャイルプロセスの考え方の導入を推し進めていきました。現状それは実現できていると思っています。

 

――新しいアーキテクチャー(構造)は具体的にはどういったものなのでしょうか。また、アジャイルプロセスの実現はどう進めていったのでしょうか。

イー氏:新しい構造というのは、CRMCustomer Relationship Management) やERPEnterprise Resources Planning)、BIBusiness Intelligence)のようなビジネスシステムからなります。これらのシステムは繋がっていますので、すべてをサポートできるデータアーキテクチャーを提供していきます。顧客向けのポータルも用意し、より質の高いサービスを提供できるようになっています。

アジャイルプロセスは開発の段階で実施していくわけですが、従来のウォーターフォール型とは大きく異なります。従来型ははじめに開発者が要件をがっちりと固めます。それからしばらく開発者は顧客と離れ、ソフトウエアの開発に取り掛かります。出来上がった成果物を顧客に提示した時には、時間がかかり、顧客が期待していた要件を満たさなかったり、期待していた価値を提供できなかったりします。時間の経過とコミュニケーションの不足により、成果物と顧客の価値のつながりが失われてしまうのです。

アジャイル型は短い期間で開発を進めます。24週間でのスプリントを何度も繰り返し、最終的な成果物を提供するやり方です。スプリントの各段階で開発物を顧客へ提供し、試してもらい、顧客に価値を感じてもらいます。提供される開発物を試しながら、次の開発に関する優先事項を決めてもらいます。それを実現するためにはいくつかの道のりが存在するということを開発者は提示し、顧客とそれぞれに必要なタスクやコストなどを含む見積を共有します。各スプリントが終わる段階で、価値の提供・共有をできますので、顧客とのエンゲージメントを深めた形で価値を提供することができます。現代では技術も価値もとても速いスピードで変化していきますので、アジャイル型の方がフィットしているといえるでしょう。

各スプリントが終わった段階でチームは必ず集合し、改善点や成功点を検討し共有します。それによりチームスピリットが向上していきます。アジャイルはソフトウエア開発部門で生まれた手法ですが、現在では開発部門に限らず、ビジネス分野でも広く活用されています。

 

――アジャイル型開発において、最終的な成果物の要件定義ができない状態で、どのように予算調達を行い、実行していくのでしょうか。

イー氏:最終的に顧客が求める成果物を理解するのはとても大切です。それにより何人工ぐらい必要なのかが見えてきます。アジャイル型の場合、一つのスプリントで何人工必要なのかを検討し、1つか2つ目のスプリント分を見据え、調達を行います。とはいえ、最終的なゴールのイメージを共有しておかなければこのプロジェクトでどのくらいの調達が必要なのか見えてきません。そこで私たちは顧客が望む要件を把握するために、3週間ほどのディスカバリー(発見)フェイズを設け、顧客のビジョンやアイデアを理解し、各スプリントをよりよく定義していくアプローチをとっています。1週間目は顧客の話をよく聞き、要望を理解する期間。2週間目はプロトタイプを描いていく期間。3週間目はプロトタイプを作り上げる期間となります。アジャイルプロセスの中では要件を明確にすることはもちろんですが、柔軟性を併せ持つことが重要になってきます。要件を発見しながらも、徐々に変えていける柔軟性を持たせなくてはなりません。スプリントを重ねる中で、よりさまざまな調整がかかります。これはプロセスが進むにあたり、優先順位が変わるなど変化をしていく部分で「バックログ」と呼ばれています。HCOではバックログを管理する担当者を一人置き、常にモニタリングできるようにしています。

忘れてはならないのは、全体的なプロセスを始める前段階として、デザインフェーズがあるという点です。このフェーズではユーザーがどのような人たちなのか、どういう技術を活用するのかを明確にしていきます。そのあとでビジネス側の検証が行われていきます。ここではプロトタイプを明確にし、顧客がどういったものを目指しており、どこに価値を置くのか、を検証します。このフェーズを経た後で、アジャイルプロセスの実行になります。従来型でのフェーズを経た後で、アジャイル開発の手法を踏むという形です。また、内製での開発には限界がありますので、アジャイル開発の手法に対応できる外注先の力を借りる必要はあると思います。

 

――CDOとしてどのようなデジタル改革を実行してきましたか? CDOの役割は何だとお考えでしょうか?

イー氏:文化、組織の在り方、働き方、デジタルの在り方を変えていく中で、その変化を受け入れがたいという緊張感は組織の中に生まれてくるものです。CDOはそういったものを調和させ、プロジェクトを進めていける人材でなければなりません。CIOというのはある程度、現状維持もその役割の一端である場合があるかと思います。しかしCDOは「今までとは違う考え方」を押し進めていく、そしてそれを進める中で「人の調和をとっていく」という立場でなくてはなりません。問題を意識しながら対応していくというのではなく、新しい考え方、あるいは違った考え方を評価できる目線が必要かと思います。CDOになれる人間は人の話によく耳を傾けられる人でなくてはなりません。人に対して共感ができるかどうか。そうでなければ実行者として人が付いてきませんので、CDOの資質としてはとても重要な点だと思います。今まで技術やマーケティングなど様々なバックグラウンドをもったCDOとお会いしてきました。デジタル改革を推し進める場合、技術の知識だけがあればできるわけではありません。一方で技術の知識が全くない方では成功させることはできないのです。実際にCDOの役割を果たす際には技術面、マーケティング面、両方のバランスが必要だと感じています。CDOが集まるイベント「CDO Summit Tokyo 2018」でもお話させていただいたのですが、私なりのCDOの定義は「CDOとは組織のファシリテーター。デジタル改革をすすめていくチャンピオン。そしてデジタルに関わる人やプロセスをオーケストレーションしていく人材」であると考えています。

 

――読者に一言

イー氏:日本は私たちCDOにインスピレーションをくださる国だと思っています。日本には多くの新しい技術がありますので、ぜひそれを活用してイノベーションを生み出していただければと思います。日本の皆さんはとても共感力が高く、技術への知識も深い方が多いと感じています。それを活かしていただければ可能性がたくさん生まれると思っています。私自身、これからも日本には注目して参ります。